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五十四話 先手必勝!!

 朝早く、チュンチュンとスズメの鳴く中、シーブレード同士がぶつかるぺしぽこというマヌケな音が響いていた。


「ほらほらほらほら!!」


 しかし、流石一流の剣士同士で風切り音はビュンビュン唸る。リチャードさんはナニーさんを圧倒していた。


「こっ……のぉ!!」


 大振りの一撃を振りかぶった時に勝負は決まっていた。リチャードさんの剣が複数回ナニーさんの頭を叩く。


 今回もナニーさんには有効打の一つもなく、ナニーさんとリチャードさんの訓練はリチャードさんの圧勝であった。





 濡らした布で汗を拭きつつリチャードさんは言う。


「もうこの際だから何度だって言うけど、お前のその剣はヴェイン疾風一刀流の振りじゃないからな?」


「えっ!?」


 噴水に顔突っ伏してたナニーさんは顔を上げる。この訓練のなにが良いかってナニーさんは動けなくなるほど疲れると僕を殴らないのだ。


「いや、だからヴェイン疾風一刀流は腕前が上がると振りかぶったりしないんだよ。お前さん攻撃前に必ず振りかぶる癖あるだろ?」


「ししょー! 俺は一体どうしたら!?」


「長男は俺が良いって言うまで死んでも素振り!」


 長男さんが割って入ったりもしつつも、リチャードさんにナニーさんは首を傾げながら言う。


「でも、おもいっきり振らないと威力が出ませんよ?」


「威力はいらないんだよ、ヴェイン疾風一刀流は」


「でも、一撃で倒せなかったら?」


「威力が足りなきゃその重い一撃とやら打つ間に二回三回斬りゃいいだろ。その辺踏まえてもう一回やるか」


 リチャードさんは鉄剣をリースリーブに収め直す。このふわふわした物体をかけて殴れば怪我しにくいらしい。あくまで『しにくい』だが。


「あ、じゃあ。僕は一旦銀貨袋亭に戻りますね。仕込みを始めないと、昨日はお客さんがたくさん来たから」


「ああ、じゃあ長男に送らせようか?」


「良いですよ。子供じゃあるまいし。それに何より長男さんが自発的に強くなろうとする姿には涙を誘います」


 僕はその場から立ち去った。なんだか素振りをする長男さんが遠くに思えた。





「おい、お前」


「はい、なんです?」


 目の前にいるのは、何か凄い悪そうな人だった。黒髪の長髪で剣士風だが、スパイク付きの鎧を着ている。


「俺様はツジギリ・ロバート。剣士をやっているもんだ。紫のハーフローレライ、お前はウィリックだよな?」


「初対面で失礼言いますが、凄く辻斬っちゃいそうなお名前ですね。何か御用ですか?」


 ものすごく嫌な予感がする、僕はポケットに手を突っ込んだ。


「ご、ふ」


 と、同時に視界が歪んで物凄く、痛いというより、熱い。


 地面を見ると、誰ものとも知らない血で染まっていて、あれ、これ誰の血だろうか?


