四十一話 銀貨袋亭のとあるピンチ
昼間、仕込みが無駄になりそうなのでほどほどにして僕らは作戦会議をしていた。アウレンさんは相変わらず遠いし、クラダさんは昨夜から三回目の失踪を遂げているので実質僕とダイケルさんの会議だ。
「参ったな、ミスターウィリック」
「困りましたね、ダイケルさん」
「ぐがーっ」
「いい加減起きましょうよブイローさん」
我々が直面している危機は起きないブイローさんではない。話は先日に遡る。
まず、このハーヴリルの食堂事情から知ってもらいたい。
ハーヴリルでは食事は宿についてくるものであり、また屋台が盛んなことから、観光地でありながら食堂の需要は極めて希薄だ。
よってレストランは三店舗しか存在しない。
高級でそれ自体が観光地である海原の月夜亭。
オーナーの好みで高級路線に走った玉石の光亭。
そして街で唯一の大衆食堂である我らが銀貨袋亭である。
海原の月夜亭はやんわりと激しくギルマンの入店をお断りしているし、玉石の光亭に至っては『ギルマンお断り』の札を立てている。よってギルマンが屋根のあるところで食事をしたいと思ったら銀貨袋亭一択なのである。
最近は、ギルマンは安くない収入になっていた、だが……。
「喧嘩だー!」
「道、道を開けてー! ドアからギルマンが雪崩出しますよっ!?」
「ダイケルさんっダイケルダンスをおねがいしますっ!!」
「ユーッ今日はもう三回目になるよっ!?」
この有り様であった。毎日誰かが喧嘩を起こし、ギルマンは逃げ惑い、クラダさんは既に逃亡を果たし、人手が足らず、ダイケルダンスを踊りまくるので客足が遠のくのだった。
そして現在に至る。
「ぶっちゃけ仕込んだ食材が余りまくるのが問題です。ギルマンは毎日懲りずに来てくれますけど、ギルマンだから喧嘩になったら逃げちゃうんですよ。と言うかあいつら本当に懲りませんね」
前払い式なので食い逃げこそ発生していないが、客が全然回らないのでほぼ開店休業状態だ。
「休めるんなら休もうぜー。どうせハゲチャビンの仕業だろう?」
「ハケチャッピーさんですよ、ブイローさん。別に儲けがゼロなら何も言いませんけど、仕入れが廃棄になってる分僕らは赤字ですよ? 僕らも雇ってますからその分の赤字もあります。借金は背負いたくないでしょう?」
何よりもったいない。お魚だって生きているんだからゴミにはなりたくないだろう。
「んじゃあ、ハケチャッピーさんに直談判してこよっか?」
「アウレンさん、何の証拠もなしに人を疑うのは良くない事ですし、直談判しても何も変わらないと思うんですよ」
「ユー、意外に冷静だな」
「手はすでに打ってあります」
僕が言うのと、現場にリチャードさんがやってくるのは同時だった。
「おう、ウィリック、繋がったぞ。やっぱり、暴れてた奴らはギャング団の一つだった。ただ、それがハケチャッピーと直接金のやりとりしてたわけじゃないようでな」
「相手もかなりグレーな手段取ってますからね。やっぱ一枚挟んできましたか。逮捕できそうですか?」
リチャードさんは頭を掻きながら言う。
「……いや、難しいだろうなぁ。釘を刺しとくくらいならできるぞ」
「あまり気が進まないが、ミーも出ようか? ギャングなら顔が利く」
この街の最強ツートップである。確かにそれは通用するだろうが……。
「いえ、暴力で暴力に対抗っていうのも、芸がなさすぎな気がしますね。ここは……そうですねぇ」
僕はひとしきり思案して答えを出した。
「お話し合いで解決しますか」
僕の春めいた答えを、誰一人として信用して見てはいなかった。『お前絶対何かするだろ』的な感じ。
うわー、凄い信頼感。
ハケチャッピーさんに連絡を取ると、彼はすぐ来てくれた。フットワークが軽いのではなく、これは待たれていた感じがする。
「お忙しい中ようこそおいで下さいました」
僕は自分とブイローさんとハケチャッピーさんにお茶を出す。
「何だ、連日大変なようだが私と話をする時間なんかあるのかね?」
ハケチャッピーさんは砂糖壺から砂糖をバッバッバッと三杯入れる。人の家のだと思って一杯入れてるなぁ。僕はストレートでお茶を啜った。
