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四十七話 ギルマン野球

 真っ赤な太陽に青い空、白球を追って泥にまみれる。


「追えーっ! そのフライは捕れる!! ってーか捕れー!」


 僕らは絶賛青春野球してた。


 どうしてこうなった。




 事の始まりは、またもやブイローさんであった。


「町内会対抗の球技大会ですか?」


 また珍しい。球技というのはボールを使う遊びだが、スポーツとして真面目にやってるのはギルマンが多い。


 野球、サッカー、水球などがメジャーであろうか。


 これらギルマンのスポーツは、なにより紳士性が求められる。というか、ラフプレイなどしようものならあっという間に選手が逃げ去り、散っていくので基本厳禁なのだ。


「そう、今年は野球を推そうと思うんだけどよ。お前詳しかったよな?」


「良いんですか? 僕詳しいってレベルじゃなくてギルマンメジャーでエースピッチャーやってたんですよ? いわばプロですよ?」


 町内会の草野球に出て良いレベルではない。子供の喧嘩に騎士が出てくるような感じだ。


「かまやしねーよ。誰も別に結果を求めてるわけじゃないし。勝てばビールのタダ券が貰えるんだ。勝てる方が良いだろう? 審判の調達とか出来るか?」


「はぁ、ルールブックを覚えてもらえば良いので、出来ると思いますが」


 こうして、準備をしたのが半月ほど前のことだ。




「ぶっひゃっひゃっひゃ! ここで会ったが百年目だなブイロー!」


 まぁ、こうなるとは思ってたが、対戦相手はハケチャッピーさん率いる非飲食系商工会だった。


「ハゲチャビンじゃねーか。ご苦労だな」


「ハケチャッピーさんこんにちわー、今回はよろしくお願いします」


「私はハケチャッピーではない! ハゲチャビンだ!」


「何を言ってるんだお前は」


 痛恨のミスである。ハケチャッピーさん(ハゲチャビンではない)は頭を真っ赤にし慌てて僕らに指を突き付ける。


「おのれ! それもこれも貴様らが悪い!! 今度の球技大会でギャフンと言わせてやるから覚悟しろ!!」


 あ、矛先が変わった。


「まぁ、よろしく頼むぜ、勝つといいな」


「ベストを尽くしますので、よろしくお願いします」


 この時はまだ温度差があったのだ、この時は、まだ。





「ほら! そこサボらない!! 次はバッティング練習ですよ!!」


 こうなったのにも、勿論理由がある。


「良いか! 『ビール一年分チケット』は僕らのものだーー!!!」


 純粋に欲望だった。





「それじゃあ、開始……む、お前たちはそのメンツなのか?」


「助っ人は遅れて到着ですけど、基本はこうですよ。何か問題でも?」


 相手のチームは、強面のギャング崩れみたいな人たちで構成されている。ベンチ要員までみっちりだ。


 反面、僕らは女性も交えた人間で構成されていた。監督はブイローさん。やる気はないのでもうベンチで寝ている。


「ギルマンの競技ですから当然ギルマンが強いですけどね。でもそれじゃあ公平性に欠けると思いまして」


 笑顔で握手を要求する。ギルマンを強面とラフプレイで逃走させようと思っただろうけど、それは通じない。


 練習ではギルマンを交えていたが、本戦では人間オンリーと決めていたのだ。野球は九人立っていれば勝てる。


「ちっ、まぁ、よろしく頼むよ。勝つのはうちだろうがね!」


 笑いながら去っていくハケチャッピーさんが少し気にかかった。





「ストライクバッターアウト!! チェンジ!」


 しかし、九球で相手も息を飲むことになる。僕はギルマンメジャーでピッチャーをやっていたエースである。しかも、速球派だ。ストレートは他のギルマン選手でも類を見ないほど速かった。


「いい出来だな、ミスターウィリック」


「ええ、ダイケルさん。キャッチャーさえ育てば、打たれる気はしませんよ」


 相方はダイケルさんだ。紙袋の上からキャッチャーマスクが凄い怖い。意外なことに野球経験があるそうで、キャッチャーに抜擢した。僕の球が最初から捕れたのには驚きだ。


「この回はストレートで押しましたけど念のため、次から変化球を混ぜていきます。人間は曲がる球を見たことが無いですから、まず打てません」


 見た所、今練習球を投げてる相手のピッチャーは顔以外は普通だ。恐らくこちらの戦略で通じるだろう。


「点が取れなきゃ野球は勝てませんからね! 気合入れていきましょう!」


「任せ給え!」


 お互いにいい感じに熱が入っている。久しぶりのスポーツも良いものだ。




 というわけで、一番、キャッチャー、ダイケルさんである。


 紙袋の上からヘルメットをかぶって……ギルマンの野球だが、何故かこの辺のヘルメットなどが充実してる。不思議だ。バットを構えた。


(いきなりダイケルか、大きいの打ちそうな体してるよな)


