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二十二話 ローレライ騒動 食堂激戦編

 今日のアジはいいアジだ。銀色の輝きっぷりが違う、これは良いアジフライが作れるだろう、何なら焼き物に回したり、たまには煮物に回してやっても良い。夜にやる店で無ければ生で食わせても良いのだが、残念ながら青魚は痛みやすい。


 尾びれからまっすぐ伸びる硬い鱗をサクサク取っていく。アジに近い魚にはこれがある。多少手間だが取らないと食えない。


「おぅ、煮物にする分残しておいてくれねぇか。今出汁取ってるからさ」


「了解です」


 ブイローさんも同じ気分だったようだ。僕は二つ返事で返す。


「どうさばきます?」


 とりあえず内臓を取りながら話しかける。ブイローさんは少し考えた後。


「半分はスープにするから骨外して乱切りに、お前が得意の団子も回してくれ、入れておくから。残りはトマトと水煮にするから頭だけ外してくれや」


「わかりましたー」


 ホイホイと進めていく。水煮は時間がかかる料理ではないので、乱切りから取り掛かろう。ブイローさんは煮込みに結構時間をかける方だ、一度火を止めたほうが美味しくなるのだとかで調理を途中で止めるのだ。


「そういえば、表、朝から騒がしかったですね」


「そうか。俺さっき起きたから分かんねぇや」


 この人は、星が落ちても起きるタイプじゃないのは知っている。


「だって店長は店の前の掃除とかしないじゃないですか。掃除しましょうよ、気分スッキリしますよ」


「お前うちの爺さんみたいなこと言い始めたな。しかしうちの前って言ったら結構敷地の広い建物だよな。確か、前は家具屋が入ってたんだが……そうか、家具屋の爺さん亡くなったんだよな」


 適当な大きさにカットしたアジを、鉄ザルにまとめてテーブルの上に置く。


「この街、高齢者頑張りすぎじゃありません? 乱切り終わりと、置いておきますから適当なタイミングで使ってください。僕はアジフライのアジおろしておきますから」


「あ、いや、表に引っ越してきたやつ冷やかしに行ってみようぜ。ひょっとしたら酒の一本も貰えるかもしれねぇ」


 この人はこれだから。越してくるのが毎回金持ちだとは限らないんだぞ。






「あらまぁ、ほぉっほっほっほ!! のうのうと今頃いらっしゃったのね!! もう手遅れでいらしてよ!!」


「げ、何だあのけったいなローレライ」


「え、エッダさん……あーた何やってるんですか」


 黄金の縦巻きロールが眩いローレライは、確かにいつか見たジャスティーナさんの敵のもう結婚して勝ち組に入っているはずのローレライだった。


「何も、見てわからないのかしら?」


 分からない、分かっているが脳が受け付けない。


 ギルマン達が椅子やテーブルを運び込んで、店内の改装をしている。見た目はまるで料理店のようだ。レストラン風の開放的な別荘でも目指しているのだろうか。


「……一回限りの料理店を作って料理人を雇ってパーティー開いて帰るのが理想です」


 とりあえず、希望を言ってみる。それが理想的だ。


「それに関しては私が説明しよう」


 と、奥から出てきたのは、商工会の会長だ。


「ハゲチャビン!!」


 ブイローさんが吠える、僕も彼には遺恨がある。あのタワシどうやって処分しろっていうんだよ。


「さ、最初に言っておくが私の名前はハゲチャビンではない!! ハケチャッピーだ!!」


 思わず僕は吹き出す。知らなかったからだ。ブイローさんはハゲチャ……ハケチャッピーさんに言い返す。


「九十九パーセント構成成分は同じじゃねーか。ハゲじゃないわけでもなし」


「ぐ、ぬ! 私はハゲではない、ちょっと毛が薄いだけだ!! まだ生える!! 育毛剤も新しいものに変えたんだ!!」


「こら、ハケチャッピー」


 エッダさんの一声で、ハケチャッピーさんは背筋を正す。


「ふ、ブイロー、貴様に鉄槌を下すためこのエッダ様が立ち上がってくださったのだ! これからレストランを開き、この程度の店潰してくれようぞ!」


「店畳んでいいのか!?」


 食いつくなブイローさん。


「話が違いますわよ、ハケチャッピー。私はそこの小僧、と言うよりあの憎くて憎くてたまらないジャスティーナをコケにするためなら何でもしてやりますわ! そのために、適齢期結婚するため特に大したことない男と結婚したのですから!」


