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二話 料理人とダンスの関連性は如何に

「やっと病院から開放された……聞いた話だと、食堂は有名なのが二つか」


 僕は昼下がりの繁華街を歩いていると、小さな食堂『銀貨袋亭』に辿り着いた。


「これまた、ストレートな店名だなぁ。うわお『全品銀貨一枚前払い式』って、高いよ!? 商売っけがあるんだか無いんだか」


 表は閉まっていた、どうやらランチ営業はしていないらしい。手が回ってないのならむしろ好都合だ。


「すいませーん、誰かいらっしゃいますか?」


 裏手に回ると、長髪の中年男性がつまらなさそうに寸胴で煮込みをしていた。


「おう、うちはめんどくさいからランチ営業はしてないよ。高いけど海原の月夜亭に行ってくれ」


「ず、随分とまたものぐさな台詞ですね。いえ、その……人手、いるでしょう? コック雇いませんか?」


 僕から見ても、この調理場の惨状は明らかだった。

シンクに適当に突っ込んである食器類。カナダライに山となって積んである魚のアラ。そして、散乱する野菜くず。まだ手を付けてない食材も多々あった。


「む、若いようだがお前、料理歴は?」


「まだ二十歳ですが十年ギルマンのもとでみっちりと、魚には自信があります。肉も行けますよ」


 ふむと、無精髭の顎を撫でて男は手を打った。


「よし、俺はブイローだ。店長と呼んでくれても構わない」


「こちらはウィリックといいます。よろしくお願いします。できれば、旅費を貯めたいので住み込みがいいのですが」


「ああ、構わない。爺さんが腰いわして倒れちまってよ、その部屋を使ってくれ。面倒なことは全部爺さんに押し付けてたツケが回ってきたぜ」


「てんちょー、ホール準備終ったよー」


「おう、相変わらず早いが俺の準備が終わらない。どうせ客は夕方からしか来ないんだ、てきとーに時間を潰せ」


 はて、と首を傾げて。尋ねてみる。


「そちらの娘は? 見たところ、ウェイトレスのようだけど」


「ああ、うちの姪っ子でアウレンって言うんだ。ホールのチーフを任せている」


 挨拶された彼女は、盆で顔を隠しながら、挨拶した。

 快活そうな栗色の髪の女の子だ。ポニーを結んだ赤いリボンがワンポイントになってる。


「よ、よろしく。私はアウレンって名前よ」


「うん、僕はウィリックよろしく」


 と、手を差し出すと。突然彼女は声もなく崩れ落ちた。バタンと音がする。


「えっええっ!? ちょっ大丈夫ですか!?」


 抱きかかえると、彼女は薄く目を開いて、また気絶した。


「あーあ、やっちまったか」


「彼女、貧血持ちで?」


「……いや、そいつ、他の男は平気なのに惚れっぽいんだ。多分一目惚れなんだろうがな、さらに、近寄られると気絶する。超シャイ」


「厄介な人格ですね。ちなみに僕、モテる方じゃないんですが」


 一般的に、優男はたいしてモテない。やはり、ローレライに則って男はいかつく強くたくましいほうが良いだろうと思うのだが。


「そいつ珍しく面食いなんだよ。まぁ、近寄らなくても仕事はできるだろう? クビにするのは簡単だが、お前の代わりを探すのがめんどくせぇ」


「おひとつお伺いしますが」


 食堂の椅子を並べアウレンさんを寝かせつつ言う。


「ひょっとして、この狭い店でウェイトレスが複数いるのは」


「俺が客の相手をするのがめんどくさいからだ」


「そもそも、店が狭いのは」


「客が沢山入ってきたらめんどくさいからだ」


「一律銀貨一枚なのは」


「いちいち金勘定するのがめんどくさいからだ」


「前払いなのは」


「俺が食い逃げを追いかけるのがめんどくさいからだ」


「ランチ営業がないのは」


「朝から仕込みとかめんどくさいことやってられっか」


 ……この人はこの人で、相当アレな人なんじゃないかと、僕は思った。






「ちなみに、皿洗いは専門で人雇ってるから良いぞ。ホールも一部そいつに任せてて今まで三人で何とか回してたんだ……って、なにやってんだ?」


「見たところ捨てる予定のものだったんでしょうけど、もったいないから魚のアラから肉を小削いでるんです。魚を無駄にするなんてもったいない、あ、積んであるパノミーのパンも貰っちゃっていいですか?」


