五十六話 ギルマンお悩み相談室
なんてことのない世間話から物語は始まる。
「カマスンガさんも教会に通ってるんですか?」
「結構ギルマンにはファッションで通っている人も少なくはないんですよ」
なるほど、ファッションねぇ。
「人間でも通ってる人は滅多にいないのにご苦労なことですね」
「はい、何しろ死後の世界は怖いじゃないですか。最近幽霊を見てから特に怖くて」
君アレが怖いのか。いや、そうじゃなく。
「あの、一つだけ実も蓋も無い事言いますけど。ギルマンは生前なにをやっても地獄行きですよ?」
「ギョッ!?」
「驚かないで。有名な話じゃないですか」
そこから僕はとうとうと語る。
神様は差別主義で現金だ。魂に価値の無いギルマンは全て地獄で三途の川にポイするのでギルマンは百パーセント地獄行き。
そこから彼らはバタフライで川を遡り、またギルマンに生まれ変わるのだ。
「……だからギルマンはどこまで行ってもギルマンですし、生きてる間はなにをやっても同じです。あなた方が頑張るのは死んで地獄に落ちてからです」
だから頑張って泳いで下さいとしか言えない。
「ギョギョギョ……」
明らかに肩を落とすカマスンガさん。まぁ、それはそうかもしれない。何か声をかけるべきかと思っていたら。
「ウィリック君、ところで、教会で募集してた話があるんだが」
物凄く急に話が変わった。
「……どうしてこうなった」
教会の奥まった所に個室があり、そこは低い所に小窓が一つ開いている。基本的にここから声は聞こえるが、相手の姿は見えない。
そう、ここは懺悔室だった。
「実はシスターが離婚騒動中で」
「ここに来ないでしょうねそのシスター」
誰よりも必要そうだ。その臨時の代替を探していたらしい所をカマスンガさんから僕に白羽の矢が立ったらしい。
「まぁ、少ないですがお礼はしますから」
「神様関係はケチだから苦手なんだよなぁ」
拝金主義の神様なんてろくなことはない。僕は頬杖をついてお茶を啜った。まぁ、誰も来なければ座っているだけのボランティアだ。
「こんにちは」
早速来たよこの野郎。
「あの、私、これでもプロを目指しているんですが」
「はぁ」
「何度描いても満足の行くものが仕上がらないんです!」
「まずはスケッチを中途半端なところで投げ出さずに作品を描き上げて下さい。クラダさん」
「ギョッ!?」
そんなもん聞いただけで判明できる。解決方法もだ。どうせ納得がいかなくなったら描くのやめて次に移るんだろう。
「はい、次いたら来て下さい」
「はい、こんにちは」
「何しに来たんですかターチウォさん」
「ギョッ!?」
だって小窓から胴体が見える。あんなのターチウォさんじゃなかったら逆に困惑する。というか結構ギルマン来るなここ。
「実は彼女にプレゼントを送るため最近頑張ってるんですが」
「へー、ふーん、ほー」
なんかやるせなくなってきた、何が悩みなんだこの人。
「そのせいか、夜の営みが少なくなってきまして」
「ギルマンが夜どこで何をやるんだ、おい」
ギルマンは水中で産卵するので夜の営みは要らない。断じて要らないのだ。
「いえ、子供を授かるには夜プロレスごっこを」
「近所の人間の子供から聞いた話を鵜呑みにするんじゃねぇよ!! まずは水泳の練習をして来い!! 次!!」
「あの、こんにちは。実は彼氏が」
「キアン・コーウさんは今すぐターチウォさんを追いなさい!! それで解決するから!! あと夜のプロレスは意味ありません!!」
「ぜーはーぜーはー。これ、肉体労働じゃないですよね?」
僕はお茶を一気に飲み干す。と言うかギルマン何しに来てるんだ。懺悔室タダじゃないんだぞ。
「こんにちは」
「今度はどのギルマンだちくしょう、もう流れはわかったんだよ!」
「あ、あの。ヒ・ラメイですけど」
「で、何のつまんない悩み持ってきたんですか?」
だんだん自分が横柄になってきているのが分かる。
「あの……今、脱税で家宅捜索が来ていて」
「今すぐ警邏に自首してきなさい」
重犯罪だった。
「さて、次……あれ? ヒ・ラメイさん帰ってなかったんですか?」
下の窓から例の不気味な胴体が見える。
「ええ、出来れば金を貸してもらえると」
「お前はカレイだなーーーー!?」
「ギョーーーー!?」
何となく僕の直感がストライクした。間仕切りになってる鉄の板を倒し、叩きつける。
ほどなく怪盗カレイ・ド・スコープは再び逮捕された。
「ったく、次はどいつだぁ!!」
明らかにヤケになっている僕は奥を恫喝する。これで気の弱いギルマンは逃げてくれると助かるんだが。
「こんにちは」
「シャア・アックさんじゃないですか。久し振りですね」
あ、でも、この人が悩み事とか、嫌な予感しかしない。
「あの、実は会社の金で」
「懺悔室してる場合かーーーー!!!」
「ギョーーーーー!?」
その後、僕は三男さんにふんじばったシャア・アックさんを突き出し。なんとか金策の話をしたのだった。少しお金も貸した。
「もう、帰りますよ……?」
『こんばんは』
僕が夜も遅くなって教会に戻ると、サ・バーンさんとカタクチくんがいた。
「嫌な予感しかしませんけど病院に医者がいなくて平気なんですか?」
僕の言葉に、カタクチくんが返す。
「まぁ、ギリギリなんとか。であります」
それはもう全然やばい、早く片付けてしまおう。
「で、何の懺悔なんです? もう顔見たっていいでしょう?」
ざっくばらんな僕にサ・バーンさんが答える。
「いや、それがね。患者の薬を五十倍間違えていたことがさっき発覚して、言うべきか言うべきでないか悩んでててね」
「ワタクシも通報するか否か悩んでいるのであります」
「サバァアアアアアアアアアアア!!!!」
僕は間仕切り板を振り回して容疑者サ・バーンをぶちのめすのだった。
「結局こうなるんですか」
僕は、後悔とともに頬杖をつく。ブイローさんが呆れた顔で突っ込んだ。
「お前自分できちんと責任取れよ。営業の邪魔にならん程度にな」
ギルマンの物好きさを舐めていたのだ。結局我らが銀貨袋亭には悩み相談に来たギルマンが毎夜行列を作ることになった。
とりあえずワンオーダー制にした。
そして、牢獄では。
「こんにちは、サ・バーンです」
「こんにちは、ヒ・ラメイです」
「こんにちは、シャア・アックです」
「こんにちは、カレイ・ド・スコープです」
『ここ寒いですね』
牢獄の中で、犯罪者たちは震えながら談笑していた。
どっとはらい。