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三話 ボンボンの街とサメ金融業

 ぐつぐつぐつ。


「ユー? 何作ってるんだい?」


 ダイケルさんから話しかけられる。ここ二日ほどでかなり慣れた。怪しさに慣れてしまえば紙袋をかぶった肥満体の極彩色の男も……いや、ごめんかなり抵抗ある。


「魚のアラのスープですよ、アラで出汁をしっかりとって、魚団子と野菜を煮込んで完成です。たくさん作ったから、皆さんの分もありますよ……店長は?」


「ミスターブイローは、『奴の料理はたしかに旨いけど三日も魚ばっかり食ってれっか、俺は肉を食う』って屋台街の方に逃げ出したよ」


「あの人そういうとこあるからねぇ」


 洗い物をするダイケルさんに隠れるようにアウレンさんもこっそり顔を覗かせる。二日で、やっと会話ができるようになったところだ。苦労をする。


「そうですか、でもお肉って高いからパノミーや魚で暮らすべきだと思うんだけどなぁ」


「それはユーの考え方さ。この街は、結構豊かなんだ。特産品の砂糖と観光業でかなり稼げるからね。必然的にこの店もかなり儲かる。店にくるゲストたちも、結構金を落としていくだろう?」


「なるほど」


 この二日で思ったことは、顔さえ見なければダイケルさんはかなりの良識人だ。少なくともブイローさんよりは良識人だ。アウレンさんは未だ分からない。判断できるほど喋れない。


「じゃあ、この鍋に作ったものおいておきますね」


 と、鍋を置いて寸胴を抱えていく。前掛けをしているとはいえ、ちょっと熱い。


「ユー、そんなもの担いでどこへ行くんだい? この店の力仕事はミーの仕事だけど」


「この程度なら鍛えてますから平気です。ちょっと、お世話になった……? 知り合いに差し入れでもと。この量は売るかおすそ分けしないとさばけませんから」


 昨日出た魚のアラは大量だった。ブイローさんはかなり大雑把な調理をする。あの人は料理でも面倒くさがりだ。


「ユー、それなら奥にリアカーがあるからそれを使うといいよ。どこまでお出かけだい?」


「はい、えっとサ・バーン診療所だっけかな?」


「あ!」


 アウレンさんが突拍子に声を上げる。


「あの……それ、おじいちゃんの入院してる病院だったり」


「え? あそこ、精神病院じゃなかったの?」


「あそこは、精神と整体やってるんです。サ・バーンさん針治療が得意なんですよ」


 人体のツボを知り尽くしたギルマン……なんかやだなぁ。








「……で、結局付いてきてるわけだけど、これは、付いてきてるっていうのかなぁ」


 アウレンさんは、僕の十メートル後ろをぴったり付いてきてる。これ、尾行だ。


 僕は鉄のリアカーを引きながら辺りを見渡す。ハーヴリルの街は、確かに活気に満ち溢れていて豊かだ。近くでは商人が砂糖を売り、ボンボン屋の屋台が連なっている。あのりんご飴というやつは帰りにでも食べてみたい。


 少し見渡すと泳脚――ギルマンの小荷物運びだ、島を横断して長距離を泳ぐし走るしでこう呼ばれている――が、準備体操をしている。船から降ろしたローレライとの貿易で得た貴金属を運ぶのだろう。


