五十一話 ギルマン恋愛事情~第二夜~
「毎度すいませんね、呼びつけちゃって」
うらぶれた路地の屋台で僕はコハダを飲み込む、ああ美味しい。
「いえいえ、良いんですよ。最近残り物の揚げ物ばっかりで体がフレッシュなものを求めてましたし」
〆にガリを含んでグリーンティーで流し込む。余り物だけとはいえ、アンコウのギルマン、キアン・コーウさんの屋台は人気店だ。味は一級品である。今日はこれだけで得をした。
「ところで、そちらの方は?」
「ぶーひゃひゃひゃひゃ!! あはははははは!!!」
「ワライタケです、まだ憑かれてるんですよ」
僕の後ろにいる腰のほどのキノコはワライタケ。非常に迷惑でかつ有毒などーしようもないキノコだ。
「出来れば人に聞かれたくない話なんですがねぇ」
「気にしないで下さい。ターチウォさんの話しによればこいつらは反射で笑い返してるだけで、脳みそも思考力もないらしいです。本能的に面白そうなところに行くんだとか」
「気になる」
僕も気になる。
「……で、何の用なんです? あらたまって。またスシネタの話ですか?」
「ああ、いえ、実はこの間手伝ってくれたあの縦に長いギルマンの方」
「ああ、ターチウォさんですね」
太刀魚のギルマンだ。この世界で彼ほど縦に長い人はいないだろう。
「はい、実は私、あの方に恋を」
ぶばぼっ!
「汚い」
「すいません、想像しちゃって」
慌てておしぼりでグリーンティーを拭く。
「しかし、そういうことなら……あ」
まずい。ターチウォさんもキアン・コーウさんに恋をしているので両思いだ。そこは問題ない、しかし、僕はこの件を固く口止めされているのだ。
金を受け取って。
そして、僕は現在スカンピンである。全部砂糖にして、ボンボンに変えちゃったのだ。
「そこで、彼のことを知りたいのですが……」
キアン・コーウさんの話は、だんだん悪い方向に流れていった。
「ぶーひゃははははは!!」
ワライタケに心底ムカついた。
「で、結局こうなるんですね」
僕らは、大通りでターチウォさんを張り込みしていた。
「それにしても……」
メンバーは、僕と、キアン・コーウさん、キアン・コーウさんは巨大なため超目立つ。
「あっひゃっひゃひゃひゃひゃ!!」
そしてワライタケ。世界で一番スニーキングミッションに向いてないメンバーではないだろうか。
「もうちょっと黙れないんですか、ワライタケ」
「うっぷ、く、くくくく……」
忍び笑いに変わった。まぁ、これくらいで許そう、本当にこいつ知能ないんだろうな?
「ターチウォさんが動きますよ」
恋する乙女キアン・コーウさんが指差す。あの方向は……。
パイプオルガンが響く昼間の教会。ついこの間再建されて新しくなったそこに、少々のざわつきとともに彼はいた。
「アーメン」
ターチウォさんは膝を折り、頭を垂れて神に祈っていた。
「敬虔だ」
「敬虔ですね」
ギルマンに神の加護はない。神様は基本現金で、代価を求める存在なのだ。僕もことあるごとにボンボンを持って行かれている。
だが、少数ながら祈り続ける人はいる。そういう人は立派だし、そういう人の寄付金で教会は運営され、神の存在が流布されるのだ。
だがどんなに立派でも、ギルマンに神の加護はない。神様は差別主義なのだ。
「なんか、見てはいけない所を見たような」
「あ、動きます」
僕らはターチウォさんを追った。
静寂に浸りきった午後の小さな図書館。ページをめくる音だけが響き渡る。
ターチウォさんはそこで黙々と勉強をしていた。
「勤勉だ」
「勤勉ですね」
めくっている本は、図鑑か。ああ言う本は高くて一般人の手は伸びない。挿絵は何らかの魔術で複写しているらしいのだが、そもそもその術も、絵の具も高くつく。黒のインクでカタがつく普通の本とは、ちょっと違うのだ。
同じようなコストがかかっているえっちぃ本は結構売ってるので、需要と供給の問題もあるのかもしれないが。
