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もうすぐ体育祭だ。小学校では運動会が近い。月姉は生徒会の仕事に追われ、桃姉はなんかコソコソやっていて帰りが遅い。何やってんのか聞いても教えてくれないし。
帰ってきた桃姉に玄関先で質問した。
「桃姉、最近帰りが遅いけど男でも出来たの?」
「そ、そんなわけないじゃない!」
ぶんぶん首を左右に振っている。
「桃姉今好きな人とかいる?」
聞きたくないけど探らないと話にならないからな。
「わ、私はユキと月姉がだーい好きだよっ!」
「そういう好きじゃなくて。」
「どんな意味か分からないよ!あ、わ、私夕食のお手伝いしてくるから。じゃあね!」
桃姉は慌てて退散してしまった。逃げられた。桃姉が夕食の手伝いって…あまり嬉しくないお知らせだぞ。桃姉の家事スキルはかなり低い。料理はものすごい下手だ。多分オレの方が上手く作れる。
体育祭の後、結衣お姉ちゃんからメールが来た。
『七瀬さん体育祭においての行動。パン競争イベント、相手三国君。一条先輩ファンクラブ主導のチアの一員に。(一条先輩ファンクラブ員ではない模様。)』
ふーん?多分帰りが遅かったのはチアの練習してたからだな。秘密にすることないのに。パン食い競争ってことは借り物競走には出なかったのか。『好きな人』で誰が駆り出されるか興味があったけど。
……。
……。
……興味があるなんてウソ。ホントはまだ知りたくない。
後日、結衣お姉ちゃんとメールのやり取りをしていたら『体育祭では二人三脚で4位になっちゃった!運動音痴の私にしては奇跡!思い出に写真買っちゃった。あと応援合戦では五十嵐先輩の長ラン姿が小憎たらしいくらい似合っていたからその写真も買っちゃった。むかつくけど格好良い。』というメールが来た。結衣お姉ちゃん五十嵐先輩に何か恨みでもあるのかな。でも二人三脚してる写真も格好良いという長ランの写真も興味ある。『両方とも興味ある。写真見てみたいな。』と返信したら『じゃあ今度お茶しようか?その時見せてあげる。』とメールが来た。その後電話でやり取りして2人でミルククラウンに行く約束になった。
日曜日。駅で待ち合わせした。やっぱりナンパやキャッチが心配なので早めに行く。結衣お姉ちゃんはオレを目にすると笑顔で駆けてきた。
「お待たせ。」
「全然待ってないよ。」
結衣お姉ちゃんはオフホワイトの透け素材の肩だしトップスにスキニーデニムできた。肩白っ。こんな季節なのに全然日焼けしてない。というか透け素材が微妙に身体のシルエットを出していてエロい。
チラ見しつつ世間話をする。
ミルククラウンに着いて二人で注文を済ます。
今日はマンデリンとチョコシフォンケーキを頼んだ。結衣お姉ちゃんはニルギリ?と紅茶シフォンを頼んでいた。
「じゃあ、早速写真見せるね。」
「うん。」
結衣お姉ちゃんが鞄から写真を出してくれた。一枚は二人三脚。結衣お姉ちゃんと背の高いイケメン君が二人三脚している写真だった。2人とも一生懸命走っている様子がしっかりと撮られている。
「4位だっけ。頑張ったね?」
「えへへ。ありがとう。実は練習しました。」
「へー。そうなんだ?」
「今は治ったけど練習中膝擦りむいちゃってね…」
結衣お姉ちゃんは話題を途中まで口に出しかけて止めた。
「ご、ごめん!なんでもない!」
「擦りむいてどうしたの?」
「忘れて!」
真っ赤な顔で言われても…イケメン君となんか甘酸っぱい展開でもあったのだろう。
生ぬるい視線を送る。
もう一枚の写真は五十嵐蓮だっけ?長ランに長鉢巻き、白手袋姿のきりっとした表情の五十嵐が写っていた。ふうん?結衣お姉ちゃんってこういう顔がタイプなんだ?でも五十嵐って「いつもチェシャ猫のようににやにやしてる」って書いてあったのにな。
「五十嵐、意外と真剣そうな顔してるね。」
「そうなの!私もビックリ!とてもあんなことするようなヤツには見えないよね!」
「あんなことって?」
結衣お姉ちゃんはびっくりして口を押さえている。言うつもりが無かった話題だな。
