五十三話 鳥ギルマンコンテスト
「さて、今日は快晴に見舞われ、絶好の飛行日和となっているぜ。ここはハーヴリルの崖付近、鳥ギルマンコンテストが開催となるぞ」
「……最初っから何なんですかブイローさん。仕込みの途中で引っ張り出してきて」
僕らは、切り立った崖の前に長机と椅子を引っ張り出してきて座っていた。崖の高さは十五メートルはあろうか、ずいぶん高い崖だ。勿論下は海になっている。
辺りには鳥ギルマンコンテストの名前の通りギルマンだらけである、というか人間が見当たらない。ここでかんしゃく玉鳴らしたらさぞかし大パニックになるだろうな。自分が死ぬからしないけど。
「何って、鳥ギルマンコンテストだよ」
「トビウオやダツじゃあるまいし、ギルマンは飛びませんよ。比喩抜きで」
ローレライだったらまだ魔法で飛んだ可能性もあるだろうが、ギルマンは飛べない。ギルマンには魔法や魔術に並ぶ能力はないからだ。跳ぶくらいはするかもしれない。
「まぁまぁ、お前解説だから解説しろって、んで今回で第十三回目になるわけだが」
「結構中途半端な歴史ありますね。投身自殺が流行ってるんですか? あと、なんで僕らが解説と実況をやるんですか?」
「しょうがねぇだろう! 俺だって休めるもんなら休みたいけど金貰ってるんだよ! あと商店街の順番なんだよ!!」
「貴方はそれで良いでしょうけどねぇ……」
まぁ、とりあえず実害はなさそうだから良いか。様子を見て危なそうなら逃げよう。
「さて、第一の選手はヒ・ラメイだ。ダッシュして、おもいっきり、跳んだーーー!!! 落ちたーーー!」
どばしゃーん。と水面に落下する、僕は椅子を蹴って立ち上がった。
「ちょっと待てやこらぁ!?」
「落ち着け、落ち着けウィリック」
「これが落ち着いてられますか! あの人なんで三十センチの砂山から飛び降りれなくて十五メートルの崖から今飛んだんですか!?」
前回そんなことがあったのだ。前回と言ったら前回だ。
「落ち着け、どうどう、角砂糖食え。相手はギルマンだぞ、暴動が起こったら死ぬ」
「……意外にシビアですね、これ」
僕も事の次第を飲み込めてきた、そういえば何百というギルマンに囲まれているのだ。
「えーと、只今の記録は、三メートル、三メートル」
「そんなもんでしょうね」
そりゃそうだ、崖から垂直落下に近い。なんでこいつら集団で投身自殺やってるんだ。臆病者の集団のくせに、まぁ、そりゃギルマンだから溺れはしないだろうが。あいつらはエラ呼吸も出来る。
「続いての選手はサ・バーンさんですか」
「解説。どっちのほうが飛ぶと思う?」
「そりゃサ・バーンさんですよ。運動不足になりがちな芸術家のヒ・ラメイさんと違ってサ・バーンさんはスポーツマンです。この手の競技だったら歴然でしょう、ほら、飛んだ」
サ・バーンさんはなんと八メートル以上飛んだ。僕はブイローさんに聞く。
「ところで、この大会なんか得があるんですか?」
「優勝したら有志による商品がもらえるらしいぞ、目録」
「鉄タワシ百個、ワカメ十キログラム、トコブシ十キログラム……何だこりゃ。完全に趣味だって分かりました」
改めて僕達は、ポイポイ水に飛び込むギルマンたちを眺めた。
「起きろ、おい、起きろ」
「あ、寝てました? すいません、あまりにも代わり映えしない光景に睡魔が襲いかかってきて」
「分からんでもない、最後の奴が飛んだぞ。結局飛距離はカマスンガの十六メートルが最高だったな」
「カマスンガさんえらく飛びましたねぇ。まぁ、これでカマスンガさん優勝で終わりですね。表彰式に」
「何を言っている」
あ、なんか嫌な予感。
「これで第一回戦が終わったところだぞ。この鳥ギルマンコンテストは勝ち抜き戦だ」
「……」
「……」
たっぷり三十秒噛みしめてから、僕は席を蹴った。
ギルマンの観客に取り押さえられた。
「ったく、これなら地味にアジ捌いてたほうが百万倍マシですよ、今日の分の仕込みがもったいない」
「言うな、さて、次はサ・バーンとターチウォの勝負だな」
「結構好カードですね」
サ・バーンさんは何やら崖に、大仰な羽のついた謎の機器を運びこむ。
「あ、あの、あれなんですか?」
「ああ、このコンテストでは同じ飛び方で飛んだ奴は失格になるんだ」
そうなのか、でもそれを聞きたいんじゃなくてね?
「いや、だからあれはなんですか?」
「だから、飛ぶんだよあれで」
「……あんな大きなものが、飛ぶわけが」
その時であった。崖から落ちたサ・バーンさんの機体がふわりと。
確かに持ち上がったのだ、空へ。
「う、うわ……」
そのまま十数メートル滑空して水面に着水する。
「記録、十九メートルだな」
「……なるほど、小さなトンビみたいなことするんですね」
トンビは巨大な鳥だが、ほとんど羽ばたかないことで有名である。風に乗って舞い上がるのだ。
しかしあの機体、使い捨てなのだろうか。貧乏なのに勿体無いことをする。あとなにでできてるんだろう、木製じゃないよなぁ?
