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二十四話 ギルマン酒場

「とりあえず、ワタクシのおごりだからじゃんじゃん行っちゃってください」


「なんでこのメンツなんです?」


 僕の右には、ヒ・ラメイさん。


「酒は、最初はビールがやっぱり良いでありますかな」


「ねぇ、なんでこのメンツなんです?」


 僕の左には、カタクチ君。


「じゃあじゃあ、そうしましょう、では、カンパーイ」


「ちょっと聞いてますか?」


 夜も夜中に魚に挟まれポトフの屋台で乾杯をする。なんでこうなってるんだ。





 話の発端は不気味さでお馴染みのヒラメのギルマン、ヒ・ラメイさんが飲みに来ないかと言った所からだった。まぁ、付き合いがないわけじゃない。でも最近この人半端に金持ってるな。


 ……で、途中でカタクチ君。付き合いがないわけじゃない、サ・バーンさんの所で医師助手をしているイワシのギルマンだ。


「まぁ、二人共飛びぬけて変な人じゃないから、別に文句らしい文句は浮かばないんですけどね」


 だが、何の因果で両手に魚介類なんだろうか僕は。場所は監獄でもなく、場末のポトフ屋である。瓶のビールからコップにビールを注ぐと三人で乾杯した。


「この一杯のために生きてるって感じがしますですな」


 カタクチくんとは、今まで大した付き合いがあったわけではない。サ・バーンさんのおまけみたいに受け取っていたところもあろう。まぁ、交流を深めて悪いこともあるまい。


 ……しかし、改めて見るとでかいイワシっていうのはそれなりに不気味なんだな。とは思う。


「何を食べますかウィリックさん?」


 ヒ・ラメイさんは、最近仕事の珊瑚彫刻が売れてきているサ・バーンさんの息子だ。人の金の使い道は問わないでおいておこう。


「んじゃあ、カブとパンチェッタをお願いします」


「じゃあ、ワタクシもそれを」


「ああ、我輩もそれを」


「へい」


 大将からカブと塩漬け豚のスープ煮が皿に提供される。マスタードをなすって食べるとツンと来てこれが良い。


「うん、やっぱりポトフはカブだよね」


「はふっはふはふっ」


「親父、リッテルをくださいであります」


「……まぁ、普通にポトフ食って帰る分には、何の文句もないんだけどね」


 しかしこれでは話題が持たない。なにか振るべきであろうか、なんでギルマンに気を使わなきゃいかんのだ。


「なんでギルマンの飲み会に僕なんですか? ヒ・ラメイさん」


「……ぎょ?」


「魚のフリして誤魔化さないでください。いくらなんでも突拍子がないでしょうに」


 ヒ・ラメイさんは、そもそも合わない視線を更に反らしつつ。


「い、いえ、カタクチ君が久しぶりに飲めるっていうので、なんてことはなかったのですが」


「あの場、ブイローさん……はともかく、ダイケルさんとかクラダさんとかいましたよね?」


 あ、さてはこのギルマンなんか良からぬことを考えているな。


「吐け、全部吐いちまえ。吐かないと毎日猫の群れを家の中に投入するぞ」


「!?!?」


 ギルマンはこの通り、脅しに弱い。よく分からない内容の脅しでもとりあえずドスが効いてればビビってくれるので内容は別に何でもいいのだが。


「は、はぃぃい。実はウィリック君は大変ジャスティーナさんと仲良くなったと聞いたので仲良くなれば、なんか良いことないかなぁと」


「……ああ! すっかり忘れてた!!」


 そうだ、このギルマンはローレライに恋をしていたのだった。ちなみにローレライからギルマンはすっごい嫌われてる。卵生動物が胎生動物に恋をしたからってなんだって話だが。


「っていうか、その話で凄い迷惑してるんですよ! 一体全体何やってるんですかあなた!?」


「ひぃぃ、いえ、ワタクシも考えたのではありますが、最近はガツガツしてる男子はモテないと……」


「あんたの場合そっと見てたらそのまま忘れ去られるんですよっ!?」


「わ、ワイン、ワインどうぞ」


 ああ、もう、パンチェッタと赤ワインは合うなぁ!


「親父、ギョま天ひとつ」


「あ、僕もください」


「ワタクシも」


 ギョま天とは、ギョまぼこの揚げ物である。ポトフにはつきものの具材だ。長時間煮るポトフと魚の相性はいまいち悪いのでギョまぼこが良く入る。


「カタクチくんとじっくり腰を落ち着けて話すのは、始めてですね。カタクチくんはサ・バーンさんの助手をやってるんでしたっけ?」


「はい、吾輩は、朝カルテの整理を始め、患者の朝食を出して、助手として回診の手伝い。患者のお昼の用意、それから往診の手伝いをして、夕飯の準備、売り上げの計上をして、カルテの整理をして、患者の朝食を……」


