二十九話 黄金の誘惑 ~南海の決戦~
「……ミスターウィリック? そろそろ意図を教えてくれると嬉しいのだが」
「僕一人は不安じゃないですか、体がいい道連れです」
僕とダイケルさんは、離れ小島にある洞窟の中にいた。ここはジャスティーナさんの住処、ローレライの巣窟。
有り体に地獄ともいう。
「別に、ジャスティーナさんが悪い人ってわけじゃないんですよ。ただ、明らかに取り扱い注意の危険物なだけで」
「ミスジャスティーナは呪いの武器によく似ているな」
僕とダイケルさんは、暗い鍾乳洞を歩く。暗いことは分かっていたので明かりの魔術は買ってきた。僕の魔術はボンボンを使うのでちょっと高すぎる。
「ところで、なんでミーなのだね? 船は貸すから別の人間でも良かったのだが」
確かに、ダイケルさんでもこの状況では不満が漏れるだろう。ジャスティーナさんはローレライで魔法が使え、逆らえる力関係で無い上に、感極まると破壊的音痴で歌い出すという迷惑極まりない特色がある。
「ローレライはギルマンを嫌うのでギルマンは全滅。ブイローさんは論外。ナニーさんやアウレンさんは余計なトラブルの種しか産まず、リチャードさんは結婚をかけたデートで三兄弟は仕事でよその街に行ってます」
「……ユーの交友関係については、後で洗いなおすとしよう」
「頼みますよ! 僕一人じゃ生きて帰って来る自信がないんです!! 『お友達もどうぞ』って言ってたから良いじゃないですか!」
「ここまで来て行かないとは言ってないだろう!! 鬱陶しいからやめたまえ!!」
すがりつく僕を蹴飛ばすダイケルさん。僕だって命は惜しい。
「……しかし、人間の街でデートすればいいのに、なんでこんな所に呼んだんだか」
「黄金の魔力です」
「リピートアフタミー?」
さすがに聞きなれない単語か、ダイケルさんが聞き返す。
「だから黄金の魔力です。ローレライが人間の男を自分の美貌で落とせないと思った時、財力で落とす方法です。それでもダメな場合は最終的に魅了されるかもしれません、恐怖です」
「……それは、恐怖だね」
魅了は、ローレライの最後の手段である。彼女達の魅了の声に、人間は決して逆らうことは出来ない。もっともプライドの高いローレライはめったに使わないし、そもそも僕はローレライなので通じないのだが。
「それにしてもユーは結構金が欲しいタイプかと思ってたんだが、降って湧いたローレライとの恋話は振るんだね」
「僕も命は惜しいです。……と、言うよりローレライの旦那になって贅沢したってあんまり意味ないんですよ。黄金をいくら持ってたって身を飾る程度の意味しかないですし、クジラのように食えるようになるわけでもなし。人間分相応です、今金貨くれるなら欲しいですけどね」
「ミーに手を差し出してもやらないよ。金の無心はローレライにやり給え」
そうこうしていると、黄金色に輝く奥が見えるのであった。ああ、眩しい。
金の延べ棒に、宝箱に詰まった金貨、宝石に、真珠にと飾ってあって、もう眩しい。
その上で『真の宝物は自分だ』と言わんばかりの黄金の髪にルビーの鱗を持ったローレライ。ジャスティーナさんである。
「いらっしゃいませ、ちょっと飾り立てすぎたかしら?」
「その後に『財産のほんの一部なのですけど』ってつくんですよね。こんにちは」
ローレライのやり口などもはや手にとるように分かる。何人これで幸せの階段を登ったと思ってるんだ。まぁ、実際美人の嫁と手に余る財宝手に入れたら幸せなんだろうけど、これで性格がまともだったらなぁ。
「こちら、友人のダイケルさんです」
「よく考えたら、ミスジャスティーナとミーはあまり仲が良くないんだが」
ダイケルさんの耳打ちに、耳打ちで返す。
「だから良いんですよ。ジャスティーナさん、機嫌が良くなると、ほら、アレですから」
「……ああ」
