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三十話 デート大作戦

 大通りの一角に、待ち合わせの定番とされる像が建っている。


 この土地の開拓に着手し、温泉を発掘し、サトウキビの栽培に乗り出した英雄だ。


 その名はドスクライオ・コ・ゼやたら長い名前だが、歴史の授業にも出るので注意が必要だ。勘の良い方はもうお気づきだと思うが、オコゼのギルマンをモチーフにした銅像の前で待ち合わせをする神経は、僕はちょっとどうかと思った。


「いや、砂糖の開拓者って言ったら、超有名人なんだけどね……ギルマンだけど」


 僕はここで、待ち合わせをしていた。待っているのは恩人なので文句は言えないが、小言の一つは言ってやろうと思う。


「やあ、ウィリック君、待たせたね」


「うわ、気合入ってますね。リチャードさん」


 その気概も軽く吹き飛ぶ。リチャードさんはバッチリ糊付けした三つ揃えのスーツに身を纏い、バラの花束を持っていた。


 まさに婚活する男のフル装備と言えよう。


「当たり前だよ、一世一代の大勝負だからね」


「……で、その気合入ってる男がなんでわざわざ『デートについて来てくれ』なんて言うんです?」


 僕の改めて突っ込まれた小言に、リチャードさんは散髪して整えたばかりに見える頭を掻きながら答えた。


「いやあ、実は、逆ナンとか初めてで……緊張しちゃって。な、頼むよ!」


 僕は、盛大にため息を吐くのだった。


 これだからこの人は結婚できないんだよ。





「ところで、逆ナンって、女の人から声をかけられたってことなんですよね? 前の人は一体どうしたんです?」


「いやぁ、フラレた! これがもう見事にスパーンっとさ! 仕方がねぇよ!」


 まぁ、分かっていたことだが僕は軽い目眩を覚えた。この人はこれだから幸せになれないんだよ。


「んで、今度の彼女はどういった方で?」


 知らなけりゃどうしようもない。僕は頭を振りつつ尋ねた。


「おう、銀の髪のハーフローレライでな。そりゃもう、目が覚めるような超美人さ」


「へぇ、シルバーブロンドじゃなくて、銀なんですか?」


 リチャードさんは頷く。そりゃ珍しい、本物の銀、比喩ではなく銀の髪を持つものは、ローレライよりも圧倒的に希少だ。一部のハーフローレライが、生まれを間違ったかのように銀の髪を持っているのだ。


「しかし、そんな美人一度見たら忘れませんよ。どこに住んでたんです?」


「そりゃ、俺だって忘れねぇよ!! 最近越してきたんだってよ。だからさ、中央から来たって言うから、お前の手を借りたくってさ、良いだろう?」


 なるほど、そういう理由か……つまり僕は、旅のあるある話で話題を振って間を持たせる役のようだ。


「しょうがないですねぇ。食事じゃ済みませんよ?」


「やった!」


 飛び上がるリチャードさんを尻目に人混みをやっとかき分ける姿を僕は指差す。


「あ、あの人じゃないですか、行って助けてやりなさいよ」


「おぅ、早速行ってくる!! ちょっと、そこのギルマンどいて!! やぁ、フロラインさん! ど、どうも、こんにちは!」


 へぇ、フロラインさんっていうのか。……なるほど、銀の髪でローレライよりもプロポーションが豊かないわゆる男好みしそうな体型だ。こりゃ一発で惚れ込むのも頷ける。服装は、そのダイナマイトボディに似合わず可愛らしい物だった。狙ってそのアンバランス狙ってるんなら大したものだ。


 うわお、リチャードさん真面目な顔してるけど鼻の下伸びてら、うん伸びるよな、あれ。


「というか、あの人が声をかけてきたのか……うん」


 リチャードさんには悪いが、何か裏がある気がすると僕は思うのだった。





「どうも、ウィリックと言います」


 僕はフロラインさんに丁寧に挨拶をする。彼女は一瞬おたついたが、無邪気な笑顔で答えた。


「どうも! フロラインって言います!」


 第一印象は、見た目の年ほど世間ずれしてない感じ。いいとこのお嬢さんのようだ。また、高倍率物件だな。


「ウィリックは色々詳しくてな、案内を頼んだんだ。買い物とか得意だろう?」


 なるほど、そういう触れ込みなのか。まぁ、リチャードさん女物の買い物、超がつくほど下手だからな。


「よろしくお願いします……指輪、してらっしゃるんですね。ファッションリングですけど」


 薬指ではなく、小指にリングが嵌っている。リング自体も青い大きめの宝石がついて実用には向かないやつだ。服装も可愛らしいし、目一杯持ってる服でめかし込んで来たって所かな?


「……あ、うん、はい。そうなの、これ、おばあさまので」


 僕は、彼女のしゃべりに面食らう、ってーか、これ、もしかして。


「あの、リチャードさん彼女ずいぶん喋りおかしいですね……たどたどしいってか、舌足らずってか」


「そうか? 可愛らしいだろ」


「ダメだ、この人前後不覚に陥ってる!」


 これ僕がしっかりしなきゃダメってことか!