 と、ダイケルさんを知るであろう強面は思ってるだろう。


 コンッ。


「バントだとっ!?」


 初球いきなりのセーフティーバント。ボールをバットに当てただけでピッチャーの前に転がし、一塁まで走る。しかも超早い。


 よしよし、実は、ダイケルさんは捕球練習ばかりであまり打撃練習をさせていない。デブな見た目とは裏腹な足の早さを活かして貰うこととした。


 続いて、二番、ライト、ナニーさんである。


(ちっ、何なんだよこの打線。いきなり鮮血の殺人通り魔ナニーかよ)


 とでも思っているのだろう。実際、物凄い風切り音の素振りをしている。目の前のキャッチャーがビビってる。


 初球、いきなりの強振。だが問題はそこではない。ダイケルさんはその間に二塁に行ったのだ。


「おい、ちょっと待て! なんだよあれ!」


 慌てたピッチャーが僕に問い詰める。


「何って、盗塁はきちんとしたテクニックですよ。ルールブックに書いてあります」


 これが作戦である。実は、ナニーさんは当てればホームランなのだが全然当たらない。だから、思いっきり振ることでダイケルさんの足を活かしてもらおうと思ったのだ。


 キャッチャーもビビって投げることが出来ない。というか、あのバットは実際当たったら死ぬと思う。その間にダイケルさんは三塁へ。ナニーさんは三振。


「さぁ、やっとワシの出番か」


「ジジムムさんでかいの要らないですからねー」


「分かっておるわい」


 三番はセンター、ジジムムさん。やたらリチャードさんに張り合うので苦労したが。「三番のほうが四番より偉いんだ」と説得した。


 この人は町民じゃない気がするがまぁ、それを言うと終わりである。


 一球目を狙って、バットを当てただけ。またバントである。


「何度もやらせるか!」


 ダイケルさんほどジジムムさんは足は早くない。老齢の彼にそんなに無理もさせたくない。ので一塁はアウト。


 そしてダイケルさんが帰ってきて一点先取である。


「いえーい」


「ちょっと待てー!?」


 今度はハケチャッピーさんも出てきた。猛抗議を受けるが、スクイズもテクニックである。ルールブックを盾にこの抗議を回避する。


 ぶっちゃけ、相手のピッチャーも経験があったか何かで悪くない。我々のチームが一番得点できるのが、このやり方だ。





 そして、我らが四番でショートのリチャードさんだ。バントを警戒してか、やや前進守備である。……が、無駄だ。


 彼の打撃センスは本当にプロになれば良いのにと思うほどである。抜群の動体視力で甘い二球目を捉え、まっすぐセンターの奥、つまりスタンドに放り込む。


 ホームランだ。


 一回は固く攻めたが、何ならジジムムさんにも普通に打って貰ってランナーを溜めてのリチャードさんも悪くない。これで二点目、守れば勝てるだろう。


 僕が五番としてバッターボックスに立った時、動きがあった。


 艶かしい白い生足、帽子からおもいっきり飛び出してる黄金の縦ロール。


「おーっほっほっほ! 私たきたからには、勝利はありませんことよ!」


 僕らに恨みのあるローレライのエッダさんだ。


 ずどんと衝撃波を伴って特別製らしき鉄のグローブに白球が飛び込む、白球は一回でボロボロになった。これはもったいない。


「……うわお、というか、ハケチャッピーさん魔法って、あなた」


 こんなことが出来るのは掛け値なしの奇跡、魔法しか無い。


「魔法を使ってはいけないというルールは、無いはずだが?」


 そんなところだけきっちり読んでたのね。そりゃ、ギルマンのスポーツにローレライが介入なんて珍事件は今日が初めてだ。


 こうなっては手も足も出ない。僕は三球三振となった。この後に控えている三兄弟やアウレンさんではどうやってもムリだろう。


 そんな気はしたんだよ。


「ミスターウィリック」


「大丈夫です、ダイケルさん。野球は一人じゃ勝てません」


 僕は、二回を守るべくマウンドに向かった。




 エッダさんは投げれば超々豪速球。打てばホームランと気持ちいいくらいの大活躍だった。彼女が打ったホームランが四本、僕がうっかりランナーを一人出してしまったので合計五点を取られ、五対二で迎える最終回。


 先頭バッターはリチャードさんである。


「む」


 エッダさんは目に見えて警戒した。


 それはそうだろう、この試合ヒットを打っているのはリチャードさんだけだ。ちなみに、それ以外だとダイケルさんが四球で一回、僕がデッドボールで一回出ている。ギリギリかすったで済んだが、次やったら退場だと念を押しておいた。死んでしまうがなあんなの。


