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五十七話 GO WEST! (第一章完)

 朝早く、風邪で寝込んだ父親や祖父の代わりにダイケルさんは網を引き上げていた。


「よっこらせっと、今日は不漁みたいだね……ん?」


 海の中に、キラキラ光るものを見つける、タモ網ですくうとそれは簡単に捕れた。


「宝石でできた、魚? うわっ生きてるじゃないか!?」


 悠々と瓶の中で泳ぐ宝石の魚を見つつ場所はいつもの銀貨袋亭だ。


「……という訳で瓶に詰めて持ってきたわけだが。なんで銭ゲバのミスターウィリックに見せたのか自分でも分からない」


「あー、ご苦労さまです。ダイケルさん、それは呪いですよ」


「呪い?」


 紙袋を傾げるダイケルさんに僕は説明する。


「その魚はローレライの手紙でしてね。近いところまでは自力で泳いで来るんですけど、陸に上がらなくちゃいけなくなった時は人間を探して呪いをかけるんです。目的の人物へ必ず送り届けなきゃいけないって思う呪いを」


「……今度から宝石の魚を見ても拾わないことにするよ」


 それが賢明だと思う。魚は、僕を見つけると口を開く。


「……ウィリックや、ウィリックですか?」


「誰の声だい?」


「育ての母ですね」


 嘘はついてない。


「ユーはやたら詳しいと思っていたがローレライに育てられたのか」


「ええ、特殊な家庭環境でして」


 僕らが会話していると、魚は語りだした。


「実は、母は病気のためもう長くはありません。できるだけ早く帰って来て下さい」


『えっ!?』


「ローレライの魔法も効きませんでした。ですから、私は死を待たなくてはいけません。早く、早く帰って来て下さい」


 そこから先は、僕に当てた個人向けのメッセージだった。ダイケルさんは席を立つ。





「お待たせしました」


「ユー、もう良いのかい?」


 僕は首を縦に振って答える。


「とりあえず寸胴を被せてきたからマシだと思うんですけど」


「ミスターウィリック。話が見えない」


 僕は頭を抑えながら答える。


「あの魚、話が終わると自爆するんですよ」


 店内から多少くぐもった爆発音が聞こえ、ダイケルさんは絶句した。





 結果として被害は床と寸胴で済んだ。


「まぁ、どこで爆破させても被害しかなかった状況なので勘弁して下さい」


「いや、それは良いんだけどよぉ」


 ブイローさんは上座で頬杖をついている。僕はその横だ。


「いくらなんでもちょっと詰め込み過ぎじゃねーか?」


 銀貨袋亭には噂を聞きつけた知り合いがほぼフルメンバーで来ていた。なお、脱獄してきた、カレイ・ド・スコープはすでにリチャードさんが逮捕して連れて行っている。あいつ何しに来たんだ。


「ちょっと狭いですねー」



 銀貨袋亭に来ている面々に、僕はちょっと笑みを浮かべていた、今からこいつらとお別れ出来る……もとい、これだけ思ってくれているのだ。


 ガチの友人も数人いる、大事にしよう。


「で、病気のお母さんの所に里帰りする。と? 魔法は効かないのだよね?」


 サ・バーンさんが尋ねて来た。


「ええ、そんな病気聞いたことないですけどそのようです」


 ローレライの病死など、正直僕も聞いたことがない。寝耳に水だ。


「ところで、お伺いしますが、診療所のメンバー全員来てますけど大丈夫なんですか?」


 ガタッ!


