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四十八話 がんばれ! ぼくらのカタクチくん!

 この物語を語る前に二つの断りを入れておこう。


 この物語は、僕ウィリック・アメラルドが、サ・バーンさん達と野球にかまけていた間に起こった事を、カタクチイワシのギルマン、カタクチくんから伝聞で聞いた話であること。


 そして、この物語のオチは僕が土下座して謝ったことであるということだ。


 その上で、このカタクチくんのストーリーを読んで頂けると助かる。




 では、始めようか。




「朝でありますか……」


 カタクチくんの朝は早い、今日も徹夜でカルテと伝票の整理をやっていたのだ。ので、朝という概念が実質無い。彼にとっての朝とは、患者に配る朝食を準備する時間を指す。


「やれやれ、ここ数日サ・バーンさんとナニーさんは野球の練習とかで診療所を空けることが多いし、今日は一日試合で抜けるし、仕事が多いったらないでありますよ」


 患者が来なくても入院患者は減りはしない。カタクチくんは毎日これらのお世話をしているのだ。


 カランカラーン。


「はいはい、なんでありますか?」


「おお、すまんのカタクチくん。どうやらまた、痛くなってきたようで……」


「痛み止めが切れたんでありますね。水と持って来るであります」


 カランカラーン。


「はいはい、ちょっと待つでありますよ」


 カタクチくんは、通常業務以外に呼び鐘で患者さんの面倒を見に行く、これが結構手間を食うのだ。


「どうしたであります?」


「医者がこねーんだけどさ」


 新しい患者のスミスはふてくされた。それもこれも、彼はここ数日自分の医者の顔を見ていない。


「いらないでありますよ。ひどく衰弱してたけど何が悪いってわけじゃないでありますから。んじゃあ、またあとで」


 カーテンをジャッと閉めて朝食を作りに行く。




 病院食は不味いと聞いたことがあるだろうか。それは、このサ・バーン診療所の食事を食べるまで待って欲しい。


「本日のメニューでありますよ」


「……期待してないけど、何?」


「パノミーの粥に物凄く健康に良い薬草をぶち込んだものと、パノミーと物凄く健康に良い薬草のスープに、物凄く健康に良い薬草ジュースであります」


「せ、せめて水を、水をくれ……!」


 そう、このサ・バーン診療所の飯は、クソ不味い。いや、超クソ不味い。


 たびたび脱走者が出ては外の屋台でホットドックを貪っているという噂を聞く。


 極稀に入院患者にウィリックがいたり、差し入れがあった時は神扱いされるらしい。


「体に良いでありますからね。じゃんじゃんおかわりするでありますよ」


「誰がするかっ!」


「新入り、諦めろ、ここが地獄の一丁目さ」


 入院歴の長い方々は、死んだ魚のような目をして流動食を流しこむ。しかし、体に良いのでこれがメキメキ効くのだ。サ・バーン診療所の医者要らずである。


 朝食が終わったらモリモリ事務仕事をしながら、患者の受付をする。サ・バーンがいないからといって患者がいないわけではない。


「はい、この薬とこの薬でありますね。お会計は銀貨一枚と銅貨二枚になるであります」


 そう、薬だけの患者とか、急患とかが来る恐れがある。急患が来た場合には申し訳ないが、他の病院に連れて行ったり医者が来たりする。


 あまりにもな急患はローレライにお願いすることもあるため、そこまで診療所の役割は重要ではない。


「それよりも書類であります」


 カルテの管理と、伝票の整理はカタクチくんの仕事であった。向こう三年分ほどの仕事が溜まっている。これでも向こう五十年分の仕事から減らしてきたのだ、徹夜で。





 それが終わると地獄の昼食タイムである。メニューは物凄く健康に良い薬草たっぷりパノミーパンと物凄く健康に良い薬草サラダ、それに物凄く健康に良い薬草ジュースである。