 遠くを見れば大きなレストランやなんと貴重な木で出来たホテルまである。木材は船に使うのが習わしであり、そして高い。おいそれと建物に使うなど、出来るはずがない。


「なるほど、確かにこの街は凄い街だ。砂糖は安いって言うし目的を達しないとね」


「そう言えば、君の目的は何なのかね?」


「うん、そりゃ、ボンボンの材料を買い付けて、ボンボンをたくさん作ることだよ。命綱だから……うわぁっ!?」


 振り返ると、そこには魚面。ギルマンのドアップは辛い。ランランと輝いた瞳と必然的ににらめっこになるからだ。


 勝てるわけない。


「さささ、サ・バーンさん、なんでここに」


「往来をギルマンが歩いちゃいけない法律はない。違うかね?」


「違わないですから迫らないでください、ちょっと怖い!」


 ずずいっと二メートルを超えたサバが迫ってくる様子を思い浮かべて欲しい、まるっきりそのまんまだ。


「買い出しなんですよ! きゃあ、ウィリックさん!!」


 買い出しの荷物をおろしてからダッシュで走ってくる。十メートル前で驚いてるアウレンさんを見た。


「……くらえー!!!」


 神速の突きを、何とか受け止める。手が痛い、超痛い。アウレンさんは別の意味で驚いてるのを見た。


「躱しましたね……?」


 ゆらり、と幽鬼のように立つナニーさん。


「超怖い、超怖いからあなた! サ・バーンさん、震えながらクラウチングスタートの体勢取らない!!」


「おうおう、サ・バーンさんよぉ!!」


 その一声で限界に達したのか、サ・バーンさんはどこまでも遠くに駆けて行った、その足の早さ風のごとく、もう誰にも追いつけない。


「あああっ!! サ・バーンさん逃げちゃったじゃないですか、あれもう追いかけれませんよ!?」


「俺達の胸ぐら掴むんじゃねぇよ、立場逆だろうが!?」


「……で、体の調子はどうなんです?」


 チンピラたちは襟元を直すと、寂しそうに。


「三男は暫く出歩けないかもしれねぇ……」


 そう呟いた。


「ご愁傷さまです」


 僕も、沈痛な表情で俯くばかりだった。


「……と、言うわけで、ナニーさん! サ・バーンさんを追って下さい! ついでに警邏に連絡入れてもらえると助かります!」


「ええっ! でも、良いのですか!?」


「はいっ! 女性を守るのは男の務めですから!」


「きゃぁっ!? もう!!」


 飛んできた蹴りを腕で受け止める、超痛い。この人全身鉄ででも出来てるのか。


「躱しましたね……?」


「そりゃ、来るとわかれば避けもしますよ!? 早く行って下さい! サ・バーンさん帰ってこなくなっちゃう!」


「は、はい!!」


 そうして、ナニーさんがいなくなるのをたっぷり待ってから。僕達三人はその場に崩れ落ちるようにため息をついた。


「ありがとう……! 坊主ありがとう!! すまないな、舐められたら終わりの稼業だからさ!!」


「いいえ、僕も、死人は出したくないですから……!! 良かった、本当に良かった!!」


 互いに手を取り、ブンブンと振り合う……ああ、なんて幸せなことだろうか。


「さて、それはともかく落とし前は付けさせてもらうぜ」


「やりあうんですか!?」


「ああ、俺は、勝てると思ったらその時にやる!」


「最低だこの人!?」


 男は、懐からバタフライナイフを取り出した。次男も鉄の棍棒を抜く。


「だけど、なんでです!? 借金は返せてるはずでしょう!?」


「悪いがうちの大将が付けた利子がまだでな。雪だるま式ってやつよ」


 と、証文の写しを突き付ける。


「うわ、これは酷いですね、利子に利子がつくのに、利子からの返済ができない計算になってる! こんなの一気に返せないと絶対無理じゃないですか!?」


「おう、うちのシャア・アック金融は悪徳で有名よ! だから誰も借りに来ねぇ!」


「……それは、商売成り立つので?」


「成り立たない……」


 男たちは、滂沱の涙を流しながら、崩れ落ちた。この人達サ・バーン診療所に行ったほうが良いのではなかろうか。


「普段は、ゴミ拾いのバイトをしたり、パノミー漁をしたり、色々と……」


「まぁ、良いことも、ありますよ、ね?」


 と、慰めていた、その時の事だった。僕は叫ぶ。


「二人共、避けて……!?」


 僕は、咄嗟に飛び退いた、向いてる方向が違えば僕も危なかったろう。


 二人は、無残にも撥ねられ、轢かれ、転がされていく。ああ、まるでギルマンの競技、サッカーのボールのように。


