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二十八話 クラダさんは見た

 

 クラダさん。


 サクラダイのギルマン。女性。芸術家志望で現在ウェイトレス。


 彼女にはちょっとした悪癖がある。





「どうしたもんですかね、これ」


「とりあえず水で水増ししてしまうか。バレやしないだろう」


 僕とブイローさんは、調理場で鍋を前に首を突っつきあわせていた。


「キャー! 混入事件よー!!」


 そこに、クラダさんの黄色い悲鳴が上がる。


「え?」


 僕が振り向いた時には遅かった。クラダさんはダバダバと走って行く。


「……昼のまかない。レッドペッパースープ、辛くしすぎたのバレましたかね」


 僕とブイローさんは、まかないの試食と新しい調味料の試用を兼ねて、スープを作っていたところだった。


「いや、ひょっとして。いつものアレじゃねぇか? まずいな、ちょっと追ってくれよ」


 ブイローさんが嫌そうな顔をする。僕も嫌そうな顔をした。


「あ、まずいですね」


 そう、クラダさんにはちょっとした事で早合点した上に通報する癖があったのだ。かと言って無視するわけにもいかないと、何度か警邏が出動し僕らは謝っていた。


「じゃあ、ちょっと行って来ます」


 僕は自分の荷物、普段使いの荷物の中に、ギルマンを取り押さえる投網やロープを放り込んでいたものを担ぎ、裏口から出た。クラダさんが逃げたのは表だが、裏から回ったほうが早く追いかけられる。


 そこで、どんっ、と何かにぶつかった。思わず僕は尻餅をつく。


「あ、うん。すいません、急いでて。ダイケルさんでしたか。何をしているんです?」


 うずくまっていたダイケルさんと目は……紙袋被ってる人だから合わないけど、互いに一礼し。


「見ての通り、魚を捌く練習中だよ。食えない魚を貰ってきてね」


 ダイケルさんが包丁を見せる。


「あと、ミスターウィリック。君がぶつかった相手はミーではない」


 ダイケルさんが包丁の先で指すと、僕の膝の上に倒れかかったアウレンさんがいた。いつものように気絶して、持っていたであろうレッドペッパースープが地面にぶちまけられている。


「キャー! 口封じの殺人事件よー!!」


 そこに響くクラダさんの声。


「戻ってきてたのか! そして見てたのか!?」


 慌てて振り向くと、もうクラダさんの影はなかった。なるほど、この状況だとダイケルさんが刺したように見える。僕はさしずめ殺人幇助か。


「ダイケルさん追いましょう、このままだと殺人犯にされちゃう!」


「いいが、ミスアウレンはどうする?」


「僕じゃどうしようも出来ません、ブイローさんに預けましょう!」


 こうして、僕らの追跡劇が始まったのである。





「ダイケルさんはあっちから探してください、僕はこっち回ります」


「オッケーだ」


 僕らは二手に別れた。疾走するギルマンを相手にまともに追いかけていたのでは話にならない。追い込み漁が妥当な線だろう。


「おや、ウィリックじゃねぇかどうしたこんな所で」


 そこに、長男さんが声をかけてくる。いつも通り次男さん三男さんと仲の良い兄弟だ。


「あ、三兄弟さんたち。ちょうど良かった、クラダさん知りませんか?」


「いや、知らないよ。俺ら仕事上がりで港の方から歩いてきたから、そっちにはいないんじゃないかな?」


 昔はチンピラだったのに、今ではずいぶん立派になったものだ。


「ああ、そうだ。この間の商売の売り上げを渡しておきますね、持ってますから」


「ちょうど良かった。それを取りに行こうと思ってたんだ」


 僕は結構な大きさの革袋に詰まったお金を渡す。つい先日やったイベントの売上金である。


「銅貨ばっかりだったので、一部銀貨に替えてあります」


「ありがと……」


 とまで三男さんが言ったときである。


「キャー! カツアゲよー!」


『なぁっ!?』


 揃って振り向くと、逃げ去るサクラダイのギルマン。


「そうだ、クラダさん追ってたんだった! 捕まえないと逮捕されてしまう!!」


 長男さんが驚愕する。


「なんだって!? 逮捕だって!!」


 次男さんが慌て出す。


「どうしよう、俺何も、何も今はやってないよ!!」


 三男さんが怯えだす。


「もう、もう臭いパノミーは嫌だ……!!」


 こ、この人達は本当に酷い過去を持ってるなぁ!?





