表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/86

二十五話 ダイケル伝説 ~タレ香るホルモン焼き~

「ここなら誰も話を聞かないだろう。ギルマンってやつは他人の話に耳をそばだてやしない」


 ガタンゴトンと舗装の行き渡ってない路地を馬車が走って行く。その角にあるギルマン屋台で、僕は話を聞くことにした。店主もギルマンだし、客もギルマンしかいない。


 相手は顔に傷が二つあるドレッドヘアーで浅黒い肌の大男。言わせれば、このあたりのギャング団の頭を張っているらしい。


「じゃあ、聞かせてください……ダイケルさんの話を」


 僕は、この街における禁忌のひとつに手を突っ込んだ。





 事の起こりは、夜も遅くなったので近道しようと裏路地を通ったことだった。


「この街もそろそろ馴染んだつもりだけど、甘かったかぁ」


 へっへっへと笑う男三人、二人はナイフ持ちは僕の財布目当てで取り囲んでいた。普段なら軽い財布を投げて、ハイさよならで済ますところだが、残念なことに今日の財布は重かったのである。


「ブイローさん夜中に給料渡すもんな、困った」


 困ったが、全く腕に自信がないわけではない。殴る方法はさっぱり分からないが、避ける方法ならダイケルさんに聞いている。本当は危ない事に会わないのが最大の自衛であるが、この状況は既にそれに失敗していた。


「お、細腕ながら多少なんかやってんのか? だけど無駄だぜ、こっちだって……」


 いかにもなんかやってそうな豪腕の男たちも構える。ハッタリは効かなかったか。勝てる気はしないが、隙を見て逃げるなら、何とかと思っていると。野太い声が辺りに響いた。


「ペッカー、ドボム、ケント、お前らやめておけ」


『ジョナサンさん!』


 ナイフを持った奴らは、慌ててそちらを向いてお辞儀した。僕は何事かと訝しむ。


「し、しかし、こいつ、見たところやれそうですぜ?」


「やめとけ、構えを見てわからないのか。ダイケルさんから習ってるぞこいつ」


 男たちは、拳を構える僕をジロっと見て、一様に悲鳴を上げた。


「げ、げぇっ!! ダイケルさん!?」


「お、俺ちょっと腹の具合が……!」


「す、すまねぇなアンちゃん、気をつけて帰れよ!」


 三人はそれぞれ言葉を残してあっという間に散っていった。


「うわ、ありがとうございます。ジョナサンさんでしたっけ?」


「おう、お前さん名前は? ダイケルさんから生兵法は良くないって習ってないのか?」


「ウィリックです。教わってはいましたけど、今日の財布はちょっと惜しくってつい」


 ドレッドヘアーの大男は、咥えタバコにライター――小型のタバコ専用の火起こしだ――で火を付けた。


「よしとけよ。だってお前、構えは習ってるけど殴り方を習ってないだろう? ハッタリもその気がなけりゃ通用しないぜ」


「そりゃそうだ」


 確かに、僕は殴り方の方はさっぱりだった。


「普通は格闘技を習うときは殴り方から習いたがるもんだが、変わってんな」


「だって殴り方を覚えちゃうと、殴っちゃうじゃないですか。暴力で何でも解決するなんて二流がすることです」


 それは、僕が人生の中で身につけた信念のようなものだった。生き残る術の中に、人を殺すようなものがあってはいけない。やったことはやり返されるのだからそれが自分が死ぬ一歩に繋がってしまう。


「……お前、俺相手によくそれを言うな。気に入った、どこかで飲もうぜ」


 確かに、目の前の人は暴力で解決するような人なのだろう。


「まぁ、大丈夫ですよ、あなた優しいですもの。んじゃ、おごりますよ、聞きたいことがあったんです」


「はっは! 俺が優しいか、俺はこの辺りのギャングの頭だぜ! ますます気に入った! で、聞きたいことって何よ!」


「ダイケルさん本人も話さないんで気になってたんですよ。ダイケルさんの過去」


 大男は、ピタリと笑い声をやめて、手で招いた。


「なるほど、よし、良いとこを知ってるからそこで飲もう」


 そうして、僕はこの街の闇に一歩足を踏み入れたのだった。





 ガタンゴトンと馬車が走る片隅に、ニシンのギルマンが焼くホルモン焼きの店がある。ちなみにホルモンとは内臓全般を指し、ギルマンのホルモンさんが食べ方の基本を伝えたことが由来だ。