 パノミーというのは世界中どこにでも生えている海藻のことである。この海藻からは大量のでんぷん質が取れるので、基本的な主食で、安い。『貧乏人の飯は常にしょっぱい』ということわざもある。


「おう、そうか、お前はギルマンの所で修行してたんだったな……あいつら魚を大事にするから……で、何作ってるんだ?」


「おなかがすいたので昼食を、よく考えたら僕、まる二日何も食べてないんです」


 集めた魚の肉に下味をつけ野菜屑を刻んで混ぜ、パノミーの粉を混ぜ、叩いて薄く丸くしたものを油を引いたフライパンで焼いたら完成である。味付けは、焦がした魚醤を少々。


 それをパノミーのパンに挟んで頂くことにする。パノミーのパンはしょっぱく、膨らまないので平たい。これが逆に包むときなどは便利である。


「あ、店長もどうぞ、余分に作ったので」


「おう、俺も昼飯めんどくさいからまだだったな。貰うぜ……流石にギルマンに習っただけあって、旨いな。こいつは良い拾い物をした」


「ところで、この店客入るんですか? リッテルとビールが同じ銀貨一枚って、どう考えてもアレですけど」


 ちなみに、リッテルとはパノミーで作った蒸留酒である、安酒でよく飲まれている。ビールは逆に高級だ。麦は耕地に向いてる土地があまり多くないので、そんなに取れないのだ。


