九話 砂糖の町と運悪き男の買い物
「こんにちは、おばーさん」
「あいよ、ブイローのとこの坊や、こんにちは」
むくつけき大男やギルマン達が、そこいらに座ってドンブリから麺をすすっている中、僕はちょうど前に食っていたギルマンが立ち去ったのでカウンターの席に座る。座ってしわくちゃのおばあさんに挨拶をした。この店の店主だ。
ここは、いわゆるラーメンの屋台だ。ムブリの麺を茹でてスープに浸し、チャーシューや海藻などを添えて食う食べ物である。この店では細切りの竹も食う。
僕は休日はこうして食べ歩くのが好きだった。この屋台は昼と夜中に開いてるので、夜食に来たりもしてなんだかんだで四回目になる。ブイローさんに連れて来られたのだ。
「はい、また食べに来ました。さて、今日はどうしようか」
悩んでいると、僕の横にもう一人座った。ギルマンはだいたいでかいので一人帰ると二人分の席が空く。
「やぁ、ウィリックじゃないか」
「ああ、リチャードさん、こんにちは」
隣に座ったのは、警邏隊に所属しているリチャードさんだった。僕は何度か警邏のお世話になるような事件に巻き込まれているため、その度お世話になっている。その時親切だったのがこのリチャードさんだ。実直で良い人である。
「そっちは……そうか、銀貨袋亭は水曜休みだったな」
「リチャードさんは、お昼休みですか?」
「いや、俺は夜勤明けで今から明日いっぱいまで休みだよ。飯食って体力つけて寝ようと思ってね。よし、奢るよ。ばあさん、俺チャーシュー麺の大盛り」
「あ、すいません。じゃあ、僕はワカメラーメンを」
「おいおい、若いのに遠慮すんなよ」
「じゃあ、ワカメ二倍で」
好きなのである。別に気にしないでいただきたい。
「あいよぉ」
「それにしても、ずいぶん気前がいいですね。警邏儲かるんですか?」
彼は、腰に下げている剣の鍔を自慢気に鳴らして笑った。
「いや、俺の場合はどっちかって言うと荒事を片付けてる件数が多いのさ。ヴェイン疾風一刀流師範は伊達じゃないよ。だから、俺は剣術教官の手当も入ってるから余計に稼げる……あと」
彼は下を俯いて、一言。
「まぁ、独身貴族だから、さ」
「まぁまぁ、リチャードさん良い人いるんでしょう?」
「それがあんまり手応えが、なぁ……うーん」
「男二人で湿っぽい話してるねぇ、ほら、チャーシュー一枚ずつおまけしといたよ」
この店、チャーシューをおまけして貰わなかったことがないので、基本は三枚ということなのだろう。リチャードさんはどんぶりを覆い隠さんとするチャーシューである、僕は、ドンブリから溢れそうなワカメである。好きだから良いじゃない。
「とりあえず食べましょ、伸びちゃう」
男二人肩を寄せ合い麺をすする。光景こそ悲しいが、僕はこれで結構幸せだ。
「ほんっと、ここのラーメン美味しいですねぇ。スープが違うんですよスープ」
「ヒッヒッヒ、褒めたって何も出ないよ。ほら、タマゴ食いな」
「いや、出るなら出したいんですけどね。これ、何から出汁とってるんです? エビと、ホタテと、鶏ガラまでは分かるんですけど……」
「そっから先は坊やでも企業秘密さぁ……ヒィッヒッヒ」
うん、ここのお婆さんは本当に怪し優しい。タマゴが僕のどんぶりに二個追加された。だから、あんまり最初から要求しなかったのだ、食えなくなっちゃう。
「んで、リチャードさん前自慢してたじゃないですか? 『俺もうすぐ結婚するんだぜ』って」
「……いや、それがね、今ちょっと喧嘩中でさ。俺はあんまり女心が分かんないのかなぁ? どうしてもここぞって時に失敗しちゃうんだ」
「それ、ちょっと放っとけない話ですね。なにか対策ないんですか?」
「おう、もうすぐ彼女の誕生日だから、海原の月夜亭に予約はとってあるんだけど……プレゼントどうしたもんかなぁってな」
