三十二話 童話ローレライのオルゴール
ある所にオルゴール職人、ウィリックという若者がおりました。
彼は性格こそヒネていましたが、よく働く青年でした。
「一言多いよ、まったく」
彼は毎日独り言を言いながらオルゴールを作るのです。
「よぉ、やってるな」
そこへやって来たのは、町長のブイローさんです。
ブイローさんはがめつくとても性格が悪いのですが、ウィリックの親代わりをしてくれてました。
「余計なお世話だ」
「ところで何のようなんです? ブイローさん。貸すお金ならありませんよ」
「お前も一言多いな!」
「それで、何なんです?」
ウィリックが尋ねると、ブイローは困ったように頭を掻きつつ言いました。
「ウィリック、お前嫁はいるか?」
「え、いるかいらないかで言えば欲しいですけど……」
ウィリックは少し困りました。彼は働き者ではあるけど、さほど裕福ではなかったからです。嫁を貰っても、養うほど裕福ではありません。
「お嫁さんって誰なんです?」
とりあえずウィリックは尋ねてみることにしました。
「旅のローレライだそうだよ。お前に一目惚れしたんだと」
ますますウィリックは困ってしまいます。そんな覚えはないからです。
「とりあえず、会ってみるだけ……」
そうウィリックは言いました。
「彼女がそうだ。無口だが美人だろう?」
静かに現れた女性は、ゆっくり一礼をします。
「なんて綺麗な……」
ウィリックは、たちまち彼女に一目惚れしてしまいました。彼女は自分が思い描いていた理想のローレライの姿とまるっきり同じだったからです。
そうして、ウィリックと無口なローレライは一緒に暮らすこととなりました。
その夜のことです。
「参った、ベッドが一つしか無いぞ。まぁ、僕は床で寝るとしよう。新しい食器もいるし、二人で暮らすというのは何かと物入りだなぁ。ブイローさんから少し借りるか、後が怖いけど」
ウィリックがいそいそと寝床の準備をしていると、ローレライが話しかけました。
「ウィリックさん」
その声に、ウィリックはまた衝撃を受けました。これほど可憐で鈴を転がしたような綺麗な音色を、彼は未だかつて聞いたことがありません。
「ああ、なんて素晴らしい声だ。もっと、もっと聞きたいからそのまま語りかけてくれ」
「それは叶いません」
ローレライは首を振ります。
「なんでだ、そんなに素晴らしい声なのに」
ウィリックの問いかけにローレライは静かに綺麗な声で答えました。
「私は現実の姿ではなく、ローレライの声なのです。ですから、私が声を出せば、その分だけ、私は消えてしまいます」
彼女が声を出すと、ウィリックは信じられないものを見ました。彼女の身体が消えていくのです。彼はそれを聞くと思い出したようにタンスに駆け寄ります。
「この指輪はローレライが残した呪いの指輪だ。つけると、一生涯声を出すことはできなくなる。これであなたは永遠に消えない」
ローレライは、さすがに少し困りましたが、必死なウィリックの説得に応じてその指輪を受け取ることにしました。
こうして、ウィリックと無口なローレライの生活が始まったのです。
ウィリックは前以上に働きました。無口なローレライも、それをよく手伝いました。
「おう、これはいい出来のオルゴールじゃないか」
するとどうしたことでしょう、ウィリックのオルゴールは素晴らしい音色を奏でるようになりました。
「これは、彼女の声を聞いたからに違いない」
そう、ウィリックは確信しました。少しではありますが、二人の生活は楽になりました。
しかしローレライはあるとき、ブイローの独り言を聞いてしまいました。
「わぁっはっは、ウィリックのオルゴールが羽でも生えたように高値で売れまくる。俺も贅沢な生活が出来るというものだ! よし、来月はこの倍作らせよう!」
大変です。そんなことをすればウィリックは死んでしまいます。ローレライは、慌ててウィリックに伝えようとしますが……声が出ません。呪いの指輪のせいです!
