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十七話 老獪がくるころに

 しゃぐっしゃぐっ。


 なるほど面白い食感だし、甘くて美味しい。白砂糖も確かに良い物だけども、その原材料であるサトウキビを食べるのは初めての経験だった。


「……で、そこの物件ですけど」


「ユー、それはまずいよ。条件は合うけど予算が合わない」


 ダイケルさんはサトウキビのジュースを紙袋の下から啜っていた。もうだいぶ紙袋で極彩色の服のデブにも慣れた気がする。……慣れてはいけない気がする。


「お前ら、何してんだ?」


 ブイローさんの声に振り返る。僕とダイケルさんは、テーブルで顔を突っつきあわせてメモ紙を何枚か引っ掻き回している最中だった。


「……何って、物件探しですよ。昨日いきなり『爺さんの部屋空けてくれ』って言ったのはブイローさんじゃないですか?」


 僕は住み込み料理人なので銀貨袋亭に一室借りているが、そこはブイローさんのおじいさんの部屋らしいのだ。大分住み心地は良かったが、まぁ、仕方ない。


「おう、別に出てけたぁ言ってねぇよ。あれだ、裏に使ってない納屋が一個あるから適当に掃除して使ってくれ」


「あ、そうなんですね。ならそう言ってくれればいいのに。ところで僕の記憶が確かならおじいさんって腰をやってサ・バーンさんのところの診療所にいるんでしたよね?」


「おう、治ってはいねぇんだが、あんまり入院させておくのも良くないってんで引き取りに行こうと思っている。そうだ、一人じゃめんどくせぇと思ってたから二人付いて来いや」


 僕とダイケルさんに断る理由はない、それには素直に頷いた。






「ああ、ヒオラーさんならもう一人で帰っちゃったよ」


 いつも適当なギルマンの医者、サ・バーンさんはそう返した。いや、病人一人で戻さないで。


「相変わらず病人とは思えないほど元気だなぁ、あの爺さん。ったく、めんどくせぇ」


「というか、僕はそのおじいさん知らないんですけど、どんな方なんです? ヒオラーさんですよね」


 僕の言葉に、ブイローさんは苦虫を噛み潰したような顔をし吐き捨てるように言った。


「偏屈、頑固者、小うるさい、めんどくせぇ」


「……で、ダイケルさん、どうなんです?」


 ブイローさんが吐き捨てるのを聞き流して、僕はダイケルさんに聞き直した。


「おい、なんでわざわざダイケルに聞き直した」


「だってその手の情報ブイローさん話半分に聞いても当てにならないじゃ無いですか」


「ミスターウィリック、ユーの言いたいことはだいたい分かるが、その件に関しては概ねミスターブイローは当ててる感じだよ」


 僕も、渋い顔をして腕を組む。


「なるほど、ダイケルさんが言うならそれは相当頑固そうですね」


「おう、なんか文句を言いたいなら聞くぞ」


「ブイローさんが言うと大体の人は頑固でめんどくさいからですよ。そう言えば、前々から思ってたんですけど、ブイローさんとおじいさんで銀貨袋亭やってるんですよね? お父さんは?」


 それにはブイローさんは一言で返した、町の外の方を親指で指し。


「海の底だよ」


 なるほどと再び僕は頷く。海の底というと二重の意味がある。ひとつは海難事故でお亡くなりになった場合。もう一つはローレライのお嫁さんをゲットして海の中にある街でよろしくやっている場合だ。この場合は、後者である。


 ブイローさんはローレライとの間の子供で人間だったので、街に返されたのだろう。頻繁に聞く話である。


「なるほどですね、とりあえず探しますか。戻ってみれば分かるでしょう」


「ああ、そうだな。多分分かる」


 吐き捨てるように言うブイローさんが何故か記憶に残った。






 店に辿り着くと……一瞬そこが見慣れた銀貨袋亭だとは思えなかった。


「か、輝いている」


 みすぼらしかった店内が、厨房が、ピッカピカに磨き上げられている。チリの一つも見当たらない。いや、倒れているゴミのような人がいる。アウレンさんだ。


「あ、アウレンさ……」


 駆け寄ろうとするが、慌ててやめる。そうだ、彼女僕が近寄ると気絶するんだった。


「おう、アウレン。爺さんだな?」


「は、はい、もう、すっごい叱られました。あと……あ、だめ、もう」


 彼女は疲労でぶっ倒れた。ずいぶん酷使されたのだろう。店内にしゃがれた笑い声が響き渡る。


「ほっほっほ、こうら! ブイロー! 店をこうなるまで放っておくとは一体どういう了見じゃ。毎日掃除をせいと言っておるじゃろうが!」


「げぇっ! 爺さん、まだ元気なのかよ! まぁこの状況見りゃ分かるけどさ!」


 見ると小柄な老人が、デッキブラシを杖にして立っている。腰は曲がっているが、中々に元気そうだ。


「掃除は、毎日してますよ? こう言っちゃなんですけど、割と念入りです。ねぇダイケルさん……あれ?」


 僕が横に尋ねると、ダイケルさんはそこにはいなかった。


「あっ、ちくしょう。ダイケルのやつ逃げやがったな!」


 え? ダイケルさんが逃げるって、このおじいさん、それほどの危険物なの?


