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十九話 泣いたり笑ったり出来なくなる葬式の料理人

 水飴と砂糖を混合して熱し溶かしていく。


 水飴とは麦芽などとデンプンを混ぜ合わせ作ったものだが、パノミーを使うとしょっぱくなる。やはりここは高くても小麦で作った良いものを使いたい。


 余談だが一般家庭で甘味料と言うと、砂糖や蜂蜜よりパノミーの水飴が一般的だ。多少しょっぱいのが難点だが、砂糖より大分安くつく。


 熱するのにはいつものかまどを使うのも良いのだが、火の魔術はブイローさんしか使えないし、何より失敗が許されない。使い慣れた携帯コンロを使う。箱と鉄の玉がセットになったもので玉を箱の中に設置し、呪文を唱えると火が生まれるのだ。調節は効かないが一定なのが良い。多少無理をしてでも、半永久的に使うためこれだけは高いものを買っている。


 良い感じに砂糖が溶けたらこれに煮詰めたレモン果汁を加える。余り加え過ぎると飴が固まらなくなるので注意だ。そして、着色に持ち歩いている粉、植物や貝を挽いたり煮詰めたりした粉である。これも加えていく。こちらは、たくさん使うともったいないので少量使う。今日は緑の気分だ、黄色と青を加えて混ぜる。


「おう、匂いがあめぇな。ボンボン作ってんのか」


「はい、キャンディーですね」


 ここからは時間との勝負だ。鉄板の上に溶けた飴を乗せて、少し冷えたらハサミで切って棒状に伸ばす。伸ばしたものを金型に乗せて転がすとたくさんの整形前の飴が作られる。あとは型で形を整えれば完成である。


「しかし、これだけの道具持ち運ぶのは骨が折れるだろう?」


「そうですね。僕の持ち物の中で一番荷物になりますね」


 軽量化したり形を整えたりで工夫はしているが、飴の道具は持ち運ぶのに向いているとは言えない。しかし、生命線である。こればかりは外せない。


「よし、大体終わり、と。後片付けしちゃいますね、今日は仕込み早いですね」


「精が出るな。いや、今日店は閉める。急用でな、これから出張で仕事があるんだ。ダイケルとアウレンも呼んでるがお前は大丈夫か? 手当も出すよ」


 ケチで怠惰な店長とは思えない。しかし断る理由もないので僕は頷いた。


「で、何の仕事なんです?」


 僕は飴の道具を片付けながら尋ねる。ブイローさんは沈痛な声で言った。


「ギルマンの葬式」


 僕はダッシュで逃げ出した。






「い、嫌です! 嫌ですよ!!」


「うっせぇな、その言葉百万回は聞いたよ! ぶっちゃけ俺だって嫌だよ! だからって断れねぇだろう!?」


 僕は逃げた先でダイケルさんに捕まり、簀巻きにされて連行されていた。これほど嫌な仕事があるものか。


「それはブイローさんの事情じゃないですか! ブイローさんがやって下さいよ! お金も要りませんよ!!」


「ミスターウィリック、観念するんだ。我々の腕前ではギルマンは捌けない」


「だって、ギルマンの葬式ってあれですよ、ギルマンがギルマンを食べるんですよ!? 考えても見てください! あのでかい魚人を包丁でばらして焼いて煮込んで食べる姿を!!」


「俺だって嫌だよ!! 手足の生えた魚さばく経験なんてしたくねぇよ!!」


 そう、ギルマンの葬式とは食葬である。誰が始めたのか知らないが、ギルマンはギルマンを『美味しく食べて弔う』ことを伝統としている。他に伝統らしい伝統もないくせにこういう時に頑固な奴らだ。


 どうやら道中泣きながら聞かされた話によると、昨日突然死したギルマンがいたらしい。


 そしてこの街にはちょうど今、ギルマンの料理人がいなかったので、ブイローさんに白羽の矢が立てられその白羽の矢を僕に押し付けやがったのだ! 呪ってやる!!