 轢いたのは、轟音を立てながら走るギルマンの群れだった。シシャモ、カンパチ、ブリ、サワラなどがサバを先頭にして駆けて行く。なんという地獄絵図。


「やりましたよ、なんとか誘導しました、役に立ちましたか!?」


 仕掛け人はやっぱりこいつか恋するバイオレンス。


「なんなんですこれ、どうしたんですか!?」


「いえ、途中で泳脚の集団とすれ違ってしまいまして、集団心理でパニックが起こって……」


 僕は神に祈った、このクソヤロウ。







「ともかく、この人達運んじゃいましょう。治療しないと命とか危ない」


 ギルマンの集団疾走をやり過ごし、驚きに満ち溢れた大通りの中、怪我人二人を抱え込む、怪我で済んでよかった。二人で本当に良かった。


「サ・バーンさんたちは?」


「もう、誰にも止められません……神にでも祈りましょう。そう言えば、アウレンさんは……」


 きょろきょろと見回すと、いない、ギルマンに連れ去られたか、と思うと。聞き慣れた音楽が聞こえてきた。


 ずんずんずんずーん♪ずーんずんずずずーん♪ずんちゃっ♪


「ヘイ! イッツマイゴッド!! ダイケルダンス、スタートッ!!」


 あろうことか、通りの凄く向こう側で、とてつもない光景が繰り広げられていた。正直あまり見たくはないが、それもダイケルダンスの為せる業なのだろうか。


 大量のギルマンとダイケルが、港でダンスを繰り広げていたのだ。


 激しいダンスを舞い繰り広げる、魚達。まさにここはお魚パラダイス、鯛や平目の舞い踊り。


「ウィリックさん、なんか起こりそうだったからダイケルさんつれてきたよっ」


 神はダイケルだったのだろうか、それともアウレンさんだったのだろうか、それは誰も知らない。


「……でも、あのギルマンさんたちどうしましょう?」


「放っておけば夜までには揃って疲れ果てるんじゃないかな?」


 どうとでもなれ。








「シャア・アック金融に話し合いに行きましょう。状況を考えるに今は社長しかいないはずですから簡単に事が済みます」


 僕の提案にめんどくさい女性二人は頷いた。


「でも、シャア・アックはサメのギルマンって聞いたんですけど大丈夫でしょうか?」


 僕はあなたより恐ろしい物を知りませんナニーさん。


「さ、サメですか……?」


 扉を盾に話しかけられていると、僕はサメより怖がられているようにしか見えません、アウレンさん。


 なお、恋の鞘当てとかはなかった模様。どっから見たらこの二人が僕に恋してると見えるんだ。


「サメか……ギルマンって確か、肌が鉄で出来てるよな」


「そのギルマンはダイヤモンドの歯を持ってるらしいです。凄く怖い」


 それは確かに怖い、肉食だしなぁ。だけど、だけど。


「う、うーん、だけど、まぁ、行くだけ行ってみよう、びびっててもどうしようもないんだし……なにより」


「……なにより?」


「轢かれたスープの恨み晴らさで置くべきか」


 これだけは、退けないのだった。








 海岸沿いに、その住処はあった。


「ってーか、これ、洞窟ですね。おおい、シャア・アックさんやーい」


 やーい、やーい、やーい……と、木霊する、しばらくして。包帯だらけで松葉杖をついた三男と、でかい、三メートルはあろうかというホオジロザメのギルマンが現れた。


「ああ、三男の人、歩けるんですね、良かった!!」


「お、おお、な、何しに来たかはだいたい分かるぜ……しゃ、借金は耳ぃ揃えて持ってきたんだろうな」


「む、無理しないで」


 そこを、ギロリと睨むシャア・アック。目元には傷があり、ガッチリした歯を見せる。


「あぁ?」


「シャア・アックさんはすげーんだぞ! お、大人しくしたほうが身のためだぞ!」


 僕は暫く見つめ。無言で歩み寄り。


「……わぁーーーーっ!!!」


 と、耳がつんざくほどの大声で叫びあげた。


「ぴ、ぴぃーーーーー!!! ぎょぎょーーー!!」


 シャア・アックは、悲鳴を上げながらだばだばと逃げ出した!!


「やっぱり、ギルマンは、ギルマンだったんだな。足プルプル震えてたもん」


 こういう時、見た目に誤魔化されないギルマン処世術が生きる。


「う、うわぁ!! シャア・アックの兄貴が負けた、駄目だー!」


 こうして、僕らはサ・バーンさんを借金地獄から救ってやったのだった。





 その頃、サ・バーンさんは。


(あ……ダンスって楽しいかも)


 別の蟻地獄にはまりかけていた。






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