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三十四話 キノコの山と太刀魚と

 今日は定休日、僕は銀貨袋亭のテーブルを借りて朝食を作って食べていた。


 メニューは昨日の残り物で作った簡単なワカメスープとパノミーのパンのサンドイッチである。中身は辛く味付けした白身魚である。独り者としては朝食くらい安く済ませたい。


「表が騒がしい……?」


 逃げるか? と一瞬考えた。この街で騒ぎが起きたとき、僕は九割九分巻き込まれるからだ。自分が不幸だって分かっている。だが今日は遅かったようだ。


「もしもし」


「うわぁっ!?」


 扉をくぐってにゅっと現れたのは太刀魚のギルマン、ターチウォさんだった。相変わらず縦に長い。


「あー、びっくりした、びっくりした。突然現れないで下さいよ、あなた心臓に悪いんだから」


 唐突に身長五メートルの太刀魚が現れたら驚く、ちなみに彼は今、体を奇妙にくねらせて天井に詰まっていた。


「私としては普通に来たつもりなのですが……」


「次から来るときは事前に手紙の一通も寄越しておいて下さい。で、要件は?」


 ターチウォさんは持っていた籠を僕のテーブルの上においた。こんもりと何かが入っていて布がかかっている。


「先にこれをどうぞ、つまらないものですが」


「うわ、これ、キノコじゃないですか」


 僕が布を取ってみると、そこにあるのはキノコの山だった。


「珍しい、こんなものどうしたんです?」


 キノコは珍しい。キノコというのは森林や枯れた落ち葉などに生えていると言われているが、そもそもその森林が大抵の場所が国の立ち入り禁止区域なのだ。


「取ってきたんです」


「死にたいんですか!?」


 先程も言った通り木材は貴重で森林は立ち入り禁止区域だ。変なことをしてるといきなり逮捕なんてこともある。木材は命よりも重い。


 まぁ、だからといってキノコはめちゃくちゃ高いってわけでもない。ローレライはあんまり好きでないからだ。僕もあまり食べたことはない。栽培が確立してる一部のキノコだけを口にしたことがある程度だ。


 それでも一部のキノコは金より高いとかで国有林に忍びこむ人は、後を絶えないのが現実だ。


「今すぐ自首しなさい。お上にも慈悲があります」


「誤解しないでいただきたい。私は資格を持っているのです」


 ターチウォさんは手首に巻いたメダルを見せた。……人間なら首につけるもんだろうけど、ギルマン首がないからなぁ。


「うわお、国家間フリーライセンスって書いてある、初めて見た! ターチウォさん山師だったんですか!」


 山師とは、森林や軽い丘なんかを回って、珍しい野草やキノコなどの生り物で稼ぐ職業である。先程もちょっと触れたが、凄まじく高い生り物もあるので、お宝ハンターのことを山師と呼称することもある。


 別に山に登るわけではない。中央の火山に登ったって命しか落とさないしね。


「ええ、で、おすそ分けというわけです」


「……これ、食えるんでしょうね? なんかすごい色してますよ」


「それはタマゴタケというキノコです、何やっても食えますが焼いたほうが見栄えはいいですよ」


「むぅ、僕はキノコには明るくないんですよねー。後でブイローさんにでも聞いてみよう」


 真っ赤なキノコを僕は籠に戻す。


「じゃあ、ありがとうございます」


「腹が減ってるんですが」


「……良かったらご一緒にどうです?」


 なんだかんだでこの人厚かましいな、サンドイッチをガフガフ食うターチウォさん。


「で、ですね」


「……なにか話に続きがあるんですか?」


 さぁ、雲行きが怪しくなってきたぞ!


「いや、これから森に行くんですけど助手を探していまして。私が入っているといつも森林警備隊が列をなして襲いかかってくるんです」


「ああ、ターチウォさん悪目立ちしますからね」


 そりゃ、長さ五メートルの銀色の物体がうねうねしゃがんで森でキノコもいでたら、新種の怪物と勘違いもする。


「僕で良かったら構いませんよ、暇してましたし」


 むしろ願ったり叶ったりだ。ローレライ生まれの僕は森林には明るくない。一度見てみたかった景色の一つだ。キノコも見てみたい。


「はい、私としても知らないキノコを試せて嬉しいです」


「待て、なんて言った」


 聞き捨てならない言葉に、僕はドスを利かせて言い放つ。


「いえ、あの、サ・バーンさんの話だとウィリックさんはタフだという話なので、多少の毒では死なないのかな、と」


「そういう話ならきっぱり断ります」



「いえいえ、本当に手伝ってくれると助かるので、そういうことはないです、はい!」


 というか、この貰ったキノコ本当に大丈夫なんだろうな、おい。


「分かりました、まぁ、毒キノコは食べさせません。取ったキノコである程度お分けしますので」


「……まぁ、そういうことなら」


 僕は渋々頷く。


「あ、後お弁当作って下さい」


 終いにゃ金取るぞコラ。




 とてもよく整備された森のなかを、僕とターチウォさんは歩いて行く。


 ターチウォさんは葦で作られた籠を腰につけていた。鉄で作られたのより高級品だが軽くて手入れも少なくていい。割と本格派だ。


「でもなんで腰に籠を?」


「私の身長だと、しゃがむと中身が全部こぼれてしまいますので」


「ああ、なるほど。背が高いのも考えものですね」


 森は、とても気持ちが良く快適だ。木材は国家が最優先で管理する資源なのでそこかしこで、枝打ちや雑草取りをしている人を見かけた。


「でも、取った雑草は置いていくんですね」


「ああ言うのは回りまわって木材の栄養になるんです。いらない植物なんて無いんですよ。キノコもその一つで、何がどこに生えているか知っておくと、森がどんな状態かわかるんです。病気の木だってわかりますよ。だから山師はレポートの報告が義務付けられてます」


