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十話 サ・バーンさんといっしょ

 にゃーにゃーとウミネコの群れが遥か上空で鳴きまくる。


 遥か高い、遮るものもない太陽を見上げ。僕は呟いた。


「どうしてこうなった」


「分からない」


 僕はサ・バーンさんと二人絶海の孤島でただ呆然と立ち止まっていた。


 俗に言う無人島遭難である。






 事件は数時間前に遡る。


 僕とダイケルさん、サ・バーンさんとナニーさんは漁港まで来ていた。船から直接魚を買い付けに来たのと、その手伝いだ。サ・バーンさんは荷運びを手伝うと一食浮く約束をしていた。


「んじゃあ、とりあえず。この魚の箱を……」


 と、まで言ったところでである。


 どぉおおおおおん!!


 巨大な音とともに、星が落ちた音がした。これは大分大きい。


 僕は慌てず騒がずサ・バーンさんを転ばせようと足にヒモを引っ掛けた。これが、まずかった。


 足元が滑って、つるりと転んでしまったのだ。その拍子に手首にヒモが絡まってしまい、手放せなくなる。


「わっああっ……!?」


 サ・バーンさんが向かっているのは海、遙かなる大海原。


 僕は、海の中をダイナミックなバタフライで泳ぐサ・バーンさんに引きずり回され、全身をしたたかに叩きつけられた。水って痛いものなんだね。


「そうして、サ・バーンさんがむやみに泳ぎまわった結果が、この絶海の孤島ですよ。見渡す限り大海原で、五歩も歩いたら端っこまでいけちゃう、絵本で読んだような島ですよ。きっちりやしの木が一本だけ丁寧に生えてますよ」


「うむ、街の影すら見えないな」


 サバと二人で無人島生活、って字面だけでもうまずい。何がまずいって生きていける気がしない。


「泳いで戻るか?」


「陸にたどり着く確率が五パーセント切ってる時点で嫌です。途中で溺れ死にたくない」


 ここが現在どの地点かわかれば良いのだが、残念ながら磁石と星見表は今、自室の中だ。


 僕はローレライだから遠泳自体は得意なので、泳いで陸地まで辿り着くのは難しくはないだろう。……だがその方向に陸があればの話である。


 魔術学院の研究によれば、この世界は丸く閉じていて、海がほぼ九割九分を占めているらしい。つまりむやみに進んで陸にぶち当たる可能性は、ほぼゼロパーセントだ。


「……とりあえず夜を待ちましょう。そうめちゃくちゃな距離は進んでいないはずです。夜になればハーヴリルの街の灯が見えるはず……運が良ければ誰かが探してくれるはずです」


「そうだな、それに期待して、今は待とう」





 ざざーん。


「暇ですね」


「暇だな」


 とりあえず、今持っている持ち物を確認しよう、と言ってもそう多くはない。


 上着のポケットにずぶ濡れのハンカチが一枚、とりあえずこれは干しておく。こういう時何の役にも立たない財布と中に銀貨が五枚と銅貨が四枚。大金は銀行に預けたのだ。


 小型のナイフが一本、やった、これは使える。魚の買い付けに来たんで、貝を割ったり捌いてみたりする可能性があると思って持ってたんだ。切れ味も悪くない。


「あとは……ボンボンが、ああ、三つくらい包の中でぐしょぐしょになってる。これはすぐ食べちゃわないとな。あとは、厳重に耐水で持ち歩いてるのが十個位か……これは生命線だな」


「ところで前々から思っていたのだがね、君。そのボンボンを魔術の代償に使うというのは、少々効率が悪く無いか?」


 痛いところを突いてくれる。まったくもってその通りだ。


「だけど、魔術の代償って一度決めたらやり直しが効かないんですよ。残念ならが僕は魔力を持ってませんでした。ですので、その時、ある程度大事なものとして……ボンボンを。当時はまだ子供で、価値を知らなかったんです」


 神の力を借りる奇跡である魔術は、基本的に子供の時習う。そして、その時に契約をするのだ、何を神に捧げるのかを。……その時に、魔力の才能なしと判断された僕はあろうことかボンボンを選んでしまったのだ、後悔してもし切れない。