「だから……み、水をくれっ!」


 スミスは嗚咽する。物凄く健康に良い薬草は物凄く不味いので延々ループなのだ。


「慣れちまえばこれも快感になるのさ、そこが地獄の二丁目だ」


「い、嫌だー! 出してくれー!」


 スミスは逃亡するがカタクチくんに取り押さえられた、それほど健康ならそもそも入院などしていないのだ。




 まだ、サ・バーンさんたちは戻らない。たぶん今自分も抜けると大変なことになるだろう。医者不在で看護師不在の病院は墓と同じだ、席は外せない。




 昼食が終わると今度は薬草の調合を始める。ブイローさんのお爺さんヒオラーさんが来てからというもの、すごく診療所を綺麗にしてくれるので掃除がいらなくて助かる。


 ただし何人か必ず駆り出されて悲鳴を上げている。


「ふーんふーん、ふんふふふーんでありますよー」


 鼻歌など歌いながらごきげんである。サ・バーン診療所では基本薬草を買い付けて使用している。薬は高いので自作しているのだ。カタクチくんはここで薬剤師の免許を取った。


 物凄く健康に良い薬草は農園で栽培している。殺人的に生えるので毎日提供してもモリモリ食える。


 ヤバい植物なのかもしれない。




 ベッドのシーツを変えたり、選択をしたりなどで午後を潰したが、まだサ・バーンさんたちは帰ってこない。夕飯時に事件が起こった。


「まずいでありますね」


「それはこの夕飯がか? だとすれば全面的に同意すんだけどよ」


「うう、まず、まずい……止められない」


 夕飯のメニューは物凄く健康に良い薬草鍋である。暑い季節に熱い物凄く健康に良い薬草を食べると物凄く健康に良い。


「いえ、なんか帳簿が合わないのでありますよ」


「け、計算ミスじゃねぇ?」


「我輩生まれてこの方一度も計算ミスをしたことがないのでありますよ。検算もしましたであります」


 後ろを向いて口笛を吹くスミス。カタクチくん的には怪しいところはない。


「サ、サ・バーンさんの使い込みじゃねぇ?」


「サ・バーンさんは昨日の夜から帰って来てないので」


 真顔で答えるカタクチくんにスミスも真顔で答えた。


「というか、医者がいないのに入院費用払うのっておかしくね?」


「泥棒がいるかもしれないであります」


「ごまかすなよ」


 ギルマンは都合の悪いことは普通にスルーする。カタクチくんも例外ではない。


「泥棒……逮捕、崖の上、逆上……コワイ!」


 カタクチくんは立ち上がりダッシュで逃げようとするが、それを患者たちが取り押さえる。


「なにしてんだ!? せっかく勝手に想像して怖がってるんだから落ち着くまで逃がしゃいいだろう! しめたと思ったのに!」


「馬鹿野郎! カタクチくんがいなかった時のことを想像してみろ……! 飯こそ不味いがシーツも替えてもらえず、薬も貰えず、医者を呼びに行っても貰えない! ……俺らは死ぬぞ!」


「俺も参加する!」


 慌ててスミスも参加するがカタクチくんはするりと抜けていってしまう。


「くっそ!」


「おい、病人が無茶すんな!」


 小階段を登って鉄扉を開け、カタクチくんはダッシュで外へ。


 それにスミスが力を振り絞って飛びかかる。


 それがまずかった。


「暴れ馬だーっ!?」


 どかっ!


 哀れ二人共、暴れ馬に轢かれて宙を舞う。打たれどころが悪かったのかそのまま地面に落ち、ピクリとも動かない。


「おい! しっかりしろ、カタクチくん!」


「誰か、誰か医者呼んで来い!」


「サ・バーンさんか!?」


「どこにいるか分からねぇ生き物呼ぶんじゃねぇよ、人間だ!! 人間を呼べ!!」


 カタクチくんは薄れる意識の中で、使途不明金はひょっとして自分の借金に追加されるんだろうかとか考えていた。



 負けるな! ぼくらのカタクチくん!


 がんばれ! ぼくらのカタクチくん!


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