四十四話 参上! 華麗な怪盗!
「こんにちは、館長です」
三つ揃いスーツで片眼鏡の老人が僕らに頭を下げた。ここまで折り目正しいと僕らは困ってしまう。
何しろ僕と一緒にいるのはアクビをしているネグリジェのジャスティーナさんと、紙袋被った極彩色の服なダイケルさんである。
こうなったのにはちょっと理由がある。
「……美術品泥棒ですか?」
「ああ、そうなんだ。郊外の美術館で多発しているらしい。ヒ・ラメイ氏の作品を中心に盗まれていてな」
「待って、そこ待ってリチャードさん。いつの間にヒ・ラメイさんって『氏』で呼ばれるほど偉くなったの?」
「ここ暫くでトントン拍子に、と聞く。意味は分からなくもない」
神妙に頷くリチャードさんに僕も同意する。
「あの人は出世魚か何かか」
ヒラメにしては大した出世である。親の借金返してやればいいのに。
ヒ・ラメイさんはヒラメのギルマンである。珊瑚の彫刻家をしているが人生舐めているフシがある。
「強盗だったら僕よりダイケルさん連れて行ったらどうです? あの人凄いですよ」
ダイケルさんの必殺技、ダイケルダンスは相手が多勢なら多勢なほど意味がある。周囲の人間をすべて踊り疲れさせるため、味方も巻き込まれるのが弱点だが。
「ユー、あまり人を巻き込むもんじゃない」
「だって、僕が行った所で強盗相手にどうしろっていうんですか。そもそも警邏は強いじゃないですか」
リチャードさん率いる警邏部隊は全員剣術が使える。そんじょそこらのゴロツキは敵うまい。
「いや、強盗じゃない」
「空き巣相手に僕がどうしろって……」
「いや、話は最後まで聞いてくれ。怪盗なんだ」
僕は嫌そうな顔をした。
「……詳しい話を聞くためにとりあえずやって来ました。どうも、なんで僕なのか分かりませんが」
「ヒ・ラメイ様の話だとあなたが知り合いで一番頭が切れるとか」
今度は様だよ、様、どこまで偉くなるんだあのヒラメ。
「はぁ、いきなりで失礼ですけど、あなた方大丈夫ですか? 怪盗ですよ怪盗。怪盗ロデオは嘘だったんですよ?」
怪盗ロデオとは子供でも知ってる怪盗だ。百の冒険をくぐり抜け万の宝を盗み出した。牛に跨がり暴れまわる度胸試しは、彼の名を取ってロデオと親しまれている。だが、最近になってギルマンの作家による嘘と知られたのだ。
それでもいまだに、ファンタジーとして売れているあたりロデオの人気は計り知れない。
「しかし、現に盗まれていて、今度も『大海原のザリガニ』を盗むと予告状が」
館長が見れた紙片には確かに
『華麗な怪盗、大海原のザリガニを頂く』
とあった。
「……なんですそれ?」
「珊瑚で作ったザリガニの彫刻です、大きさは珊瑚彫刻ですので小さいですが、一番の完成度と謳われています」
あの人、本当に色々やるなぁ。昔はアクセサリーとか作ってたみたいだけど。
「見れるんですか?」
「いえ、先ほどヒ・ラメイ様が直接金庫に収めた所です」
「やぁやぁ、ウィリックさん。今日はありがとうございます」
「ヒ・ラメイさんじゃないですか。ふつーですね」
そういやそうか、ギルマンだもの。天下取っても裸が彼らのユニフォームだ。パンパンに膨らんだ財布だけが彼が今超景気いいことを表している。いいなぁ。
「その金庫大丈夫でしょうね? 底に穴が開いていたなんて話聞きませんよ?」
ロデオがよく使っていた手口である。
「それは俺が確認した。問題ないよ。ところで彼女は?」
「そうですかリチャードさん。いえ、ジャスティーナさんは暇そうだったから連れてきました。今回の切り札です」
「ふぁ、ここ私暇なんですけども」
「そう言わず。あの館長は怪盗ですか?」
「違うみたいだけど?」
「え? え? なんでしょうか?」
そう、ジャスティーナさんは魔法で人の心を読むことが出来る。今回の怪盗対策の切り札だ。心を読まれては変装も役に立つまい。
「館長に変装してすでに入り込んでるとか、有り得そうだったんですけどねぇ」
「ユー、実は怪盗ロデオ好きだろう」
悪いか。
待つことしばし、この場にいる人間は全てジャスティーナさんのチェックを受けた。
「暇ですねぇ。ところでヒ・ラメイさん、最近ずいぶん稼いでるみたいですね」
「はい、おかげさまで。凄い売れるんですよ、頑張っていい作品が出来るように努めています」
「へぇ、ところでヒ・ラメイさん。そんなに稼いでるならそろそろ昔貸した金貨二枚返してくださいよ」