「ち、この街で最強って言うからなんだと思ったら、とんだ見当違いだ」


 最後に、そんな声を聞いた気がした。





 目が覚めると、銀貨袋亭の天井が見えた。毎日掃除してるんだから見間違えるはずがない。


「あ、いて、いててて」


 体を起こすと、胸のあたりがやたら痛い。


「あまり、動くな。いくらなんでもくっついたばかりなのだから」


 あ、サ・バーンさんだ。あんまりドアップで出てこないでほしい。息が詰まる。


「……くっついた?」


「アウレン嬢が運んできたのだが、ここに運んだのが幸いしたな。心臓がまっぷたつだったぞ、珍しい」


「色々突っ込みたいんですがよくそれは生きてましたね」


 まるで他人事であるが実感が無いのである。うわ、上半身が血まみれだ。同じように血まみれの服であったものが脇に置いてある。


 アウレンさんは僕から離されてテーブルに寝ていた、高さが同じであることから僕がテーブルで寝ていることが分かる。


「ジャスティーナ嬢に感謝することだな。彼女が君を生き返らせたのだ」


「ちょっと遅れてたら……蘇生は無理でした。ぜぇぜぇ」


 椅子にもたれかかって座り、荒い息をしているのはジャスティーナさんだ。なるほど魔法か、掛け値なしの奇跡だが、死人が生き返るとは初めて聞いた。


「そうなると、僕はツジギリに辻斬られちゃったわけですか?」


 サ・バーンさんは神妙に頷き。


「うむ、辻斬られていた」


 そこにリチャードさんが部下と一緒にドカドカと駆け込んできた。手には手配書を持っている。


「ウィリック君! 辻斬りに遭ったっていうのは、もしかしてこの男かい?」


「……ツジギリ・ロバートって本名だったんですね。数奇な名前にも程があると思うんですけど。この男でしたよ」


「冗談を言っている場合じゃない。何人もの剣士専門の辻斬りでな、剣鬼を何人も斬った恐ろしい男だ。こんなのが街に入ってきたら大変なことになるぞ」


 物凄く嫌な予感がするので、僕は口を開く。


「ナニーさんと長男さんは?」


「……俺もまずいと思ってたんだ、そいつを探している。止めはしたんだが、まさかこいつとは思わなくてな」


「そりゃまずい、ナニーさんだと必ずどっちか死にますよ」


 僕は、痛む体を押して無理やり立ち上がった。





 ここからは、僕が後から知った話だ。


 ナニーさんは剣を挿した男に後ろから斬りかかる。火花を散らして剣がぶつかり合った。


「……これは、随分乱暴なお嬢さんだ」


「血の匂いをプンプンさせている人に言われる筋合いはありません」


 長男さんは慌てて周りを囲むギャラリーをなだめ始める、なんとかパニックにならずにすんでいた。


 男の、ツジギリ・ロバートの剣は血で汚れていた。


「女だてらに中々出来ると見える。丁度良い、食い足りなかった所だ。ジジムムとか言う奴、とんだガセを掴ませてくれてな」


「先手必勝!!」


 更に火花を散らして剣が交差する。


「まぁ慌てるな。お前はヴェイン疾風一刀流が入ってるが、我流だな? 俺様も我流でな。だが、そこそこ出来るようだが、俺様には残念ながら敵わんぞ」


 街中で激しく強い剣戟の音が鳴り響き始めた。





 何度目かだが、ナニーさんが打ち負け、剣が弾かれる。


(私が……パワーで負けてる!?)


 腕力では誰にも負けなかっただけにナニーさんは背中に嫌な汗をかいていた。


 そしてついに剣が高い音とともに飛ばされ、膝をつく。


「女だてらにそこそこ使えるようだったが、最強の俺様、ツジギリ・ロバートには敵わなかったようだな? この瞬間が良い、自分が最強だと思ってる剣鬼を斬り捨ててやる瞬間のために俺様は剣士をやっている」


 ナニーさんは、それでも笑みを浮かべつつ。応える。


「私は……こういう時に活躍できるように、剣を鍛えているんです」


「あん?」


 トドメとばかりにツジギリ・ロバートが剣を振り上げた瞬間だった。


『肉体強化』


 魔術だ、ナニーさんは肉体強化の魔術を使う。


 そして、剣より速く黄金の左ストレートをツジギリ・ロバートの顔面に叩き込んだ。


「志のない人間に負けるわけにはいきません!」





「面白い、面白いなぁ。剣捨てた途端に人が変わりやがった。お前俺様側の人間だよ」


「ィァアアアアアアアア!!!」


 ナニーさんの殺人フックの連打がツジギリ・ロバートに剣を振るう事を許さない。リーチに勝る剣に素手で対抗するのは本来は困難を極めるだろうが、ナニーさんの格闘技のセンスと息がかかるほどのイン・ファイトが逆転の起因となっていた。


「……だが、お前は俺様に敵う道理がねぇ」


 片腕でガードに徹していたツジギリ・ロバートがサメのように笑う。剣をスルリと生き物のように振るい、ナニーさんの体の内側で体を捻る。


 内側の、更に内側を取ったのだ。器用に肘を折りたたみ、僅かな隙間に体を入れての曲芸である。


 だが、死に至る曲芸。


(……や、ばっ! 死)


