四十五話 詐欺師に遺産
「急ぎますよ! 僕だってあなたに絡まれるいわれは無いんです」
「良いじゃん、友達なんだからさ」
「友達になった覚えはありませんよ!」
僕は、大通りを大股で歩いていく。付いて来ているのは詐欺師のスミスだ。
うっかりしたことで監獄でなつかれてしまったのだ。しかもタイミングが悪いことに同じ日にシャバに出てきてしまった。
「ってーか何の話なんですか、一体」
「金貸してくんない? 無一文でさ」
「……誰が詐欺師に貸すか!!」
「じゃあ、ちょうだい」
「……!!」
このスミスと言う男は、僕の悪いとこだけ抽出したような奴でとても危うい。その上悪辣だ。とてもじゃないがコメントに困る。
「あ、危ない!」
僕は目の前で、馬車に轢かれそうな老人を引っ張って助ける。
「あわわ、す、すいません」
「いえ、シルクハットが潰れてしまいましたね」
片腕で老人を支えたまま、馬車が轢いていったシルクハットを拾い上げる。
「ヒューッ、ウィリックさんあんた力持ちだね」
「スミス、黙ってろ。……って、ありゃ館長さん」
「おや、ウィリックさん、どうもその節は」
それは、監獄に入る直前にお世話した美術館の館長さんだった。
「誰よ?」
「黙ってろよだから。以前仕事した美術館の館長だよ」
「レオナルド・ダ・ベンチと言います」
「へぇ、ほぉ」
ほら、スミスが興味を持った。金を持ってると判断したようだ。
「で、大丈夫ですか? 怪我は?」
「はい、おかげさまで。何かお礼でも」
「いえ、慈善事業でやったので良いです」
僕は片手で断る。
「何だよ、貰ってしまえばいいのに。で、それを恵んでくれ」
「やだよ、お前も働きなよ。金を貰う時と貰わない時は分けることにしてるんだ」
「俺、働くのに向いてないんだよ」
だからこいつはダメなんだ。
「ならせめて、そこでコーヒーでも」
ここで断ると流石に面倒くさい。僕は頷いた。
コーヒーは珍しい飲み物である、実際僕は飲み慣れない。
ここより南で取れるコーヒー豆を焙煎し、煮出し濾したものを飲む、多少粉っぽい。お茶よりも疲れに効くと言われていて、この街の人は案外飲む。
ギルマンはほとんど飲まない、彼らは疲れと無縁だからだ。
喫茶店で僕らはそれを味わっていた。
「苦い」
僕は、ちょっとずつ飲むが、やはり苦手だ。お茶のほうがいいが、奢ってもらって置いて文句は言えない。
「トーストセット頼んでいい?」
「構いませんよ」
「どうも、すいません、連れが厚かましくて」
厚かましいのが一人付いてきてしまった。付いてこなくていいのに。
「所でウィリックさん、唐突ですが頼まれごとをして貰っても良いですか?」
「何かまた問題があるんですか? 今度は慈善事業をしませんよ」
「正直でよろしい。ですがそういう話ではなくですな、実はそろそろ遺産を渡す相手を考えようと思いまして」
僕は思いっきり渋い顔をした、別にコーヒーが苦かったわけではない。
「おや、コーヒーは口に合いませんか? ケーキなどはいかがですか」
「……いただきます。すいません、生まれが西方なもので」
だが、そういうことにした。スミスが目を輝かせてるのもヤバイ。
「レオナルドさん所で急になぜ?」
「いえ、私ももうずいぶん年ですが、身よりもない。やはりそろそろ決めておかねばと思ってね」
「ズバリ言いますがお断りします」
僕ははっきり断った。
「んじゃあ、俺、俺が貰うよ。貰い手がないんだろう?」
食いついてきたのはスミスだ。まぁ、だろうね。
「悪いことは言いませんがやめといたほうが良いですよ。余計なものを背負いますし」
「俺はあんたと違って貰えるものは貰える主義なんだよ。合意の上だし、良いよな、爺さん」
はぁ、仕方がない。
「これ、迷惑かけたおみやげのケーキです」
「お努めご苦労さん。で、そのまま帰って来たのかい?」
僕は店の面々にケーキを振舞っていた。多少の出費だが致し方無い。
「ええ、スミスさんには良い薬でしょう。少ししたら様子を見に行きますよ」
「あっちから来るんじゃねーか?」
フォークを振り回すブイローさんから半歩距離を取りつつ、紅茶を飲む。やっぱり紅茶のほうが体に合ってる。
「でしょうねぇ、あの人他に知り合いいませんし」
「ウィリックー!! これは一体どういうことなんだよ!!」
ほら来た。僕は渋い顔をしつつケーキを掻っ込んでお茶で流し込む。ああ、もうちょっとゆっくりさせてよ。
「どうしたもこうしたもないですよ。遺産って言ったらその人の財産を受け継ぐことでしょう? 受け継いだし良いじゃないですか」
スミスは僕に紙束を突き付ける。
「これ借金の督促状じゃねぇかよ!!」
僕は、ため息を付きながら肩をすくめて言う。
「だから、財産でしょう? 借金は財産のうちですよ。ベンチ家ってこの辺りでは有名でしてね。借金をこさえては他人に押し付けるんです」
「う、ぐ……! なら、教えてくれたっていいだろう!!」
「聞かれませんでしたから」
「うっ……!」
スミスはがっくりと項垂れた。
「僕は一応止めましたよ。まぁ、これに懲りて変な話にホイホイ乗るのはやめるんですね」
僕は、席を立った。まぁ、多少は薬だろう。
「と、言うわけで泣きつかれたんで、今後一切関わらないことを条件に取り下げる証文を書かせました。受け取って貰えませんかね」
「君も大分優しいね、ウィリック君」
「貴方程じゃありませんよ、レオナルドさん」
僕は、美術館の庭園でレオナルドさんと面会していた。
「若者をからかうのはいい加減にしてくださいね。わざわざ借金なんかこしらえたりしちゃって」
「それが役に立ったろう。監獄から連絡が来た時はびっくりしたよ。まさか、怪盗を捕まえる若者が寸借詐欺で捕まるなんて」
「その件は放っておいて下さい」
事件の全貌はこうである。
監獄でも相変わらず反省の色がないスミスに何とか仕返しできないか手紙を送った僕に、レオナルドさんが提案をしてくれたのだ。それを受けて、僕はあえてスミスと仲良くしてやって、今に至る。
そう、馬車からして全て仕込みだったのである。
まさかレオナルドさんが同じ手法で何人も若者を騙しているなんて、スミスは知りもしないだろう。
実は僕も一回騙されたのだ。
「さて、これからどうするつもりかね?」
「そりゃもう、最後にレオナルドさんが超金持ちだって言って悔しがる様を見るんです。取り戻そうにも一筆書いちゃって手が出せないですしね。ご一緒にどうです?」
「それはいい趣向だね。ワインもさぞ進むだろう」
お互いに笑いあった。そこで、僕はポッケから指輪をひとつ取り出した。
「これ、いくらかになりますか? 僕の見立てではワイン代くらいにはなりそうなんですが。奢りますよ」
「なりますね。どうしたんですかこれ」
「勿論、今回の件を片付けるのに巻き上げてやったんです」
僕はシシシと笑って言った。
「なにせ慈善事業じゃありませんからね」
基本、騙す方が一枚上手なのである。僕らは平和な庭園で笑いあった。
その後、スミスは毎日渋い顔をしながら美術館の庭師見習いをしているという。
ざまぁ見ろ、仕事があるだけありがたいと思えと僕は思うのだった。