 カタクチくんが慌てて帰っていく。さもありなん。サ・バーンさんが続ける。


「……で、帰る算段は付いているのかね?」


「まぁ、それなりの貯金はあるので帰れます。真面目に働いててよかったなって今思う所です」


「金なら貸すぜ? 海路を使えよ」


 ブイローさんの言葉に僕は目を丸くして答える。


「あの、ブイローさん、正気ですか? ケチで強欲で守銭奴のあなたが?」


 顔の前で手をひらひら。ブイローさんはそれを払いのけ。


「お前は俺を馬鹿にしてんのか。で、海路はどうだ?南から西じゃ突っ切ったほうが早いだろう? 外洋船使えよ」


 この街は輸出産業のため外洋船はかなりある、その手段ならたしかに早いだろうが……。


「何かダメな理由でもあるか? 大体のやつは薄々気がついているから言ってみろよ」


 こりゃ参った。仕方がないな。


「いや、実は僕、ローレライなんですよ」


 言ってもわからないだろう、だから僕は魔法の髪飾りを外した。





「……というわけなんですが」


 殆どの人が唖然としている中、金色ではなく本物の黄金の髪を持ち、エメラルドの鱗を持った僕は言う。いわゆる人魚、ローレライだ。


「よく隠し通してたなぁ」


「ええ、まぁ、母から変身用の魔法の髪飾りを受け取ってましたから。旅の間はこれを使って身を守ってました」


 ブイローさんの言葉に、僕は頷きながら応える。


「でも男の人でローレライなんて初めてですわね」


 ジャスティ―ナさんの言葉に僕も頷く。


「珍しいってレベルじゃないらしいです。伝聞では存在はするらしいですけど」


「まぁ、船の上はきついですね、それじゃあ」


「なんでなんだい?」


 ジャスティ―ナさんとの会話にダイケルさんが割り込む。


「ローレライは定期的に海に入らないと弱るんですよ。僕も海岸線に沿って旅を続けてきましたし。幸い海から一週間以上離れた陸は殆ど無いですしね」


 僕はそう解説した。続けて語る。


「外洋船だと海の上にいてもかなりの速度で動いているんですよ。ですから海に飛び込んだら置いて行かれます」


「不便だな……だが、ミスジャスティーナは外洋旅行が趣味ではなかったのか?」


「私、船は貸し切りますから」


 さいですか。


「泳いで追いつけばいいじゃないか」


『そうそう』


「うるさいギルマン共! お前らと一緒にすんな!」


 ギルマンは散った。





「さて、そうなると、陸路で帰るのか?」


「そうなりますね。長旅にはなりますが、魔法も使えないローレライはそれしか手段がないんです」


 ブイローさんは顎に手をやって考えた。


「なぁ、帰ってくるのか?」


「……まぁ、一応」


「なら、ダイケル、一緒に行け」


「はぁっ!?」


「ミスターブイロー!? この店を潰すつもりかい!?」


 この店の主力は僕とダイケルさんだ、僕が抜けてただでさえヤバイのにダイケルさんが抜けたらまず潰れる。


「言ってねぇよ! 爺さんが帰ってくるんだよ!?」


「行こう、ミスターウィリック」


 手のひらを返した。まぁ、あの爺さんが苦手じゃない人はそうそういない。


 だが有能ではある。なるほど抜けた分は埋めそうだ。今までは長いこと入院していたが帰って来るらしい。


「人件費が今じゃ払いきれねぇしな。クラダも皿洗いは覚えてきたし、なんとか小さくやってくよ……それでだ、ジャスティーナの姉ちゃん」


「なんですの?」


 テーブルにドンッと金貨袋を置いてブイローさんは言う。


「殆ど使ってねぇなら隣の家売ってくれ。こいつらが帰ってくるまでに店をでかくする」


「……え、なんでです?」


「ダイケルも旅で料理を教えこんでやってくれ、長年勤めてるけど要領悪いからそいつ。お前のほうが教えるのは上手いだろう? そしたらお前らで切り盛りしてくれや」


「おもいっきり休む気でしょうけど、そうは行きませんよ」


 この人サボらせたらどこまでもサボるんだから。


「なら、お金なんていりませんですわよ。困ってませんから」


 ジャスティーナさんは流石にきっぷの良さだ。


「なら、この金はウィリックにやろう、旅費にしてくれや」


 ずいっと僕の前に金貨袋を押しやる。ちょっと待って。


「ブイローさん、あなた偽物じゃないでしょうね?」


「つくづく失礼だなお前。旅には何かと金がかかるし、二人旅だろう? 便利に使ってやってくれ、返せとは言わねぇよ。ダイケルは荒事強いから何かと安心だしな」


