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三十六話 三匹が怖い

「招待状が届いた?」


「はい、ダイケルさんには届いてないみたいですね」


 僕は、昼休みにダイケルさんと歓談していた。もうすっかり極彩色の服を着た紙袋にも慣れてしまったのが悲しい。


「ああ、やっぱり来ていたんですね『友達を誘ってきて下さい』とあるんで友達には来てないと思ったんです」


「ミスジャスティーナの招待状なら断るよ」


 そんな悲しい話があったのだ、だが今回は違う。


「いえ、ハケチャッピーさんからです」


「ミスターハケチャッピーも懲りないね、本当に」


 ハケチャッピーさん、商工会の会長さんは、うちの店長であるブイローさんに並々ならぬ恨みを持っており、幾度と無く嫌がらせをしているのだ。これもその一環であろう。


「……で、ユーについて行けば良いのかい?」


「いえ、これ『どうせダイケルさんがついてくるだろう』ってことなんでしょうが良いです。みすみす相手の都合に合わせてやることもない。僕の友達がダイケルさんだけじゃないってところを見せてやりましょう」


 僕は不敵に笑うのだった。





「もしもーし」


 でかい鉄扉のノッカーをごんごん鳴らす。商工会会長と聞くとしょぼいが、この街の商工会だ。勿論砂糖で稼いでいるので金は持っている。屋敷も当然大きなものだった。


「やぁ、よく来たね。実は家のものには席を外し……て」


 ハケチャッピーさんはそこで硬直した。そして、十秒遅れで尻餅をつく。


「こんにちは、ハケチャッピーさん」


「こんにちは」


「こんにちは」


「こんにちは」


 僕の後ろで顔を出している三人を紹介しよう。


 横にでかくて平たいヒラメのギルマン、ヒ・ラメイさん!


 縦に長くて今も体をくねらせている、太刀魚のギルマン、ターチウォさん!


 ただでかい! そしてひたすら怖いアンコウのギルマン、キアン・コーウさん!


 三人揃って、ハーヴリルで最も不気味なギルマン三人衆だ! 正直連れている僕だって怖い!


「……あ、いや、ガチで怖い。どうして連れて来ちゃったんだろう」


 無論ささやかな嫌がらせのためだが、早くも僕が後悔している。


「……そそそ、そちらの方たちは」


「友人です。左からヒ・ラメイさん、ターチウォさん、キアン・コーウさんですね。いつも似たような方だと飽きると思いまして、ちょっとギルマンの友人を連れてきました。……何か問題でも?」


「い、いやいやいや、問題など無い、入りたまえっ!」


 そりゃ、怖いだろうなぁ。





 応接間に通されると、一つ問題があった。ソファーが人間用なのでこのでかいギルマン三人が座るにはちと狭すぎる。


「私は立っていましょう。長いですからどうせ天井に擦れますし」


「天井のホコリが落ちてくるな……」


「お気遣いなく」


 僕の台詞にハケチャッピーさんは『私が気にするんだ』と言いたげそうだが、僕は無視した。四人で出された紅茶を啜る。


「美味しい茶ですね」


「ええ、美味しい」


「これはレモンが欲しくなる」


「スシには合いそうにない」


 しかし、僕は横と後ろをシャットアウトすれば気にならないだろうが、ハケチャッピーさんはものすごく気になるだろうな、これ。一つの恐怖体験かもしれない。


 しかしこれで一つすっとしたものだ。ツテを頼ってよかった。


「あ、これ、おみやげです」


 テーブルの上にごとんと、緑色の塊を置く。拳大だ。


「これは何だね?」


「乾物です。たっぷりの水で戻して使って下さい。髪に効くんですよ」


「ほうほう、それはそれは」


 ハケチャッピーさんはホクホクと懐にしまった。現金なことで。


「しかし、良い趣味してますね」


「そうだろう、そうだろう」


 別に褒めてはいない。鹿の剥製に、虎の絨毯、向こう側には金無垢の金魚像なんて訳のわからないものまである。酷い成金趣味だ、良い趣味してる。


「まぁ、別にお部屋拝見しに来たわけじゃないんですけど、何用なんですか? 人に話せない話でもあるんでしょう?」


「うむ、実はな……ブイローに毎日これを飲ませてやって欲しい」


 そう言い、ハケチャッピーさんは小瓶を一本テーブルに置く。


「うわ、きな臭い。何なんですこれ?」


「毒だ」


「断ります」


 キッパリと言う


「なぜ断った!」


「断りますよっ!? 僕も殺人犯になんてなりたくはないです!」


 当たり前のことを聞くな!