「どうしたんだい? 疲れているなら少し休みなよ」
ですが、どう見ても疲れているのはウィリックです。彼女は彼が幸せそうにしているのを見るだけで、人間が働き過ぎると死にそうになるのを知らなかったのです。
ローレライはウィリックを外へ引っ張りだすと、石で地面に何やら書き始めました。
「……これは! でも、あのブイローさんが」
ウィリックにとっては親代わりです。ウィリックはとても信じられません。ですが、必死なローレライの様子にウィリックは困ってしまいます。
「分かった、指輪をくれたローレライの所にお話に行こう。きっと良い知恵を貸してくれるはずだ」
ウィリックはそう言い、荷造りを始めます。
それを見ていたのはブイローです。
「これは、捨て置けんわい」
ブイローはどうにかしようと思案を巡らせます。そうしてなんと恐ろしいことに、ブイローは林に火を放ち焼いてしまいました。
「はっはっは! これでウィリックは死刑だ! 死ねば証拠など無い!」
林はウィリックの家の近くにありました。
怒ったのは王様です。王様はカンカンになって、兵士にウィリックを捕らえるように言いました。
「ええい、木を燃やした奴は火炙りだ! 火炙りにしてしまうのだ!!」
兵士たちがやってきて、ウィリックたちは慌てて家から逃げ出します。
ですが、連日の疲れが祟ったのでしょう。ウィリックは崖から足を滑らせ、ローレライともども谷底へ転落してしまいました。
ローレライは無事でしたが、ウィリックは頭から血が止まりません。
困ったローレライは助けを呼ぼうとしますが、声が出ません。呪いの指輪のせいです!
何度、何度声を張り上げようとも声が出ることはありませんでした。
ウィリックは、気絶してる中で夢を見ました。
それはローレライのオルゴールです。ウィリックは、一番出来が良かったローレライをモチーフにしたオルゴールを大事にしていましたが、谷底へ落としてしまいました。
彼の耳には、今まで聞いたことのないほどに美しい声が聞こえます。
「ああ、なんて美しい。なんて美しい声だろう」
それは、ローレライのオルゴールが奏でる音色。ローレライの歌でした。
やがて音を聞きつけて、兵士が、王様が、ブイローが次々谷へとやってきます。
そこにあったのは、既に息絶えたウィリックと一つのオルゴールでした。
そしてその声は遠く海のローレライにも聞こえていました。
オルゴールの願いが悲恋に終わったと知ったローレライたちは悲しみのあまり、谷を海の底に沈め、二人は永遠に浮き上がってくることはないと言います。
未だに海の底から時折オルゴールの音色が聞こえてきます。
パチパチパチパチ。
万雷の拍手とともに、幕が下りる。
「お疲れ様でしたー!」
僕はムクリと起き上がって、ダイケルさんとハイタッチをした。
「お疲れだったね、ミスターウィリック」
「ダイケルさんこそナレーションお疲れ様でした」
「なぁんでわたくしがウィリックのパートナーなんですのよぉっ!!」
練習の時から何度目になるかわからないキンキン声が舞台に響く。見事ヒロイン役をやり遂げたエッダさんだ。
「子供たちに聞こえちゃいますよ。商工会の子供劇場だからしょうがないじゃないですか。話し合いの時ジャスティーナさんはいなかったですし」
僕はエッダさんをなだめる。
(ナイスだ。ミスターウィリック)
(もちろん)
当然だが、ジャスティーナさんがいない時を狙って話を進めたのである。彼女は破壊的音痴なので、こんな役をあてがった日には舞台が悪夢の惨劇で終わる。
「……俺、こんなに悪いかなぁ?」
「私は最後にブイローを始末する場面を追加すべきじゃと思ったんじゃが」
ブツブツ言ってるのは悪いブイローさんと王様のハゲチャビンさんだ。君らはいい大人なんだから文句言わない。
「にしても、面白い民話ですね。よく出来てる」
僕の言葉に、ダイケルさんとブイローさんが顔を合わせる。
「ああ、そうか。ウィリックは旅人だから知らなかったね。これは民話じゃなくて事実なんだよ」
「そう、未だにオルゴールの音が聞こえる、オルゴール岬って場所が実在するのさ」
二人の言葉に、僕は感心する。
「へぇ、それじゃあ、『彼』の死体はまだ海の底なんですか」
「いやぁ、それがな」
ブイローさんの言葉をエッダさんが奪い取る。
「話の続きですけれども、ローレライが無理やり魔法で『彼』を蘇生させてオルゴールと一緒に海の底に招待したっていう力技のオチがつくんですのよ、これ」
嫌な予感がする、もしかして。
「想像通りだと思うが、『彼』は本物のローレライの嫁さんと一緒に海の底でしっぽりやってるってわけよ! がっはっは」
ブイローさんのデリカシーのない言葉に頭を抱えつつ。
「子供には教えられませんね、それは」
僕は感動をぶち壊しにされて、やるせない感じで打ち上げへと移行するのであった。