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四話 温泉と覗きと人魚の理由

「おう、ウィリック。ちょいと暇か?」


 寝巻き姿のブイローさんが話しかけてくる。深夜近くまで営業しているとはいえ、この人は大体掃除にも参加せずそのまま寝てしまうことが多い。かなり寝ている計算になる。


「はい、今から材料の確認して仕込みに入ろうと思ってましたけど」


「それならちょうど良かった、お前、風呂、嫌いだよな?」


「そうですね、嫌いです。体を洗うなら毎日海には飛び込んでますよ。その後水で流してます」


「いや、毎日何でかわけ分からんほどウニ取ってくるから知ってるっちゃ知ってるんだけどよ。それはそれでどうなんだか、それ、なんか理由あんのか?」


 ブイローさんは難しい顔をしながら頭を掻く。この人、内心『めんどくせぇ』って考えてるな。


「前誘われたときに断ったとおり、公衆浴場が嫌いなんですよ。昔酷い火傷を負ってた跡があるので見られたくないんです」


 僕は、対外的な答えで返す。本来は違う理由があるのだが、それを説明するのはめんどくさい。


「おう、それなら良いんだ。サ・バーンさんがそれなら話があるって言ってたから、顔出してくれ」


 何の話だろうか。サ・バーンさんとナニーさんには裸を見られてるはずだから、ばれたのかな? などと考える。


「それにしても、店長サ・バーンさんと知り合いなんですね」


「うちの爺さんが世話になってるって言わなかったか? 後、お前、ジャガイモ漁るのはやめろ、剥くんじゃない、無駄になる」


 包丁に伸ばした手を止める。はて、今日はジャガイモ出さないのだろうか。


「どうしたんです? ジャガイモ料理人気ですよ? 特に魚のフライとの盛り合わせ」


「お前は気がつかないのか、めんどくせぇ。さっきからアウレンは来ない。ダイケルも来ない。要するに水曜は定休日だよ!」


「は、半端な日に定休ですね!? っていうか、この街食堂少ないのに定休とか暴動起きません!?」


「起きたがぶん殴った。俺は毎週定休日だけを楽しみに生きてるんだ。邪魔すんじゃないぞ」


 そういうと、ブイローさんは踵を返す。その背に僕は問いかけた。


「何か、趣味でも持ってるんですか?」


「何でだよ、めんどくせぇ。二度寝するんだよ。俺は定休日には一日二十時間以上寝るんだ」


 うわ、散々思ってたけど、怠惰だなぁ。この人。








「んで、何なんです? サ・バーンさん」


「うむ」


「その、会話するたびドアップになる癖何とかなりません?」


 診療所の中でサバと向かいあって座る。


 背後では、忙しくイワシのギルマンが働いてる中、僕はサ・バーンさんと話していた。あの人快復したんだな、良かった。


「いや、話は他でもない。散々君にはお世話になったので、患者のつてで手に入れた温泉のタダ券を君に上げようと思ってね。悪いが君に渡せそうなものが、これくらいしかなくて」


 この街の砂糖のほかの特産品は、温泉だ。もともと地熱が高い地域らしく、ここは珍しく真水の温泉が湧く。それを求めて訪れる人が多く、この街はますます栄えているのだ。


「お気遣いは嬉しいのですけど……いや、僕いまいち大衆浴場は」


「安心したまえ、個人風呂の貸切だ。結構高価な代物だぞ」


 なるほど、確かにそれなら考えないでもない。僕もお湯の風呂なんて久しぶりだ。その実、そう嫌いではないのだ。


「ぜひナニー君と行ってきたまえ」


「待て、それは地獄への片道切符か」


 冗談じゃない、温泉が血の池地獄になる。


「大丈夫だ、男女で温泉は分かれる、別に何人で行っても良いとはチケットに書いてあるのだが……私は煮える感じがして温泉はあんまり好きではない」


「青魚ですもんねぇ」


 しみじみとしながらも、話を戻す。戻さないと死ぬ。


「いえ、僕あの人と二人っきりになって生きている自信ありませんよ!?」


「この間は見事に守りきったらしいじゃないか、命を」


 そして、このギルマンはプルプル震えながら言うのだった。


「私、正直あの人怖い」


「こ、このサバ……!」


 僕は目の前のサバに殺意すら覚えた。







「わー、すげぇ、館の中も木製だよ、木をそのままの形で使ってるのもすげぇなぁ」


 僕はホテルの中でキョロキョロと見回す。この際田舎者だって良いじゃないか。


 感動さえ覚えるその作りは、高級ホテル『鳴竜館』である。今日入る温泉はここの提供だったのだ。


「……あの、良いですか。彼女は?」


 ぶすくれるナニーさんが指差すのは、十メートル先のアウレンさんだ。


「たまたま見つかってよかったと神に感謝を捧げている所だよ」


 心細いので誘ったのだが助かった、心底だ。


 今分かったことだがナニーさんは感極まると暴力が飛んでくるため、不機嫌にしてやることで回避することが出来る。そういう意味では、アウレンさんは良いストッパーになってくれて助かる。


