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一話 医者と魚と女と借金

「ここが、ハーヴリルの街か」


 僕は大通りの真ん中で、往来の雑多の中、辺りを見渡した。


 かなり大規模な街だ。僕が旅してきた中では、中央都市の次くらいに大きい。


「さて、路銀も心細くなってきたし、やっぱり……料理店は、と」


 僕は料理人なので、稼ぐのならば雇ってくれる店を探さなければいけない。


 料理店があるとすれば繁華街の方だろうか、と足を進めたその時である。


「暴れギルマンよー! 避けてーーー!!!」


「へ?」


「ぎょぎょぎょーーーー!!!」


 僕が後ろに振り返るとそこには、魚がいた。


 サバの姿に雄々しき手足が生えていて、見事なピッチ走法で轟音を上げながらだばだばと突撃してくる。


 一種不気味なこの生き物はギルマンだ。


 ギルマンは魚に手足が生えた魚人であり、身体を覆う鱗は銅、ないしは鋼鉄で出来ていて、とても固い。


 そして、彼らは陸を走破する。彼らの足はちょっとした馬並みに早いのだ。


 彼はその大きな体躯、二メートル近い体長であるものが暴走し、いままさに僕に体当たりをかまそうかという状態だった。当たれば確実に死んでしまう。そして避けれない。


 僕は、来世はもっと良い人生が送れるようにと、神に祈った。





 全身を苛むような痛みで、僕は目を覚ました。


「はっ……!?」


 顔を上げると、そこにはギルマン。サバと目と目で見つめあう。


 ギルマンはまばたきできないので、必然的に顔を合わせると、得も言われぬ見つめ合いをすることになってしまう。


 これは、先ほどのサバのギルマンだった。何をふざけているのか白衣などを羽織っている。


「どうやら目が覚めたようだね」


 彼は、落ち着いた調子で僕にギルマン用聴診器を当てる。そういう需要は存在しているのだ。


「……あなたは、医者の、ギルマンですか?」


 そう、医者のギルマンは存在しないわけではない。彼らは技術職を好む生き物だ。人間も、特別彼らを蔑視したりはしないので、彼らは人間社会に深く根付いている。


「うむ、私はサ・バーンという。いや、私が轢き殺してしまったらちょっと寝覚めが悪かったよ」


「ギルマン寝ないじゃないですか」


「だよねー、はっはっは!」


 ここまで含めてギルマン・ジョークという。ぶっちゃけるとギルマンの生態を自虐したギャグと言うのだが、実際めんどくさい。


「あの……痛いところはないですか?」


 そこにナース姿の黒髪の少女が現れた。かなりかわいらしい。彼女は、微笑みながら僕の頬にそっと柔らかい手を当ててくる。


「あ、うん。……えっと、ここは? どうやら天国は見当違いなところみたいだけど」


 僕の軽口に、彼女はくすりと笑った。


「ご覧のとおり、小さな病院です。サ・バーン診療所といいます。私は助手のナニー」


「ああ、僕はウィリック。ウィリック・アメラルド」


「そうですか、良い名前ですね。それに綺麗なアメジスト色の髪と瞳……ハーフですか?」


 彼女がハーフかと聞いたのは。ハーフローレライかということだ。ローレライ……いわゆる人魚と人間の混血種は、よく存在する。


 人魚は魔法と呼ばれる奇跡を使い、海を支配している。彼女らに敬意を示して我々はローレライと呼ぶ。ハーフローレライはその子供、と言うことになる。


 そして、ハーフローレライは宝石色の髪と瞳を持つのだ。ローレライについては、いつかまた語ることがあるだろう。


「ああ、うん。ハーフローレライと言っても、魔法は使えないけどね。君も良い名だよ」


 ベッドから降りると、やはり多少痛む。多少痛むが、鍛えていないわけではない。身体は動いた。包帯巻きの体を見ているとサ・バーンさんが頷いて。


「一日ほど寝ていたが、一時はどうしようかと思ったが思ったより高い回復力で助かったよ。治療は、主にナニー君がやってくれたのだ、お礼を言いなさい」


 まず謝るべきはサ・バーンなのではないかと思ったが、止めておく。ギルマンを刺激するのは良くない。あと、ナニーさんが頬を染めたのも気になる、何されたんだ僕。


「はぁ、ありがとうございます。んじゃ、これを」


「あら、まぁ、ボンボン」


 小さな包みにくるまれたそれは、そう砂糖菓子、いわゆるボンボンである。舐めると甘く、貴重な品である。どのくらい貴重かというと、同じ目方の銀より高い。


 輸送コストと生産性を考えて、砂糖が貴重だと言うのは当然の話だろう。僕はその砂糖を求めてこの街までやってきていた。


「サ・バーンさんは……甘味嫌いですよね? ギルマンだから」


 ギルマンは人工的な甘味を嫌う。僕の知っているギルマンは皆そうだった。


「よく知ってるね、遠慮しておくよ」


「んじゃ、そろそろ僕はこれで……」


 僕は長いアメジスト色の髪をまとめたエメラルドの髪留めを触って確認し、近くにかけてあった服に袖を通した。幸いズボンは履いている。


 バッグを掴んだ、そのときであった。


 どぉおおおおん!!!


