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二十一話 サメの特急便

「……で、ですね、ウィリックさん」


「だからいちいち殴るのやめましょうよナニーさん」


「……こわい」


 僕は、もうすっかり慣れてしまった、慣れたくなかったナニーさんとサ・バーンさんと市街を歩いていた。買い物の途中でばったり出くわしたのだ。ナニーさんからの攻撃の被弾率は格段に減っていた。サ・バーンさんは慣れていないので未だにプルプル震えている。


「……あれ」


「え、なんです?」


 サ・バーンさんが指さした先を見ると、僕は、もうなんとも言えない気持ちになった。


『鉄ダワシ一つ鉄貨一枚』


「三男さん……」


 僕は滂沱の涙を流す。涙無くしては語れなかった。三男さんが死んだ魚の眼で大量の鉄ダワシを行商していたのだ。


「タワシータワシー、タワシ安いよ―」


「三男さん」


「あ、お兄さんタワシ買うかい? タワシ便利だよ、タワシ買うと幸運になれるよ」


 ここまで三男さん棒読みである。僕らはとある事件で必要もない鉄ダワシを腐るほど入手しているのだ。少しでもお金にしようということだろう。


「三つください」


「ハイ、マイドアリー」


 この鉄貨で、買える幸せがあるのなら。


「十個ください」


「え、良いんですか?」


「ハイ、マイドアリー」


 サ・バーンさんは頷きながら銅貨を渡し、タワシを受け取る。


「体を洗うのに便利……丁度在庫が切れてた」


 はぁ、さいですか。






「正気に戻りましたか、三男さん?」


「はい、なんとか……タワシ怖いです」


 水筒から水を飲みつつ三男さんは答える。どうやら彼はここのところずっとタワシを売って歩いていたらしい。売り上げはとても悲しくて聞けなかった。


「まぁ、タワシのことはこの際置いておきましょう。三人の生活ぶりはどうなんです?」


「どうもこうも、洞窟に住んではパノミーを取って、たまにウニが取れたら大喜びで。でもパノミーを茹でる火すら買えないから……」


 火の魔術は便利なので、専業主婦なら持ってる可能性が高いのだが彼らは持ってないようだ。固形燃料に出来る海藻もあるのだが、いまいちお値段もして、結局火種はいるから意味ないんだよなぁ。


「典型的な浮浪者ですね。生のパノミーお腹壊しますよ、言ったら火くらい譲って貰いますからいつでも言ってください」


「ありがとう! ……ありがとう!!」


 三男さんは僕の手をガッシと握って。ふと、何かを見つけたようで顔を上げた。


「あ、あれ……シャア・アックの兄貴」


 やめろ、これ以上彼らを不幸にするのはやめろ。






 ホオジロザメの顔に傷あるいかついギルマンは、何の冗談かホッカムリをして市街をキョロキョロ見渡していた。あれは変装のつもりなのか。


 あのサメのギルマンは、昔三兄弟と一緒に悪徳金融をやっていた。社長と言っていたが、その実はすさまじい張子の虎だったわけだ。……いや、張子の虎だってもうちょっと仕事をする。


「もしもし」


「ギョギョッ! 何か用か、俺は怪しい物じゃないが」


「今現状あなたより怪しい人はこの世にいませんよ。んで、どうしたんです?」


「実は……」


 と、シャア・アックが、ホッカムリを取った時の事だった。


「ギョギョギョーーー!!」


 突然サ・バーンさんがビビる。クラウチングスタートの姿勢から見事なピッチ走法でダッシュしていった。あれ、きちんと変装として作用していたのね! ギルマンの間では!