「ああ、そりゃお前、あれだよ。リッテル頼んだら大瓶三瓶出すけど、ビールだと中ジョッキで一杯ってことだよ。パノミーのパンだったらあいつを十五枚出すな」


 どんっと山に積まれたパノミーのパンを指さす。多分パン屋からの配達品であろう。十五枚となると、とても一人で食いきれる量ではない。


「あれですか、この店、シェアが基本の店なんですね」


「おう、大人数で食いに来て割り勘するのさ。客が金勘定する分には、こっちがめんどくさくないからな……ところで、このけったいな料理なんて名前よ」


「ハンベルグ・ステーキって言うらしいです。僕も旅の途中でギルマンから習いました」


「おう、終わったら魚の下ごしらえ頼むわ。魚の扱いは俺よりお前のほうが上手そうだ」


 僕は、ちらっと、山と洗い物が積まれたシンクを見る。


「あれは、良いんですか? 割と気になるんですけど」


「おう、料理人見習いがいてよ、そいつに洗い物とホールの手伝い押し付けてるんだ。もうすぐ出勤するよ」


「へぇ、そりゃ……」


 まで言った時だった。


 ずんずんずんずーん♪ずーんずんずずずーん♪ずんちゃっ♪


「ヘイ!! ダイケルッですっ!!」


 そいつは、紙袋をかぶって、極彩色のTシャツにズボンを履いた、ひどく肥満体の小男だった。


 ひと目で見たら怪しい人物、ふた目見たら変態である。


「……店長、警邏呼びますか?」


「そいつが料理人見習いのダイケルだ。仲良くな」


「って、どっからどう見ても怪しいですよ!! ギルマンの三倍くらい怪しいですよっ!?」


「だって俺、他人の見た目とか気にするのめんどくさいし、自分の見た目だって怪しいのに」


「……うわ、この人、想定以上にダメな人だ!?」


「ヘイ、ユー。ミーの名前はダイケル! ダンスが趣味の料理人見習いさ! 気軽にダイケルって呼んでくれ!」


「はぁ、臨時雇いのウィリックです……どうも」


 引きつる笑顔で握手を交わす。この街、なんか相当やばそうな気がしてきた。






 なんやかんやで営業が始まった。夕刻から営業を始めて、どっと人が入ってくる。

客が入ってくる度にアウレンさんは笑顔で迎え。ブイローさんは渋面で声をかける。なるほどこの人接客に向いてない。客を敵か何かと思ってる。


「次、魚のフライの盛り合わせで、その次は焼き物だ。俺は煮込みを出す」


「はい、店長分かりました!」


 店長をやってるだけあって、ブイローさんはなかなかの手際だった。そして、この店の中身がよく分かってきた、どれも銀貨一枚という高額で出しているだけあって大盛りなのだ。時折、高い肉料理に手を出す人もいる。そういう意味では、ここはちょっと高い大衆食堂だろう。こういう店は、やりやすい。


「しっかし、客が途切れませんねぇ」


「まったくだ、喧嘩でも起きねぇかな。俺が飯を食えないだろうが、クソ、忌々しい」


「何のために料理人やってるんですかブイローさん」


「そりゃ、俺が料理以外に取り柄がないからさ……お、噂をすれば、うちの店は残念ながらガラが悪いんだ」


「てめぇ! 殴りやがったな!?」


「オメェが先にツバ吐いたんだろうが!」


 店の中では、取っ組み合いの喧嘩が始まっていた。アウレンさんは、オロオロと戸惑っている。


「うわ、止めてきますか?」


「お前さん、荒事は?」


「いえ、さっぱり。喧嘩は苦手です」


 ブイローさんは欠伸をしながら。


「なら、ダイケルに任せておけよ。近寄ると巻き込まれるぞ」


「……え? あの人、喧嘩強いんですか?」


 紙袋被った肥満体が喧嘩してたら、間違いなく猟奇物だと思うが。見ていると、喧嘩の中央にダイケルさんが向かっていき、足元に箱を置く、魔術道具のミュージックボックスだ。店内に音楽が鳴り始めると、店内は騒然となった。


「う、うわぁ!? ダイケルだぁ!!」


「逃げろ、逃げろぉ!!」


「やべぇぞ!! マジやべぇ!!」


「あわわわ、店長、また喧嘩よ。ダイケルが出てはうっ」


 アウレンさんもこちらに逃げ込んできた。思わずぶつかって、そしてぶっ倒れる。


「こ、この人もこの人で難儀だな」


 椅子の上にアウレンさんを座らせると、音楽は最高潮。ダイケルさんが叫んだ!


『ヘイ!ダイケルダンス!』


 ずんずんずんずーん♪ずーんずんずずずーん♪ずんちゃっ♪


 喧嘩していた客と、逃げ遅れた客が、一斉にダイケルに合わせて踊りだす!!

 激しい踊りを、一糸乱れずむくつけき男たちが踊るその姿はまさに男臭いカーニバル!


「な、なんなんですあれ!?」


 僕としては、もはや何がなんだか分からない、一体何の魔境の儀式だと言うのか!


「あれがダイケルが使う魔術『ダイケルダンス』だ。何がどうやってるのかしらねぇが、ダイケルが踊っている最中他の奴らも踊りだす。逃げ遅れるとあの通りだ」


「それ、根本的解決にはなってませんよね?」


「いや、少なくともやる気は削がれるだろ? それに、あいつの踊りは激しいし長いししつこい。一時間近く踊り続けるんだ。へとへとになる」


「……お、恐ろしい」


「あの魔術の恐ろしさはこれからだ。普段使わない筋肉を延々と使わされる羽目に陥るから、翌日から地獄の筋肉痛さ。 丸三日はまともに動けないらしいぜ?」


 ブイローさんは言いながら、肉を揚げ始めた。


「近寄るなよ、巻き込まれたら悲惨だ。俺がめんどくせぇ。さぁ、今のうちにまかないにしようぜ?」


「は、はは……」


 乾いた笑いを浮かべながら、壁にへたれ込む。

 僕は、目的とかそういうものを忘れて、ひたすら故郷の母の元へ帰りたい気持ちで一杯だった。



 この日のダイケルダンスは、深夜まで続いたという。

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