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十六話 ジャスティーナさんといっしょ

 海も見える三階の特等席。全面ガラス張りになっている海原の月夜亭の一等客席でのランチタイム。貸し切りなあたり、この店は本当に客を選んで案内するんだなって納得する。


 運ばれてくる食事はどれも最上級。以前食べた食事は味わう暇がなかったため、なるほどと高級な料理を味わう。心境はあの時と大して変わらない。


「だからですね、なんで、こんなことになってるんですか」


 僕は生きる音響破壊兵器、ジャスティーナさんと一緒に食事を取っていた。





 メインである、ローストビーフをナイフで切りつつ僕は思っていた。いくら食べてもいいと言われるとつい食べたくなるが、目の前の人が怖い。


 彼女はうっかり僕に惚れてしまったジャスティーナさんだ。以前知り合って以来、しばらく会ってなかったが、突然こういうことになるはめになった。


「~♪ 美味しいですか? ウィリックさん」


 調子の外れた鼻歌を歌うジャスティーナさんを前に、僕は頷いた。鼻歌程度では死人は出ないらしい。代償行為だ、歌わせておこう。


 そう、彼女の歌は人を殺す。いや、実際には死にはしないのだけど、多分街中で歌わせたら大変なことになるだろう。僕はさっきから戦々恐々だ。


「え、ええ、大変。今日は誘ってもらって光栄です」


 かといって、この食事を断るのも怖い。めったに人間の街に出ることのないローレライが、街に出てわざわざ食事に誘っているのだ。機嫌を損ねたら不味い。魔法が飛んでくる。


 彼女がどれくらい怖いか知らない人は少ないだろう。ローレライを本気で怒らせたら、一日で街が半壊はするだろう。彼女達はそういう生き物だ。


「なんか、本気で楽しんでない気がしますわよ」


 心臓が飛び出しそうになる。


 だが、そりゃ、そうだろう。正直、生きるデストロイを目の前にご機嫌取りは嫌だ。


 彼女達の名誉のために言っておくが、ローレライはそうめちゃくちゃ怒りっぽいわけではない。だが、彼女達はプライドが高いのだ。だから怒らせないほうがいいのは第一。


「いえいえ、凄い楽しんでますよ。美人を前に美味しい食事なんてもう、幸せすぎて胸がつかえて」


「あら! そうですの? それは良かった、そしたらこの喜びを歌に込めて……」


「ちょちょちょっ、待っ、ストーップ!」


 そして、彼女にはこれがある。何度も言うが彼女の音痴は殺人級だ。半径百メートルは大変な目に合うだろう。ダイケルダンスみたいに魔力でも篭っているのかもしれない。


「あら、なんですの? 私は、今喜びでいっぱいで……」


「いいい、いえ! とりあえず、お腹もいっぱいになったら散歩でもしませんか!? 街は街で面白いところはいっぱいありますよ!」


 そう、僕の仕事は彼女の機嫌を取りながら機嫌を取り過ぎないように止める。絶妙な仕事であった。チキンレースか。






 僕とジャスティーナさんは目抜き通りを歩いて行く。ジャスティーナさんは無論魚の尻尾ではなく、魔法で足を生やしていた。しかし、隠そうともしない長い金の髪はよく目立つので、僕らは町民の注目の的だった。


「ウィリックさんに出会って、暫く思いをつのらせ歌い続けていましたが、その折『何かあるのでしたらなんでも聞きましょう』と町長がやって来たのが、幸運な日の始まりでしたわね」


「はぁ……」


 知ってる。僕にとっての不幸な一日の始まりだ。いきなり町長がやって来て、ジャスティーナさんとデートしろと頼まれたのだ。一応謝礼は支払われたが、脅しもされた。どうせいっちゅーねん。