「ギョギョーーー!!」


 一緒にシャア・アックさんも驚くが、こっちは脚に縄をかけて転ばせた。上に乗って押さえ込めば動けまい。


「ああっ! サ・バーンさんが、遠く、どこまでも遠く行ってしまった! ナニーさん、すいませんが彼を止めてきてもらえませんか!」


「……あ、は、はい!」


 そう言って、彼女は去っていく、その後姿が見えなくなるのを見て、僕はため息をひとつ。


「ふぅ、これで、厄介者は消えました。ちょっと三兄弟集まってとっくりと話しあいましょうじゃないですか」


 僕は、良い仕事をしたと自分を褒めてやった。





 僕らは四人と一匹海岸線の洞窟に詰め込んでいた。狭いし、汚いし、ボロい。


「……で、ですよ。シャア・アックさんなんで今帰って来たんです?」


「あれは俺が砂漠の辺りまで走ったところだった」


 ……砂漠まで馬でも凄い日数がかかるけど……まぁ、突っ込まないでおくか。


「蜃気楼の中、一人の長老ギルマンが話しかけてきたのだ。『お前の中には迷いがある、お主はそれでいいのか、明鏡止水の心を持つのじゃ』俺はその言葉で開眼した」


「長そうに見えてものすごく短い話だったね。で、帰って来たと。なんで変装を?」


 シャア・アックさんは恥ずかしそうに顔を覆いながら言った。


「……あんなことの後に、皆とどんな顔をして会ったらいいか分からなくて、つい」


「明鏡止水どこ行ったよ」


「シャア・アックの兄貴! 別に気にしなくたっていいんだ!」


 長男さんがひっしとしがみつく。


「ああ、俺たち四人艱難辛苦を共にした仲じゃないか、いざっていう時逃げ出したことなんか気にしないよ!」


 次男さんが辛辣なことを言いながら抱きつく。


「そうだよ! 俺たち四人ずっと一緒だったのに見捨てて帰ってこなかったことなんてちっとも気にしてないって!!」


 あ、この人達、大分深いところで関係に亀裂入ってる。






「で、今後迷惑をかけられそうなんでこの際解決しておきましょうか……働きましょうよ?」


 僕が今日関わった理由はそれだ。今後事件の度に出てこられても困るし、何より精神衛生上よろしくない。


「いやぁ、探してはいるんだが、俺達、そんなに特技らしい特技があるわけでもないしなぁ」


 長男さんが言う。若い身体があるんだから選り好みしなければ食っていくくらいのことは出来そうなんだけどなぁ。


「そうだ。もう一度金融業を立ち上げるというのは」


「却下」


 シャア・アックさんの提案を食い気味で却下する。そんなトラブルの元を放置しておけない。


「しかし、我々案外連携取れてたんだぞ。次男が上手いこと取り行って金を貸して、長男が取り立てのリーダーやって三男が帳簿をつけてたんだ」


「却下。永遠に却下。そもそもあなた方元手持ってないじゃないですか」


 金貸しをするには貸す金がいるのだ。彼らはむしろ借りる側である。


「ここに、銅貨が一枚と鉄貨が十二枚」


 三男さんが、懐から貨幣を出す。ああ、タワシの売り上げは聞きたくなかったのに!!


