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三十九話 クラダさんといっしょ

 まかないのムブリを茹でながら僕はダイケルさんと話していた。ムブリとはパノミーの麺である、ちょっとしょっぱく磯臭く、魚介系のスープと合う。


「クラダさんがおかしい? あの人定期的にっていうか常時おかしいじゃないですか」


 クラダさんはサクラダイのギルマンである。きれいな女性のギルマンだが、まぁ、しばしばおかしなことを言っている。


「そうは言ってもだな、ミスターウィリックは知らないかも知らないが、もう三日も遅刻している」


「また喧嘩でも目撃して勝手に逃走してたんじゃないですか?」


 茹でた麺を、鉄ザルにあげて水で冷やす。別の器に魚介で取った濃いめのスープを注いだ。具にエビなんかを入れておく。


「麺を一緒に入れるにはどんぶりが小さいのではないか?」


「良いんですよ、これはどんぶりの中のスープに麺をつけながら食うんです、ラーメンと違う食感を楽しめますし、麺が伸びません」


 新商品になるかもしれないが、これを銀貨一枚で出そうと思うと超大盛りになってしまうのが難点だ。


「……で、クラダさんがどう変なんですか?」


 テーブルに……呼称が面倒なのでつけ麺と普通に呼ぼう。つけ麺を置きながらダイケルさんに尋ねた。


「ああ、それなんだが、どうも最近どこかに通っているらしい」


「……怪しい路上販売にでもつかまってるんですかね?」


 僕はつけ麺をすすりながら答えた。あ、これ美味しい。





 昼間、たまたま暇だった僕がじゃんけんに負けてクラダさんの後を追うことになってしまった。


「なんか話を聞いた時点でこんなことになる気はしたんだよ、ちくしょう」


 クラダさんの家は、住宅街のアパートメントだ。割ときれいな部屋に住んでいる。


「あ、出てきた……鍵をかけずに行くのか、不用心な」


 まぁ、ギルマンだし盗られて困るようなもんはないのだろう。万が一なにか盗られても死にはしない。


 そのまま真っすぐ……あ、いや、違うぞ。銀貨袋亭とは全く違う場所に行ってる。




 たどり着いた場所は、厳粛な雰囲気を醸し出している場所、いわゆる教会であった。


「……あー、うん、どうしたもんか」


 神に祈るクラダさんを前に僕はコメントに詰まる、こういう展開が一番困る。いっそドタバタのトラブルが起きてくれたほうが気は楽だ。これでは僕はギルマンのストーカーではないか。


「まぁ、ギルマンが神に祈るのはもはやファッションでしか無いけど」


 ギルマンは神の恩恵を受けられない。神は基本対価交換である。与えられる対価を何も持っていないとされるギルマンは恩恵を受けられないというのは一般的な論説だ。


 だが、ボンボンでさえ対価になるのだから、それは違うだろうというのが、個人的な意見である。ギルマンはよほど神に嫌われているのだろうだと僕は思う。


「あの、ウィリックさんここで何をしているんです?」


「ああ、クラダさん。クラダさんが何をしているのか確認したから帰って報告する所です。何事も無くてよかったうわぁっ!?」


 唐突に横にいたクラダさんに驚いて飛び上がる僕。この人瞬間移動でもするんじゃないだろうな?


「あらまぁ、なんでまたそんなことを……ハッ! まさか」


「違います、断じて絶対違います」


 僕は、正直に全てを話すことにした。勘違いでギルマンのストーカーにされてたまるか。




「はぁ、私そんなにおかしかったんですか」


「いえ、僕はクラダさんがおかしいのなんて、当然だと主張してたんですけどね?」


 クラダさんほど中途半端でよくわからないギルマンも珍しい。普通ギルマンというやつは無駄に自己主張してくるのだ。特技らしい特技もないし。


「それで、神様に何をお祈りしていたんんです? ぶっちゃけ意味ありませんよ、あんな銭ゲバ」


 教会で言うと視線がきついが、僕の総評では神様は銭ゲバである。『絶対に何を頼むにも対価を要する』なんて高い奇跡、性格が悪いとしか思えない。だから祈りに意味はなく、貢物には意味があるのだ。