 そこまで、ナニーさんが感じた時だった。


「先手必勝!!」


 更にその内側に剣をねじ込んでツジギリ・ロバートの剣を剣が弾く。


「リチャードさん……!」


 ナニーさんは尻餅をつき、体を入れ替えるようにリチャードさんがたどり着いた。


「ま、間に合った。無事ですかナニーさん?」


 僕も、息を切らせながらなんとか間に合う。


「コッテコテのヴェイン疾風一刀流。リチャード。そうか、お前がこの街で三番手のリチャード……いや、一番だな? やっぱザンド白影真流のやつの言葉は信用ならねぇ」


 一歩下がってツジギリ・ロバートはニヤリと笑う。


「こんな面白そうな奴が残ってるじゃねぇか」


「ツジギリ・ロバート。お前は国際指名手配だ、ハーヴリル警邏隊がこの場で逮捕する」


 リチャードさんは剣を突きつけそう言った。





「はっ! どんな剣士かと思ったら兵士かよ! 兵士じゃ俺様……剣士には勝てる道理がねぇな!! 俺たち剣士は剣のプロだ!!」


 そして必勝を期してツジギリ・ロバートは呪文を唱える。


『加速!!』


 魔術は全く同じ、同じ呪言を吐いて面食らったのはツジギリ・ロバートの方だ。


「先手必勝!!」


 もはや目で追うのが億劫な程の細かい剣戟を間断なくリチャードさんは叩きこむ。僕から見てツジギリ・ロバートはそれを受けるので精一杯だ。


「あれ、行けるんじゃないですかね?」


「いえ、あれじゃあいけない……!」


 言ったのはナニーさんだ。


「おらよっ!!」


 ツジギリ・ロバートが剣に合わせて剣を押すと、リチャードさんの身体が傾いだ。


「危ない!」


 だが、リチャードさんはそのまま転がり、続く必殺の一撃を既の所で回避する。


「はっ! ヴェイン疾風一刀流の道場剣術かよ。道場剣術じゃどんなに鍛えても俺様には勝てる道理はねぇな、くぐって来た死地の数が違う。俺様は、数えきれない数の剣鬼を斬ってきた!」


 こればっかりはリチャードさんでも危ういか。だが、あまりに速すぎてもう手が出せない。


「御託と芸はそれだけか? 怪力自慢だけではヴェイン疾風一刀流は崩せない」


「舐めるな……!」


「先手必勝!!」


 またしても、教科書通りの先の先。ヴェイン疾風一刀流の速い斬撃である。


 それを手に中で器用に剣を回して弾くツジギリ・ロバート。あんな技、よほど握力がないと出来ないだろう。


「俺の我流は天才である俺様が編み出した技!! 古臭いヴェイン疾風一刀流に勝てる道理なし!!」


「じゃあ、一つずつ撤回してやろうか!」


 だが、今度はリチャードさんも揺らがない。更に接近し、近い距離からより速く回転数の高い連打を浴びせる。一層剣の音は軽くなる。


「まず、兵士は剣士に勝てないとのことだが。毎日鍛錬を行い、有事の際には命をかけ、平時の際には市民を守る兵士は、自分一人生き残ればいい剣士など比べ物にならないほど背負っているものが違う。よって、剣士が兵士に勝てる道理なし!」


 軽い剣は弾きやすいが、弾いたことによるバランスも崩れにくい。互いに剣を合わせるだけのような剣戟が続く。


「それじゃダメ、それじゃあ!!」


 ナニーさんが叫ぶのと内の内にツジギリ・ロバートが剣を合わせるのは同時だった。


 だが、その時剣戟の音三回。僕はもうさっぱりわからないが、ナニーさんは目を見開く。


「内側の剣の、更に内側から、振りかぶっていた剣に三回当てた!」


 軽い剣も三回当てて崩されればバランスが狂うらしい。思わずツジギリ・ロバートはたたらを踏む。


「そんなに力を込めちゃ、せっかくの器用さがパーだぜ? 次に道場剣術は実践剣術に勝てないと言ったが、その道理もナシだ。人を殺しちゃそいつとはもう戦えない。だが道場剣術は何度でも敵が挑んでくる。それも更に強くなって! よって人斬りが道場剣士に勝てる道理なし!」