「ああ、おかげさまで最近良く眠れてるよ。睡眠不足は髪に悪いしな」
ブイローさんは微妙にハケチャッピーさんの神経を逆なでさせる。この人はハケチャッピーさんおちょくらせたら天才だ。
ハケチャッピーさんはイライラした様子でお茶を啜ると渋い顔をした。お茶が渋かったのだろう。
「む、全然甘くならないではないか。安い砂糖を使ってるな」
ハケチャッピーさんはイライラと更に砂糖を投入する。どっちが被害者かわかったものではない。
「あんまりイライラすんなよ、毛に悪いぞ」
「私は禿げてはいないっ!」
うわー、やっぱこの人天才だわ。僕も負けじと話し始める。
「で、来て貰っておいてなんですけど、あんまり無駄な努力を重ねると禿げますよ?」
「お前らは私を馬鹿にしに呼んだのかっ!?」
「いやぁ、そんなわけないじゃないですか。お茶のお代わり要ります?」
空になったティーカップを確認しつつ、僕は告げる。内心ほくそ笑んだ。
「いらんっ! 謝ればなんとかしてやろうと思ったが不愉快だ! せいぜい苦労するのだな!」
「……お帰り前に一つ聞きたいことが」
僕はハケチャッピーさんの背中に話しかけた。
「何を言っても答えんぞ!」
「ハケチャッピーさんはお茶に砂糖を何杯入れましたか?」
「……? 九杯だが」
振り返るハケチャッピーさんに、僕はサメのように笑いながら呟く。
「『惜しい』。あと一杯だったのに」
「……おい、まさか。毒を盛ったのか!?」
そのまさかである。僕はハケチャッピーさんから昔、『十杯飲むと証拠も残らずコロリと行く毒薬』を盗んだことがあるのだ。
「さぁ? でも、これからは気をつけて飲み食いした方が良いんじゃないですかね?」
砂糖壺を弄びつつ、僕は笑う。慌ててハケチャッピーさんは食って掛かった。
「ちょ、ちょっとまて! それを寄越せ!」
僕は勿体つけながら言う。
「えー、でも、砂糖って高いですし。元手かかってないワケじゃないですし。ところでこの砂糖壺、いくらで買います?」
「ぐっ……」
僕の勝ちである。切り札はこういう風に使うもんだ。
「これに懲りて今夜から流石に悪さはしばらくしないでしょう。コツはわざわざ言わない所です」
ブイローさんは呆れたように呟く。
「ウィリック、おめぇ悪いなぁ」
テーブルの上に乗っかった金貨袋の中身を確かめつつ僕は答える。
「いえいえ、ささやかな復讐をしたかっただけです。でも、ボーナスは貰いますね?」
渋そうな顔をしたリチャードさんと、ダイケルさんが調理場から顔を出す。あ、アウレンさんが気持ち遠くなってる。
「いやいや、流石に見過ごせないんだけど」
「ミスターウィリック。これは暴力と何が違うのだね?」
「……というか、その毒ってやつ、俺も三杯くらい飲んじまったんだが」
三人に、僕は笑いをこらえながら返す。
「大丈夫ですよ。あれ、毒だと思ってるのはハケチャッピーさんだけです。毒の専門家であるところのジジムムさんに見せた所、あれは胃薬らしいですよ? むしろ健康になるんじゃないですか?」
こらえようと思ったがこらえきれない、大笑いする。
「はっはっは! ネタばらしした時のハケチャッピーさんの顔を思い浮かべると痛快ですよね!」
笑っている僕に対して、聴衆は言葉を失っていた。
「いつも思ってることだが、改めてお前が怖いってことだけは分かったぜ」
ブイローさんが、絞りだすようにそう告げるのだった。
しかし、失った客はそう簡単には帰ってこない。
「まぁ、そりゃそうですよねー」
僕はアジをおろしながら呟く。
「暫くはこのハゲチャビンから奪った金で凌ぐしかねぇんじゃね?」
金貨袋を手に椅子でだれてるのがブイローさんだ。
「食材が無駄になってしまうのが惜しいな」
ダイケルさんは皿の補充をしながら答え。
「まぁ、クラダさんも帰って来たし、のんびり行こうよ」
アウレンさんは僕から離れて備品のチェックをしている。
「そうですね、喧嘩がなければ怖くないですし」
クラダさんは床掃除をしていた。
「やぁ、客がいないって聞いて色々連れてきたよ」
サ・バーンさんがギルマンを引き連れてやってきた。
「サ・バーンさんありがとうございます!」
銀貨袋亭、元気いっぱいに営業再開である。