機嫌が良くなると彼女はその感情を歌にして表現する。そして何度も言うが、彼女は無自覚に破壊的音痴なのだ。具体的には死人が出る。この洞窟が保ってるのが不思議なくらいだ。彼女は機嫌が悪くて丁度良い。
「……ええ、今日はくつろいでらして。海の底から料理人も呼び寄せておりますの」
「うわぉ」
洞窟の中に木のテーブルと椅子、そして料理人と数々の料理が用意してあった。なるほどこれは歓待だ。役得だ。
意外とこの人僕らのツボを知っている。料理人なんてやる奴らは揃って食道楽なのだ。
「肉に野菜、パンにワインか。贅沢だね」
「ええ、ローレライが贅沢って言うと、基本海の幸は出ませんね。何しろ海に囲まれてますから」
海の底の種族が海の幸を贅沢品だとは思わないだろう。
「それじゃ、いただきましょう。せっかくのお招きですし、感謝しないと」
「ユーはかなり胆力があるね」
胆力なしにこの街でやって行けますかってんだ。
「ところで、さっきから気になってたんだけど……結構ギャラリーがいるね」
洞窟の向こうには出口になっており、海が見えて中々の景観なのだが、そこにはわきゃわきゃと、黄色い声を上げているローレライの群れがいた。多分まだ年若い子たちだ。
「僕が告白して婚約する所をジャスティーナさんは見せびらかしたいんでしょうが、そうは行くかっていうんだ」
たくさんのごちそうに財宝は『結婚すれば差し上げてもよくってよ』という意味なのだろう。普段多弁なジャスティーナさんも、今日はニコニコと成果を見守ってるようだが、僕の落ち着きように少し焦りが見える。
「お肉美味しいですよ、ダイケルさん。いっそ食いだめしちゃいましょう」
「ほんっとうに胆力があるね君」
被った紙袋の下からストローでワイン飲んでる奴に言われたくない。
「もう一つ、気にかかってたんだけど……あれはなんだろう?」
「よく気にしますね。ハゲちゃいますよ? って、ああ、あれですか。贅沢品です」
そこに見えるのは、料理人が自信満々に横に立って見せびらかせている、テーブル一杯の白い城だった。
「ミーには、砂糖の塊に見えるんだが」
「その通りですよ。原材料、砂糖、以上。頼めば割って食わせてもらえますよ。甘いだけで決して美味しくはないですから、一口で飽きますが……最後までジャスティーナさんの機嫌が良ければおみやげに貰って溶かしましょう」
僕が結婚を申し込まなければその可能性は限りなく薄いのだが、まぁ、それは置いといてだ。
そうこの歓待、結構薄氷の上なのだ。僕だって帰りたい。
「だんだん、居心地が悪くなってきたのだが」
そりゃそうだろう。機嫌が悪くなりつつあるジャスティーナさん、飽きてきたローレライたち、彼女達は徹底的にパーティーのホステスには向かないのだ。
「場を沸かせる手段ならありますよ。どうぞ」
「クルミ? これがどうかしたのかい」
この場に来る際に、値段こそ張るもののいくつか買っておいたのである。使わなかったら贅沢だが食べれば良いと思ったけど、使う機会が来たので使ってもらおう。
「はい、それを指に挟んでですね、よく見えるように掲げます」
「こうかね?」
それだけで、ローレライ達が一斉に注目する。場が湧いてきてるのが分かる。
「それを砕きます」
「……うん、まぁ、良いんだが」
ばきゃっと砕く。ダイケルさんは力持ちだから楽々出来ると思ったが、まぁ、出来たか。すると、表のローレライから歓声が上がった。黄色い声でもう一回コールである。
「要求されてるから、どうぞ、もう一個」
「ユー、これは何の儀式だね」
「知らないんですか? ローレライは腕力があるアピールすると、盛り上がるんですよ。僕も良くやってましたし、海の男のお守りは昔からクルミと相場が決まってます」
ダイケルさん漁師の家系だから知っててもおかしくなさそうなのに。ダイケルさんが、もう一回クルミを割ると最高潮だ。ダイケルさんを手招きするローレライもいる。
