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三十八話 結婚詐欺師と人魚と恋

 水瓶に蛇口から水を注ぎ込み終えると、僕はそこに白い粉を注ぎ込んだ、そして、今度は透明な液体を鍋から入れ、鉄棒でよくかき混ぜる。


「うん、こんなもんかな」


 何をやってるかと聞かれると水に珊瑚の粉とにがりを混ぜていたのである。


 僕は出来上がった水をおたまで飲む。


「うん、上出来、上出来」


 銀貨袋亭の水は、海水を魔術の浄水器で完全な真水に変えて使用している。初期費用はかさむが水を買うより長期的に見たらこちらのほうがお得なのだ。


 皿洗いや掃除などはこちらのほうがむしろ良いのだが、川や泉の水と違うところはこの水、くそ不味いのだ。なぜか知らないが水は純粋になればなるほど不味くなっていく。そこでにがりや珊瑚の粉で味付けをするのである。


 お客に出す飲み水はこちらと言うわけだ。


 なお、出汁を取りたい場合は、純水の方が使いやすい。料理人ワンポイントアドバイスだ。


「やあ、ウィリック! 今日は良い日和だね!」


「リチャードさん、脳にカビでも生えたんですか? ここ数日雨続きでその上、今日は嵐ですよ?」


 そこに警邏部隊長(この間昇進したらしい)のリチャードさんが現れた。剣の腕ならこの街で敵う者はいないだろうって男らしい男だ。女運が悪いのが玉に瑕。


「ああ、そうだね、所で物は頼みなんだが、金を貸してくれないか?」


 絶対女に騙されてる。僕は確信した。





 テーブルに水を出し、僕は開口一番告げる。


「まずですね、僕は貧乏人ですよ? 大丈夫ですか?」


「そこを何とか借りれる人物とか紹介してくれないだろうか」


 それは、何とかならないわけでもない。金回りの良いギルマンとか、何なら財宝を貯め込んでるローレライとかに知り合いはいるからだ。


「……なんに使うんです?」


「ああ、実はな。婚約者ができてね。スージーって言う、亜麻色の髪の綺麗な女性なんだが」


「ああ、うん、親父さんが会社でも倒産させたんですか?」


「いや、病気で倒れて薬を買い求めに来たらしい」


 ほら、いかがわしい。今日の雲行きくらい、いかがわしい。


「ああ、もう、リチャードさんはこれだから」


 この人は女性が関わると徹底してダメである。その辺は諦めざるを得まい。


「はぁ、んじゃあそうですね。何とかするんで指定の場所へ恋人と一緒に来てください。……まぁ、何とかなるでしょう」


「そうか、ありがとうありがとう!」


 僕は握手をぶんぶん振り回すリチャードさんにため息を吐きかけた。ほんとにもう。





 サ・バーン診療所。


「と、言うわけで医者の元に連れてきたわけですが」


「君は他人の迷惑と言うものを考えないのかね?」


「あんたにだけは言われたくないです。走る迷惑」


 軽快に僕とサ・バーンさんがやりとりしている中。案内された女性は頬を引きつらせていた。


 背はかなり高め、化粧は濃い目だが美人の部類だろう。ロングのワンピースに長手袋とかなりかっちり肌を見せていない。


「病気だと言うので、医者を用意してみました。サ・バーンさん腕は悪くないですよ」


「……あ、いえ、その中央の都市で駄目だと言われたので」


「何の薬がいるんです?」


 僕の質問に、スージーさんの体が強張った。病名くらいは考えてきてるはずだが、必要な薬を言われたらちょっと普通は答えられない。


「ものがあったらそれを差し上げれば解決です。ねぇ、リチャードさん」


「ああ、そうだな。さすがウィリック頭が切れる」


 彼女は『何でこんな奴連れてきたんだよ。リチャードだけだったら楽勝なのに』って顔をしていた。そりゃそうだろう。


「……く、フランソイの粉を」


 あ、本気で珍しい奴だ。東方の本で読んだことのあるくらいの奴だな。なるほどそれの調達は難しい。


 ずいっ。


「ぎゃあっ!?」


「ギョッ!?」


「サ・バーンさん、自分から顔突っ込んでおいて驚かないでください。話がややこしい!」


 サ・バーンさんはハンカチで汗を拭きつつ言う。いや、待て、魚って汗かいたっけ?