「おいちょっと待て、休んでないじゃないですか」


 何だその超過密スケジュール。いくらギルマンが休まなくても良いとしても、それが凄いことになってる。


「吾輩が病気で伏せってる間に伝票の整理が凄いことに……」


 顔を覆って泣き始めるカタクチ君。これは心の病にもなるわ。


「わー、サ・バーンさんとナニーさん、仕事できなかったんだなぁ」


 カタクチ君の空いたグラスにワインを注ぐ。何、他人の金だ、じゃんじゃん飲まそう。


 それにしても、経営関連と事務と雑用がほとんど彼に回っている。マンパワー不足なのではなかろうか。


「ところでカタクチ君はどうして医師助手を?」


「昔、ギャンブルで大負けしたことがあって、そのカタに……」


 他人の人生には踏み込まない方がいい、それがギルマンならなおさらだ。あと、サ・バーンさんとギャンブルをするのだけはやめておこうと心に誓った。





 ろくでもない魚との飲み会は続く。


「次はじゃがいもとロールキャベツください」


 ロールキャベツはキャベツの中に魚のミンチが入っている食品だ。極稀に肉のロールキャベツなんて言う高級品もあったりするが、まぁここでは魚である。


「あ、ワタクシも」


「吾輩も」


 しっかし、この飲み会のメンツ、自主性がないな。


「隣、良いかい?」


 と、ヒ・ラメイさんの横に座ってきたギルマンに僕は見覚えがあった。


「シャア・アックさん何をしてるんですか?」


「仕事が上がったので飲みに、サメは飲んじゃいけないって法律があったか?」


 この人は凄むと怖い。が、それが張子の虎だって僕は知っている。


「貧乏人は飲むなって常識はあります。三兄弟はどうしたんですか」


「あ、彼。ワタクシが呼んだんですよ。この前、レストランで仲良くなって」


 ああ、昔サ・バーンさんとヒ・ラメイさんとシャア・アックさんが食べ放題するってすさまじい恐ろしい事件があったらしい。その時の仲だったのか。


「……なるほど、おごりなら気にしません。しかし、会社の方は上手く行ってるんですか?」


「ぼちぼちかな」


 彼がそう言うんなら、まぁ、大変な事にはなってないのだろう。ギルマンは不安材料があるとだいたい大げさに慌てるからな。


「パノミー以外みんな食べれてます? 後でポトフ持ち帰ってくださいね。どうせヒ・ラメイさんのおごりです」


「ちょ」


「ありがとう」


 声を上げたヒ・ラメイさんは無視して話を進める。大将は持ち帰り用の鍋を用意してくれた。


「稼いでるんだからそれくらいはいいでしょう。……というか、一体全体どうやって今稼げてるんです? 前は小金だったようですけど、今ちょっと持ってますよね」


 ギルマンは、服をたいして着ないし、ヒ・ラメイさんは特に丸見えなので財布がどのくらい膨らんでるか分かりやすい。財布はパンパンに膨らんでいた。


「最初はちょっと土産物屋に売ってた程度なんですけどね。この間何かの賞を取りまして。それから買いに来るお客さんが増え始めて、今度個展を開く予定なのです」


「物凄いトントン拍子ですね。しかし、そんなに作品を作りためてたってことは下積み長いだけのことはありますね」


 ギョま天をつまむと、ヒ・ラメイさんはワインを飲み干した。


「いえ、今は一日に三つ作ってるので」


「おいちょっと待て、芸術舐めてんじゃねぇだろうな」


「テキトーに作っても案外みんなありがたがって買っていくみたいです」


「やっぱ舐めてんな、あんた!」


 すると他の二人も口々に。


「凄いでありますね、吾輩も芸術家に」


「俺も……」


 ほら、悪い思考が伝播する!





「僕は、そうですね、じゃがいもとチクワブください」


「ワタクシも」


「吾輩も」


「俺も」


 誰かが注文するとその後に続く謎の形式が発生してしまった。ちなみにチクワブとはパノミーの練り物である。それ単体では味がしない。


「あー、ちくわぶにマスタードなすって食うのがたまらない」


 ところで、僕が司会をしないとこのギルマンたちは、ただ食って飲んでるだけなのだが楽しいのだろうか。僕は間が持たなくて怖い。


「前々から聞きたかったんですけど、シャア・アックさん、なんでそこまでビビリなのに悪徳金融始めたんですか?」


「ああ、あれはある夜の事だった。ギャンブルで大負けした俺は凄い借金を背負わされていた」


「教訓として学びました。ギルマンとギャンブル超相性悪いですね」


 だいたいろくな目にあってる奴はいない。見たことがない。


「そのまま、生命保険に加入して海に沈めようと思われたが、俺がギルマンなので生命保険に入れないし、沈んだだけでは死なないことが判明した」


 どっと笑いで沸くギルマンたち、ここまでがギルマンジョークである。ああめんどくさい。


「そこで、老人から『働かないか』と金融業を始めたのだ。俺の借金も無くなったことから凄い稼いだらしい」


「ああ、だから、こんなに評判悪かったんですね」


 この街のシャア・アックという単語は本当に皆毛嫌いしている。悪の代名詞みたいな感じで受け止めているフシがあったが、そういう理由だったのか。


「三兄弟とはその頃に出会ったので? 後輩だったんですね」


「いや、彼らは老人の孫だ。俺達は、ずっと、ずっと一緒に育ったんだ」


「それを見捨てて逃げ去ったんですね、あなた」


 シャア・アックさんは滂沱の涙を流し、ああ、うん、これめんどくさい系だ。と思ってる僕の手を掴んでブンブン振り回した。


「そこに気が付かせてくれて、なお、救いの手を差し伸べてくれたウィリック君は神だ! 素晴らしい!!」


「はぁ、ありがとうございます」


「そこで我が娘を進呈しようと思う、器量の良い子だ」


「全力全開でお断りします。と言うかあんた娘がいたのか」


 やたら疲れる、他人の人生にはやはり深く踏み込むものではない。


 それがギルマンならなおさらだ。





「やぁ、大将やってる?」


「やってます?」


 サ・バーンさんとクラダさんまでやってくる。


 今日の場末のポトフ屋はギルマン集まるギルマン酒場。


 特に盛り上がるでも落ちがつくわけでもなく淡々とポトフをつつき酒を飲むのであった。




 余談であるが。酷い酒をたくさん飲んで、翌日ローレライでもあるにも関わらず酷い二日酔いを覚えた僕に対して、ギルマン連中は一人として酒を残していなかった。


 これだから魚ってやつは!




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