チャーシューを頬張りながら言うリチャードさんに、僕はワカメを頬張りながら聞き返す。玉子二個、結構重い。
「それ、いつなんです? 近かったら今日中にでも選んでおかないと」
「明日」
「それ早く言いましょうよ。……良いですよ、暇ですし手伝いましょう」
「ありがとう、いや、どうしよっかって本当に困ってたんだ。夕飯でも奢るよ。婆さん、お勘定」
「はいよ、大盛りチャーシュメンとワカメラーメンワカメ増しと煮玉子二個で銅貨五枚と鉄貨六枚ね」
この婆さん、こういう人なのである。
商店や露店商が活気づけている中央市街までやって来ていた、ここは砂糖の取引もあってかなり賑やかに商売が行われている。安く、しかも良い物が欲しいならここだ。
「さて、とりあえずマーケットまで来ましたけど、何を見て回りましょうかね。順当なところは……」
「ウィリック! 見てみろよ、この露店。魔剣がこんなに手頃な価格で並べてあるよ。……俺、剣はそこそこ良いの持ってるけど魔剣は持ってないしなー」
「まじめにやる気ありますかリチャードさん」
「グーを握らないでくれ。分かってる分かってる、だが、気になるだろう? 金貨七枚だってよ……手頃じゃないか?」
確かに、普通の長剣でも金貨二枚するのだからそれは破格だ。
「それ、偽物じゃないですか?」
「ヒャッヘッヘ、とんでもない、うちは全部本物だよ」
小男で眼帯といういきなり偽物臭い人物である。偽物だったら非番とはいえ警邏のリチャードさんがいるのだから、一言言って立ち退いてもらってもいいのだが……。
「あ、これ、本物ですね。内容までは分かんないですけど結構な魔力です」
魔力は見える。慣れは必要だが、慣れれば目を凝らせば大体の事は分かるものだ。ローレライとして育った僕は、いつも魔法の品を見てきたため、そういう目はそこそこ肥えていた。
「ヒャッヘッヘ、そうでしょう、そうでしょう。今なら金貨五枚にしても良いですよ」
……そこまで安いと、逆に怪しい。
「これ、何の魔術がかかってるんです? 何か切れ味が良くなるとか、刃が欠けないとかですか?」
「オーソドックスなところだな」
「ヒャッヘッヘ、そんなケチなもんじゃありません。この剣、振ればたちどころに離れた相手が死にます」
怪しい小男は揉み手をしながら言ってくる。
「……そ、それは、なんというか」
「やたら物騒だな、確かに凄い剣なんだが、なんで売れてないんだ? 呪いとかあるのか?」
「いや、これ誰が死ぬのか分からないんです、これが! ヒャッヘッヘ!」
「危なかっしくて使えねぇよ!? ひょっとしてあれ、ここに並んでる剣全部そのレベルなの!?」
僕が言うと、商人はご丁寧に一つ一つ指さして伝えた。
「へぇ、こっちが、相手の親族が一人づつ、自分の親族が一人づつ死んでいく剣。こっちが、必ず相手を不幸にするけど自分も不幸になる剣。こっちが、相手は殺せるけど自分は死んだ方がマシってくらい破滅する剣です」
「リチャードさん」
僕は目を伏せて、首を振る。
「ああ、俺はちょっとこの場見張っておくから、警邏に頼む」
彼はひとまず御用。数々の物騒な剣は紆余曲折を経て国預かりになったらしい。
鑑定の結果、全部彼は本当のことを言っていた。正直は美徳ではない。
「なんか、物凄い時間食っちゃいましたね。今度こそ真面目に探しましょう」
「そうだな……やっぱ、基本は貴金属だろうか?」
そう良い、指輪を物色し始めるリチャードさん。
「僕は多少の見立ても出来ますから、まぁ、ハズレは引かないと思うんですけど、指輪って、仲直りのプレゼントにはすごく重くないですか?」
「う……」
「今、見回したところファンシーで安いジュエリーはないですから、これで渡すとなったらほぼプロポーズですよ? リチャードさん相手の指輪のサイズ分かります?」