「きゃあっ!!」


 轟音とともに、激しい明かりが窓から見える。ナニーさんは尻餅をついた。よくあることだ、星が落ちたのだ。星は良く落ちるものだ。夜に空を見上げれば、流星群を必ず見かける。


 そして、予想できることがあった。僕はバックの中に手を突っ込む。


「ぎょぎょーーー!!!」


 サ・バーンさんが驚いて飛び上がる。


「ぎょぎょぎょーーーー!!!」


 患者の一人、イワシのギルマンが驚いて飛び上がる。そんな所にもギルマンがいたのか。


 二人共驚いて走り出し、ドアから逃げようとするが……。


 だんっ!! と僕は入り口の前で足踏みをした。逃げようとする彼らを威嚇する。


『ぎょぎょぎょーーーー!!』


 逃げ場を無くした二人は驚いて窓から逃げようとする。だが、窓は小さく。慌てている二人はなかなか抜けることができない。


「喰らえっ!!」


 そこに、荷物から引っ張り出した網を投げた。嬉しくない海鮮盛り合わせの一丁出来上がりである。


「よし、完了。やっぱ、ギルマンだよね」


 ギルマンは、まぁ、こういう生き物だ。揃って臆病。逃亡主義。何かが起こっては、驚いて、集団で走ったり泳いだりして逃亡して逃亡先でまた生活をする。ストレスにとことん弱い。大きな音には特に弱い生き物なのだ。