「食らえですわっ、このっ!!」


 エッダさんの全力投球をリチャードさんは見送り……キャッチャーが落とした。


 ゆっくりリチャードさんは一塁に歩いて行く。


「そりゃ、キャッチャーが持ちませんよね。あんなの九回も捕らされてりゃ。むしろ『今までよく持った』と褒めたいくらいです。で、替えはいるんですか?」


「誰か捕りなさいっ!」


 とのエッダさんの言葉に、全員フルフル首を振る。そりゃ町内会の草野球にこのレベルのキャッチャーが二人いるはずがない。ベンチのメンバーなどヤバさを察知してすでに全員逃げ出している。


「キャッチャーがいなきゃ、どんな凄いピッチャーも意味が無いんですよ」


 僕が五番として打席に立つ。


「棒にでも縛り付けて構えさせときなさいですわ! 私がピッチャーからアウトを取りますわ!」


 ひどい。彼女は振りかぶって、投げる。


 僕はそれを打ち返した。センターの手前に落ちる。


「そりゃ、打ち返しますよ。だってエッダさん魔法で狙った場所にしか投げないんだもの。めちゃくちゃ速くっても、慣れたら打ち返せます」


「それがどうしたということですの!? そちらの六番からはボロボロ、とても真ん中に投げても打ち返せるものではありませんわよ!」


「でしょうね。ですから……六番交代! 代打、サ・バーンさん!」


 ぬっと現れたのはサ・バーンさんだ。頭に縛り付けたヘルメットが頼もしい。


「おい、ギルマンだ! 誰か怖がらせて追い出せ!」


 と言われても、怖い顔のメンツは、もういない。


「残念でしたね。用心棒の皆さんは逃げてますよ。彼らは危機察知が上手いんです」


 石壁に穴開けるようなボールを受ける危険をみすみす犯すものか、僕だって逃げる。


「たかがギルマン! 打たれなければいいんですのよ! 食らえっ!!」


 かきーん 軽くボールはライトの後ろ、スタンドまで放り込まれる。ホームランだ。


「若いころを思い出すなぁ」


 経歴が謎のサ・バーンさんは昔プロ野球をしていたことがあるらしい。僕も彼相手に三振を取ったことが無いほどだ。ストレートだけで対抗しようなんて、鼻で笑う。


「だから言ったでしょう? キャッチャーがいなくなった時点であなたの負けは確定してるんです。野球は一人でできるスポーツじゃないんですよ」


 そもそも周りが頼れればもっと点が取れていたはずである。そういう意味では、どんな魔法を使っても一人では勝てない。


「まだまだ同点ですわ! 延長にしたって取り返せばいいのですわ!」


 そのガッツは褒めてやりたい。こちらも代打にとっておいたヒ・ラメイさんとターチウォさんも残っていたが、ここは切り札を出そう。


「では、代打! ジャスティーナさん!」


 ざわめきが起こる。出来れば取っておいたほうが穏便に済んだ秘密兵器!! エッダさんと犬猿の仲のジャスティーナさんだ!!


 バックのメンバーは次々と逃げ出す。審判がキャッチャーを抱えて逃げ出す。


 エッダさんが大きく振りかぶって渾身のストレートを投げる、どんな魔法を使ったか分からないが燃え尽きず光となってジャスティーナさんに襲いかかる。


 ジャスティーナさんはバットを放り投げて防御魔法の姿勢を取り、これを迎え撃つ。


 最初からやりたくはなかったが、やっぱりもう完全に野球の体裁が取れていない。


 光に包まれる野球場を僕らは一斉に逃げ出した。


 ってーか君らの喧嘩だったんだから君らで決着をつけろ。


 あと、海でやれ。




 結果として、エッダさんはジャスティーナさんに今まで一回も勝てなかったから、婚期を前倒しにしてまで嫌がらせをしていたのだ。


 よって今回もきっちり勝てなかった。


 ので僕らの勝利であるが……。


「しくしくしくしく」


 僕は、銀貨袋亭で宴会をする皆の前で、机に突っ伏して泣いていた。


「なんで泣いてるんです、ウィリックさん」


 ナニーさんの言葉に、ブイローさんが答える。


「なんでも、ビール券を売ろうと目論んでたんだと」


「金にうるさいミスターブイローが、興味が無い時点で気づくべきだったよ、ユーは」


「うるさいっ! いくら何でも無いじゃないですかこれ!!」


 僕が握りしめたビール券には『銀貨袋亭専用』と書かれていた。


 従業員がどうしろっていうんだよ!!


「ちなみに売るなよ、その分お前の給料から引くからな」


「ちくしょー!」


 僕は改めて突っ伏した。




 そのころ、野球場から見えない土手では二人のギルマンが座り込んでいた。


「呼ばれませんね」


「呼ばれないね」


 ヒ・ラメイさんとターチウォさんだ。


「練習したのにね」


「一杯したよね」


「よぉ、これ、奢りだけど、飲むか?」


『ありがとう』


 そこに同じく試合で呼ばれなかったタコさんがリッテルの瓶を差し出す。



 忘れ去られた者達の静かな宴会が始まった。




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