僕の言葉に、リチャードさんは言葉に詰まり、よろめいた。
「う、ぐ……なら、ブローチとかどうだろう」
「……まぁ、それで探すんなら協力しますけどね」
そして、二時間ほどが過ぎた。僕達は色々歩きまわったが、ヒビの入った翡翠とか、虫入りの琥珀など、渡せる訳のない品から拳大のサファイアなどという天文学的なものまで見つつ……。
「こ、ここまで予算と状況に折り合いがつかないのは珍しいですね。この前見て歩いた時は、良さげな店もあったのに……ジュエリー諦めません?」
「そ、そうだな。他に何がある? 花とかどうだ?」
僕は沈痛な面持ちで首を振りつつ。
「言うと思ってマーケットを見てたんですけど、今日、花はありません。あっても明日まで持たない感じです。あれ散っちゃう」
どうも、妙に運が悪い。しかしどうしたものか。
「いっそ、砂糖菓子にでもするか?」
「ボンボンかぁ、でも、無くなっちゃうものはなぁ……花もだけどいまいち誕生日のプレゼントしては、弱くて。あ、でも、ちょっと待って」
そうだ、そういったものを売っている店が確か、あった。かなり外れにある店だけど。
「それなら、あれですよ! ボンボン入れ買いません? 中にボンボン詰めて渡すんです。これなら無くなったあとも宝石入れとかに使えますし、ちょっと良い物買いましょうよ? 予算は大丈夫です?」
「おお、こちとら懐は暖かい。何しろボーナスが出たばか……」
「何だ、ちょっと待て、その間は」
リチャードさんは懐をしきりに漁ってから青ざめた表情で。
「財布、落とした」
「こらああああああああ!!!」
僕の叫び声に辺りのギルマンは逃げ出した。
「雨が振ってきましたね。露店はいい加減閉まってる気がします」
大降りの雨が降りだした中、夜の準備中だったラーメン屋のお婆さんが見つけていた金貨の詰まった財布を取り戻した。危ない、親切なお婆さんじゃなかったら取られていただろう。
ただし二割お礼を要求された。
「まぁ、それで済んだと思いましょう、もうずぶ濡れですから何も言いませんけど……そのままボンボン入れ買っちゃいましょう」
「お、おう、ごめんな? 後で飯おごるからな?」
「できれば個人風呂も……風邪引きたくないので」
僕らは、だんだん強くなる雨脚の中、店へと向かう。
「りちゃーーーーーどさぁああああああんん!!!」
「なんだっぁあああああああ!?」
叩きつけるような暴風雨の中、転ばないのが精一杯の足をジリジリ前に進める。
「もう無理ですよ、諦めましょぉおおお!?」
「嫌だぁあああああ! こんな所で諦めてたまるかあああああ!!!」
更に雨脚が強くなる。露店はどこも畳まれ、どこの店もクローズ。ぶっちゃけ件の店が開いているかも分からない。
「もう今日のこと話したら許してくれますってぇえええええ!!!」
「もうちょっと、もうちょっと付き合ってくれたらレストランでおごるからあああああ!!!」
「もうレストランが開いてませんよおおおおおお!!!」
僕らが、カンパチギルマンがやってる店で、箱と中に入れるボンボンを買った後に雨はやんだ。
「あ。朝日だ……」
長い夜は開けていた。
「……で、なんでフラれたんです?」
次の日の深夜。銀貨袋亭でやけ酒を飲んでいるリチャードさんに僕は冷たい言葉を投げかけた。
「だって、だってよぉ……」
彼は、テーブルの上にラッピングされたボンボン箱を置き。
「あの雨で、土砂崩れが起こって……子供が生き埋めになってるって聞いたら、手伝いに行かないわけには、それがさっきまでで……」
僕は、優しくリチャードさんの肩を叩く。
「リチャードさん……今日、飲みましょう。もう閉店するから河岸を変えて。おごりますよ」
彼は、結婚という転機より、尊い一人の命を守ったのだ。
彼の男気に、乾杯。