「一方のターチウォが出るぜ」
「持ってるのは、縄ですか?」
縄で降りて……浸かった。腰くらいまで浸かってずんずん歩いている。
「……あの、あれ、アリなんですか?」
「有りだな。ルール上肩まで浸からないと失格にはならない。船と類似するものは禁止だがまさか背が高いなんてルールはなかったからなぁ」
だが、ルールの盲点を突いていこうなんてお天道様が許していなかった。
「あ、沈んだ」
「あのへんに深い海溝があるんだ。この付近の海は突然深くなるからな」
「って、あの人カナヅチですよ、救護、救護班ーーー!!?」
僕も思わず椅子を蹴って立ち上がる。
しばしあって。
「なんとかなった。……ゼェゼェ、めっちゃ深くまで沈んでた」
僕は頭の上にワカメを乗せて肩で息をしていた。浜には水を吹いてるターチウォさんが寝ているのをサ・バーンさんが見ていた。
「エラ呼吸する生き物がなんで溺れてるんだ? それよりお前が潜ってる間に大分プログラムが進んだぜ、もう準決勝だ」
こいつらとことんマイペースである。人の苦労も分かれ。
「えーと、次のプログラムは……サ・バーン対カタクチくんだな」
「あの診療所、今ナニーさんしかいないんですか、それは危険な」
そして、カタクチ君とサ・バーンさんは揃ってターチウォさんから離れ……。
「って、患者放り出すなぁーーー!?」
僕の絶叫が青空に響き渡る。
ややあってプログラムは再開された。
カタクチくんはサ・バーンさんが開発したものと似たようなものの小型版みたいなものを背負って飛んだ。記録は、軽量化したのが良かったのか、うまく風に乗ったのかなんと三十二メートル。
「対するサ・バーンさんですけど……あれ? ロープで降りてますよ。ターチウォさんと違ってサ・バーンさんじゃ頭まで潜っちゃう」
「こっからすげぇんだよあれは」
どうも、ブイローさんはこのよく分からないコンテストを何度も見ているようである。確かに面白く奇っ怪なお祭りであることは認める。地味に迷惑だが。
サ・バーンさんはロープで慎重に着水すると……沈まない。水の上に立っている。
「え!? 魔法の靴ですか!?」
「いや、何でもあの変な丸くて平らな靴は魔法じゃなくっても慎重に使えば水の上を歩けるらしい。めっちゃ難しいけどな」
本当だ、鍋敷きのような靴を履いている。あと、試したのかこの人。そう言ってる間にもサ・バーンさんはすいすいと水の上を歩いて行く。結局、波間に揉まれてサ・バーンさんが消えるまでゆうに七十メートルを歩いた。
「……ここまで来ると、なんか無我の境地に達しますね」
「俺も不思議な生き物だと思う」
続いてプロペラできりもみ回転しながら浮遊落下するクラダさんとか見つつそう思うのだった。
さて、プログラムは進んで決勝戦。
結局最長記録保持者であるサ・バーンさんと、棒高跳びでクラダさんを下したシャア・アックさんが残った。くじ引きの結果シャア・アックさん先行である。
「この次なにをやるか全く分からないところが本当に怖いですね」
「それがこの大会の醍醐味だ、始まるぞ」
シャア、アックさんは勢い良く崖からダイブして足から着水と、同時に猛烈に足を回転させた。
そう、右足が沈む前に左足を蹴り、左足が沈む前に右足を蹴る、理論上無限に進める方法である。
理論通りに行けばの話であるが。
「あ、沈んだ」
「二十メートル、それでも持ったほうだな。ギルマン気合で海を走れるのか、つくづく分かんねぇ」
「シャア・アックさんは対戦相手に恵まれましたね。でも、サ・バーンさんもネタ切れでしょう」
サ・バーンさんも無策で崖から飛び降りる。落ち……いや、落ちない。
サ・バーンさんは飛んでいる。両手に持ったものをひたすら羽ばたかせ。大空を、夕日に向かってどこまでも飛んで行く。
「うちわ、ですね……」
「そうだな……」
僕達は小さく消えていくサ・バーンさんと夕焼け空を呆然と眺めるのであった。
結論、ギルマンはその気になれば空を飛ぶ。
「って、メッチャクチャ忙しいじゃないですか!? この人数のギルマンなんなんです!? この店のキャパ超えてますよ!!」
店に帰ると、僕はひたすら続く揚げ物地獄に陥っていた。客はギルマンが百人はいるだろうか。とんでもない人数である。
「いや、終わったら皆で会食するのが鳥ギルマンコンテストの習わしらしい。んで、今回はこの店なわけ」
「なるほど……ちくしょう、やっぱり実害あるじゃないか! あ!」
僕はなんか嫌な予感をしてブイローさんの袖を掴んだ。
「何だその手は」
「ブイローさん、あなた、今から寝る気でしょう?」
「この宴なんか三日三晩続くんだよ! やってられっか!! 夕方になったら起きて手伝うから!!」
「サラッと二十時間寝てんじゃねぇよ!!」
僕とブイローさんの醜い小競り合いはダイケルさんに止められるまで続き、結局二人で三日三晩労働するハメになるのである。