「も、もう限界っ! あーひゃひゃひゃぶひゃぶひゃひーひゃっはっはひゃっは!!」
「あっ!ワライタケ、コラ!!」
ワライタケはついに空気に耐えかねて大笑いを始めた。
「……」
「あ、でも。ターチウォさんは気がついた様子はないですね」
「頭が高いからでしょうか。……よくあれで本が読めますね」
視力が良いのだろうか。何よりともかく僕らには課題がある。眼鏡の司書さんが睨んでいるのだ。
僕らは図書館から蹴り出された。
「やれやれ」
僕はベンチに座ってレモネードを飲む。キアン・コーウさんのおごりだ。キアン・コーウさんは水を飲んでた。ちょっと高い名水のやつだ。あれの味の違いがわからない。
「あ、あれ」
「ん? なんです、キアン・コーウさん」
指差した方向には、夕方の涼しい風の中ジョギングをするターチウォさんが。なんでジョギングだと分かったのかというと、トレーニングウェアを着ている。胴体すっごいはみ出てる。
「健康的だ」
「健康的ですね……」
ひょっとして、ターチウォさん真面目な人なのだろうか、今のところ弱点が見当たらない。
「キアン・コーウさん、そろそろ帰りませんか?」
「そうですね」
人となりは十分わかっただろう。僕もなんか深入りしてはいけない気がしてきた。
帰り道である。
「ひゃーひ、ひ、ひゃっひ、ふ、へっ」
「あ、ワライタケがだんだん弱ってきてる」
こうなるともうじき動きが止まるらしい。良かった、やっと開放される。
「ぶるひゃひゃぶひゃばばははははあああああああああ!!!!!」
断末魔なのか唐突に、ワライタケが怪音を発する。最後の最後まではた迷惑なキノコだな!?
「ぶるひひひーん!」
そして、その笑い声で馬が一頭暴れだす。繋いであった綱を切り、唐突に走りだした。
向かう先にいたのは驚いて固まっているキアン・コーウさん!
「キアン・コーウさーんっ!!」
今はなった声は、僕ではない。
そう、ターチウォさんだ!!
後のことや、僕が投げ放ったワライタケが馬をなぎ倒したことなどは、些細な事なので語るまでもないだろう。
その夜、銀貨袋亭でターチウォさんと語っていた。この店なら万が一奢ることになっても金が無いで済ませられる。
給料払いだ、トホホ。
「すごいタイミングで通りすがりましたね、また。まぁ、事情は今話したとおりです」
「いえ、気がついてましたよ」
「あれ?」
あ、いや、でもあれだけ騒いで気が付かないはずは、確かにない。
「いつくらいからなんです?」
「銀貨袋亭で待ち合わせをしていた頃から」
ごっつい初期である。と言うより。
「ターチウォさんって空気読めたんですね……空気読めるギルマン初めて見ました」
この人、ひょっとして弱点がないのではなかろうか。
「まぁ、というわけで、おめでとうございます。後はギルマンですから産卵するだけですね」
下世話だが、そうなる。……ん、だが。おや?
「ちょっと待って下さい。ターチウォさん、あなた、カナヅチじゃなかったですか!?」
「カカカ、カナヅチだと何か問題が!?」
目に見えてうろたえるターチウォさんに僕は突っ込む。
「魚は海で産卵するんですよ!」
「陸でワンチャン!」
「ねぇよ!!」
話は結局ターチウォさんが泳ぎを覚えるまで、となった。
現在崖の下でバタ足をするターチウォさんとそれを見守るキアン・コーウさんという不気味なカップルが見られる。
「……で、終われれば綺麗だったんですけどねぇ」
『ひゃーはっはっはっは!! 終われねぇでやんの!!』
「うるさい!」
『ひゃーはっはっはっは!!』
『ひゃーはっはっはっは!!』
『ひゃーはっはっはっは!!』
雨の中、僕を取り囲むワライタケ、僕だけではない。この辺りの人間全員そうだ。
ワライタケは、見事胞子をばらまき大繁殖し、ハーヴリルの街を笑いで包むのだった。
どっとはらい。