 上下に器用に打ち分けて剣を振るうリチャードさんに、ツジギリ・ロバートは次第に押されていく。間に合わず、軽い傷が増えていく。


「この程度っ!!」


 ツジギリ・ロバートは一発逆転の賭けに出た。片腕で攻撃を凌いで振りかぶりで命を断つつもりだ。それくらいは僕でも分かる。まさに、肉を切らせて骨を断つ。


「喰らえっ!!」


 だが、あえてリチャードさんは攻撃を一瞬止め、振りかぶりを誘った。


「ヴェイン疾風一刀流開祖曰く……『スピード最強』!!」


 耳を覆いたくなるほどの回数、甲高い剣の音が鳴り響き、ツジギリ・ロバートの剣は空を切って地面を叩く。


 そして、その剣をリチャードさんは叩いて斬った。真っ二つだ。


「なに、やったんですか? あれ?」


「私も……良く、ただ、折れた剣を見る限り……あの人ずっと剣の同じ場所を叩いてたみたいです。何百回も」


 ちょっとゾっとした。ヴェイン疾風一刀流の開祖ロクなこと言わねぇなとか突っ込む気もない。


「最後に。ヴェイン疾風一刀流は三百四十年の歴史がある。一人の天才が技を編み出したなんてこと、三百四十年前に終わってるんだ。よって我流が流派に勝てる道理なし」


 そこまで言うと、リチャードさんは剣をしまう。それと同時にツジギリ・ロバートは崩れ落ちた。


「え、今度はなんで? そんな怪我もしてないみたいなのに」


 僕は駆け寄って彼の様子を見る。


「……呼吸困難だ。動きすぎて倒れたんだ」


 リチャードさん、人間じゃねぇんじゃねぇの?





「それで一件落着か。お前要らなかったんじゃねぇの?」


「でしょうねぇ、今回僕がいなくてもリチャードさんが全部片付けてますよ」


 僕は、自分の血で汚れた店内を掃除しながらブイローさんに答える。


「なにをしに行ったんだよ、お前。下手を打てば自分の命が危なかっただろう?」


「そりゃあ……ささやかな復讐を」


「あ、さてはお前何かやりやがったな?」


 ブイローさんと一緒に笑う、勿論。





「目が覚めたかい?」


「うぉわっ!?」


 ドアップのサバに慌てて目を覚ますツジギリ・ロバート。


「ここがおさかな天国じゃなきゃ地獄だな。おい」


「なにを言っているか分からないが、命の別状はないよ」


 ツジギリ・ロバートは一つ溜息をつくと。


「なら、警邏隊に捕まる前に行かないとな。ひとまず、兵士にでもなってみるか」


 そう言い、伸びをした。タフな男である。


「いや、それは良いんだけど。金を払ってくれなきゃ困る。治療費はタダじゃない」


「……ああ、それならたんまり荷物に入ってたはずだろう? あれで足りないってことはないよな?」


 サ・バーンは首(?)を振り答える。


「荷物に金目の物はなかったよ」


「……なら、誰かが持ってったんだろう。誰だよ」


「それなら、ここにはリチャードくんとウィリックくんが運びこんだから、ウィリックくんだろうね」


 はた、とツジギリ・ロバートは動きを止め、思案する。


「ウィリックって、あの紫色でひょろいハーフローレライ?」


「ああ」


「……くっ、はっはっは、はっはっはっは!!」


 ツジギリ・ロバートは憑き物が落ちたかのように高く笑った。


「やられた! 警邏隊の、しかもあの男の目の前で堂々と財布を抜くのか! たかだか一矢報いるために! ありゃあ最強だよ、勝ち目がねぇ!!」


 そこに、鉄扉をぶち破ってジジムムが入ってくる。サ・バーンはダバダバ逃げ出した。


「聞き耳立てる限り、どうやらウィリック殿に負けたと見えるが、それはこれ、これはそれ! この場でワシとの決着付けてくれる!」


「おいおい、こっちは得物がねぇぞ」


「なお好都合!」


 ジジムムは喜び勇んで突っ込んでくる。


「お前は最低だな!!」


 ハーヴリルの最強事情がどうなったのかはともかく。ウィリックはその日大変羽振りが良いのでありました。


 どっとはらい。




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