 後ろで、タコさんが泡を吹いて倒れている。……あの人には優しくしてあげよう。


「突っ込みどころが多くてもうどっから言って良いか分かりませんけどね! まずひとつ! そういう話はジャスティーナさんが家にいるときにしてください!! 彼女来週まで外洋旅行ですよ!!」


 僕が指を差したジャスティーナさんの家には『留守にするねダーリン』の張り紙。


「あともうひとつ! 僕とジャスティーナさんは何の関係もありません!! これっぽっちも! いい加減なんか関係があると思われるような風評やめてください!!」


 僕は言いたいことを言うと、最後にこう締めた。


「それから最後に……僕の仕事を潰して追い出しても、僕は街から出て旅に戻るだけなのですが。大丈夫で?」


 そう、この企画、もはや始まる前から企画倒れなのだ。


「クックック、しかし、賽はもう投げられた!! ブイローの店から客など奪い尽くしてくれようぞ!」


 ハケチャッピーさんは元気だ。エッダさんは少し考えてから胸を張って。


「ほーっほっほ! 別に吠え面をかかせてやれるのならなんでも構いませんことよ!」


 この人結構やぶれかぶれだな!?


「そもそもよう、この間殴ったけど、それ以外になんか恨み買ったっけ? 殴ったのも手加減したぜ。人死にが出たわけでもあるまいし」


「馬鹿者!! 私の毛根が三つ死んだわ!!」


 誰よりもハゲを気にしているのは、多分このハゲチャビンさんに他ならないのだろう。







「でも、ローレライがニンゲンの商売に手を出すなんて珍しいですね。多分基本下手でしょうけど」


 ローレライ生まれの僕は、ローレライの計算下手をよく知っている。たとえその部分をハケチャッピーさんに任せたとしても、どこかでガタが来るだろう。


「ああ、その辺はハケチャッピーも考えている。スポンサーにはあのローレライを付けたんだろうがな……要するにすぐ飽きるだろうと踏んで利権は自分が抑えてるのよ。利権ってものを学習しないのはローレライもギルマンも人間社会に上がってこれない理由だな」


 アジを開きながら僕は頷く。いくら街を津波で更地に変えることが出来ても、所詮海の女王は海の女王なのだ。


「ですねー。一応仕込みの量減らしておきますか?」


「いや、いいだろう。夜になって仕込みが足りないとかなったらめんどくせーし。仕入れの量は減らせないしな」


 一応、夜に仕入れる魚の量を減らすとか無くすとか色々あるが、この人が言うのなら別にいいか。


「ほーほっほ! なんかセコセコとセコいことしていますわねぇ!! うちに対抗して新メニューの開発かしら!?」


「アジフライ食べたこと無いのなら作って差し上げてもよろしいですが、今度は何の用ですか? いい加減アジが傷んじゃう、せっかく良いアジなのに」


 よく考えたら、ローレライは人間の料理人は海に招くが、油物を食べてるって話は聞かないなぁ。僕も海の底にいたことはあるが、どうしてるのかは分からない。


「というか、料理人が料理しなくって何するのよ。あんたのところの店いつ開店するの? 客が減ってくれるんなら大歓迎なんだが」


 ブイローさんは平常運転である。


「今日からですわ! 今、人間の料理人をかき集めて働かせまくっておりますわ! 猫の一匹も来なくなるからお覚悟なさい!!」


「そいつは、ずいぶんと急ピッチですねぇ」


 改装から開店までが半日って、どんだけお金突っ込んだんだ。これだからローレライは商売が下手なんだ。金魚の取引だけやってればいいものを。


「どうせなら、どれくらい負けてるか、食べに来るとよろしくてよ! ほーほっほ!」


 そう言って、彼女は去っていく。僕とブイローさんは顔を見合わせた。


「どうします? 昼はまだですけど」


「行くか、一食分浮く」


 ブイローさんは、まぁそんな人だ。


「なら、アジに塩だけしちゃいますね」


「お前アジ好きだな」


 僕はまぁ、そういう人なのだった。アジ、美味しいですよ?






