二十話 酒と砂糖と必殺技と
「お酒の醸造所? 嫌です」
ブイローさんからの頼み事を僕はきっぱり断った。この人絡みでろくな目にあったことがない。
「おう、何が嫌か嫌な要素を挙げてみろよ」
ブイローさんの言葉に僕は即答する。醸造所は単純に好きではないのだ。
「だって、リッテルの醸造って臭いじゃないですか? 蒸留になるともっと臭い」
リッテルの原料は臭くて飲めたものではない、それを炊いて蒸留するのだから、リッテルの工場は近寄れたものではないのだ。
「違う違う、そんなけちなもんはハーヴリルの街には無い。あるのは、ラム酒の工場だ」
「ラム酒!?」
僕は思わず椅子を蹴って立ち上がる。ラム酒といえば小瓶で買ったことがある。菓子を作るのに使うと風味が増すのだが、高くてなかなか手が出ない。
「興味が出てきたのか、んじゃあ行くな?」
この人相変わらず、口車が美味い。……ちくしょう、行くしかないじゃないか。
「まさか、リチャードさんが同行するとは」
「もともと、警邏隊の仕事だからね。ただ、人が回せなくて君の所に行ったみたいだけど。……痛み入るよ」
醸造所からの依頼は、なにか不審人物が最近うろついているから探ってみてほしいとの事だった。まぁ、三兄弟あたりなんだろうなぁ、とは思う。
「こちらが、醸造所になります。なにかご質問は?」
「砂糖の精製所の隣なんですね?」
醸造長は頷きながら答える。
「ええ、ラム酒はサトウキビの絞り汁から作るんですよ。ですから、この並びの方がやりやすいんです」
「砂糖を作らずにわざわざお酒にするんですか!?」
それは驚愕である。が、醸造長さんは手を振って答えた。
「いえいえ、サトウキビを絞ると上質な砂糖にする汁と、質の悪い混ざり物の多い汁が出来るんです。ラムにはこっちの混ざり物の多い汁を使うんですね。ですから、サトウキビの取れる街にはラムが多く産出されます」
「でも、うちの店では滅多に出ませんよ? なんで高いんでしょう」
「はい、たくさん取れると言っても、輸出分が多いので……砂糖と同じことです。他所で高く売れるならこの街で安く売る必要はない、と」
なるほど、サトウキビから作られる酒だから、この街の特産品ではあるらしい。あるらしいのだが……なんか腑に落ちない。
「とりあえず、分かりました。あのタンクで醸造して、あっちの建物で蒸留して瓶に詰めて売るんですか?」
「その前に金樽で寝かせる作業がありますね。樫の木を焦がして漬け込みます……軽いもので一年、長いものだと三年ほどでしょうか、ですからやられるとダメージが大きいので見張りに立って欲しいんですよ」
「で、商工会から僕が選ばれた、と」
ため息をつく。リチャードさんが非番返上して付いて来てくれなかったらどうしたことかと思った。
「こっちの警備は?」
「何人か交代制でいます。その話だと醸造所の付近で見かけたと、隣の精製所とも話をつけて警備は強化するつもりです」
「……む」
やっぱり腑に落ちない。
「何か気にかかることでもあるのか? ウィリック」
「そうですね。僕の勘なんですけど乗ってくれますか、リチャードさん」
僕は、リチャードさんに耳打ちした。
『もっと光を!』
僕の魔術が彼を照らす。彼らはその明かりに照らされ、何故だという顔をする。
「やっぱり、犯人はあなたたちですね。醸造長さんと、それに警備隊長さん」
「な、なんでこの場所をっ……君らは醸造所の前にいるんじゃなかったのか!?」
「馬鹿正直に見張ってるだけならギルマンだって出来ますよ。あいつら逃げるときに鳴くから都合がいい」
彼らを見つけたのは、『砂糖の貯蔵所』の真正面だ。リチャードさんは自慢の剣を抜く、彼の剣は片刃の長剣なので峰を翻した。非殺の彼らしい武器だ。
「ウィリック君からの提案でね。なんで奴らが醸造所を狙っているのか全然分からないと彼は言っていたんだよ」
「ええ、蒸留前の酒なんて、かさばるし、重いし、安いし、足はつくしで良い事なんもないんです。それだったら、隣にお宝の山があるじゃないですか? でも、あなた一人じゃ権限はあっても警備の穴はつきにくい、なら、警備関係から一人くらい裏切り者がいてもおかしくはないと思いました」
話を聞いた警備隊長が、同じく剣を抜きながら答える。
「……警備の話では、二人。片方は剣を下げた男が立っていたと聞いたが」
「知り合いに剣をやってる人がいまして、その人を念の為に立たしてます。役にはたちませんがね」
長男さんと次男さんである。三男さんは念の為に間を取り持つメッセンジャーをやってもらっていた。
「そもそも、民間でいいからもっと警備は雇うべきでしたし、体面上何らかの措置は取りましたが、っていう気満々の配置がどうも疑わしかった。こっそり掠め取ろうって腹ですよね?」
警備隊長はニヤリと笑う。なるほど、こっちが主犯か。
「たしかに我々は砂糖を狙っていたが、砂糖は毎日厳重にその量が確かめられている。『ちょっと』などとは思いはせんよ」
彼が、右手を上げると後ろから、がさがさとたくさんの人の足音が茂みを掻き分けてきた。
「行――……!」
「先手必勝!!」
ヴェイン疾風一刀流の使い手であるリチャードさんは先手必勝を旨とする。警備隊長が合図を送る前に彼と、醸造長を一瞬でなぎ倒していた。……さすがに格好いい!!