「この店は、ギルマン以外来やがりゃしねぇ。俺も食わねぇがよ、ホルモンなんてギルマンの食うものだ」


「大将。リッテル二杯とシロをタレと塩で」


 ジョナサンさんは驚いたような顔で僕を見る。


「食うやつ、いたんだな」


「残念ながら知り合いのギルマンに教えてもらってから、僕の通いの店です。この街の人が偏食なんですよ。普通のお肉が食えるものだからって食わず嫌いは良くないです。ギルマンは不味いものは食べませんよ?」


 ギルマンは趣味で飲食しているのだから、不味いものが出るはずがない。リッテルが大きなグラスに二杯と、塩とタレで焼いた内臓が出てきた。


「それは、何よ?」


「牛の大腸です。よく脂が乗っていて美味しい。タレでも塩でもイケますよ。食べてみます?」


「いや……やっぱいらねぇ。ダイケルの話だったな」


 僕は、熱々のホルモンをかぶりつきながら頷く。ジョナサンさんはリッテルを苦し紛れに飲んだ。あー、脂がたまらない。やっぱ一口目はこれに限る。


「ダイケルは……この街の治安が最悪だった頃、俺らのチームともう一つのチームが抗争にあった頃に不意に現れたんだ」


「やっぱり、紙袋に肥満体の極彩色だったんですか?」


「いや、当時は痩せていた、次第に太っていった感じだな。正直顔が分かんねぇからずっと同一人物かと聞かれれば頷けねぇが」


 僕はリッテルを啜り、コップを置く。


「あの紙袋がひとつの街に二人いたらそれはそれで怪奇ですけどね。大将、ミノを二本」


「……それは、何なんだ?」


「牛の胃袋です。やってみますか?」


 ジョナサンさんは、首を振ってコップを煽る。


「いや、やめておこう。リッテルのお代わりくれ」


 この街の人の特性だろうか。意外と皆新しいものに手を出そうとしないんだよな。コリコリしてて美味しいのに。


「あっという間に二つのギャング団をノシちまってな、有名になったんだ。その当時サブリーダーだった俺も、人数率いて叩きにいったが、あっという間だった。全く敵わなかった」


「そんなに強かったんですか?」


「強いなんてもんじゃねぇ。一発のパンチで四人吹っ飛ぶなんて始めて見た。俺は戦慄して命乞いと引き抜きを試みたんだ」


 そんなにか。今のダイケルさんのイメージからは全く考えもつかない。


「で、どうなったんですか?」


「いや、あいつは常に一匹狼だった。なにより触れたもの全て傷つけるガキだったからよ、そっから紙袋を見たら皆逃げるようになったんだ」


 ミノを噛みながら僕は話を噛み砕く。まぁ、ダイケルさんが強いのはわかったけど。


「でも、リチャードさんとか強いと思うんですけど、治安悪かったんですか?」


 リチャードさんは喧嘩という意味ではかなり、剣を持たせたらとても強い。あの人がいたら警邏はかなり脅威だったと思うんだけど。


「ああ、あいつか。あの当時は警邏部隊にリチャードって男はいなかったのさ。アレが出てきてから俺達みたいな悪はやってられなくなったんだ。今でもどっちが戦ったら強いのかって賭けはやってるぜ、機会がないから賭け金はそのまま帰ってくるんだけどよ」


「む、んじゃあ、ダイケルさんは比べられる程度には強かったんですね」


「当時のダイケルを知る人間はそう語るぜ。だけど、当時のダイケルってのは伝説の一歩手前さ」


 僕はリッテルを飲む手を止めて、顔をひきつらせた。


「……その先があるんですか?」


「……ああ、あるんだ」


 ガタンゴトンと馬車の音が響く。ギルマンの酔客たちもそろそろ帰ろうかという頃合いだった。





「ギアラください」


「それはどんな部位だ?」


「牛の胃です。さっきのミノがコリコリなら、こっちはジューシーです。そろそろやってみます?」


「いや、よしとこう……というか、お前はこの話の途中でもマイペースだな」


 お腹が減ってるのだ。それに、遅くなると美味しい部位はどんどん無くなってしまう。今のうちに食べておかないと。


「……あれは、二年ほど経った時の話だった。丁度その話のリチャードがやって来て、どんどん仲間が捕まってる時だ。俺達は警邏を襲って脱獄させようって計画を立てていたんだよ」