「フランソイの粉ならあります。何に使うかは分かりませんが」


 サ・バーンさんが包みを差し出す。あっ、それ渡しちゃ意味が無いんだってば。


「ありがとうございます! では、急ぎますから!」


 スージーさんは逃げるように、行ってしまう。いや、実際逃げるのだろう。


「リチャードさん、送ってあげてやって下さい、可及的速やかに! 警邏には言っておきますから出来ればお父さんのところまで!」


「お、おう、そうだな!」


 リチャードさんに説明してる時間が惜しいので嘘をつく、彼には悪いが、目の前で逮捕という形になるだろう。問題は剣鬼であるリチャードさんが守ってる彼女を捕まえられるかだが、剣を持ってないから、まぁなんとかなるだろう。目付けは必須である。


 二人が出たあと、僕はサ・バーンさんに小言を言う。


「なんで渡しちゃったんですか、あんな高価なもの。詐欺師に追い銭なんて話になりませんよ」


 実はサ・バーンさんとは打ち合わせしていたのである。相手が詐欺師であることと、適当に煙に巻こうとしていることを、立っているだけで良いと伝えたのだが。


「いや、あれ、売っても二束三文だよ」


「ああ、何だ、偽物掴ませたんですか? サ・バーンさんに腹芸が出来るとは思いませんでした」


 安心した僕にサ・バーンさんが続ける。


「いや、本物だよ、珍しくもある」


 僕がハテナマークを浮かべていると、サ・バーンさんは更に続けた。


「フランソイの粉は東方の産物なんだが、薬じゃなくて『水を綺麗にする』だけのシロモノなんだ。だけど、そんなの代替品はいくらでもあるだろう? だから、需要がさっぱりない。薬屋ならだいたい知ってるよ。昔間違って仕入れたんだ」