「そ、それでは……故、ブリッチョさんの冥福を祈りまして、これより葬儀の方を始めたいと思います」


 僕の鎮痛な声が、葬儀場……野外のキャンプ場に響き渡る。ギルマンの葬儀は人間の葬儀とは違って別に黒い服を着たり、教会で祈ったりはしない。鍋と窯を用意して調味料と酒を持ち寄り、最後まで美味しく頂くのだ。ガッデム。


 人間の料理人が立つ場合は、長い革手袋をし、前掛けを掛けるのがならわし、ということにしている。誰が素手でギルマン解体したいもんか。この詭弁を考えた先駆者には本当に頭が下がる。


 僕の鎮痛な声に、早速泣き出すギルマンたち。僕の知っているギルマンはだいたい揃っている。喪主はどうやらカンパチのギルマンのようだ。親子でよく似ている。シートを敷いた調理台の上には彼によく似たブリのギルマンが横たわっていた。


 なお、手足は外してあり、もうブイローさんとダイケルさんは膝をついている。アレにまつわるもろもろの話は忘れたい。



「まず、鉄で出来た胴体のお腹側に沿って亀裂を入れていきます。ノミとカナヅチで叩きます。ダイケルさん、手伝ってください」


「アレだけのことがあったというのに、ユー、大した胆力だね」


「僕だって嫌ですけど泣いてても終わらないんですよ!」


 そう、この場に料理人は三人しかいないのだ。ギルマンの料理人がいたら押し付けるが、いないし。逃げ出してもギルマンから逃げれる気がしない。ギルマンを追い払う方法があるが、そんなことをしても鮮度が落ちるだけである。簡単に食わせられるうちに食わせたい。


 ちなみにギルマンの葬式で使用する道具は全て新品を使い。そのまま処分する。誰がギルマン切った包丁を使いまわしたいと思うものか。


 ガンガンとギルマンの肌をノミで叩いていく。普通にやっても刃は通らない。なるほどギルマンというのは強い種族なんだなというのがよく分かる。君らなんで臆病なの?そういう疑問符を浮かべつつ、やっと亀裂が入った。


「後は、それに沿って包丁を入れていきます」


 硬いが、入らないわけではない。切れ目を入れていく。魚種にもよるが、ブリならこれで行けるはずだ。


「で、これを剥ぎます」


「剥ぐ?」


「ええ、ブイローさんも、いつまでも呆けてないで手伝ってください!」


 僕が下を抑えつつ、包丁を入れ、他の二人が硬い表皮を持ち上げていく、丁度箱を開けるような要領だ。


 そうすると、案外簡単に殻は剥けた。つるっとした肉が表に出て、感嘆の声が上がる。


「くれ、それくれ」


 カンパチに言われるがままにノミとトンカチ、あとは、剥いだ親父さんの殻を渡す。ギルマンたちはそれをノミとトンカチで砕いて割り、食べ始めた。


「旨い」


「美味しい……!」


「お、おい、あれ」


「放っておきましょう」


 ブイローさんが言いたいことは分かるが、それより先に調理だ。今日のブリッチョさんは悔しいが巨体だ。二百キロは優にあるだろう。調理し切るのは大変である。


 ……ギルマンとは、本当は野蛮なのではないだろうかと、あの姿を見たら思うのだが気にしては負けだ。






 三人がかりでギルマンを解体していく。デカイ魚なので三枚におろすのは無理だ。部位ごとに解体していく。腹身はブリだと脂が多くて生食するのには向いているはずなので、その部位だけをカットして。刺身を作る。表皮に比べ身は逆に柔らかいくらいだ。考えたら負けである。


「美味しい……!」


「おいしい!!」


 ギルマンたちは滂沱の涙を流しながら食べていく。この辺りで僕らは、感情というものを捨て去った。


「おう、煮物に足すから背の方の肉をくれ」


 ブイローさんも料理人だ、どこを煮物に使うのが美味しいか分かっている。それより彼は今『とにかく鍋に量をぶち込んで早く終わらせたい』と思っているはずだ。僕もそう思う。


