三十三話 損する不幸なお祭り
今日は楽しいお祭りである。
「……のは良いんですけど。本当に良いんですかね?」
「ミスターブイローに関してはある意味諦めるしか無いのだよ。ミスターウィリック」
ブイローさんは、なんと祭りで稼ぎ時にも関わらず。
「なんで他の連中が楽しんでる時に、俺がたいして稼ぎにもならねぇ店であくせく働かなきゃならねぇんだよ!! 俺は今日は寝るぞ!」
と言って部屋に閉じこもってしまったのだ。なんとあのケチが僕らにお小遣いまで握らせての強行である。
「しかし、男二人で祭りを回るなんて華がない話ですね」
「ミスターウィリックはかなり心あたりがあると思うが」
「僕に死ねとおっしゃるんですか。ダイケルさん」
僕の知っている女性はほとんどが生死に関わる。冗談でもそういうことは言ってはいけない。
「分かった、分かったから迫るな。さて、どこをめぐろう」
「このお祭り、かなり価格設定が安いですよね。目移りしちゃう」
街にはギルマンや人間で溢れかえり、祭りの定番焼き牡蠣に焼きイカ、この街の名物りんご飴に、珍しいとこだと冷やし飴なんてものまである。っていうか何なんだろうそれは。
「お、ミスターウィリック。金魚すくいをやっているぞ、ひとつやっていかないか?」
「きんぎょすくいぃ?」
僕はあからさまに嫌そうな顔をする。
「だってアレですよ? 金魚って黄金で出来ているんですよ? 金で出来ているからものすごく重いんですよ? それを紙の網ですくおうなんて正気の沙汰とは思えない」
ダイケルさんは何を言ってるんだこいつ、という空気を出しながら答える。
「金魚をすくわなきゃいいじゃないか」
「金魚すくいだから金魚すくわなきゃいけないに決まってるじゃないですか! 小魚すくいじゃないんですよ!」
金魚すくいは金魚も泳いでるが、鉄魚やクマノミなど他の魚が泳いでいないこともない。何もすくえなかった子供なんかは小魚一匹貰えるのだ。
「ユーは強欲だね。だがこの祭りでは定番だよ。この祭りはお金を落として損をすることで一年の安全を買うんだ。ユーも損してみた方が良い」
「そんなもん知ったことですか。行きますよ」
「どこに行くのだい」
僕は鼻息荒くずんずん進む。
「勿論金魚すくってやるんですよ!」
金魚すくいというのは三匹すくえば金貨一枚になろうっていう金魚を銅貨一枚ですくってやろうって言う遊びだ。ぶっちゃけギャンブルに相当する。
だが、昔から祭りではよく屋台として並び、子供なんかが小魚捕まえて遊んだりするものだ。
最初から小魚しか泳いでいない金魚すくいも存在するが、これは金魚に銀魚、鉄魚が泳ぐ本格派だった。
「おっちゃん大人二枚」
「はいよ銅貨二枚」
基本は銅貨一枚だ。ちょっと高めに感じるが、だいたいこれが相場である。これがこの金魚すくいがギャンブルの側面を持つところである。
「はい、ダイケルさん。ボウルとポイです。……さて」
中で泳いでいるのは、軽めの鉄魚が十匹と重そうな金魚が三匹、銀魚も二匹いる。あとは青いスズメダイ科の魚とかクマノミとか、カラフルな小魚たちが元気よく泳いでいる。
ダイケルさんが僕の真剣な様子に息を呑んだ。
「ミスターウィリックが、マジだ……」
「しっ……今だ!」
手首のスナップを効かせて、最小限の動きでボウルに鉄魚を二匹叩きこむ、がらんごろんと音がした。「おお……」という声とともにギャラリーが形成され始める。
「まずは腕ならし。金魚すくいはギルマン発祥でね、昔はよくやっていたものです。小遣い稼ぎに良いんですよ」
店主が新しいポイ箱を開けた。多分僕が濡れたポイを交換するのに、あちらを使おうということなのだろう。勿論、あちらは薄いポイだ。上級者向けに用意しているはずである。
「……兄ちゃん、次のポイいるかい? 金魚すくうんだろう?」
強面のおっちゃんは聞いてくる。だが、僕は首を振って。
「金魚はすくいますがポイはこのままで十分!」
実は、ポイは濡れていないよりも濡らした方が頑丈になるというのは知る人ぞ知るところだ。そのための鉄魚すくいである。
金魚は鉄魚よりも重たく、さらにこの金魚は大ぶりである。しかも動きが良い、元気な金魚を入れているのだろう。
「だが、数々の金魚をすくって来た僕に死角なし!」
ポイを静かに突き入れ水を切るように跳ね上げる。同時に重い金魚が宙を舞った。
「まいどありー。夜道に気をつけてなー」
物騒な恨み言を言われつつ露店を離れる。まぁ、言われないわけはないか。何しろ僕がすくった金魚は三匹、すなわち根こそぎ全部である。客にして百人分の儲けがパァなのであるから、金魚すくい屋としてもやってられないだろう。
「こいつは後で金魚加工工場にでも売りましょう。大ぶりだからちょっと色がつくかもしれない」
僕は得して上機嫌である。ダイケルさんは心配そうな顔(紙袋で顔など分からないはずだが、何故か分かったのだから仕方ない)をしてスズメダイを持っていた。
「今からでも、返すべきではないかね? この祭りで得をすると、後々怖いぞ?」
「気にしてるんですか? そんなもの商売屋が儲けたいための口実ですよ」
笑いながら大通りを歩く僕に、ある意味懐かしい叫び声が聞こえてきた。
「暴れギルマンだー!」
「へっ!?」
僕は走ってきたサメのギルマンをすんでのところで回避する。