「ほうほう、あ、やっぱギアラ美味しい」


 ジョナサンさんはツバを飲み込んだ。この人、興味持ってるな。


「次、ハラミ頼みますけど一緒にどうです?」


「そこはどこの部位なんだ?」


「牛の横隔膜って言うとあれですけど、要するに肉と変わりませんよ。ジューシーな赤身肉です」


「……よし、頼む」


 僕は大将にハラミを二本注文した。初心者にはやっぱりここからお勧めするべきだろう。


「……で、だ。話の続きなんだが、そこに突然ダイケルが現れた」


「皆殴り飛ばされたんですか?」


 ジョナサンさんは首を振って、心底恐ろしげな顔をして言う。


「足元に、箱を置いてだな、その箱から音楽が鳴って……」


「あ、もう、もう言わずとも分かります、分かりましたから」


 要するに、彼らもダイケルダンスの洗礼を受けたのだ。ひたすら踊り続け、へとへとになり、その後に訪れる地獄の筋肉痛を。ダイケルダンスの筋肉痛は無理やり躍らされるためか、普通のものとは桁が違う。あれは、受けたものにしか恐怖がわからない。


「俺は、俺はそのダンスで……」


「良いですから、ハラミ食べましょう。リッテルもお代わりしましょう?」


 ジョナサンさんは、モクモクと泣きながらハラミを頬張る。


「……う、旨いな」


「ええ、次カシラ行きませんか? 豚の頭です」


「頭が出るのか?」


「いえ、頭の肉です。弾力があって美味しいですよ」


 結局、ダイケルさんがどういう伝説を持っているかは詳しくは分からないが、ダンスで伝説を築いていったのだろう。それくらいは想像に易い。


 恐怖の話を捨て置いて、男二人は屋台でホルモンを食べる。そんな日があってもいいだろう。





「……で、一つ思ったんですけど」


 僕は、ハツを噛みながら尋ねる。ジョナサンさんは三本目のタンだ。タンが気に入ったようだ。


「旨いな、タン。いつも歯ごたえのない煮物ばっかりだったから、こんなに歯ごたえが良いもんだとは思わなかったぜ」


「いえ、ダイケルさんの話に帰って来てください。あの人の謎で一つだけ解決してない部分があるんですよ」


「どこだ? あ、今度、その生レバーってやつを頼む」


「それ、上級者向けですよ。じゃなくってですね」


 すっかり酔った僕だがジョナサンさん程ではない。真面目に一つ聞いておきたいことがあるのだ。


「あの人の紙袋の中身って、結局見たことある人いるんですか?」


 ジョナサンさんは、ピタッと止まり。震える声で言った。


「お、俺も……伝聞でしか聞いたことがない、昔中身を見てやろうと言った奴がいて、そいつは病院でこう言ったそうだ」


 ゴクリと喉が鳴る。ついに禁忌に触れる、ハツを持つ手に力がこもる。


「紙袋の中身は……紙袋だったと」


「とどのつまり何一つ分かってないんですね!?」


「あ、俺、最初のシロってやつにも興味があったんだ」


「話を聞きなさいよあなた!?」


 ガタンゴトンと馬車が鳴る。結局禁忌は禁忌であったということだ。これ以上近寄るのも僕が怖い。


 最終的に、触らぬ紙袋に祟りなしって言うことで。





 数日後のことだ。


「珍しいな、ミスタージョナサンから手紙が来てるよ」


 ダイケルさんはいつも通り厨房で休憩を取っていた。料理人見習いのダイケルさんは皿洗いが片付けば、僕らの仕込みを見るくらいしかすることはない。


「え? ジョナサンさんですか? あの強面の」


 僕は、アジをさばきながら答える。今日のアジはあまり質が良くない、オススメからは外すべきだろう。


「ユーはジョナサンを知っているのか。手紙によるとだな……おお、ギャングからは足を洗ったらしい。部下を連れて隣町で商売を始めて、これが大当たりだそうだ」


「へぇ、それは良い話ですね。何を始めたんです?」


「うむ、何でもホルモンを焼く店らしいな。連日行列だそうだよ」


 僕は、アジの頭を取り落とした。


「せ、せめて一口噛ませてくれたって良いじゃないかー!」


 すべからく、この世に人情なし。


 僕は儲け話を一つフイにしてこの話は終わるのだった。


 今度会ったら殴ってやる、ちくしょう!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