 とりあえず、センスの欠片もないギルマン像の前にいつまでもいても仕方がない。僕らは移動することとなった。


 フロラインさんは貰ったバラの花束を嬉しそうに抱きしめている。……気がなさそうってわけじゃないんだよなぁ。後、刺抜きしてあるバラなのか、気合入ってる。


「んで、どこ行くんです? 昼の時間帯に空いてる店は少ないですよ?」


「海原の月夜亭に行こうかと、まずはレストランで違いの分かる男を演出しないとな」


「……あそこ、客を差別しますよ、予約してるので?」


「いや、してない、まずかったか?」


 うむむむ、予約してないと入るのが難しいんだよな、あの店。なら選択肢はひとつだろう。





「げっ! 何をしにいらしたのかしら?」


「食事に、客ですよ僕ら。身構えないでくださいエッダさん」


 ローレライが(個人的嫌がらせのために)経営するレストラン。玉石の光亭は今日もよく繁盛していた。だが、知名度的に海原の月夜亭に劣るので、混雑もさほどしてない。


「ローレライが経営するレストランか、確かに珍しいな、どう? 大枚下ろしてきたから好きなモノ頼んでいいぜ?」


「ここ、僕の働いてる店の真正面ですよ、覚えておいて下さいよ」


 小言を言いつつも、四人席に三人で座る。フロラインさんはメニューとにらめっこしていた。


「難しいですよね、前菜から一品ずつ選んでいったらどうですか?」


 一品頼んで、それからまた悩めばいいのだ。それで問題はない。ゆっくり組み立てていくのも楽しいし、そうしてはいけないというルールもない。料理人からのアドバイスである。


「じゃあ、鯛のウニソースカルパッチョ」


「おお、この街に来たら生魚とウニ食わなきゃな。砂糖だ何だと言われてるが、この街は海産物も旨いんだよ。よく分かってるねフロラインさん、俺もそれ貰おう」


「じゃあ、僕も」


 本当によく知っている。さて僕はメインをどうしようかとメニューに顔を落とした時だ。


「お客様、困ります!!」


「おぅら!! ここに来てるってのは分かってんだよ!!」


「せ、せめてお腰のものを……!」


「剣士が剣を置けってのか、てめぇ!!」


 これはまた、絵に描いたようなゴロツキだ。剣士には二種類いて、目の前のリチャードさんのように格好いいタイプと、ただのゴロツキの二種類だ。第一、剣士だからって商売道具くらい食事中離しても良いだろうに。僕だって包丁持って食事はしない。