「あっぶな! 轢かれてたら命じゃすみませんよ!」
サメのギルマンはどこへともなく走っていった。
「ユー……」
「何度も言いますが大丈夫ですよ、この程度日常茶飯事です!」
「それはそれでどうかと思うのだが」
金魚は……無事だな。皮袋に入れてあるからどうかと思ったけど、まぁ、死んでようが生きてようが知ったことではないんだが。って、あれ? 袋がもう一つ。
「あ、これ……財布だ。うわお、けっこー入ってる。おお、ラッキー」
僕は、意気揚々とスキップした。いやあ、災い転じて福となすってところか。
「ミスターウィリック。今、結構危なかった気がするのだが」
「気にしない気にしない。それよりも屋台回りましょうよ、ちょうど臨時収入もあったことだし、おごりますよ?」
「……警邏にでも届けたほうがいいと思うのだが」
その時、僕はダイケルさんの忠告なんざ聞いていないのだった。
「……だから、この祭りでの儲けは全部教会への寄付金になるのだよ。ミスターブイローが乗り気でない理由はそこだ」
「うぇ、神様行きですか。それはかなり嫌だなぁ」
「ミスターウィリックは信仰心が足りない」
僕はりんご飴、ダイケルさんはリンゴ酒をストローで吸いながら街を見て歩いていた。
なるほど、神様はいろいろなものを蒐集しているというのが定説だ。黄金もそのひとつで、神様に捧げるという意味で教会には大量の黄金を奉納している。何でも儀式をすると黄金は消えるのだとか。
「んで、一年の無病息災を金で買う、と。かなり現金な祭りですねーこれ」
神様の奇跡は、魔術という形で現れているため、目に見える分確かに意味があるのかもしれない。
「はいよどいたどいたー!」
がらがらと早足の馬車が通って行く、僕らはひょいと道を開けた。こんな大通りで危なっかしい。
どんがらがっしゃーん!
車輪が突然外れたのか音を立てて、馬車が崩れる。僕はその崩壊の真下にいた。
「だ、大丈夫かアンちゃん!?」
「ああ、うん。大丈夫……ですけど」
鉄タワシまみれで僕は答える。
正直、積み荷が鉄タワシで助かったというところだろう。変に重いものだったら即死していたかもしれない。
「ミスターウィリック……」
「ちょっと、やばい気が、僕もしてきました」
この街で石橋を叩かないことは死に直結するのだ。
中央広場にやってきた。高いやぐらが組まれていてこいつは本格的だ。夜になるとここで太鼓にドラを叩いて皆で踊るのだ。
「宝くじやっていきましょうか」
「まだ稼ぐ気かい? ユーはそろそろ命に関わると思うのだが」
さすがの僕でも命は惜しい。この状況で一等金貨二十枚とか稼いだら多分命がない。
「いえ、あのえげつなさは僕もどうかと思うんですが『当たりくじなし』って書いてあるんですよ。銅貨一枚払っておきましょう。神様に寄付したと思えばいいんです」
「なるほど、それなら良いな。ミーも買うよ」
まず、ダイケルさんが銅貨を払ってくじを引き。それを見せて、あ、売り子のお姉さんが凍りついた。
「て、店長、店長!! どうしましょう、当たり、入ってないはずなのに!!」
ガランガランとハンドベルを鳴らしながらお姉さんは走って行く。
「だ、ダイケルさん……ヤバイ気がします」
「ミーもだ」
そしてその時、影が落ちた。
「倒れるぞーーーーーー!!!!」
『え……?』
ずどぉおおおおおおん!!!
やぐらが、音を立てて僕らのもとに落ちてくる。逃げられない。
やぐらは、僕達を避けて……まるで型に嵌めたかのようにギリギリセーフだった。
……が、もうこうしてはいられない。
「ダイケルさん! これヤバイです!! 今すぐ何とかしましょう!!」
「分かった!! これは危険だ!!」
「ええ、次は隕石が直撃してもおかしくはない!」
僕らは当たった金貨二十枚をそのまま寄付金として返却し、警邏に財布を届けた。
「金魚は……店側受け取ってくれませんでしたね」
「どうやらあちらも得はしたくないようだ。……迷信深い店主だったようだね。どうする、ミスターウィリック」
「海へ返しましょう」
というわけで、金魚は海へと戻ることになったのだ。港で海に金魚を放つと金魚は元気そうに泳いでいった、あいつらはきっと図太く生きていくのだろう、ちくしょう。
「ギョーーー!!!」
そして、ここで不幸のお釣りとでも言わんばかりに先ほどのサメのギルマンが体当たりをかましてきた。僕は彼共々海へダイブ、サメのギルマンはそのままバタフライで大海原へ向かっていった。
「なんて日だよちくしょう!!」
海の中僕は夕日に向かって叫ぶのであった。
三日後、僕は銀貨袋亭のテーブル席で唸っていた。ちなみに店は休みである。毎年ブイローさんは何故かこの期間風邪をひくのだそうだ。
「……どうしたんだい、ミスターウィリック?」
調味料の在庫チェックをしていたダイケルさんが聞いてくる。
「いえ、この間の祭りの時、僕海へ落ちたじゃないですか?」
「うむ、あの時は災難だったね」
「で、その時の服に貝が紛れ込んでいたんですが。これが真珠貝で、割と良い真珠が入っていて。……これ、貰っちゃってもバチが当たらないかどうかずっと悩んでいるんですよ」
ダイケルさんはそれを聞いて、きっぱりと断言する。
「ユーはきっと強欲で死ぬよ」
僕だってそう思っている所だ。
だが結局僕はこの真珠をポッケに収めちゃうのだった。
うん、僕は強欲で死ぬな。