 背の肉はまだまだあるので、それを軽く炙ってにんにくのソースで出した。じっくり火を通すほど火力に余裕が無いのと早く終わって欲しいので、ギルマン料理は最低限しか火を通さないことが多い。


「旨い!」


「うまいうまい!!」


 ギルマンたちは最高潮。酒も進むしどんどん食べていく。一人あたりこれ五キロくらい食うことになるけど入るんだろうかと思い始めた。


「ほらよ、煮物だ。大根と一緒に煮て見た、鍋から行ってくれ」


「美味しい!!」


「うまうま!!」


 取り分けるという概念を捨てたことを、豪快という単語に置き換えれるブイローさんは本当に偉いと思う。大皿料理バンザイ。


「ユー、そこは、捨てないのかい?」


 息を呑むダイケルさんに僕は死刑宣告をする。


「はい、ギルマンの葬式では、骨以外は全部食べます」


 取り出したのは、頭だ。僕だって嫌だが、鉄串を刺したら、火でじっくりローストしていく。オーブンに入れれば楽な作業だが、オーブンはキャンプ場の管理者によって厳重に封印されている。そりゃそうだし、僕だってやりたくない。


 そうしてギルマンのカブト焼きが完成した頃には僕達は限界に近かった。


「……こ、これ、終わるのかよ」


「頑張りましょう。ギルマンの葬式で調理しきれなかった分はどうなるか知ってますか? 『料理人が持ち帰る』んです!」


「……や、やろう! やってやろうじゃないか!」


「中落ちを出すので具材たっぷりのスープお願いします! ダイケルさんはヒレ焼きを作ってください、連中はヒレまで食べます!」


「まかせたまえ!」


 僕らは再び奮い立った、負けてなるものか。






「最後……食いきれなかった分の持ち帰りまであるとは知らなかったな」


 ブイローさんはぼーっとしながら歩いていた。時折、葬式の残りだったリッテルの瓶を傾ける。感情が死んでいるのだ、無理もない。


「僕らが食べるよりよっぽど有情だと思いましょう。ギルマンの葬式に介入した人間の料理人、偉大なる先人たちに多大なる感謝を」


「ミーはもう、帰りたい。だけど寝たら必ず夢に見るよ……」


 分からないでもない。僕だってもうとっくに嫌な思い出になっている。


「店は明日開けないからさ。奢るから今日は飲もうぜ、肉を食おう肉を。今魚食ったら嫌いになる恐れがある」


「そうですね、徹底的に美味いとこ行きましょうよ。肉串が美味いって噂の店聞いてるんですよ、ちょっと高いらしいですけど」


「行こうぜ! この際、俺は赤字だって構わねぇよ!」


「ミスターブイロー!」


 うわぁ、ダイケルさんとブイローさんが抱き合って泣いてるよ、僕も、涙が出てきた。


 その時、ドカンという音と、『ギョギョー!』という聞きなれた声を聞いた。僕らは反射的に振り返る。


「うわ、ギルマンが馬車に轢かれたっぽいよ」


「あっちゃぁ、大丈夫かなこれ……死んでなきゃいいんだけど」


「参ったなぁ」


 僕ら三人は、人を掻き分けその現場に走りこむ。そして、息も絶え絶えのギルマンに駆け寄った。


「大丈夫ですか!? 息はあります、まだ脈も感じます!」


「ウィリックすげぇな! 今頃戻っているはずだ、サ・バーンのところに連れて行くぞ!!」


「オウケイ!! ミスターウィリック! せーので担ぐぞ!」


「待って! 馬車使ったほうが早いです!! 貸してください。いや貸せっ!!」


『死なせてなるものかぁああああ!!!』




 料理人三人の雄叫びが、深夜の街に響き渡るのだった。





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