 うわ、ちょっと感動した、これはいい話だ。


「じゃあ私も!」


 と、ナニーさん(この中で一番やばいのだ)が立ち上がろうとした時である。


「私が行こう」


 と、ぬっと手を上げたのはサ・バーンさん。


『サ・バーン!?』


 流石にそれには全員が驚いた。


「病院どうするんですか!?」


「大丈夫、弟が医者を目指すって言うから任せるつもり」


「目指す人に任せるのかよ!?」


「大丈夫、カタクチくんがなんとかしてくれる」


「あなたカタクチくん殺す気ですか!?」


「大丈夫、私もいます!!」


「あなたが一番心配なんですよナニーさん!?」





 しばしあって。


「はぁはぁ、と、というか何しについてくるんですか。逃げても放っておきますよ僕」


 サ・バーンさんはドアップに寄りつつ。もう慣れた。慣れたくなかったけど。


「いや、ローレライの魔法でも治らぬ奇病というが、ひょっとしたら私の医療で治るかもしれんと思ってな」


「む、むむ……」


 普通なら突っぱねる所だが、確かにこの人は変にその辺り不明なところがあるしな。


「頼ってみても、良いかもしれませんね」


「そうか、そうなると料理人三人ってことになるな」


『なんだって?』


 ざわめいたのは、僕とブイローさん、ダイケルさんだ。


「聞いてませんよ!?」


「ちょっと待て、葬式の時なんで言わなかった!?」


 ギルマンの葬式は食葬である。料理人が切り分け料理し、ギルマンが食べるという悪魔の儀式である。その儀式に、僕ら三人は料理人として参加したことがある。


 料理人がいなかったためである。


 サ・バーンはその時飲み食いしまくってた。


「だって……聞かれなかったから」


 プルプル震えるサ・バーンを僕らが許すはずもなかった。


「聞かれなかったからじゃねぇ!!!」


「ギョギョーーーー!!!」


「逃がすかーーーー!!!」


 サ・バーン狩りが始まった。あんな悲しい目にあって許せるか。


 許してなるものか。





 ボコボコに打ちのめされたサバが横たわって言った。


「ところで、一つだけ頼みが」


「……なんです?」


 ちなみに許す気はない。


 サ・バーンさんは涙ながらに語った。


「旅費は出して」


「……まぁ、それくらいなら」


 この人貧乏だからな。





「おう、ナニやってんだお前」


 深夜の厨房で僕は作業をしていた。


「何って、ボンボンを作ってるんですよ」


 僕は型でボンボンを切っていく。転がしたら一回目が終了だ。


「って、何だよこの砂糖の量!! 旅費全部ボンボンにしちまう気か!?」


「いえ、作るのは一部だけです。勿体無いですからね。残りは包んで持って行きます」


「本気で有り金砂糖にしたのかお前」


「はい、この街以外で売ると、値段が釣り上がりますからね。あの袋の中身じゃちょっと三人分の旅費には足りないんですよ。金貨袋の中身が全部銀貨って、あなた」


「はっはっは、びっくりしたろ」


 この人はまったくもう。それでもありがたいことはありがたい。


「だけど、水に濡れておじゃんなんてことはないのか?」


「三兄弟とシャア・アックさんから水に濡れない布と絶対に水が染みない包装を習ってるから大丈夫です。泳脚は水の上を荷物運びますからね、完璧です」


「まぁ、良いんだけど、無理すんなよ」


「はい」


 僕は消えたブイローさんの背中に一礼した。

 ただの銭ゲバだと思っててゴメン。




 翌朝、綺麗になった部屋を後にし、一礼する。お爺さんありがとう。


「荷物はコンパクトにしましたけど、やっぱ砂糖重いですね」


「まぁ、三人で持てばなんとか」


「サ・バーンさんには高いもの持たせてません」


 賢明な判断だと思う。さて、住み慣れた街を出発しよう。


「目指すは西の果てです!」





 その夜、僕達は早速野宿をしていた。そして後悔することになる。


「ドスコーイ、ドスコイ」


 ずんずんと揺れる周りの木、舗装された道路がひび割れていく。


「そういえば、サ・バーンさん寝ないんでしたね……やっぱり連れてこなきゃ良かった」


「だからと言って、この儀式はないよ、ミスターウィリック」


 サ・バーンさんが謎の武術を踊っている。


 僕らの旅は前途多難だった。



 第一章『料理人一人旅温泉街遭遇編』完

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