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「雪夜、その後結衣ちゃんとは何かあった?」
義母さんが思い出したように聞いてきた。今日は金曜日。桃姉はバイトで遅くなるので4人で先に夕食だ。
義母さんは初詣で会ったっきり結衣には会っていない。
「別に何もないけど仲良くさせてもらってるよ。」
「脈ありとか言うからには何か進展あるんでしょう?」
月姉がカキフライを箸でつまんで言う。
「膝枕を要求して普通に通るとか?」
「なにそれ。イチャイチャじゃない。」
月姉がカキフライを齧った。
「あらあら~雪夜は本当に結衣ちゃんが好きね。」
「まあね。滅茶苦茶好き。」
「アンタも開き直ったわね。」
「ふふっ。もうほぼ障害が無くなったからね。ああ、桃姉にはまだ内緒にしておいて。」
「どうして?」
義母さんが首を傾げる。
「まだ結衣と付き合えるか分からないし。結衣がオレを振ったら同じクラスの桃姉は気まずいんじゃない?」
「そうかもしれんな。」
オレの建前に義父さんが頷く。ホントはまだ攻略最終期限の3月14日が来てないからだけど。
「結衣は可愛いよ。この間、手を繋いで歩いてたら結衣の家の近所のおばさんにからかわれて、可哀想だったから離してあげたら悲しそうに『離しちゃうの…?』って。滅茶苦茶可愛くて思わず抱きしめちゃった。」
「アンタちょっと開き直りすぎよ。」
「羨ましい?」
「ふんっ」
月姉は首をプイッと背けた。
それから家族と結衣について盛り上がって話した。うちの家族は結構結衣を気に入ってるみたいだ。お嫁さんに来てほしいってさ。
柔道の稽古を終えて家に帰って勉強してたら月姉が慌てて俺の部屋に入ってきた。オレの前でばちんと両手を合わせて拝む。
「ユキごめん!!私やらかした!!」
「…何を?」
嫌な予感がしつつ話を聞く。月姉は結衣にオレの好きな人が判明した話しをしてしまったらしい。しかも家で惚気てるとかもぶっちゃけたらしい。ちょっ…おま…何話してんの!それを聞いた結衣は死相が浮いてたとか。
結衣やっぱりオレのこと好きだよね?バレンタインの時にはオレから直にオレの好きな人について話して聞かせたけど別に平然としてた。あれからオレを好きな気持ちがもっと出てきたってことだろうか。喜ぶべきことだけどちょっとタイミングが悪い。
まだオレには結衣の全部を受け止める覚悟が無い。あれだけ恋愛を拒否していた結衣だから告白したらあっさり振られるかもしれない。それでも諦めない、というか折れない心が欲しい。万が一結衣に誤解されて復讐されても、それを受け止めて更生させてあげられる覚悟が欲しい。結衣の全部包み込んで守っていける覚悟が欲しい。
オレにはもう少し覚悟を決める時間が必要だと思う。
なのに月姉ときたら…何やらかしてるんだ。オレをおちょくりたいだけならオレだけ相手にしてればいいものを。
「月姉。オレ本当に結衣が大切なんだ。失いたくない。振られる覚悟もできてない。これから全部守っていく覚悟も。」
「…うん。」
「だからまだ言わないでほしかった。オレの気持ち。」
「ごめん。」
「オレで遊びたいならオレだけ相手にして。結衣をおもちゃにしないで。」
「ごめん。」
「もうしないでね?」
「わかった。」
オレは月姉のおでこに強烈なデコピンを一発入れた。
「っったあああ~~~!!」
「これで許してあげる。結衣には謝っておくから。」
月姉はおでこをさすりながら部屋を出て行った。
夜、結衣に電話をかけた。
「月姉が何か余計な事言ったみたいだね?」
「雪夜君が好きな人の事で惚気てるって言う、アレ?」
「全く、月姉にも困ったもんだよ。こっちの気持ちも考えてほしいね。月姉にはきつく言っておいたから。迷惑かけてごめんね?」
正確には体罰を与えておいたから。
結衣が好きなのに、そして多分結衣もオレが好きなのに、覚悟が決まらなくて告白できない今の微妙な心理を察して欲しい。月姉には。月姉は大体物事のとらえ方が大雑把過ぎるよ。
「別に迷惑じゃないよ?恥ずかしがらなくても良いよ。雪夜君が幸せそうで良かった。」
声が少し震えている。今いったいどんな表情でそれを言っているのか。
多分今もまだ結衣に恋愛の自覚は無い。ただわけもわからず苦しんでいるだけだろう。自覚を持たないというのは心が傷つかないように守るための防衛本能なのかもしれない。
「違うよ。結衣。結衣だけには誤解されたくない。でもまだ覚悟が据わってない。こんなオレを許して?もうすぐ覚悟を決めるから、それまでオレの好きな人については何にも考えないで。お願い。」
覚悟が決まったらちゃんと告白するから。結衣のこと好きな気持ちを伝えるから。
結衣はオレの発言を聞いてとりあえず『雪夜君の好きな人』の事については考えないようにしたらしい。
それからは普通にお喋りした。結衣の話はいつも楽しい。最近あった面白かった事や気になってる事など色んな事を話してくれる。結衣の色んな面を知る事が出来て俺にとってはとても有意義な時間だった。




