五十八話 ホルモン焼きとライスの話
僕たちは、ハーヴリルの隣街にたどり着くことが出来た。
「隣街に着きましたね……」
「そうだね……ミスターウィリック……」
足元はよたよたとおぼつかない。別に賊に襲われたとか、そういうことではない。
「君ら、ひ弱だね」
「寝てないんですよ!? 主原因に言われたくはない!!」
そう、僕らはサ・バーンさんが起こす騒音公害によって眠れずにいた。なんでこのギルマン夜中になるとサンバのリズムで踊り出すんだ。ご丁寧にマラカス振って。
「とにかく今日は屋根のあるところで眠りましょう」
「今日と言わずすぐ寝よう、このままだとこの旅持たないよ」
「……後で耳栓買いましょう、視界が面白いのはもはや慣れるしか無いです」
笑ってはいけない旅行となった僕らは無事に健康体のまま過ごせるのだろうか。
「よぉ、ダイケルにウィリックじゃねぇか。ぶふー」
宿を探そうとしていた所を後ろから声をかけられ、思わずおもいっきり睨んでしまったが、知らない人だ。ドレッドヘアーで浅黒い肌をした、ものすごいデブである。
「ミスタージョナサンじゃないか」
「ジョナサンさん!?」
僕が気が付かなかったのもおかしな事ではない。随分前のことだというか、別人だったからだ。そもそもデブとは縁遠い、筋肉質の人だったと思う。
「どうしちゃったんですかその身体!?」
「いやぁ、ホルモンの食い過ぎで……最近はちょっと自制してるんだがな」
あ、自制できてない人のセリフだ。
確かこの人は、ハーヴリルの街でギャング団をやっていたのだが、ホルモンにハマって屋台のオヤジのギルマンからタレを受け継いで隣街でホルモン焼き屋を一発当てたと聞いた。
「人間、金と食欲があると際限なく太るんですね」
「まぁ、幸せそうだから良いんじゃないかな?」
「いやまぁ、ちょいと困ったことがあるんだがよ。お前ら暇か?」
暇か、と言われて僕とダイケルさんは顔を合わせる。
「いえ、暇じゃないです」
「何だ、急ぐ旅か」
「それもあるんだがね、ミスタージョナサン」
「……今、とてつもなく、眠いんです」
眠たさで人が殺せるほどに。
「……宿取ってやるよ」
僕らは、一時の睡魔と引き換えに、恩を売られるのだった。
「という訳でだな。ぶふー」
ジョナサンさんはアゴ肉を揺すりながら話しかける。
「タレ、本家より美味しくなってるじゃないですか。センマイをください」
「ではミーは、サガリを貰おう」
僕らはタレ香るホルモン焼き屋台で飯を食っていた。
「サーロインを」
「遠慮しろ、サ・バーン」
「……スジをもう一本」
すぐに調子に乗るのがサ・バーンである。たまにしか役に立たないので削れるところは削っておこう。あとギルマンって食わなくても死なないし、食っているのは趣味である。
そんな奴にサーロインとか贅沢だ。
「……という訳で僕にサーロインください」
「ずるいぞ、ミスターウィリック」
「話聞かねぇかなお前ら!?」
腹肉を揺すりながら小さな椅子を軋ませてるジョナサンさんに僕は答える。
「そりゃ、久しぶりに睡眠よく満たしたら次は食欲ですよ」
「……何ならこの後三つ目の欲望満たすために、皆で花街にでもしけこむか?」
「それは魅力的な」
「ギルマンが何するんだよサ・バーンッ!?」
当然だがギルマン用のキャバレーなんてこの世に存在しない、しないと思いたい。
「まぁ、本題に入るぜ。おい、アレ出してくれ」
そう言い、店の人に出させたのは……椀に入った白い物体。
「ライスだ」
「ライスですねぇ」
「ばくばく」
正体も分からず食っているサ・バーンさんは放っておく。ここで死んでも毒味にはなるだろう。
「……で、コレなんなんです?」
「いや、ここ最近隣で売り始めてよ。コレがまたすごい人気なんだ」
「……と言うことはこれ食えるんですね」
一口食べてみる、ダイケルさんも続く。
「……!? これは」
「美味しいな。何かは分からないが、普通のライスとは違う」
僕は、もう一回口に放り込み、ゆっくり味わう。
「魚系の出汁みたいですけど、凄い奥深いですね。水が違うんだと思います」
「一口でそこまで分かるのか、流石頼りになる。いや、これのレシピを探り当てて欲しくてよ」
「いまいち穏やかじゃないですね。気になるならレシピは買うか、その店主を雇ってくださいよ」
肉串を食べてからライスを食べると、なるほど美味しい。メニューに加えたいのも分かる。
「俺もそう思って最初は誘ったんだがよ。そのギルマン、頑として聞かないのよ」
「やってるのはギルマンなんですか、あいつら本当に料理系得意ですね」
隣なんだから覗いてみようと隣を見ると、行列ができていた。なるほど、あそこでライスを買ってからホルモン焼き屋に行くのか。共生関係だがどうせなら取り込みたいよな。
「すいません、店主の方は?」
「あいやー、すまないけど列を守ってくれないアルか」
妙なナマリをした、ピンク色の魚。よく見る魚種だ。いわゆる真鯛のギルマンである。
「あ、いや。隣のホルモン焼き屋のものですけど」
「ああああ、あいあい、あいやー」
ブルブル震えだした。
「どういう『勧誘』したんですかジョナサンさん?」
「いやぁ」
ボリボリドレッドヘアーを掻くジョナサンさん。ギルマンにその勧誘は一番良くない。彼らには第三の選択肢『逃げる』があるのだ。
「ちょ、ちょっと鍋の様子を見てくるアルヨ」
真鯛のギルマンはそのまま奥へ引っ込んでしまった。トタンで仕切られていて奥は見えない部屋になっていた。あそこに住んでるのかな?
「今のうちに出汁を見て突き止められねぇかな?」
「ジョナサンさん、だから良くないですよ」
鍋の方へ向かうジョナサンさんを止める。僕だって料理人の端くれだ。レシピや出汁やタレの味は盗むのは良くないと思う。
「うぉっと!?」
言わんこっちゃない、ジョナサンさんはそのまま転ぶ、トタンの方に激突して。派手に壊し……。
「あいやーーー!?」
真鯛のギルマンが寸胴に浸かって自分の体で出汁を取っている場面に直面した。
「まさか、風呂の水で米を炊いていたとは思いませんでしたねぇ」
「あのギルマンは何も悪いことはしていないのだが、客が怒って暴動を起こすとは思わなかったな。ミスターウィリック」
結局、真鯛のギルマンさんはそのまま逃走、帰ってくることはなかった。
ついでにジョナサンさんの屋台も壊れたが、あの人は支店もあるし、お金も貯めてるからなんとかなるだろう。
「……さて、僕らは」
「……とりあえず、一緒に逃げ出したミスターサ・バーンを探しだすところからだな」
二人で溜息をつく。
僕らの旅は超前途多難だった。