「まぁ、まて、こいつはな、ただの毒ではない。一回二回飲んでも普通に健康体だが、十回ほど飲むとある時ころっといくらしい」


「だから嫌ですって」


「いや、証拠が残らな」


「心情的に嫌なんですよ!?」


 僕がブイローさん殺したい前提で話をしないでいただきたい!


「まぁ、そうだな。……君も今のままでは頷きにくいだろう」


 どんと革袋をテーブルに置いた。ほら来た、見なくても分かる。中身は金だ。


「まぁ、暴力には訴えないとは思いました」


 ダイケルさんが来ることが想定できたのだ。あの人はこの街で伝説的な強さで有名になっている。あの人以上の用心棒はそうそう連れて来れないだろう。そうなると、暴力沙汰は想像しにくい。


 というわけで買収と来るわけだ。


「しかしですね」


「ふむ、君が頷きやすいようにしてやろう」


 お、追加が来るのか? そう思うと、ハケチャッピーさんが懐から、本を取り出した。分厚い。


「七月十六日、同じクラスのブイローが私の頭を侮辱した、許せない。これからヤツについてのことを日記に書く」


「え……!?」





 それから、三時間後。精神的な根比べは続いていた。なるほど、暴力で訴えられないから精神的に揺さぶりに来たのか。とりあえず、ハケチャッピーさんの殺意のほどは分かった。


「ぜぇっ、はぁっ……第三百十六ページ……そろそろ、やりたくならないか?」


「なりませんよっ!?」


 髪のこととブイローさんへの恨みつらみを延々と聞かされて、なる方がおかしい。この毒をあなたに飲ませたいくらいだ。


「とりあえず、もう暗いですし、今回の話はなかったことに」


「そんなことを言わずにもう一ページ……」


 根比べもそろそろ限界だな、奥の手を使おう。暗くなってきたことだし、いい加減頃合いだろう。


「三人、お願いします」


 懐から明かりのついたロッドを出す。光屋で買ってきたものだ。自分で魔術を使うよりかは安い。それでささっと、顔を寄せ集めた三人を下から照らした。


 下から照らしたヒラメとアンコウと太刀魚が不気味にうねる。怖い、怖すぎる。いきなりこんなものを見たら卒倒してしまうだろう。


「……ぅーん」


 そしてその言葉の通り、ハケチャッピーさんは目を回して気絶してしまった。


「……分かってても怖い、虚しい戦いだった」


 僕はその場から立ち去るのだった。





「というわけです、毒だけかっぱらって来ました」


「ユーも中々大胆なことをするね」


 僕は、笑いながら小瓶をしまう。


「何、毒が盗まれたなんて警邏にも言いようがありませんしね。後で毒の専門家にでも見せましょう。売るのはちょっと怖いですからコレクションですけど」


「……まぁ、ユーにしては穏便に済ませたほうかね」


「何を言ってるんです?」


 ニヤニヤと笑う。


「なにかやってきたんだね?」


 勿論である。


「おみやげに渡してきたんですけどね。乾燥ワカメの塊を僕は持ち歩いているんですよ。母から旅でも気軽に海藻を食べるように、と」


「ふむ、それがどうしたのかね?」


「僕は、いつも、塊から『ひと削り』だけ使うんです。今頃、あの人の家、とてつもないことになってますよ……」


「ユーはほんとうに怖いことをするね」


 ニヤニヤと僕は笑い、ダイケルさんはそれを見て呆れるのだった。



 その日の夕刻、大量の出所不明のワカメが無料で出回ったことは言うまでもない。





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