「若いの、名はなんという」


「はい、ウィリック、ウィリック・アメラルドです。料理人として働かせてもらってます」


「儂はヒオラーじゃ。孫をよろしく頼む。……しかし若いの、お主は掃除のいろはすら知らん! この儂の指導のもと、一流の掃除人に鍛えなおしてくれるわ!」


「……へ、え?」


「俺、ちょっと用事思い出した」


「ちぇいあさー!」


 逃げるブイローさんの足元にデッキブラシを投げつけ転ばせるヒオラーさん。凄い、この人ブイローさんを完全に御しきれるのか。嬉しい。


 だが、喜んだのは、この瞬間までであった。






 ヒオラーさん超すごい、何が凄いかってデッキブラシひと擦りで床が輝く。超すごい、とても真似できないし桁が違うしこの人真似しろって言ってくる、超迷惑。


「いまどきの若者にしてはそこそこやるようじゃが、やっぱり今時の若者はダメじゃな」


「ってーか! 物理的に何かが違いますよ!? 真似するのは無理ですよ! ある程度は為になりましたけどありがとうございますもう勘弁して下さい!」


「うむ、礼儀正しいのはいいことだ」


 この小一時間で学んだことは、このおじいさんは超元気で、掃除が得意ってか、得意ってレベルじゃなくて、それを他人に強要してくるはた迷惑な人物で、そりゃブイローさんじゃなくても嫌な顔をするわ、ダイケルさんあの野郎逃げやがったな。ってことである。


 ぶっちゃけ自分でも言ってて消化しきれてない。


「ぐ、お、おのれぇ、働いてなるものかぁ……俺は、金にならんことは一切せんぞぉ」


 ブイローさんはボロボロに殴られつつも一切手を動かしてない。この人もある意味凄い。


「孫はこの通りじゃし、ひ孫は体力がない。ダイケルはダイケルであいつは繊細さに欠ける。お主はずいぶんと鍛えがいがありそうで嬉しい」


「凄い体力ですね。ヒオラーさん本当に入院してた身なんですかね?」


「すげぇ迷惑だからもう一回入院してくれないかな」


 今だからブイローさんはこう言うだろうが、なるほど、僕が来る前の銀貨袋亭にヒオラーさんは必須存在だ。ブイローさんのケツを叩き、店の掃除を一手に引き受けるのだ。逆を言うと、僕が来たことでブイローさんは堕落している。ダメだこの人。


「ですが正直な話、僕は料理人ですので、掃除道を極める気はありませんよ? ギルマンさんでも使ったらどうです? あの人達は勤勉で使い減りしません」


 ギルマンなら二十四時間このペースで働いても死にはしないだろう。


「ギルマンはダメじゃ、働かそうとひっぱたいたら逃げて行きおる。さっきも一匹逃げていった」


「……く、クラダさーーーーんっ!?」


 この老人、働き者で真面目だけど、自分に出来ることは他人に出来ると思い込んでるし、しかも乱暴者だ! なるほどこれは迷惑だ、めんどくさい!





「もしもし! ヒオラーさんが帰って来たって!?」


 三つ揃いのスーツを着た男性がやってくる。彼は一度見たことある、老舗ホテル鳴龍館の支配人だ。


「おう、帰ってきたぞ。どうかしたのかい?」


 ヒオラーさんは汗だくの彼に雑巾を渡しながら答える。受け取った雑巾は僕が回収し、おしぼりを渡した。


「いやぁ、一番に連絡してって言ったでしょう? もう、ヒオラーさんがいなくなってから色々と大変なんだよ。館内の清掃を一手に任せたいんだよ! やっぱ若い奴はダメだ。ヒオラーさんがやってくれないと!」


 支配人さんは、がっしとヒオラーさんの手を取る。そこに、ダダダダと走ってくる音が聞こえた、転がり込むように入ってきたのは。


「ああ、観光協会長。いらっしゃい」


「ちょ、ちょっとまった! 清掃ならうちが先の約束だ!! 街の景観がそろそろまずいんだ! ギルマン雇ってるけど連中は真面目だけどコツが分かってない! 連中にコツを教えるだけでも!!」


 その様子に、ヒオラーさんはやたら嬉しそうに笑いつつ答えた。


「そうかそうか、やはり儂が必要か! よし、ウィリック付いて来い! お主に掃除の楽しさと何たるかを教えてやろうぞ!」


「いえ、ちょっと待って、遠慮します! ギルマンを使えるようになりましょうよ!?」


「ギルマンに頼っとるようじゃダメじゃ! やはり人間の街は人間が……ひょっ!?」


 ヒオラーさんがふんぞり返った瞬間。グギッという、絶望的な音が鳴り響いた。





「では、もう一回持って帰ります」


 サ・バーンさんは、カタクチ君とタンカを担いでヒオラーさんを連れて行く。


「ブイローさん、僕思うんですけど……この街、彼に頼っているようじゃダメだと思います」


「俺も思うんだけど……あの爺さん、人育てるのはくっそ下手だって分かるだろう? あ、爺さんの部屋空けなくていいぞ」


 僕は頷いた。さぁ、仕込みをしよう。あとダイケルさんを殴ろう。






 その頃、クラダさんは夕日に向かってひた走っていた。


 彼女が帰って来たのは数日後の話で、誰も思い出さなかったという。


 ごめん。



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