四十二話 ジジムムの冒険
商工会でワシは静かに声を上げた。
「振り込まれていないだと?」
「はい、残高がゼロで……」
ワシのような強い剣術家にザンド白影真流は、手厚い支援金を出しており、ワシはそれで武具の調整や旅費を賄ってきた。
その分、ヴェイン疾風一刀流よりも入門金や月賦が高くなり、人気が薄いと聞いた覚えがあるが……ほとほと嘆かわしい。必ず強くなれるのに何を金の多寡で選んでしまうのだろう、本当に昨今の若者は……。
「あの、お客様?」
「ああ、すまぬ、今日はこれで構わない。また来る」
割符を回収し、ワシは商工会の銀行を出る。各国の商工会ギルドは繋がっており、割符で金の受け渡しができるので重い金貨を持ち歩かずにすみ、とても便利なのだ。
「上もおそらくやりくりに必死なのだろう。ワシを優先すべきだろうが、それを言っては後進が育たんからな、仕方あるまい」
しかし、これからどうするべきだろうか。まず、さしあたってのメシ代と宿代が無い。質屋に行くという手もあるが、ワシの持ち物はだいたい違法で警邏を呼ばれるので避けたい。
「参った……師匠のところに行ってなにかタカるか?」
などと考えていると、何かがワシにぶつかってきた。
「む、無礼者」
「ギョギョ、すいません」
「む、ギルマンか、前に気をつけろよ」
ギルマン相手に凄んでも仕方がない。強者は常に余裕を持つべきなのだ。
「む、なにか落としたぞ……これは、地図か? 大分古いな」
右下にサイン、上にはなんと……宝の地図と書かれている。
「ハッハッハ、このジジムムに運が回ってきたわ!」
ワシは天に向かって高笑いをした。
場所は海辺の洞窟であった。
「むぅ、これでは満潮が来たら浸かってしまいそうだな、気をつけねば」
ワシは明かりの魔術を使って周囲を照らした。それくらいの心得はある。
「調べてみたところ、この地図のサインを書いたのは、昔荒稼ぎをしておった成金だと聞く。ならばこんな所に金を隠していても不思議はあるまい」
ワシが足を踏み入れると、海辺から何かが飛び出す。ワシは素早く抜剣! それを弾き落とす。
「罠か? ガーディアンか!? いや、これは……ダツだな」
ダツとは口の尖った太刀魚のような魚で、明かりを灯していると猛突進してくる性質を持つ。夜に釣りをしてて死ぬ漁師もいるので気をつけよう、気をつけても死ねる。
とりあえずダツを持ってきていた大袋に入れる。宝物が生臭くならなければ良いのだが。
「ダツが多いな、この迷宮は……」
ダツに襲われることおおよそ十数回、明かりを付けなければ良かったと後悔する。
「しかし、これがトラップならばさぞかしお宝も……むっ、またダツか!?」
イカだった。海から飛び上がるイカは初めて見る。
ワシはスミまみれになった。
スミまみれになりながらもワシは前へと進む。ザンド白影真流に後退の二文字は相手の油断を突く時だけだ。
「む、あそこに何やら影が、猛突進してくるぞ! さてはこの洞窟のガーディアンだ……」
ワシは両手に剣を握ってその影を迎え撃つ。いや、あれは、ひょっとして……。
「ダツのギルマンだーーーーー!?」
ワシはぎりぎりそれを回避する、アレが刺さったら死ぬどころでは済まぬ!
「ぎょっ!」
ダツのギルマンは再び振り返って。
「ぎょぎょーーー!!」
ワシの剣を見て海に飛び込んだ。あいつは危険だ。
大海原をバタフライで行くダツのギルマンに、二度と出会わないよう祈ろう。
「奴め、どうやらここでキャンプをしておったようだな。宝を狙う盗賊か?」
ダツは夜行性で夜目が効くというので明かりは要らなかったのだろう。お、アワビを貪っていたのか、これは貰っておこう。
アワビを食べながら奥へと進むと、それらしき鉄箱を見つける。でかく、フジツボなどがついていて歴史を感じた。
「箱ごと……いや、無理だな、重いし何やら岩にへばりついている。何、開けて中身をいただけばよいのだ……おお!!」
ワシは、ついに目的のものに辿り着いた!
「……と、言う訳でこれを買い取ってはもらえないじゃろーか」
僕はジジムムさんの武勇伝を頬杖つきつつ聞いていた。
「その結果が、この、大量のナマコですか」
ぶちまけられていたのは大量のナマコである。掃除する方の身にもなれってーの。
「おう、なんとか」
「無理ですよ。こんなマニアックなもの大して注文する人もいないんですから。ダツ料理してあげるから帰ってください」
「ヒトデもつけるから!!」
「僕にどうしろって言うんですか!?」
銀貨袋亭は今日も平和だった。
洞窟には実は裏口がある。表から入ると長いので掘ったのだ。
「な、無い……!? ずっと貯めていたナマコが、無い!?」
サメのギルマン、シャア・アックが地面に崩れ落ちた。
「箱いっぱいに貯まったらお腹いっぱい食べようと思ったのに!!」
シャア・アックの密かな趣味がナマコの収集だということを知るものは、いまだにいない。
知ったところでどうしろと言うのだ。