「どうしたんでしょう。何か、楽しくなさそうですが?」


「いえ、今、あなたをエスコートする重責で胸が苦しいのですよ」


 嘘は一言も言っていない。機嫌を損ねても機嫌を取り過ぎてもいけないってなんだよ。


「ならいっそ結婚すれば?」とか言ってる人はちょっと無責任すぎる。僕はこの人と一生を添い遂げる気はない。魅了とかされたくないなぁ。ローレライは魅了が使えるのだ。プライドが高いのでめったに使わないけど。


「そんなに気に病まないで、気軽に楽しむことですわ。まだ、二人は付き合い始めたばかりなのですから」


 助けて。誰か。





 そこに、バッタリと出くわしたのは、これは珍しい顔だ。


「あら、タコさん。一人で街ってなかなか無いですね」


 タコさんは別のローレライの旦那さんでちょっと乱暴な方だ。だが、ローレライの旦那は基本一生を海の底で暮らす、彼女達は独占欲が強いのだ。


「誰がタコだぁ!! チキショウ、ここであったが百年目! 綺麗に畳んでくれらぁ!!」


 これはしめたものだ、チャンスだ。ここで僕がボロボロに負ければ彼女は「やっぱり弱かった」と恋も冷めるだろう。実際弱いのだから僕は拳を握りしめ。


「ちょっと待ったぁ!」


 と、割って入ったのは警邏の剣士リチャードさんだった。ちょっと待つのはそっちだ。


「ウィリック、この間の借り返させてもらうぜ。なに、お前が出るまでもねぇよ」


「まぁ、男の友情!」


「待って、リチャードさんマジ待って。やらなくていいから、後、警邏のあなたが喧嘩するのはまずいでしょう?」


 リチャードさんは、サムズ・アップしながら歯を光らせ言う。


「何、先に喧嘩を仕掛けたのはこの男だ。ちょっとおとなしくして貰って勾留してやるぜ。さぁ来いよデカブツ! お前なんざ剣はいらねぇ、素手で十分だ!」


「舐めやがってぇ!!!」


「やめてタコさんー! その人ガチで強いんだって!!」






 三十秒後、きっちりタコさんはのされ、リチャードさんに連行された。ああ、言わんこっちゃない。


「あの方も強いんですのねぇ」


 この際、ジャスティーナさんのターゲットがリチャードさんに移ったりしないだろうか。彼には気の毒だが、僕は僕の安全を優先したい。


「ええ」


 だが、言いかけたその時である。


「じゃが、やつよりワシ、ワシよりこの御方ウィリック師匠のほうが百倍強い」


「ジジムムさん、あんたまだこの街にいたのか!?」


 ジジムムさん、リチャードさんに卑劣な手段で勝った剣士である。その後僕がさらに卑劣な手段で勝ったのだが、そのときの打ち所が悪く、今まで入院していたのだ。


「昨日退院したばかりよ! ウィリック殿にフルボッコにされてからずっと入院しておったからな!! 一時は命が危なかった!」


 その件は、その件は後で謝るから言わないで!! ジャスティーナさんが凄いキラキラした目で僕を見ている! 超やばい!!


「ですから! ワシをぜひ弟子に!! その死体に鞭打つ姿勢に惚れた!!」


「ああ、男に惚れられるほどの男……!! やはりウィリックさんは私の理想の……」


「違うから! ああ、もうちっくしょー!」


 とまで言った時だった。そう、致命的な人が来たのだ。


 まず、鉄の棍棒がジジムムさんの眉間に突き刺さる。


「ぷげらっ」


 という声を上げて、ジジムムさんは昏倒した。そのジジムムさんを踏み越えてやってくるは多大なる殺気! 僕でも分かる殺気!


