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十五話 ナニーさんといっしょ

「ちょっと待って、何の冗談!?」


 どんどんどんどんと激しく扉を叩く。だが、帰ってくる声はない。


「ありえない、この状況は有り得ない! リテイク、リテイク!」


 ドアノブを回すが、回る気配すらない冗談じゃないぞ!


 街外れの廃屋で、僕はナニーさんとふたりきりだった。


 遠回しな自殺ともいう。





 時を少し遡ろう。


 僕はナニーさんとサ・バーンさんそしてダイケルさんと街外れの廃屋にやってきていた。


「案外まだしっかりしていますね、広いですし」


「ヘイ、改造したらまだ使用には耐えるんじゃないかな?」


 診療所があまりに手狭だということなので、ダイケル家で使わなくなっていた家屋を再利用できないかと、物件を見に来ていたのである。


「へぇ、これは、だいぶ凄いですね」


 ロッドにかけた魔術の明かりをかざすのはナニーさん。ランプでも悪くはないのだが、油を使う割に明るくないので、街の灯屋さんで買うのが一般的だ。僕の魔術はちょっとお高すぎる。


「……ちょっと、暗いですね、怖い」


「昼間でも暗いのは、鎧戸が全部閉まってるからかなぁ?」


 ダイケルさんから聞いた情報には不吉なものもあったのだが、サ・バーンさんに教えて良いことでもない。


 そこで、ガタガタという音を聞いた。ダイケルさんがそちらの方へ歩き出す。


「どうやら、何かいるようだ。ちょっとそこで待っていてくれたまえ」


 ダイケルさんは暗闇の中を歩いて行く。紙袋を常に被っているあの人は、目が見えなくても気配で物がわかるという謎の特技を持っていた。


「……遅いですね。ダイケルさんですから何が起こったってことはないでしょうが」


 その時である。


「きゃあああああ!!!!」


 絹を裂くというか木綿でも裂いてるんじゃないかという女性の声が奥から響く。


「ギョギョーーー!!」


 そこで驚いたのはサ・バーンさんだ。ギルマンは驚くとすぐ逃げ出す。しまった、すっかり油断してた。サ・バーンさんは閉まりつつある扉の隙間を縫ってダバダバと逃げ出してしまった。って、え?


 そして、扉は固く閉ざされたのである。なんて恐ろしい。






 恐ろしい、何が恐ろしいかっていわくつきのこの物件より、目の前で起こっている怪奇現象より、背後でもじもじしている恋するバイオレンスが恐ろしい。


「ウィリックさん、どうしましょう。怖いっ!」


 怖いと言いつつ僕に向かって飛んでくる右ストレート、それを僕はなんとか払う。超痛い。


「怖いとか言いつつ暴力振るうのやめてもらえませんか?」


「だって! 愛が! 湧き起こって!」


 連続攻撃を何とかいなす僕。最近多少の身は守れるようになってきた、ダイケルさんの喧嘩教室のお陰だ。


「と、とにかくダイケルさんを探しましょう! このままだと僕の身が持ちません!」


「身が……もう何考えてるんですかぁ!!」


 飛んできたハイキックを僕は避ける。


「少なくともあなたが考えてるようなことは考えませんよ!?」






 廃屋はだいぶ広い。基本石で作られており、時折土壁が使われている。窓は大体がはめ殺しになっていて、更に鎧戸も閉められて中は大分暗い。どことなく監獄を思わせる作りとなっていた。


「確かに、よく見ると不気味ですね……参った、階段、上と下があるや。ダイケルさんどっち行ったと思います?」


「上に足跡が見えますね」


 二人で、きしむ鉄階段を登っていく。埃が逆に少ないのが余計不気味だ。


「ところでナニーさん。ちょっと雰囲気に耐え切れないので、失礼な話を聞いてもいいでしょうか? 今までにもお付き合いした方っているんですよね?」


 ナニーさんに暴力を振るわせないためには、テンションを落とすのが一番いい。僕は、このいつ殴られるかわからない緊張感に耐え切れない。


 ナニーさんは少し考えた後、口を開いた。


「ええと、三人ですね。でも、いつも悲恋ばっかりで、好きになった人はいつも遠くに旅立ってしまうんですよ、まるで風の様にどこへとも知らず」


 そりゃそうだ。普通は尻に火が付いたように逃げ出すし、追いかけられでもしたら目も当てられない。みんな文字通り必死だったんだろうなぁ。


「ああ、なんて私は不幸な女なのかしら」


 いえ、あなたが不幸にしてるんです。しかし、彼女もそう考えると不幸だ。心の病さえ無ければもう誰かとゴールインしていたのではないだろうか。


「む、小さな客室が続いてますねこの廊下長そうだ」


 長い真っ直ぐな廊下に小さな客室が続く。なるほど、この構造は病院として機能させやすそうである。


「とりあえず……奥まで行ってみましょうか」


「はい、そうですね」


 ひたひた。と歩いて行く。む、間が持たない。というか、雰囲気がちょっと怖くなってきた。肌寒いし。


「ところで、ナニーさんはいつどこでサ・バーンさんと出会ったんです?」


 そこは、疑問に思っていた所だ。不思議すぎるだろうあの環境。


「あ、ええ。アレは私が三番目のボーイフレンドとお付き合いしていたところです」


 どつきあいの間違いではなかろうか。


「デートということも相まって、私は感極まって路地裏でグッチャグッチャになるまで殴り回してました」


「……うわぁ。殴られ慣れてない人を殴るのマジやめようよ」


「いえ、その方は地方格闘技大会の準チャンピョンでした。ストリートファイトで知り合ったんです。逞しい方でした」


「それを殴り倒してたの!?」


 この人どんだけ強いんだ!? そしてよく僕生きていたね!?


