五十九話 そいつの名はダディ
僕らが街についたときはもう夕刻だった。
広場につくと、何やら良い感じの騒がしさがある。元から人が混み合ってるのもあり、ちょっとした喧噪だ。
「なんでしょうね?」
「祭にしては小規模だから、なにかちょっとしたことをやってるのだろう、ミスターウィリック。太鼓の音が聞こえるよ」
ダイケルさんは流石パフォーマーである。よくわかっている。
「ちょっと覗いていきましょうか、夕飯もまだですが……引き返しましょう」
「いや、アレ、回収しなくても良いのかね?」
「もうこの旅の運命は分かりました、引き返しましょう!」
そこは、真鯛の奏でる太鼓のリズムに合わせてリンボーダンスをしていた、サ・バーンさんがいた。彼はもう大丈夫だ、放っておいても絶対現れる。
ちくせう。
「宿、取れませんねぇ」
夜遅く僕たちは困っていた、今日の宿はどこも一杯で入れないのだ。ただ、夕飯もまだだったので混み混みなレストランのカウンター席で二人魚を食べていた。
「取れないな、しかし、だからと言って高い宿に泊まってしまうと金が苦しくなるしな」
「だからと言って安すぎるのも嫌ですね。せめて旅の汗を落としたい」
トマト煮込みをつつきつつ僕は言う。む、煮込みはブイローさんの方がやっぱり美味しいな。
「そっちの蒸し料理はどうです?」
「悪くない、ミスターウィリック食べてみるかい?」
「あ、本当だ。こっちにしておけば良かった」
僕はぶつくさ言いながら自分のトマト煮込みと向き合う。これも旅情だ。
「しかし、宿はどうしようかね。ミスターウィリック」
「というか、なんでこんなに人がいるんですこの街?」
「定期船がやってきてるのさ。そのせいで仕事をする人間が溢れかえって、その船に物を売る業者も溢れかえっている」
割り込んできたのは、渋い声だった。近い。
「……ダイケルさん、何か言いました?」
「ミーは違う」
「……かくいう私も定期船でやってきた口でね」
辺りを見渡す。港湾労働者の禿げ頭が見えるが彼は無心にステーキを頬張っている。違うだろう。
「ミスターウィリック、隣の席だ」
「隣? 隣は空席じゃ……うわっ!?」
いた。座高で言うと百センチくらい。身長で言っても百センチくらい。白黒の生き物で丸っこい。
「ペンギン……ですか?」
「如何にも」
ペンギンはグラスを傾けてそう言った、中には琥珀の液体。
「酒飲むんだ。ペンギン……」
ペンギン。南の果てのさらにその果てに住んでいる。あまりに南なんで南極とか呼ばれているらしいが基本交流はない。海が凍るほどに寒いからだ。
その極寒の地に文明を築き、暮らしているのがこのペンギン。ペンギンばかりが暮らす国が形成されているため『ペンギン国』と呼ぶらしい。
「私のことはペンギンではなく、ダディと呼びたまえ」
「でもどこから見ても」
「ダディ」
「ダディ」
力強い言葉にもう頷くしかない。ペンギ……ダディさんは煙草を取り出し魔ライターで火をつけて煙を吐く。
「煙草……吸うんだ」
「そんなにペンギンが珍しいかね?」
「はぁ、見るのは初めてなので。何分西の出身で」
ペンギンは南の果ての果てから出てくるので、南の人間以外には馴染みは無いのではないだろうか。ギルマンほどバイタリティもないようだし、世界中で見るようなことは無い。
「そうか、ところで君たちは泊まる所がないようだが」
「はい、どうも宿探しが遅れてしまったみたいで……諦めて安宿探します」
ダディさんは首(?)を振る。
「安宿ほど取りにくいよ。ギルマンが泊まってるからな。連中住環境には拘らない」
「ああ、そうか。でも、旅費が……」
「どうするミスターウィリック。野宿するかい?」
ダディさんはナッツを食べ、それを酒で流し込む。
「何なら相部屋で良ければうちの部屋に来るか?」
「え、良いんですか? でも初対面の……人? に悪いですよ」
「構わない。ベッドが浮いてるからな……ただ、食事がまだだ。ちょっと待ってくれ」
言うと、ダディさんの前にステーキが置かれた。
「肉を食うのか……」
「魚じゃないんだ……」
僕らは、ただただ唖然とするしかなかった。
翌朝。
「んーっ。良いベッドで寝ると爽快ですねぇ」