「なるほど! それは面白い!」


 僕は腹を抱えて笑う。嘘に嘘を重ねた結果、自業自得しちゃったわけか。なんとも痛快なことだ。


「んじゃ、ゆっくり追いますか」


 詐欺は未遂だ、警邏を動かすこともないだろう。笑って僕らは扉を開けた。





「超嵐ですねぇ。……宿は引き払ってるし、門はくぐってないって言うし、どこへ行ったんでしょう?」


 結局知り合い総動員で探しまわることになった。


「めんっどくせーことになってんなぁ。今頃連れ込み宿でしっぽりやってんじゃねぇの?」


「ブイローさん、彼にそんな気概があったら今頃彼は浮気で離婚騒動してますよ」


 女難はきっと抜けない。そこに血相は……分からないが、慌てたダイケルさんがやってきた。


「ミスターウィリック! 大変だぞ、こっち、こっちだ!!」


「ダイケルさん、どうしたんです!?」


「女性が一人溺れたらしい!」





「大丈夫だ、脈はある」


 脈を計っていたサ・バーンさんが胸ビレをなで下ろす。


「この嵐の中船を出したんですか。どんだけ急いでたんですか」


 まぁ、僕は気がついてたのはバレてそうだし、余罪はあるのだろう。追求したら色々ボロボロ出てきそうである。


「船と船乗りが無事だったのは何よりですね、すいませんがリチャードさんは……」


 と言いかけた時である。


「げほっがはっ……」


「お、息を吹き返した。水を飲み給え、ずいぶんと海水を飲んでる」


 心臓マッサージで息を吹き返した彼に僕は問い詰める。


「大丈夫ですか? リチャードさんはどうしたんです?」


 彼はきょろきょろとあたりを見回し。


「私は……その」


「もう演技はいりませんよ、スミスさん?」


 スージーさん、もといスミスさんはぎょっと目を見開いた。


「いつから知ってやがった!?」


「たった今です。サ・バーンさんが覚えてたんですよ。長手袋は腕から手の甲にかけての傷を隠すためだったんですね?」


 よく考えればサ・バーンさんを医者だと言って一発で信用するのもどうかしているのだ。


 スミスさんは子供の頃、この街に住んでいたらしいとサ・バーンさんは言っていた。


「ちっ、脈を測ってたのか。変なとこからケチが付いちまった」


「監獄に入る前にリチャードさんがどこに行ったのか教えてくださると」


「あの馬鹿は俺を引きずり上げるのと同時に海に落ちて沈んだよ。そこで意識失ったから覚えてない」


 ちょっと待て、それってつまり。


「船乗りが溺れてる人間放っぽいて帰って来たんですか!?」


「そいつは、俺の足やってるからな。ちっ、どうせなら隣町まで逃げろってんだ」


 スミスは悪態をつき唾を吐く。


「こいつ、どこまでクズ!」


 思わず僕が拳を振り上げようとしたのを、手を握って止めた人物が一人。


「いけない。一応そいつも患者だ」


「サ・バーンさん、足、震えてますよ」


 しかし元来臆病なギルマンにそこまで言われては、どうしようもない。僕も矛を収めるしかなかった。


「ダイケルさん、船を出しましょう!」


「無理だよユー! この嵐じゃ船が壊れてしまう! 泳ぎの得意なギルマンか、ローレライに頼むべきだ!」


「そんなの悠長に待ってられませんよ! 船乗り、どこで落としたんです!」


「き、北の方角だったと思う! 灯台が見えたから。なにか浮くものに掴まってたと思う!」


 僕はそれだけ聞くとボンボンを一個取り出して魔術を使った。明るい光が目の前に漂う。海が本格的に濁るまでが勝負だ。


「ユー! 無茶だ!」


 ダイケルさんの静止を無視してシャツを脱いで腰に巻き付け、ズボンを脱いだ。


「ダイケルさん、浜辺で落ちあいましょう!」


 僕はエメラルドの髪飾りを投げ捨て、海へと飛び込んだ。




 ざっぱーん。


 ワカメが邪魔である。髪にまとわりついたワカメを投げ捨てる。


 リチャードさんは運良く沈む寸前だった。しがみついた浮き輪に命を助けられたと言えよう。息もしてる、間一髪だ。


 朝焼けに比喩ではない黄金の髪と、尻尾にあるエメラルドの鱗を乱反射させつつ、ローレライの姿でリチャードさんを引き寄せる。


 眉が動いたのを確認すると、いそいそと僕はエメラルドで出来た髪飾りをつけるのだった。


 この髪飾りには二つの魔法がかけられている。


 一つは、僕がローレライから人間の姿、正しくはハーフローレライのそれに変身する魔法。長旅の安全のためにかけられている。


 もう一つはこれを無くしてもきちんと手元に帰ってくる魔法である。髪飾りをひょんな事で落としても、大丈夫なようにである。今回のようにいざって時に便利だ。ローレライの姿では、物を隠す場所がない。


 遠くの方にダイケルさんの極彩色の悪目立ちする服が見える。僕は慌てて両手を振った。





「いやー! すまなかったな! ウィリック!」


「僕はダイケルさんからしこたま怒られましたけどね」


 頭に血が上った時の僕は本当に何をしでかすか分からない。自分でもだ。あの時はもっと賢い方法があったような気がする。


 結局リチャードさんは低体温症で二日ほどの入院となった。多少弱っていたが、鍛えた身体が物を言った。


 スミスはなんだかんだあって全身打撲で入院しているらしい。なんでも二束三文の粉を秘薬だと偽って売ろうとしたんだとか。ギャングに。


「で、スージーさんのことは良いんですか?」


 結局リチャードさんにはまだ話していない。弱っている時に祟り目もないだろうと思ったからだ。


「ああ、もう彼女のことはすっぱり諦めた、遠距離恋愛になっちゃうからな!」


 このスパッとした切り替えの良さはリチャードさんの美徳である。


「じゃあ」


「新しい恋もしたしな!」


「へ?」


 僕が唖然としてる所にリチャードさんはまくし立てる。


「いやな、溺れている時に、見たんだ。美人のローレライが助けてくれるのをな、優しく抱きかかえてくれて、心配そうに俺の顔を覗きこんで……。あれは俺に惚れてるね! やっぱり男はローレライと恋をしなきゃ!」


 僕は笑顔をひきつらせる。


「夢じゃ、無いですか?」


「夢じゃないね! はっきりと、その胸に抱かれるのを覚えている。これがローレライにしては貧乳でよ! でも薄い胸も悪くないな!」


 そりゃ貧乳だろう。胸など無いんだから。


「はぁ、そうですか。覚めると良いですね、その恋」


 彼からその貧乳のローレライの夢を忘れさせるのに、たっぷり二週間を要したということだけは伝えておこう。


 僕も忘れたい。




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