「すっごい、院長の扱いに凄く慣れてますね! ……前世からのソウルメイトですか!?」


「なんでそう言う考えが出てくるんだよ。昔ギルマンと共同生活していてね。師匠もだいたいこんな感じだった」


「ほほぉ、ギルマンを師匠と呼ぶということは、君も一芸持ってるのかね?」


「ええ、料理を少々」


 ギルマンはその見た目と反して、技術職を好む。だから、ギルマンには医者や料理人、職人などが多いのだ。ギルマンの労働者はどこの街に行っても見られるだろう。


 僕の師匠も料理人だった、魚が魚を捌くのは、何度見ても慣れない。


「ところで落ち着いたんだが、そろそろ網を解いてもらえないだろうか?」


「ダメ、もうちょっと落ち着くまでそうしていること。……ところで、そこのやたら元気そうにピチピチしてるイワシのギルマンさんは何者です?」


「彼はここの助手だったんだが……あることがきっかけで病気にかかってしまったのだ」


「病気ってなんです?」


 僕は、魚がかかる病気にはあまり詳しくない。


「うむ、ストレスで不眠症にかかっているのだ」


「って、今まで寝てたし! ギルマン寝ないでいいし! もう、何がなんだか」


 そのときどんどんと乱暴に扉を殴る音が響いた。


「おらおらおらおらぁ!! 開けろよ、サ・バーンさんよぉ!!」


『ぎょぎょぎょーーーー!!』


 突然の騒音にプルプル震えだすギルマンたち


「なな、なんです!?」


 僕が聞くとナニーさんは暗く沈んだ顔で。


「ああ、来てしまいました……借金取り立て人です」


 と、また、ベタベタに絶望的なセリフを吐くのだった。うわぁ、このギルマン借金あるのか。




「とりあえず、患者さんの迷惑なんでそのドアを叩きまくるのやめて下さい」


 鉄の扉を開けながら僕は言うと、外には鉄の棍棒を持った三人の男たちがいた。いかにも悪そうで、テンプレ通りだ。


 こちらもナニーさんと互いに鉄の棒を持ってはいるが、見た目からしてもう負けてるだろう。


「おうおう、優男なんて今どき流行らねぇぜぇ? おう、サ・バーンをだしなぁ?」


「出せない。彼らは今網の中でじたばたしてる、今開放すると暴走してどこまでもランナウェイしてしまう」


「オレたちはそれで構わないんだぜぇ? 俺たち最初からここの土地が目的なんだし」


「へっへっへ、兄貴の計画ではここに高級ショッピングモールが建つのさ」


「想定より斜め上の方向でベタベタだよ、こいつら」


 少し脱力する。しかし、そういう奴が相手なら手加減はいらないだろう。僕は密かに笑いをこらえた。


「ウィリックさん、実は凄い武術の使い手だったりするんですか?」


「しない」


「んじゃ、とんでもない攻撃魔術をぼかーんと使ったり?」


「しない」


「んじゃ、なんか、すさまじい兵器を隠し持ってたり?」


「しないってば」


 間を持つこと、数秒。僕は笑みを浮かべたまま。


「だからこういう時は、逃げるに限る!」


「ちょっと待てやゴルァ!」


 ダッシュに逃げようとする僕らを、鉄棒を持って襲い掛かってくるチンピラたち。僕らがいかにも「すぐに倒せそうだ」と判断してくれたおかげである。


 そこに付け入る隙がある。僕は懐に手を入れてポケットの中の、ボンボンを投げた。瞬時、そのボンボンは虚空に消える。


『すっ転んじまえ!!』


「う、うわあっ!?」


 瞬間、面白いように男は宙を舞って、頭から地面に着地した。打ちどころが悪かったのか、そのまま起き上がらない。


「魔術か! だが、種さえ分かってしまえば、その程度のイタズラ、ガキだって出来るぜ!」


 そう、僕が使った手品は魔法に劣る奇跡。魔術だった。魔法に対抗するため、人間がローレライに追いつくための奇跡である。今使ったのは、叫んだ呪文の通り、相手を転ばせるだけの魔術。


 投げたボンボンは、魔術の代償として消え去ったのだ。ああもったいない。


「うん、そうなんだよね。ぶっちゃけ、僕これくらいしか使えないし」


 僕の手品はこれで空手である。旅に出る時、もっとマシな魔術を習っておけばよかったと、本当に後悔する。


「だけど……、ここで見知った人を危険な目に合わせることも出来ない! ナニーさんは警邏へ! あと二人くらい、なんとか!!」


 鉄の棒をいかにも素人風に構える。こんな時、武道の一つも学ぶべきだったと後悔する。


「……ィェエエエエエエエエエ!!」


「……え?」


 肩口にそんな声が飛んできたと思った。僕が呆けた声を上げた、次の瞬間だった。


「ぐぼぁっ!?」


 男の眉間に鉄の棒が深々と突き刺さった、ように見えた。突き刺さって良いものではないと思う。


 二人目が倒れて、怯んだ三人目に。鬼神のように笑うナニーさんが飛びかかった。


「って、なに!? それ何怖い!?」


 ぼこっ! ぐしゃっ!! どかっ!! ばきっ!!


 止めるのも忘れてその様子を凝視する。三人目は、僕の確認の元、酷い目にあって倒れた。


「あ、あの、ナニーさん、そのへんにしたほうが……」


 改めて、惨状を思い出し引き止める。止めようとする手が震えた。この人、戦える人だったのか。いや、人は見た目によらない。


「あっ、そうですね! もう、わたしったら、つい興奮して!」


 僕は引きつった笑いを浮かべながら。


「ああ、でも、あの時私の前に立ったウィリックさんのかっこ良かったこと、ああ、もう!」


 彼女は一つ身悶えすると、一足に僕に飛びかかり、殴りかかった! 反射的に僕は躱した。


「な、なにを……わぶっ!?」


「すいっ! ませんっ! わたし! 暴力でしか! 愛情を表現できなくって!!」


 ぼぐっ! べきっ! どかっ! ぐしゃぁっ!


 僕は薄れ行く意識の中、やっぱりもう少しマシな人生にしてくださいと神に祈った。





「……と、言うわけで、通行人が数人がかりで止めなかったら君の命が危うかったわけだが……」


「つまり彼女はただの助手じゃなくて、患者を兼ねていたんですね……精神の病で」


 僕は顔面に包帯を追加した状態で話を聞いていた。ひどい有様だが、あれから丸一日が経過しており、腫れは引いてきている。


「うむ、愛する人を殴らずにはいられない、重篤な心の病だ。それにしてもよく生きていたものだ、頑丈に産んでもらったことを感謝し給え」


「正直生き地獄も味わいました」


「しかし、君には助けてもらって感謝している。君がいなかったら今頃……不幸な三人組はミンチになっていただろう」


 ぞっとする。あのイワシのギルマンと彼女は別々に分けたほうがいいのではないだろうか。ナニーさん精神に悪すぎると思うんだけど。


 お気づきの方は気がついたとは思うが、つまり、この病院は精神病院なのである。


「……はぁ。ともかく、これを受け取っていただけますか。このままだと僕も寝覚めが悪い」


 仕方がなしに、僕はバッグの奥に仕舞っていた。『切り札』を取り出す。布に包まれたそれは……。


「エメラルドの鱗……珍しいな、ローレライの鱗か」


 ローレライの鱗は宝石で出来ている。だが、それは流通することは余りない。彼女達はプライドが高くそれを気軽に受け渡したりはしないのだ。だからこれは、かなりの貴重品だった。


「……しかし、これは」


 考えこむサ・バーンさんに僕は首を傾げ。


「何か、不都合でも? 少しの借金くらいなら、返せると思うのですが……借金、莫大でしたか?」


「いや、そうではない、そうではないのだが……」


 サ・バーンさんは言いにくそうに口を開く。


「……本来、慰謝料を払うべきなのはこちらなのではないのかと」


 僕は目をそらす。確かに、至極、まっとうな話だった。




1週間に1本程度を目安にやっていこうと思います。

不定期連載です。

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