「なるほど……!」


「ほう、こりゃ」


 たしかに美味しい。エッダさんが誇っているのも分かりやすい。よほど良い素材に良いシェフを揃えてきているのだろう。どこに出しても恥ずかしくない店だ。


「メニューをちょっと見せてくれ……なるほど、採算は取るつもりなのな」


「勿論、勝つからには完璧に! これを足がかりに第二第三店舗と増やしてあげますわ! ほーっほっほっほ!」


 僕もメニューを見る。なるほど、確かにこれは適度だ。


「メニューの作成にはハケチャッピーさん関わってますね」


「ああ、あのハゲチャビン金勘定ウメェな。最初こそ赤字だろうが、そのうち黒字になるだろうさ」


「初期投資が酷いですからね、最初赤は仕方ないかと」


 メニューをたたむとエッダさんが絡んできた。この人ちょっとうざいな。


「それでは、負けを認めたということでよろしいのですね! ほっほっほ! この完璧なレストランには勝てませんものねぇ! 仕方なく下働きで雇ってあげてもよろしくてよ!」


「ああー、負けた負けた。うん、だけどまぁ、こいつ今でも下働きなんで大して変わらないんじゃねぇの?」


「ほーほっほ! あなた気に入ったわ、職を奪ってごめんなさいね。これタダ券ですわよいつでもたらふく食べにいらっしゃい」


 ブイローさんはタダ券を見て笑いながら答える。


「おお、俺は休めるんなら問題ねぇよ。しかし、食べ放題の券か、これ、あと二枚くらいもらえねぇ?」


「素直でよろしくってよ!」


「……あの、ブイローさん、ところで本気でいいんですか? これ」


「だいじょーぶだよ。勝負にすらならねぇって、よく見ろよお前」


 ブイローさんの言葉に、僕は料理をもうひとくち食べ。


「あ」


 そう呟いた、確かにこれは勝負にならない。






 夜である。想像通り、エッダさんの建てた『玉石の光』亭は大変な繁盛を見せていた。


「好調ですね、あっち」


「ああ、初日だからな。さぁ、めんどくせーが俺らも仕事しないと」


「ちょちょちょ、ちょっと待ちなさい!! あなた方!! 一体これはどういうことですの!?」


 どうしたもこうしたも、見ての通りである。銀貨袋亭にはいつも通りの行列ができていた。


「今日は良いアジが入ったんで、よくフライが出るんですよ。忙しいんですよ?」


「だって! こっちも行列でそっちも行列って、おかしくありませんこと!?」


 ブイローさんは、ガッハッハと笑ってエッダさんの肩を叩く。


「そりゃそうさ。メニュー見て気が付かなかった辺りがあんたがローレライの証さ。料理も一流、酒も一流、なるほどこれが味比べなら話にならない、完敗だ」


 ブイローさんは、お互いの客の列を交互に指差す。かたや労働者、かたや富裕層だ。


「だけど、それは、値段が同じの場合でな。うちの一律銀貨一枚に騙されてたみたいだが、うちは大衆食堂なのよ。そっちの値段じゃ食えねぇ連中のたまり場なのよ。だから、食いたくても食いに行けねぇわけ」


 僕も、頷きながら言う。


「そういうわけです『勝負にすらなりません』そもそも立っている舞台が違うんですから戦いになってません。むしろ、あなた方がこれから商売敵とするのは通り向こうの海原の月夜亭ではないでしょうか? あっちは高級レストランですよ」


「ユーたちー! フライの注文がモリモリ入ってるよー!」


「早く帰って来てー!」


「と、言う訳でな、お互いがんばろう。そうそう、食べ物屋の総会はめんどくせぇけど毎月一回あるから店長が参加してくれよ!」


 膝をついたエッダさんに片手を上げてブイローさんは去っていく。


 何時の世も憎しみは虚しい。


「それにしても、ブイローさんにしては穏便に済ませましたね。喧嘩は買う方なのに」


「おう、俺が、この程度で済ますと思ってたのか」


 彼は、ひどく悪い笑みを浮かべた。うわぁ、頼もしい。






 ざっ!


 砂塵を舞い上げ、一人玉石の光亭の前に立つ。その姿は、サバに似ている。


 サ・バーンだ。


「ここか」


 更に、その横にもう一人立つ。その姿は、ヒラメに似ている。


 ヒ・ラメイだ。


「ここのようだね」


 更に、その横にもう一人現れる。その姿は、ホウジロザメに似ている。


 シャア・アックだ。


「そのようだ」


 三人は貧乏ギルマン三人衆。今からタダ券一枚共にして、高級レストランに殴りこむ。


『食べ放題だ!』



 その夜、レストランで悲鳴が起こった。





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