「その…なんでもない!」
頬が真っ赤だ。色が白いから赤くなるとすぐわかる。カワイイな…
「さっきから『なんでもない』ばっかりだね?」
「ご、ゴメン…」
「責めてる訳じゃないけど。」
注文していたお茶とケーキが来た。ゆっくりコーヒーに口をつける。
「結衣お姉ちゃんもしかして五十嵐とフラグ立ててきたの?」
「ううん…遊ばれてただけだと思う。」
「五十嵐の遊びってタチ悪そうだね。」
「うん。」
「なにされたの?」
わざと優しく心持ち心配そうな表情をつくって聞く。如何にも「心配してます」という空気を全身から出して。
「そ、その…ちゅーされました…」
吹くかと思った。
ちゅー!?展開ちょっぱや!ついて行けねえ!遊びでちゅーって。
思わず結衣お姉ちゃんのぷっくりした唇に目をやる。ここに…ちゅー?何故だかわからんがイラッと来た。
「へー?ちゅーされた相手の写真、わざわざ買って来たんだ?そんなに好き?」
「ぜ、全然好きじゃないよ!」
結衣お姉ちゃんはあわあわだ。可愛いけど今は嗜虐心が煽られるだけだ。
「好きじゃなくてもちゅーして許されるの?なら…オレもしていい?」
顔を近づけて、結衣お姉ちゃんの柔らかい唇をそっと親指でなぞった。
「だ、ダメダメ!五十嵐先輩は無理やりだから。あと唇じゃないよ、ほっぺだよ!」
結衣お姉ちゃんは茹でダコのように赤い。
それでもイラッとしてる気持ちとほっぺで良かった…と思う気持ちが同居してる。とりあえず心を落ち着けるためコーヒーを口にする。
「雪夜君何か怒ってる…?」
「ちょっとイラッとしたけど怒ってるのとは違うと思うな。」
この気持ちはなんだろう。
……なんだ。妬いてんのか。意外とあっさり答えが出た。オレはヤキモチを焼く程度には結衣お姉ちゃんを異性として好きらしい。まあ、カワイイしな。性格も良いし。
「ご、ごめんね。」
「いいよ。体育祭の話聞かせて?」
自分の感情が理解できると心が落ち着いた。にこっと微笑んで会話を再開する。
体育祭では里穂子ちゃんという結衣お姉ちゃんの友達が短距離で2位だったとか、桃姉のチアは可愛かったけどパンくわえて走ってる時は笑ってしまったとか色々話をしてくれる。
「それでね、里穂子ちゃんと昼食摂ろうとしたら二宗君が通りかかったんだけど、なんと!二宗君の昼食、個形栄養食1個!お母さんが寝坊しちゃったんだって!」
「それは不憫だね。あれってたまに小腹がすいた時とか食べる分には美味しいけど味気ないし。」
「そうなの!可哀想だからお弁当分けてあげたんだ。」
「結衣お姉ちゃんの手作り?」
「うん。」
「何作ったの?」
「えーと、稲荷寿司、出汁巻き卵、鮪の竜田揚げ、アスパラと鶏ムネ肉の梅和え、野菜の肉巻きを煮たもの、ピーマンとエリンギの炒め物、ポテトサラダ、プチトマトのベーコン巻き、エビとブロッコリーのバジル炒めかな。稲荷寿司の中には五目ちらしが入ってるよ。」
予想外に本格的なお弁当でビックリした。
「へー。美味しそう。」
「えへへ。早起きして頑張りました。」
結衣お姉ちゃんは照れている。
いいな。料理上手なのかな?食べてみたい。
「あと〆はフォークダンス。フォークダンスとか習ったことないし苦労しちゃった。」
「そうなんだ?うちは体育の授業でやったよ。やっぱ嫌いな異性と手を繋ぐのって抵抗あるみたいだね。喜んでる人と嫌がってる人半々くらいだった。」
「ええ!雪夜君習ったんだ?じゃあ雪夜君から教わればよかった…」
結衣お姉ちゃんは渋い顔だ。
「まあ、終わっちゃったことだし…」
今更言っても仕方ない。
「雪夜君は運動会イベントどうだった?」
「うち運動会、まだだよ。」
「あ、そうなんだ。」
「でも借り物競走の補欠に入れられてるから多分回ってくる。結衣お姉ちゃん妨害してほしいって言ったら協力してくれる?」
「勿論だよ!」
それからケーキを食べながら結衣お姉ちゃんと計画を練った。
ちゅー未遂事件。
結衣ちゃんに対しての初めてのやきもち。
二宗君のお姫様だっこの事はまだ聞いてません。
紅茶の銘柄の語尾に?がつくのは雪夜君はそんなに紅茶の銘柄に詳しくないからです。