「行ってくるといいですよ、くれぐれも魅了されないようにお気をつけて」
「……あ! ミスターウィリック、人を人身御供に使ったな!」
友情よりも人生である。この場は身代わりにでもなんでもなっていただこう。
「ぶぅ、主役は私とウィリックですのにー」
不機嫌なのは、ジャスティーナさんだ。残念ながらこの人は不機嫌なくらいで丁度いいが、あんまり機嫌を損ねても、あれである。ダイケルさんに目が行っているうちに、最低限の機嫌は取っておこう。
「何、僕に出来ないってわけじゃないです。ほら」
銅貨を取り出し、指で、クニュンと曲げて放り投げてみせる。クルミより安上がりだ。曲がった銅貨を硬いかどうか触りながらジャスティーナさんは機嫌を取り戻していった。
「ああ、物静かで力持ち! なんて素晴らしい」
「ええ、はいはい。ダイケルさん、揉まれて帰ってきましたね」
「ユーの薄情さ、ミーは忘れないよ」
と言いテーブルに箱を置く、良い木箱だ。
「何ですか、それ、プレゼントですか?」
「何か知らないし誰かも分からないが貰ったよ。ローレライは見分けがつかない」
「ローレライは鱗で覚えると分かりやすいですよ。うわ、真珠じゃないですか中身」
箱の中には真珠が詰まっていた。ダイケルさんは箱を懐にしまう。
「やらないよ。君が持ってても金貨に換えちゃうだろう、薄情な人間にはやらない」
「あー、いいなぁ」
身近な分、現実味があってちょっと欲しくなる。そこまで聞いたジャスティーナさんが慌てて。
「あ、真珠でよろしければこの……」
と、まで、言った時である。
(ローレラァイ、勝負を申し込むぅ!!)
脳に直接語りかけるこの感覚は……。
「クジラッ!?」
僕は、昔クジラの知り合いができたことがあるので、この頭に直接語りかける感じを知っている。あのクジラは島ほどの大きさがあったが、このクジラは家ほどの大きさだろうか。
クジラはローレライに恨み骨髄……本当に骨髄まで染み渡っているのだ、種族レベルで……と言わんばかりに潮を吹き、語りかけてくる。
(我々は弱肉強食! 私を倒す強者は、私の肉を食らうのが自然の掟!! さぁ、大自然の強者よかかってくるが良い!)
「やばっ! ローレライが集まってるんでクジラが寄ってきたんだ! ダイケルさん、逃げますよ!!」
クジラは弱肉強食の掟にとらわれており、自分より強いローレライに幾度も勝負を挑んでは負けて解体されてきた歴史を持つのだ。
そして、その勝負は大抵。
(強ければ食い、弱ければ食われる、これぞ大自然の掟!! 食らえ!!)
「せっかくの人の人生一大イベントを、皆やっておしまいなさい!!」
『はい、ジャスティーナお姉さま!!』
「津波の応酬だぁ!!」
ざっぱんざっぱんと、クジラからローレライから津波が寄せては返す。財宝は流され、料理人は流され、砂糖の城は溶けていく! ああ、もったいない!! せめて割って食べときゃよかった!!
「っていうか、お前ら海でやれ海で、陸でやるなー!」
僕の叫び虚しく、すべては海の藻屑と消えていくのだった。
「……ミスターウィリック、砂糖の城は残念だったな」
紙袋もずぶ濡れでやっとこさ船を港に着けたダイケルさんが言う。脱げばいいのに。
「ええ、ですが、まぁあれを守り通すのは無理だったでしょう」
「財宝、流れていったな」
「あれは、溶けませんからそのうち回収できるでしょう。むしろ、一緒に結婚云々が流れていったので御の字としましょう」
僕らはたくさん船に乗った山のような荷物を見て、愕然とする。
「……クジラの肉、たくさんもらったな」
「……マジ、どうしましょうかね、これ」
クジラの肉は市場でもあまり人気はない。僕たちは、クジラ料理をひたすら思案しながら帰路につくのであった。