「撃てーーー!!」
しかし奥から合図が送られると、夜闇から矢が飛んできた。
「リチャードさん!?」
しかし、リチャードさんはそれをもろともせず、飛んできた矢を全て剣で撃ち落とす。そして、踵を返して僕と一緒に壁の奥に入った。
「参りました、人数がわからない上に奴らクロスボウを使うみたいですね」
鉄矢が飛んできたとなるとクロスボウだ。東には弓とか言う変わった武器もあるらしいが、まずクロスボウと見て間違いない。下がったのは英断だった、下手に突っ込むと第二射にやられる。
「いや、人数は分かる。闇夜に隠れて見えないが、茂みを掻き分けたのは少なくとも八人。そのうち四人が撃ってきた。他に指揮官が動いてないから全部で九人だ」
「た、頼もしい……! にしても、多勢に無勢ですよ? どうします?」
「他の警備兵がやってくる前に方を付けたい。出来れば、一人も逃したくないんでね……ちょっと頼めるかい?」
耳打ちされる。それは、多少危ない戦略だった。
暫くのあと、ふっと唐突に魔術の明かりが消え失せる。
奴らも明かりの類は持っていたが、ランタンの類だ。一番の光源をなくし、一瞬うろたえた。
『わああぁあああああ!!!』
その直後、気勢を上げて二人で一気にダッシュする。
当然のことながら相手はその程度では怯まない。
「まっすぐ撃て、適当に撃っても当たる!!」
的確な指示だ。これは、『出来る人』にしか出来ない。
ぎゃんっ! ぎゃんぎゃんぎゃんっ!!
しかし、変な金属音で矢は遮られた。
「ウィリック! 『三男』!!」
僕らはリチャードさんの声を聞いて道を開ける。
飛び出したのは僕と三男さんだ。三男さんはいつでもどちらにも寄れる位置にいたので、僕が呼んできたのだ。
途中で金属製のタンクの蓋を持ってきてだ。それに多少手間はかかったが、そのお陰で不意が打てた。
「後詰、撃て!!」
「甘いっ!!」
リチャードさんが剣を振るうと鉄矢は全て叩き落とされる。目標は、明かりを持ったやつだ。リチャードさんはあっという間に四人叩き伏せた。
「逃げろっ! アレを使うぞ!!」
『もっと光を!』
僕が再び明かりを出すと、敵の姿が顕になった。
「警邏の、小隊長!?」
リチャードさんは驚くが、僕はさほど驚かなかった。この街の主要産業である砂糖が関わっているのに警邏が動かないことが怪しいのだ。誰かは関わってると思っていた。もみ消しが出来る程度の人物がだ。
茂みの奥から、大きなものが歩いてくる……あれって。
「岩の、ゴーレムですか!?」
ゴーレム、岩や鉄で出来た大型人形だ。攻城戦などで見かけるが、そうそう見かけるものではない。縄で彼らはゴーレムに体を結いつけて、安全な後ろから狙撃するつもりのようだった。
「ちょっとまずいですよ、壁ぶち壊して持てるだけ持っていくつもりだったんだあいつら!」
「小隊長が厄介だな、奥にいる」
「リチャードさん、剣を構えてどうするんですか!? さすがにあれを剣じゃ斬れませんよ!」
「問題ない、ウィリック奥の小隊長を何とか出来ないか?」
「出来ます、信頼しますよ?」
僕は懐から適当なものを探す。あった、さっきもらったラム酒の小瓶だ。
距離は十五メートルほど、視界は僕が作った明かりのおかげで悪くない、ゴーレムに多少隠れているがなだらかな丘になっているため後ろ姿は丸見えだ。ほぼ必中!
僕はラム酒を振りかぶった。突然解説するがギルマンの競技に野球というものがある。ボールを投げて棒で打ち返すというものだ。僕はこの競技で五年間投手を続け、数多くのギルマンを空振りさせてきた。まっすぐ投げるだけなら頭にくらい狙ってぶつけられる!
僕が投げたラム酒は、狙い違わず小隊長を昏倒させた。
だが、ゴーレムは止まらない。リチャードさんは剣を構えて笑みを浮かべる。
「ありがとよ、これで悪は揃って逮捕できるぜ……必殺!」
そして、その構えから繰り出されるのは……!
『ファイアーボール』
轟音とともに、爆発がゴーレムを襲い四散爆発させる。子分たちは散り散りにふっとばされた。
これがリチャードさんの奥の手、いわゆる攻撃魔術であった。しかも結構凄い腕前だ。
「……あの人、色んな意味ですげぇな」
「……うん」
三男さんの言葉に、僕はただただ頷くのみだった。
「おーい、ウィリック。商工会から馬車が来てるぜ、何でもこの前の事件の謝礼だとよ」
僕は仕込みの手を止めて、表に出る。
「お金じゃないんですね」
「おう、あくまで商工会からのお願いだからな。なんだろうな、俺は商品券が嬉しかったんだけどよ」
「僕の謝礼ですよ。砂糖かなー、ラム酒でも良いなー。これだけあったら凄いことになりますよ」
「俺にも分け前寄越せよ、少しで良いからさ」
僕がうきうきと鉄の箱のフタを開けると。
『鉄ダワシ一年分』と書かれた紙と大量の鉄タワシが入っていた。僕らは真顔になり。
「ブイローさん、いります?」
「いらねぇ、ちょっと商工会のハゲチャビン殴ってくる」
そう言うやり取りをした。お願いします、しこたま。
同時刻、独り者のリチャードさんは、僕の三倍の量がある鉄タワシに頭を抱えていた。