「はい、そこでサ・バーンさんが現れて」


「ああ、止めたんだ」


「いえ、逃げました」


 そうか、そりゃそうだよね。ギルマンだから傷害事件に出会ったら逃げるよね!


「ですが、その後。警邏の人が現れて取り押さえられたんです。どうやらサ・バーンさんが警邏に連絡を入れたらしくて……」


 サ・バーンさんの一欠片の勇気に敬礼。彼の勇気は一人の人の命を救ったのだ。


「その時私を圧倒した警邏の人も格好良かった……ただ、恋人がいたらしくて、失恋だったわけですけど」


「ああ、なるほど、リチャードさんか」


 あの人なら多分ナニーさんに勝てる。そして、恋人がいて良かったね! 真面目に!


「そしてその後、投獄中に診察を受けて、病気だと診断を受けたのです」


「あ、その行為病気だと知ってたのね」


「はい、私はいつか人を殴らず愛すのが目的なのです……きゃっ!」


 ナニーさんの黄金の左を、僕はしゃがみこんで避ける。


 ぱっかーん! という、小気味良い音が響いた。


「……へ?」


 僕が後ろを振り向くと、そこにいたのは、骨。頭部を失った骨が、カタカタと体を鳴らしている。


 ぎぃぃ、ぺた、ぺた……。


 あちこちの扉が開き、そこから、腐った体の死体が、歩いてくる。


「ぞ、ゾンビにスケルトン!? なんでですか、なんでそんなものが!?」


 僕も、怪談でしか聞いたことがない。死体が歩き出すという話。何でも怨念が凝り固まっている場所では、湧いて出るのだとか聞いたが、なんでこんな所に死体が湧いているんだ。


「な、なんででしょう? この辺墓地近かったかしら」


「そもそもこの地方土葬なんですか!?」


 土葬は遥か昔の風習だ。今はこのゾンビ防止に、骨までこんがり魔術で焼いてしまうのだ。そうして砕いてから墓に埋める。省スペースで何代にも渡って墓が使えて人気である。


 だが、そういう解説をしている場合ではない、僕らはゾンビやスケルトンに囲まれてしまっている。


「こ、これ……効くのか?」


 懐の中にあるボンボンを取り出すが、やばい、勝てる気がしない。


「ウィリックさん……行きますよ! やぁっ!!」


 そこで飛び出し、手にしたロッドでゾンビを殴りつけ、昏倒させるナニーさん。うぉ、頼りになる!?


 わずかに開いた囲みから、僕らは飛び出し、一気に階段まで駆け込む。


「いちいち降りてられませんね! 飛び降りましょう!」


 手すりを飛び越え吹き抜けから階段を無視して一気に飛び降りる。ナニーさんもそれに続く。


 ゾンビたちもそれに続く。……って、うぉい!?


「け、軽快だ!?」


 僕達がダッシュをすると、彼らもピッチ走法で追ってくる!


「軽快すぎるだろうおい!?」


 そして僕らとゾンビたちの徒競走が始まった!






 鬼ごっこは熾烈を極めた。


 僕らが逃げ回れば彼らは追いかけ、時折魔術で転ばせ、ナニーさんがロッドでぶん殴る。流石に素手では殴らなかった。


「扉やっぱり開きません! 窓も無理です!!」


 殴ってたナニーさんが言う、もうロッドはボコボコだ。


「地下! 地下になにか繋がってるかもしれません! 行きましょう!」


 降りると、そこは広い空間になっていた。石造りの、まるで遺跡のような……。


「じゃない、これ、遺跡だ! 地下墳墓とつながってたんだ!! この廃屋の持ち主一体何をやっていた人なんだ!?」


「ゾンビ迫ってきますよ!!」


「走りましょう。うん、墳墓の中央から、何やら音が……」


 ずんずんずんずーん♪ずーんずんずずずーん♪ずんちゃっ♪


 もう、聡明な方は音だけで見当がつくだろう。


 ダイケルさんがゾンビやスケルトンと一緒に一大ダンスパーティーを開いていた。


 僕らの後ろからやってきたゾンビたちも、ぞろぞろとその列に加わりに行く。ダイケルダンスは死霊には効きやすいのだろうか。


「帰りましょうか……」


「ええ……」


「待ってくれたまえユーたち! ミーも必死なのだよ!?」


 ダイケルさんの叫びを無視して、僕らは帰っていく。


 結果として、討伐隊が結成されるまで二時間彼は踊り続けたという。






「……と、いう話は置いといてですね」


「ミーはまだ根に持ってるのだが、ユーはひどい」


「だから、僕らじゃどうにも出来なかったじゃないですか、あれ。煮玉子もう一個つけるから許して下さいよ」


 僕とダイケルさんは、屋台でラーメンをすすっていた。無論僕のおごりである。


「あの館の持ち主、いわゆるダイケルさんのひいお爺さん何者だったんですか?」


 そう、そこだけは気になっていたのだ。普通あんな地下墳墓の上に家は建てないし、そもそもあの湧いていたゾンビの見当がつかない。


「うむ、グランパのパパはどうもずいぶん強欲な人物だったらしくてな、盗掘が狙いだったらしい。そこで墳墓の上に家を立ててこっそり探索をしていたのでが、ろくなものは見つからず。霊の怒りだけを受けたようだ」


「はぁ、それで、あの呪われた家なんですね……となると、そのひいお爺さんは」


 ダイケルさんはチャーシューをつまみながら答える。


「うむ、呪いで死んだ。満九十歳の誕生日に、ポックリとな」


「……それは大往生でしたね」


 結論、ダイケル一族はタフらしい。




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