「……どうしますか?」


 幸い、この店にギルマンはいない(と言うかギルマン入店禁止と張り紙がある)ので混乱は起こっていないが、あれは迷惑である。


「というか、こっちをチラチラ見てる。俺の客だな、借りるぜ」


 ウェイターが持っていたモップを借りると、モップの先を外してただの鉄の棒にする。それで彼にとっては十分凶器だ。


「てめぇ、リチャード! 良くもこの間はやってくれたな!!」


「あっ、聞いた通り剣を持ってないぜ! そんなバランスの悪い棒、上手く振れるはずがねぇ」


 男は三人組、それぞれ剣を持っている。僕は、こっそり右ポケットに手を突っ込んだ。魔術を使うか悩んだからだ。


「おう、ここは公共の場だ。お前ら抜くんじゃねぇぞ、剣を抜いたらまたしょっぴかなきゃいけねぇ」


 だが、リチャードさんの雰囲気を見て椅子に座り直す。多分楽勝だ。


「へっ、減らず口を、やるぞおま」


 連中が、剣を鞘から抜こうとした時である。


「先手必勝!!」


 リチャードさんが鉄の棒で連中を一度ずつ殴って、即気絶。他愛も無い。


「よし、まだ抜いてないから事件じゃないな。ウェイター、こいつら表に捨てといてくれ、死にはしないさ」


 店内は、万雷の拍手によって喝采されるのだった。





「良い調子じゃないですか。格好良い所も見せましたし、食事はタダでしたし、美味しかったですし」


 僕的にはもうこれで帰って良いんじゃないかと思いつつも、懸念事項があったので付いて来ている。


「おう、こっからのどんでん返しはないだろう。よし、指輪でも選んじゃおうかなーっ!」


「その前に、あれ食べません?」


 僕が指さしたのは、一つの屋台だ。


「ボンボン屋? 珍しくはないだろう」


「良いでしょう。僕が食べたいんですよ」


「……まぁ、そうだな。フロラインさん、あれ、ちょっと並ぶから俺行ってくるよ」


「わぁ、アーモンドのキャラメリゼね。ひさしぶり」


 一つくらいはワガママを言ってもいいだろう。リチャードさんは、渋々屋台に並びに行く、良い行列だ。暫くは帰ってこないだろう。


「……で、ですね、フロラインさん」


「うん?」


 はてなマークを浮かべているフロラインさんに、僕は伝えるのだった。





「で、ボンボン買わせておいて……公園?」


 リチャードさんを連れてきて、公園である。フロラインさんは、少し青ざめているが、まだ泣き出すほどではない。……僕の指摘にショックを受けたのだ。


「この場にダイケルさん待たせてるんですよ。店にいて良かった」


「お前何言ってるのかさっぱり……」


「あの……!」


 フロラインさんが、声を上げる。


「はい!」


「リ、リチャードさん、その……実は」


 彼女は、嵌めていた指輪を外す。例の青い宝石のついたファッションリングだ。


 その瞬間、彼女は彼になった。


 溢れんばかりの大胸筋。むさ苦しいまでの上腕二頭筋、そして極めつけの三角筋。


 タンクトップを身にまとった、まさに兄貴だった。


「スマンでごわす。ワシ、ワシ……」


 ピシ、とリチャードさんが壊れる音がした。





 泣きわめくリチャードさんをとりあえず後で合流する旨(勿論やけ酒だ)で追い払うと。僕はダイケルさんに目で合図を送った、周囲に人はいないらしい。


「どうぞ、指輪、もう外してよろしいですよ?」


 言われると、フロラインさんも涙ながらに指輪を外す、赤い石の安っぽい指輪だ。すると、ドロンと音を立てて煙の中から、銀髪の小さな女の子が出てきた。


「よく言われたことが出来ました。すいませんね、変なことをさせて。だけど、嘘はいけませんよ。嘘をついて手に入れても、あっという間にこぼれ落ちてしまうんですから。リチャードお兄ちゃんに嫌われたくはないでしょう? フロラインちゃん」


 銀髪の少女はすすり泣きながら頷く。よく頑張ってくれた。だが、こういう演技をしなければ、嘘を嘘で塗り固めるのが難しかったろう。


「魔力が異常に高い指輪だったんでおかしいとは思ったんですよ。昔からこの街に住んでたんですよね?」


 おばあちゃんの指輪だと言っていた。なら、そのおばあちゃんはローレライなのだろう。先ほど聞いた話だと、この指輪は『死んだお母さんの姿になれる』ものらしい。なるほど大した形見の品だ。


 そして、あとから渡した僕の魔術のリングは『マッチョになるリング』。言葉遣いもそれっぽくなる便利な品だが、一日に一時間しか変身出来ないので叩き売りされていたのだ。なんかに使えるかなと思って買ったのだが意外に使えた。


 魔術は魔法より弱い。だからマッチョのリングを嵌めてもお母さんの姿のままだったし、お母さんのリングを外せば、マッチョになる。そして全部のリングを外せば子供に戻るという具合だ。


「ほら、もう泣かないで。君が嫌われたわけじゃないんだ、急がなければ大丈夫だよ」


「本当、リチャードさん、待ってくれる?」


 待ってくれるかは怪しいが、あの人のことだ。ずるずる結婚しないに違いない。


 最初から怪しいと思ったのだが。決定的だったのは、レストランでこの街の名物を、いかにも食べ慣れた風に食べていたことと、アーモンドのキャラメリゼを『久しぶり』と言ったことである。


 アーモンドのキャラメリゼはアーモンドも砂糖もめったに手に入るものではない。他の地域では、まず口には入らない。例外はこの街だ。


 オコゼのギルマン、ドスクライオ・コ・ゼはこのアーモンドのキャラメリゼが大好物で、それを作るためにこの街を興したのだから。


「大丈夫ですよ。大人になったらリチャードさんの方から放っておきません。お母さんによく似た、銀髪を受け継いだのですから」


 彼女はハーフローレライではないが、素晴らしいシルバーブロンドだった。





「……ちくしょう! ちくしょう!! 俺はどうせこういう星の生まれなんだ!!」


「はいはい、今日はおごりますからじゃんじゃん飲んでくださいね」


 場末の屋台でリッテルを煽るリチャードさんと僕。ボンボンはフロラインさんに持たせて返したし、結局僕は骨折り損のくたびれ儲けだが、まぁ、それでもいいだろう。


「……ところでリチャードさん。フロラインって名前、本当に聞き覚えありません?」


「え? 適当に名乗った名前だろう? さすがに知らねぇよ」


 僕は、覚えがあったので後日新聞を掘り返すことになる。


 確かリチャードさんが昔、大事な約束を蹴って彼女にフラれてまで助けていた子供の名前だ。


「……なんだよ、不気味に笑いやがって、そんなに俺がおかしいのか!」


「面白いですよ、いえ、きっとリチャードさんは暫く幸せにならないんだろうなと思って」


 この日、リチャードさんに小突かれつつも僕は遠い将来を約束されていることにニヤニヤ笑うのだった。




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