「そんなはした金でどうするんですか、今日食うにも困る額ですよそれ」


「な、なに!? 大金じゃないのか!」


「焼いたパノミーが食えますよね!?」


「金銭感覚狂ってる場合じゃないんだよあんたら!?」


 僕はしまいには切れた。シャア・アックさんを取り押さえたのは言うまでもない。






 閑話休題、さてとと僕は咳払いをして。


「……で、あんたたち何の特技あるんですか、なんでもいいから挙げてみなさい」


 長男さんは自信満々に答える。


「俺は剣が使えるぜ、こう見えてもヴェイン疾風一刀流の師範代……の試験を落ち続けた経験のある男だ」


「それは特技とは言いません。次、次男さん」


 次男さんは少し考えてから答える。


「最近包丁は少し上手になったかな。銅魚を剥かせてもらえるようになった。たまーにしか仕事回ってこないけど、いっそ料理店とかやってみようかな」


「料理屋舐めないでください。それに元手がやっぱり無いですよ」


 物を売るには物を買わなければいけないのだ。


「俺はー計算がちょっとできるかな。証文は俺が書いてた」


「ああ、あの悪辣な証文はあなたが……人は見かけによりませんが、特にそれを活かせるって厳しいですね。保留しておきましょう」


 難しいな、元手がかからないですぐに始められるビジネスって。


「一応、シャア・アックさんにも聞きましょうか。顔が怖いとかは無しで」


 シャア・アックさんはたっぷり悩んでから、自信なさげに答えた。


「昔、泳脚ならやってたけど……」


「泳脚か……一人で稼ぐならそれでも良いんですけどね」


 何しろ元手がかからない、体一つでやる仕事である。泳脚とはギルマンの荷物配達のことで港から港、場合によっては自治体などや商工会などに荷物を持っていく仕事である。


 ギルマンはものすごく泳げるし足も早く、彼ら荷物の持ち逃げなどはなっから頭にないため信用が置ける。小荷物を届けるのには最適だった、ただし防水加工はしっかりする必要はあるが。


「でも、泳脚はきつい。……お客さんが脅してきて運賃下げさせたり、俺が怖くて俺の所に配達回ってこなかったり」


「……ん、それですよ!」


 僕が立ち上がり声を上げると、全員が怯える。コラお前ら。


「お客が入らなくてボウっと突っ立ってるギルマンや脅されて運賃下げさせられてるギルマンはよく見ます。特に後者はそのまま逃げ出すことも多いので僕も『どうにかならないかな』ッて思ってたんですよ」


「……とは、どういうことだ?」


「ああ、もう、飲み込み悪いなぁ、長男さん。次男さんは接客と、ギルマンさんへの伝達。長男さんは揉め事の解決と接客をやってもらって、三男さんがお金の計算をしてもらえばいいんです。泳脚って相場はそこそこ決まってますが、きっちり決まっていませんし」


「ああ、それ良さそうだ!」


 食いついたのは、三男さん。三男さんが一番頭良さそうだ。


「ミソはとりあえず元手はいらないって所です。泳脚の人たちに声をかけて回りましょう。取り分はそんなに多くしちゃいけませんよ、数を稼ぎましょう」


「名前、名前はどうする。とりあえず呼び名がないと」


 次男さんの声に、最もだと頷く。


「やっぱ社長はシャア・アックさんだよな」


「長男さんの言いたいこと分かるんですけど、シャア・アックって名前、案外評判悪いみたいなんですよね」


「なら、サメでいいんじゃないか? サメの……早いほうが良さそうだから特急便」


『サメの特急便!』


 とりあえず、打ち合わせはこれで決まった。





 夕刻まで僕らは駆けずり回って困った泳脚がいないか探しまわった、調べてみるとそこそこの数がいるようだ。このハーヴリルは都会に類する街であるため、そういう軋轢は少なくはない。


「とりあえず、これで何とかなりそうですね」


「ああ、なんとか……」


「ちょっと待てよコラ」


 ドスの利いた声に、いきなりシャア・アックさんは逃げ出しそうになるが、投網で僕はそれを捕獲した。相手は五人組のいかつい男たちだ。


「なんですかいきなり」


 大体の理由はわかる。僕らを煙たさそうにしているから、そういう筋の人なのだろう。


「俺らのシマで舐めたマネしてるんじゃねぇよ」


「何を言ってるんです、ここは……」


 言いかけた僕を長男さんが押しやる。


「こういう手合に言葉はいらねぇ、ハクを付けてやるのが大事だ。ヴェイン疾風一刀流を見せつけてやるぜ」


 そう言い、長男さんは多少錆びた剣を抜く。


「多勢に無勢ですよ?」


「構わねぇ、ウィリック、お前には世話になった。だからここでは手出し無用だ、シャア・アックさんを頼んだ。俺ら三兄弟の戦いよ! 行くぞ、次男、三男!」


『おうっ!!』


 夕焼け空が薄闇に変わる頃、戦いの音は終わり。彼らは辛うじて勝ったのだった。


 その時、不幸せな者はいなかった。





 一方その頃、ボコボコで簀巻きにされたサ・バーンを引きずりながら一人の災害が歩いていた。


「ウィリックさーん? どこー?」


 結論から言うと彼女が僕らにエンカウントし、破滅的なオチが付くまであと数分を切っているのだった。


 三兄弟と僕に幸多からんことを。




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