「僕、ボンボン大好きなんですよ!? それをなんで投げなきゃいけないんですか!! 悲しすぎますよ! ちくしょう!?」


「分かった、分かったから迫らないでくれ、あと怖い」


 僕は、サ・バーンさんが逃げないようにがっちり顔を押さえて迫っていた。ここで逃げられると多分この人一生街に帰れない。


「話を変えましょう。確かに暇ですしね……ちょっとしょっぱい」


 口の中に、溶けかけのボンボンを一つ放り込む、一瞬しょっぱいが、甘い。おいしい。


「そうだな、何の話をしようか」


「そうです、僕聞いてない話がありましたよ。サ・バーンさん借金ありましたけど、毎日施療院は忙しいじゃないですか? どうして借金なんてしたんです?」


 建物にお金をかけた形跡は見られないし、浪費家でもない彼の借金は、前々から不可解だと思っていたのだ。


「ああ、それは……私がこの街に定住した。そう、かれこれ十五年位前の話だった」


「え? だいぶ古い話ですね」


「……ああ、私は当時まだ未熟で、ついつい口車に乗って、ギャンブルに手を出してしまった。それは大金を賭けたギャンブルだった」


「なるほど、その時負った借金が、払い終えてなかったんですね」


 サ・バーンさんは深く沈んだ表情をして、俯く。サバの表情など分からないのだが、その時は分かる気がした。


「いや、それは勝った」


「勝ったのかよ!?」


「そして、施療院を立てて真面目に暮らし始めた。だが、あまりに莫大な金を手に入れたため……」


 僕は息を呑む。なるほど、それで金銭感覚が狂って贅沢したのか。


「使い方が分からず、適当に放置していた。ちなみに借金は施療院の運営がうまくいかずに治療代の加減がわからず経営が適当だったためにジリジリと出来たんだ。最近はその辺は助手のカタクチ君がやってくれている、凄い助かる」


「最後ものすごくまっとうな理由でしたね。どうしてそんなになるまで放っておいた」


 あとあのイワシさん、そんな名前だったのか。


「とてつもなくどうしようもない理由だということは、分かりました」


 あまりギルマンと真面目に喋るものではない。僕はため息をついた。






 その夜。僕は島の周りで捕れたウニを割り、食べていた。サ・バーンさんはパノミーを食べている。飲み物はやしの実をナイフで穴を開けて飲んでいた。ローレライとギルマンなのでいざとなったら海水でも良いのだが、できれば正体はバラしたくない。


 男のローレライなどバレたら翌日には剥製か見世物小屋だ。あまり大胆にバレたらこの街にはいられないだろう。


「しかし、見えませんね、街の灯……」


 深刻なのは、むしろこちらの方だった。どんだけ泳いだんだこのサバ。


「うむ、これは厳しいな、船が通りがかるとは思えないし」


「もう、これは通りすがりのローレライに賭けるしかありませんね。見かけたら、僕は明かりを灯しますが」


 見つけてくれれば御の字だ。何とか頼み込んで陸まで送ってもらおう。


「では、監視してるとするよ、私はギルマンだから寝なくてもいいしね。一人寝が寂しかったら言うといいが」


「どうあってもサバに頼むことはないです」


「ヒラメのほうが良いかね?」


「要りません。……と、そう言えば、ヒ・ラメイさんって息子さんなんですよね?」


 サ・バーンさんは頷きながら言う。


「うむ、不肖の息子だ。生まれた時は兄弟も数万匹はいたと思うんだが。まぁ、色々あってあいつ一人だけが今いる」


 大自然だなぁ。厳しいなぁ。あんまり想像したくないなぁ。


「奥さんもいらっしゃるので? って、まぁ、いますよね」


 このギルマン、なんと恐ろしいことに一夫一婦制である。最初の産卵会で集団見合いをして相手を決め、それ以後はその相手とだけ産み合うという。まぁ、二度産卵するギルマンは稀らしいと、聞いた覚えがある。あまりに余分な知識だ。


「うむ、家内は……」


 と、サ・バーンさんは俯いた。暫く沈黙が続く、触れてはいけない所に触れたのだろうか。


「家内は……家内は」


 数回呟いて顔を上げ。


「思い出せない」


「ならそう言えよ!!」


 まぁ、結構いい加減な種族なのである。






 翌朝。


「結局朝まで何もなかったですね。このまま待つのは建設的じゃないですし……どうしましょうか」


「ふむ、では、頼んでみるというのはどうだろう」


 まじめに言うサ・バーンさんに僕は訝しげに答えた。


「頼む? 誰にです?」


「すまんが、頼んで良いか?」


(……まぁ、答えてやらんでもない。我が背に乗る小さき者共よ)


 なんだこれ、頭の中に直接声が響いてくる、すごく大きな声だ!


「え!? だれ!? どこから……」


(私はここだ、君たちの足元だ。よく見給え)


 僕はよく目を凝らす。小さなサンゴが堆積した島に、サンゴ礁が、ずっと遠浅で……いや、その下に何かあるぞ。これって……。


 その時、島が動き始め目の前から勢い良く潮が吹いた。


「……こ、これ、くじらですか!?」


「そうだよ、気が付かなかったのかね?」


(気が付かなかったのかね?)


 ダブルで突っ込みをされるが、サ・バーンさんはもっと早く言おう!?


「僕は、流石に旅でくじらに出会うとは思わなかったので全然くじらについて知らないんです! 喋れたんですか!?」


「いや、正しくはテレパシーをするのだ。かなり高度な知的生命体だが、非常に好戦的でローレライに喧嘩を売っている」


(そして、我々くじらは勝利したものに我々を食する権利を与えるのだ。弱肉強食、それこそこの大自然の掟、絶対不文律、汚してはならない)


 熱弁をする彼らくじらには黙っておいたほうが良いだろう。



 ローレライはくじら肉が大嫌いで人間に譲り渡し、概ねくじらは人間の食卓に上がることを。





 僕らは、大海原をくじらに乗って陸地に向かって進んでいくのだった。





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