「……ええ、ちょっと。言いにくいことなんですが」


「ああ、言いにくいことなら良いですよ。僕も変なこと聞きたくありません」


「そうですね、そんなに言われてはしかたがないので……」


「人の話聞いてくれませんかっ!?」


 クラダさんは、結局とうとうと話しだす。変なことを聞くとなんかトラブル降ってくるから嫌なんだよ、全く。


「実は……私雄々しく逞しい男になりたいんです」


「ほわっと?」


 思わず聞き直した。わけが分からない。


「いえ、私はサクラダイなので、成魚になると男性に変化するはずなんです。その時は、胸毛のもさもさ生えた逞しいギルマンになりたいなぁ、と」


「……あ、ああー。とりあえずギルマンに胸毛は生えませんよ」


 なるほど、理解した。僕は魚に詳しいから知っていたのだが、一部の魚は成長過程でオスとメスが入れ替わるらしい。サクラダイはどうもそういう魚種らしい。


 しかしこれは対応に困る、突っ込んでいいものかどうか。


「そうだ、ウィリックさんちょうどお店も休みなことですし、少し一緒にお出かけしませんか? 女性でいるのもほんの少しのことですから!」


「何が悲しくてオナベのギルマンとデートしなきゃいかんのですかっ!?」


 僕の悲痛な叫びが静かな教会に響き渡った結果、蹴りだされた。うん、当然だよね。





「まぁ、色んなモノがあるのね」


「この街に何があってももう驚きゃしませんが、博物館なんてあったんですね」


 この街の創始者ドスクライオ・コ・ゼが建てた砂糖資料館らしい。いろんな道具やドスクライオ・コ・ゼ氏が集めた美術品が並んでいる。あのギルマン生意気にも財テクしてやがったのか。


「なるほど、まぁ、芸術家志望のクラダさん向けの場所ですね。さて、どの絵から見ます」


「わー、この大きな石うす、すごーい」


「そっちかよ!!」


 いや、僕としてもよく分からない美術品を見るよりは、サトウキビが砂糖になるまでの工程を見ていたほうが後学にはなるのだが。


 昔は大掛かりな魔術の絞り機がなかったため、ギルマンが絞り小屋でエンヤコラと棒を回して絞っていたらしい。どう考えても悪夢の光景だ。


「銅像も建ってる、これは街の主要メンバーだったのか」


 オコゼとハマチとハモとスズキだったらしい。結局ギルマンか。


 ギルマンはすこぶる開墾が好きで『ここ行けそうだな』って土地を見ると耕したくなる習性を持つ。


 実は人間が住んでいる大きな町の大半は、ギルマンが興したものであったりする。だが人数が多くなると、ギルマン的には居心地が悪いので新天地目指して走りだすのだ。


「そこだけ考えると人間はギルマンに頭が上がらないなぁ」


 などと考えていると、ぎゅっとクラダさんが手を握ってきた。


「ちょっと待てオナベのギルマン。何を考えているんだ」


「いえ、ウィリックさん、ちょっとこっち」


 引っ張っていこうとするクラダさんだが、主導権など握られてたまるものか。ギルマンとのカップルなんざお断りだ。


「そっちに行って何をしようって言うんですか」


「危な……」


「……え?」


 僕が振り向くと台座が壊れていたのか、オコゼとハマチとハモとスズキが僕に向かって倒れこんでくる最中だった。


 大きさは軽く三メートル。材質は銅無垢である。


(……あ、これは死んだ)


 軽く人の話は素直に聞くもんだなと訓戒を刻んだ時であった。


「どっせぇい!!」


 クラダさんが野太い声とともに平手で銅像を押し返し、軽く数メートルふっ飛ばした。


「もう、危なかったですよっ!」


 今日分かったこと。ギルマン誰しも特技はある。


 クラダさんは強かった。





「まぁ、強かったからって何が出来るわけじゃないんですけどね。ギルマンですから」


 彼女たちは常に臆病な生き物である、殴れば普通逃げていく。


 周囲の視線に耐えかねて、僕は腕を組んでいる恩人の生臭い生き物を殴るか延々と思い悩んでいた。


 魚とデートなんてするもんじゃない。




 そして、これは本人には結局話せなかった話である。


 ギルマンは稚魚の時は海の中にいて、成魚になると陸に上がってくる。


 すなわちギルマンは最初から既に成魚なのだ。魚種は関係ない、彼らは魚という括りとは、ちょっと違うところもあるのだ。彼女は正しくは『サクラダイのギルマン』ではなく、『サクラダイの稚魚のギルマン』であるのだ。


 僕は『シラスウナギのギルマン』なんて生き物も見たことあるので間違いない。


 だからクラダさんは男に生まれ変わることはなく、永遠にオナベのままなのである。


 まぁ、僕もギルマンの全てを知っているわけではないので、確証は持てないが……。


 何をするのか分からないのが奴らの怖さであるとも言える。


 ああ怖い。



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