「ウィリックさん! その女! なんなんですか!!」


 おなじみの恋するバイオレンス、ナニーさんだった。


「ナニーさん、いつも思うんですけどあなたは言葉を発するのに拳が要るのですか!?」


 攻撃をいなしている相手は、もちろんナニーさんだ。正直ここにきては欲しくなかった。ここでパンチを貰って倒れれば、とも思うが、ナニーさんの攻撃には必ず追撃が来る。死にたくはない。


「だって、こうでもしないと、私の気が、済まない!!」


「あなたはいつでもそんな感じですよね!?」


「敵が多いのですね、ウィリックさんは! ……それはそれで男の生きる道!」


 ジャスティーナさんあなたは何でもかんでも好意的に取らずに少し空気を読む癖つけましょうね!?


「第一私の事どう思ってるんですか!!」


「この際言っておきますけど、あなたこれっぽっちでも好かれてると思うんですか!? 少しは過去を振り返りましょうよ!?」


 ナニーさんは全力の拳を振りかぶりながら。言い切る。


「私は未来しか見ない! 幸せな未来しか!」


「この人ダメだー!」


「ああ、この、強いのだけど女の人は決して殴らない紳士的なウィリックさん……そして、私との愛の為に愛を断る、なんてロマンティックなんでしょう!! これはもう一曲歌うしか!」


「ちょ、ちょっと待って!?」


 本格的にまずいことになった! その時の事だった!!





「ヘイ! ミスジャスティーナ! ユーの歌はアートじゃない! そのテロリズムは阻止させてもらうよ!!」


 ずんずんずんずーん♪ずーんずんずずずーん♪ずんちゃっ♪


 いつものダイケルダンスの音楽とともに、路地から一人のいかつい男が現れる。


 その反対側の路地からもいかつい男が現れる。


 男たちは、睨み合うが、その中央からダイケルダンスで踊るダイケルさんが登場。


 結局二人はいがみ合いをやめ、集団ダンスしながら近寄ってくる! なんという茶番!


「きょ、今日のダイケルダンス演出細かいですね!?」


「ヘイ! ミーは修行の末、ダンスのバリエーションを増やし、なおかつダンスしながら少しずつ移動することが出来るようになったよ! さぁ、ユーたちもダンスに巻き込まれるといい!!」


 ダイケルダンスのなんとすごいことか、ローレライのジャスティーナさんも巻き込み壮絶なダンス。


 なお、その渦中でジジムムさんは生死の境をさまよっていた。






「ただいまー。疲れました、結局今日は手伝いできませんでしたね」


「おう、お前疲れるほどナニしたんだよ。ヒッヒッヒ。良いよ、今日はダイケルも休むって言うから臨時休業にしたし」


 疲れた理由は他でもないダイケルダンスなのだが、もう言うまい。確かに世話になったのでぎりぎり瀕死ですんだジジムムさんの容態を見送ったら、二人で屋台のポトフで乾杯してきたのだ。


 休める上に謝礼を貰って嬉しいのだろう。下世話なブイローさんを放っておいて、別の話題に突っ込む。


「なんか隣騒がしそうでしたね。荷物を出したり入れたりしていました」


「おう、何でも引っ越しらしいぞ。入居者を追い出してそこにいきなり住むんだと。隣のやつはホクホクしてたから大分貰ったんだろうな、あやかりたいぜ。ちなみに俺もさっきお騒がせの付け届けで引越し業者からこれ貰った」


 ブイローさんがホクホクの笑顔で取り出したのは一本のブランデーだった。ワインを蒸留して木の樽で漬け込むなんて贅沢の極みだ。


「うわ、凄い、どんな金持ちが入ってくるんです……か?」


 自分で言ってて、すごい不安になる。


「だぁりぃーーーん!! やっぱり待ちきれずにこちらに越して来てしまいましたぁ!!」


 笑顔で店の前に立っているのは、気が早いよウェディングドレスはという姿のジャスティーナさんだった。アウレンさんがいたら確実に気絶しただろう。


「では、この喜びを歌に乗せて――」


「やめろーーー!!!」


 僕はもう、遠慮はいらないだろうとばかりに心から突っ込んだ。




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