ヒ・ラメイさんは腰の巾着を大事そうに取り出し、中から金貨を三枚渡してきた。
「じゃあ、利子として一枚増しときます。その節はありがとうございました」
「いえいえ、どういたしまして」
そこに、館長が慌ててやってきた。
「表になんかモヒカン頭で斧とか棍棒を持った集団が!!」
「ぎょっぎょぎょーーーーー!!」
「逃すか!」
逃げるヒ・ラメイさんを縄で転ばせる。
「主役が逃げたら大変なことになりますからね! 二人行って下さい! リチャードさんは残って!」
ジャスティーナさんは案の定ゴネる。
「えー、私そろそろ飽きてきたんですけど」
「終わったらデート付き合ってあげます!」
「海の藻屑にしてあげますわ!」
ちょっとご褒美が効きすぎた気もするが、まぁ良いだろう。
「リチャードさんがいればここは安全です、ちょっと待ちましょう」
僕らは着席しなおした。
「すいませんが、ちょっとトイレに」
ヒ・ラメイさんが立ち上がるのと、僕が口を開くのは同時だった。
「ちょっと、ヒ・ラメイさんお話が」
「ぎょっ?」
「いえ、ジャスティーナさんの魔法が効かない相手がこの場に一人だけいるんですよ。彼女は当たり前みたいにスルーしてましたが……ギルマンに魔法は効きにくいんですよね? だから検査も受けていない」
「ぎょっ!」
「逃がすかっ!」
慌てて逃げようとするギルマンに僕はボンボンを投げようとポケットに手を……。
「先手必勝!!」
その前にすでに居合いに入っていたリチャードさんの剣の腹がギルマンを叩いていた。
すっげぇ、逃げるしタフなギルマンを気絶させた人、初めて見た。
「……まさか、見破られるとは思わなかった、この私が」
「どういう理屈で変装しているかは分かりませんけどね、僕も変装リングのひとつくらい持ってますし。いくつかあなたはヒ・ラメイさんになりきってない部分がありましたから」
ジャスティーナさんが来た段階で、惚れているヒ・ラメイさんが舞い上がってないわけはないし、ヒ・ラメイさんは真面目に作品作らないし、僕はヒ・ラメイさんに金など借してはいない。
「第一、正面を向いた時ヒ・ラメイさんの目玉は左に来るんです! あなたは右向きです!」
「き、気が付かなかった!!」
「気にもしようとしなかったよ!」
「ギルマンの顔なんてよく見ますわね!?」
……意外と通用するもんだなその変装。僕は、落ち着いて指を突きつけ、言った。
「さぁ、変装を解きなさい!」
「フッ、変装などしていない!」
「えっ!?」
魔法の変装リングか何かかと思ったが、そう言えば、何の魔力も感じない。
「じゃあ、あなたは……ギルマン!?」
「そう、華麗な怪盗カレイ・ド・スコープとは私のこと! カレイがヒラメに成り代わって盗みを働くなど考え付くまい!!」
そう、彼はカレイの怪盗だった!!
「ヒ、ヒ・ラメイさん専用!? な、なんて限定的な怪盗なんだ!! というか、僕の怪盗イメージを返せーーーー!!!」
がっくんがっくん怪盗を揺する。
「ところで、そうなると作品はどこでしょう?」
「ああ、財布の中ですよ、どうせ最初から箱か何かに入れているんでしょう」
財布が地面に落ち、転がる。出てきたのは……折れたハサミだった。
「おお、これが『大海原のザリガニ』か!!」
「大海原では巨大で重いザリガニは沈みゆくしか無い。それをハサミ一本で表現している!!」
「ヒ・ラメイさん、このまま展示してよかったんですか? ハサミ一本ですよ?」
「受けてるから良いんじゃないですか? 私は作品が売れれば、なんでも良いですよ」
そうだ、この人はプライドもポリシーもないんだった。ちなみに、ヒ・ラメイさんはトイレでがんじがらめにされていた、別動犯がやったのだろう。
「さて、僕はジャスティーナさん待たせてますからこれで」
だが僕は笑顔で立ち去る。今回は実入りが二倍で。
がちゃん。
「何ですかこの手錠は、リチャードさん」
「詐欺の現行犯。必要なことだから言えば見逃そうと思ったが、お前言わないんだもの」
「くそっ! 覚えられてたか!!」
金貨三枚は、僕のポッケに仕舞い込まれていた。
「言い訳する気はないな、よし、んじゃあ署に行こう」
こうして、悪は全て一つ残らず滅せられたのだった。
「あれ? 私のデートはどうなるんでしょう?」
監獄案内でよろしければ。