僕は広いベッドの上で目覚めた。ダイケルさんやダディさんは別の部屋だ。大きな窓から日差しが差し込んでいる。
そう、ここはホテルのスイートルームである。広いって言うわけだ。
「ミスターウィリック。朝食が届いたそうだよ」
しかもルームサービス完備。ダディさんの話では昨日は遅かったからレストランが閉まってたらしい。
大きなお風呂にも入れたしとても快適である。
「ちょっと頼みごとをしてもいいかね」
ダディさんがそう切り出したのは、食後のコーヒーを飲んでいるときである。ペンギン、コーヒー飲むんだ。
「どうって……」
僕はダイケルさんと目を合わせる。義理があるとはいえ急ぐ旅だ。少し判断に困った。
「まぁ、義理もあるし話を聞くくらいいいのでは?」
ダイケルさんの言葉に僕は頷く。確かにそれくらいはすべきだろう。
「そうですね、とりあえずお話だけ」
「息子が帰ってきてなくてな」
ダディさんの話に、またダイケルさんと顔を合わせる。ちょっと大事だ。
「どのくらい戻ってきてないんですか?」
「三日」
「年齢は?」
「ゼロ才」
「普通に大事じゃないですかっ!?」
聞いてしまったものはもう仕方がない、僕らは普通に探し始めるのだった。
とほほ。
「と言っても、どこから探したもんですかねぇ」
「相手の特徴とか聞かなくても良かったのか?」
ダイケルさんに僕は首を傾げる。
「いや、だって、ペンギンですよ。見れば分かるでしょう」
「はーい、みんなー一列に並んで―」
「ピヨ」「ピヨ」「ピィ」「ピイ」
ペンギンの幼稚園の旅行なのか、僕らの前をペンギンの子供が一列縦隊で歩いていく。
「……戻ってダディさんに同行しましょう。僕らじゃどうにもならない」
「だろう?」
僕はダイケルさんの言葉に頷くしかなかった。
「聞いた話によるともう街の中にはいないらしい」
「ペンギンの子供の見分けがつかない時点で僕ら役に立ちますかね?」
「というわけで船を借りよう」
「だから」
このペンギン想定より強引だ。
遥かなる大海原、僕らは船をこいでいる。
「あの……」
この状況、ちょっと一言言いたい。僕らは暇じゃないのだ。
「なんだ? 腹が減ったか? 食糧はあるぞ」
「いえ、そうじゃなくてね」
灼熱の砂漠の中、僕らは必死に歩いている。
「ちょっと……」
待って欲しい、どうなってこうなった。
「なんだ? 水は貴重だからゆっくり飲めよ」
「いや、そうじゃなくて、欲しいですけど」
極寒の雪原の中、僕らは凍えながら進む。
いや、ダディさんを除いて。
「ちょっとーーーっ!! もうこれ、義理ってレベルを超えてますよーーーっ!!」
いい加減僕は突っ込んだ。いや、遅すぎる気がした。
「どうしたー!? 寝たら死ぬぞー!」
「じゃねーよこのペンギン!?」
「二人とも!! 前に何かいるよ!!」
ダイケルさんの言葉で僕らは前を向く。
「ダディーーーーっ!!」
そこには腹滑りで滑ってくる一匹の子ペンギンの姿があった。
「息子よーーーっ!!!」
がしいっと抱き合い、二匹は雪原の中消えていく。
「帰りましょうか……」
「どこへ?」
ダイケルさんの声で、僕は我に返った。
「じゃねぇよっ!! 待てっ!! ペンギンーーーーっ!?」
僕らは全力で雪原を駆けた。
「も、戻ってこれましたね」
「自力でもなんとかなるものだな……」
深夜、僕らはボロボロで街に戻ってきた、なんかとてつもない無駄な時間を使った気がする。
「つ、疲れた。いくらなんでも今日は休みましょう」
「そ、そうだなミスターウィリック」
僕らがため息をついていると。肩を叩かれる。
「やぁ」
「うわっ!?」
ドアップでやってきたのは、見慣れた魚顔だった。サ・バーンさんである。
「ど、どうしたんですかサ・バーンさん」
「いや、ダディってペンギンが礼だと言って君らの場所を教えてくれたんだ。旅の仲間が行方不明になってるらしいのでと。助かった」
その後ろには謎の真鯛のギルマンも付いてきてる。ちょっと待て、あの真鯛の面倒も見るのか。
「あのペンギンーーーーーっ!?」
僕は夜空に吠えた。これが運命だったとしても、吠えずにはいられなかったのだ。
ちなみに結局その日は野宿した。