「へぇ」


 とどのつまり、山師は森の管理人の一人だ。国家資格であることも頷ける。


「あ、第一キノコ発見」


 ターチウォさんは、キノコをもいで背中の籠に放り込む。


「キノコって、地面に無造作に生えてるんですね。初めて見た」


「木の根に寄生していることが多いです。キノコは物を腐らせることで栄養を作って、木からはちょっとだけ栄養を貰うんです」


 含蓄深い言葉を言いながら、ターチウォさんはポイポイしゃがんだままキノコを籠に入れていく、僕は、ビビってる周りの人に『化け物じゃないですよ』アピールした。これは知ってても化け物だわ。くねくねしてる。


「色んな種類のキノコを籠に放り投げてますけど、全部食べられるんですか?」


「いえ、毒キノコもありましたよ。ほら、籠の中に仕切りがあって、二つに分けている」


「ああ、なるほど。あ、タマゴタケ」


 僕が手を伸ばそうとすると、それを素早くターチウォさんがバシッと叩く。


「それはタマゴタケの偽物です、食べてはいけませんよ。毒があります」


「え、でもそっくり」


「そっくりでも偽物なのです。素人はキノコを取ってはいけません、買いましょう」


 ターチウォさんの厳しい様子に、僕は内心感心する。


「しかし、詳しいですね、ターチウォさん」


「ええ、私は森生まれですので」


「待て、おいギルマン待てやおい」


「なにかおかしいことでも?」


「何もかもですよ! 物理的に陸でギルマンは生まれません! 海で集団見合をして産卵するでしょうが!」


 ターチウォさんはしばし考えて、体を震わせた。


「し、しかし、淡水魚という可能性がわずかに……!」


「あんたは海水魚だ!」


 本当に人の人生には深く関わるものではない、それがギルマン生であるというならなおさらだ。




「あ、あのキノコは何でしょう?」


 真っ赤なキノコだが、タマゴタケとは赤さが違うので僕にも分かる。柄の部分まで赤く、何か角が生えている。


「ああ、あれはカエンタケですね」


「カエンタケ?」


「はい、火薬の材料で花火やかんしゃく玉に使われます、粉にすると爆発するんですよ」


 かんしゃく玉なら僕も持ってる、丸薬ほどの大きさですごい音がなるのだ。花火に至っては言うまでもないだろう。


「めっちゃ危険じゃないですか!」


「素人は近寄らないほうが身のためですねー。森林火災の元になるので放置はできませんが。ちなみに国から懸賞金が出るのですよ」


 ターチウォさんは、慎重そうに布袋にそれを詰めた。


「それにしても、いろんなキノコがあるんですね」


「そうですね特に危ないというと、食べて毒があるか、森林火災になるカエンタケか……あっ! 動かないで下さい!」


「えっ!?」


 しかし遅かった、僕は何かを踏んでしまい。すっ転ぶ。っていうか、宙を舞う。


 ばひゅぅうううううん!! ぱぁん!


 空に何かが舞い上がるのと、粉々に破裂するのを見た。


「な、なんですかあれ?」


「こっちにも生えていた。ロケットダケだ」


 何やら、筒状の不思議な形をしたキノコ? を見せるターチウォさん。


「踏むととてつもない推進力でどこかに向かって飛んで行く。またに馬車がこれで横転するんです、とても危険」


 もう危険のベクトルが違う気がする。


「一つ食べてみるかね?」


「食べれるんですか?」


 ターチウォさんは一つ頷き。


「猛毒があって食べると死ぬ」


「おい終いにゃ三枚に下ろすぞこら」


「ただし、めちゃくちゃ美味しいらしい」


「いや、だから毒キノコじゃ意味が……ん? なんで猛毒なのに美味しいってわかってるんです?」


 ターチウォさんはいかにも寂しそうに答える。


「昔、ある人がこのキノコの実食にチャレンジして、一言『超美味しい』と残して即死したんです」


 僕は、こうしてろくでもない知識を、また一つ手に入れるのだった。


 超悲しい。





「……と、言う訳でたくさんのちゃんと食べれるキノコを手に入れたんですけど、僕料理法に明るくないんですよ。海暮らしが長かったもんで」


 ブイローさんにその夜、聞いてみることにした。ダイケルさんも顔を出している。


「つったって俺、キノコ嫌いだぞ。うちのメニューにキノコがないの知ってっだろう」


「……ダイケルさんは?」


「ユーもミーが漁師の家系だったのは知っているだろう?」


「……うわ、どうしましょうか、これ」


「どうしようもねぇなぁ」


 食べ物を無駄に出来ない僕は、翌日キノコ料理の本を探してマーケットへと旅立つのであった。


 結構高く付いたことだけは明記しておく。




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