 僕らはまたバラバラに分かれて、クラダさんの追い込み漁をすることになった。


 僕は何かもう路地を回ってるとろくな目にあわなさそうなので、大通りを行くことにする。そこで見知った顔を見つけた、彼は良い戦力になってくれるかもしれない。


「リチャードさん、警邏の仕事中ですか?」


「いや、非番だよ。どうかしたのかい?」


 僕は、とにかく事情を説明することにする。


「……と、言うわけでクラダさんがまた迷惑かけそうなので、追って連絡をしてくれると良いかな、と」


 警邏のリチャードさんは、またかと苦笑をしながら。


「なるほど、そういうことなら……ああ、でもその前にこの前貸した金を返してくれると嬉しいんだが」


「リチャードさんにしては珍しいですね。どうかしたんですか?」


 リチャードさんは、バツが悪そうに頭を掻きながら言う。


「いやな、これからデートなんだが先立つ物を下ろそうとしたら、銀行が今日休みだったんだよ。男がデートに金が無いなんて、カッコ悪いしな」


「ああ、そういう理由で。いい加減、結婚の話は出ないんですか?」


「おう、もう少しさ。もう少し」


 僕は借りていたお金を財布から取り出し渡す。ふと、何か嫌な予感がした。


「キャー! 汚職事件よー!」


 嫌な予感は当たった。クラダさんが叫んでからダッシュで走り去っていく。


「……なんか、まずいことになりだしましたね」


「俺、ちょっと先に警邏部隊行ってくるよ。デートに遅刻したくないんだけどなぁ」


 そっちに関しても嫌な予感しかしない。





 大通りの人混みを掻き分け、クラダさんを追う。こういう時ギルマンと人間の差がよく分かるなぁ!!


「ウィリック……さぁんっ!!!」


 ナニーさんの出会い頭に放った右ストレートが僕の脳天を貫いた。効いた、これは効いた。僕はたまらずダウンする。


「あら、避けなかった?」


 出たな恋するバイオレンス。歩くトラブルメイカー、殴らなければ息ができない女性生命体。


「く、ふっ……この状況で避けられませんよ。何しに出てきたんですかナニーさん」


「いえ、ウィリックさんを見かけたのでこれは運命の出会いかな、とっ!!」


 追撃のカカト落としを躱し、僕は素早く立ち上がる。ハーヴリルの街で回復力の低下は即死を意味する。


「貴方は運命の出会い頭に必殺攻撃食らわすでしょうが!」


「一撃で仕留め切れない、ウィリックさんが好きです!」


 更に襲い掛かるカマのようなフックをいなしつつ、僕は逃げの体勢を……。


「キャー! ストリートファイトよー!」


「その通りですけどね!? あなた実は待ち伏せしてるんじゃないでしょうね!?」


「なんですか、あれ?」


 クラダさんの後ろ姿を眺めるナニーさん。


「実は……うわっ!?」


 僕は、建物の上から斬りかかってきた影から腕でナニーさんをかばった。我ながら損な性格だとは思う。


「師匠に当たったか! しかしまぁよし!!」


「ジジムムさん! しばらく姿を見せないと思ったらナニーさんを付け狙ってたんですか!!」


 名声欲しさに強者を常に付け狙う、卑怯剣術のジジムムさんが、ナイフで斬りかかるだけで済むはずがない。おそらく、このナイフには、毒、が……。


「キャー! 辻斬よー!」


 そんなクラダさんの声が遠くに聞こえるのだった。わざわざ戻ってきたのかあのギルマン。





 目が覚めると、一面のサバだった。


「どうやら目が覚めたようだね」


「……この景観は久しぶりですね」


 サ・バーンさん、このドアップ芸やめないかな。唐突に二メートルのサバが眼前にいると心臓が止まりそうになる。


「サ・バーンさんが目の前ということは、僕は病院に担ぎ込まれたんですね」


「ああ、息子のヒ・ラメイが運び込んでくれた」


「他に二人いたと思ったんですけど」


「ナニーくんとジジムムさんは戦っているらしい、怖い」


 あの二人は、逮捕されるべきな気がする。僕はベッド脇においてあるナイフを手にとった。


「これ、毒が塗ってあるナイフですよね。拾ってきたんですか?」


「ああ、結構強い毒だったので解毒の役に立った、毒の種類が分かると解毒も容易だったよ……生きててよかったね」


「最後に小さく言った台詞リピートアフタミー」


 僕が毒に耐性を持った肉体で良かった。ジジムムさんはもう一回逮捕されるべき。


「キャー! 強盗よー!」


 そして、ナイフをもった僕にかけられるクラダさんの声。


「クラダさん、あんた出待ちでもしてるのかっ!?」


「こわい!! ギョギョー!!」


「サ・バーンさん、この場に強盗はいません、落ち着いて!!」


「ギョギョーー!」


 もう一匹ギルマンが暴れだす。


「カタクチくんもいたの!?」


 病院の中はてんやわんやの大騒ぎとなった……そして。




 ブイローさんが不機嫌そうに頬杖をついている。不機嫌の理由はわからなくもない。


「……でさ、結局全員ブタ箱行きなわけか」


「そのようですね。本当に逮捕すべき人もいて、混乱の極みのようです」


 なお、逮捕すべきジジムムさんは全身打撲でベッドに寝ていた。ナニーさんは無傷である。あの人強い。


「だしてくれー! もう臭いパノミーは嫌だー!」


「なんで俺まで入ってるんだ! 彼女にフラレてしまう、出してくれー!!」


 あの辺の不憫枠がとても可哀想だが、暫く出れないのは確定してるだろう。





 クラダさんには悪癖がある。


 通報癖、早合点までは許そう。


 だが、彼女はなんで、『そういう場面に都合よく出くわしてしまう』のか。それに関しては語るものがいない。


「キャー!」


 そうして今日もクラダさんは夕日に向かって走るのだった。




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