 当初は『万が一死にかけても医者くらいは呼んでくれるだろう』くらいの気持ちだったのだが……。


「まぁまぁ、貸し切りでお風呂が借りられるなんて、中々あることじゃないし。相当広いらしいから一人じゃもったいないでしょ」


「男性は、誰も連れて来なかったのにですか?」


「……いや、だって、店長寝てるしサ・バーンさん茹で上がるし、何が悲しくてダイケルさんと風呂に入らなきゃいかんのだ」


 軽いホラーである。







「さて、お風呂お風呂。海水も好きだけど、こればっかりはほんっとうにタマにしか入れないからなぁ。髪を洗うのが好きなんだ―♪」


 僕の髪は長い。腰より下に届こうかという髪を、無理やり束ねて頭の上に乗せているのだ。髪留めを外すこともめったにしないので、どうしても髪を開放するのはタマにの行事になる。


 服を脱ぎ折りたたむ、体は鍛えはしているものの、逆に華奢に見える。どうしても、見た目上の筋肉はつきにくいのだ。それなりに力はあるつもりなのだけど。


「さて」


 と、露天湯の扉を開けて、屋根と仕切りの壁だけが存在する。湯殿へ向かうと……。


「キャー!」


 ピンクの悲鳴、お約束である。ちなみに、ここが男湯であることは五回ほど確認した。


 湯煙の向こうには、目にも鮮やかな濃いピンク色の体をした。サクラダイが一尾。


「ギルマンじゃねぇかっ!!」


 なんとも珍しいギルマンの入浴シーンである。彼女は女性であるらしく、布で体を隠している。


 色々突っ込みたいことはあるが、彼女も一人の生物だ。あまり傷つける様な真似は避けたい。


「あの、レディー。ここは、男湯で、しかも貸し切りなのですが」


 引きつる笑顔で、一応見ないようにというか見たくないというか顔をそらし、痛む頭を押さえる。

 

 ……何が悲しくて卵生生物の入浴見なきゃいかんのだ。ここは魚が泳ぐ温水プールか。


「あらあら、まぁ、ごめんなさいね、てっきり覗きかと」


 ここは生け簀じゃないんだぞ、という突っ込みを、ぎりぎり喉の奥へ押し込む。


「こちらから、どうぞ。引いてますので」


 と、出口を指し、そこから退避した。ギルマンの痴漢なんぞ、濡れ衣にしても最高峰に不名誉だ。


「それじゃ、すいません。きゃー」


 とピンク色の声を上げつつ、サクラダイのギルマンは去っていった。


「何だったんだあれ・・・」






 湯殿はレンガの屋根に、人の背丈より少し高めの壁がある感じだった。下が開いているので、おそらく女湯と湯殿自体は繋がっているのだろう。


「レンガが少し古いな……漆喰剥げ落ちてるし……まぁ、これも味か」


 僕はまずは髪を洗おうと、湯を貯めてある水槽の近くに行く。湯はこんこんと湧き、溢れだしていた。これは豪勢だ。置いてある小さなカナダライを手に取る、


 座り込み、髪を留めている髪留めを外す。エメラルド製のもので、ローレライの魔法のかかったものだ。


 髪留めを外すと、髪が解け。同時に、魔法が解け長い黄金の髪が顕になる。比喩でなく、黄金で出来た髪だ。


 更に、足は魚のそれになるが、それを覆う鱗は全てエメラルドで出来ている。


 金糸の髪と宝石の鱗は、まさにローレライのそれ。そう、僕はローレライだった。


 だが、もちろん胸はないし、女性ではない。


 ローレライは全て女性であるが、運命の気紛れで、極々稀、数万に一人という割合で、男のローレライが生まれることもあるのだ。


 僕は、仮の姿を脱ぎ捨てて、元の姿に戻ってため息をつく。


「ふぅっ、見聞を広めるためとはいえ、故郷を出たのは失敗だったかなぁ」


 どんがらがっしゃーん!


 そう、大きな音を立て、壁を倒し女性二人がなだれ込んだのは言うまでもない。


 なお、期待した方には悪いが、彼女らは着衣であった。







 慌てて髪をまとめ、髪留めをし、宿の人にひとしきり二人は叱られた後、とりあえず壁を直すまでお茶をのむことになった我々であった。


 追い出されなかったのは幸いだ。壁が壊れかけなのは向こうにも非があったわけだし。


「……で、二人して覗いていたわけですか」


『……はい』


 詳しい話はいらない。要するにナニーさんが焚き付けてアウレンさんが乗ったわけだ。ストッパー仕事しない。


「まぁ、見たもんはしかたないですけど、まぁ、僕はローレライです。男のローレライはほぼ伝説みたいなもんで、驚いたでしょうが」


 説明は簡潔に終わらせるに限る。面倒は起こしたくない。


「……誰にも秘密ですよ?」


 僕が、囁くと、アウレンさんは気絶してナニーさんからコークスクリューブローが飛んできた。






「いてて、染みる」


 改めて、僕は髪を洗っていた。石鹸で金糸の髪を洗うと艶が出るが、にしても頬の傷がチクチク染みる。


「まぁ、今日はいくら何でもこれ以上のイベントはないだろう……さて、ゆっくり湯船に浸かって」


「さて、もう一回お風呂……きゃー!」


「何度でも思ってたんだが、お前らギルマン普段から裸でうろついてるじゃねぇかよ!!」


 もう、これ以上の我慢はできなかった。





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