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結衣の脱前世宣言があってから初めてのデート。電車でちょっと遠出して海辺の散歩だ。この時期海辺とか滅茶苦茶寒いだろうなあ。オレは前もって厚着しておいた。
駅で待ち合わせ。いつもどおり早く来た。
結衣は時間ぴったりくらいに着いた。オレは目を見張った。結衣が凄く綺麗になってたからだ。服はいつも通りお洒落だし化粧もしてる、でもそういうことじゃない。身体の内から湧き出るものが何か以前と違うって言うの?完全に蛹が蝶になった。結衣を見る人が何人も振り返っている。結衣は全く気付いてなさそうだが。
「あ、雪夜くーん!」
笑顔で手を振っている。
「結衣、おはよ。」
「おはよう。今日も寒いねえ。」
結衣は白い息を吐いている。その割には丈の短いキュロット履いてるんだけど…や、ニーソックスも履いてるけど。
「その割に生足だね…」
「なんかデート時にパンツスタイルはテンション下がる男性が多いってネット調査であったから…」
オレは素直にビックリした。結衣これデートのつもりだったんだ?や、多分こんな事言ってるの無意識だろうけど。
「へー。結衣は足細いし綺麗に見えるよ。」
「そ、そうかな?」
あ、照れた。
二人で電車に乗っておしゃべり。
ルティではバレンタインへ向けショコラメニューを発表しているらしい。中々美味しいそうだ。残念ながらバレンタインだからといって特別衣装は無いらしいが。まあ、メイド可愛いけど。
月姉はバレンタインになると女の子からチョコを貰ってくる。どういう訳か貰ってくる。その話をしたら結衣が「あー何となくわかるかも…」と言っていた。なにがわかるんだろう。
駅を降りて二人で浜辺に向かう。オレはスニーカーだが、結衣も砂浜を歩くつもりなのでペタンコのパンプスだ。
二人で海を見ながら歩く。
「風がしょっぱいね。」
結衣が言う。うーん、どっちかって言うと磯臭い?
「海嫌いなんだっけ?」
「あんまり好きじゃないかな」
ここ選んで失敗だったかな?
「あ、綺麗な貝殻!」
結衣がしゃがみ込んだ。くるんと丸まった模様のついた貝殻を握りしめている。
「可愛いね。」
「うんっ。」
そのまま持って帰るのかと思いきや結衣はゆっくり地中に埋めた。
「何やってるの?」
「え?隠してるの。私が持って帰っても飾る場所ないし…でも他の人に見つかっちゃうのもなんかヤだから。」
「ふふっ。そうなんだ?結衣の隠し財宝だね。」
「うん!」
小枝を片手に波打ち際で落書きしたりした。結衣は結構絵心ある。可愛い猫とか描いてた。すぐ消えちゃったけど。
ゆっくりゆっくり歩いてると足元で鈍く光る物体を見つけた。そっと拾い上げる。
「それ、なあに?」
「シーグラスだよ。水流や砂でガラスの角が取れて丸くなったもの。」
水色のすりガラスのようなシーグラスだ。
「綺麗だね。雪夜君も隠す?」
「ううん。持って帰って今日の記念に取っておく。」
「今日って何かの記念日?」
「結衣と会う日は毎日が記念日。」
「え?…えっ?」
結衣はみるみる赤くなった。
「ふふっ。結衣。お弁当作ってきてくれたんでしょう?食べようか?」
もう結構いい時間だ。
「う、うん。」
結衣はビニールシートを広げ始めた。
大きなランチボックスを開ける。今日はサンドイッチらしい。綺麗にラップでくるまれたサンドイッチ達が並んでいる。結衣が使い捨てのお絞りを渡してくれたので手を拭く。
「召し上がれ。」
「頂きます。」
手に取ってラップを剥がして食べる。
ゆっくり咀嚼して飲みこんでから感想を述べる。
「おいしい!これ何?アボカド?」
「アボカドとベーコンとレタスかな。トマトとかも挟んだら美味しいと思うけど、具が大きすぎて持てなくなっちゃうからね。」
「へ~」
スモークサーモンとか生ハムとかのサンドイッチもあってすごく美味しかった。
甘い具材を挟んだサンドイッチもあって、苺と生クリームのサンドだって。ケーキみたいで美味しかった。
お腹が膨れたらちょっと眠くなってきてしまった。
「雪夜君、ちょっとうとうとする?私見ててあげるから大丈夫だよ?」
「んー……膝枕。」
「え?」
「膝枕してくれたら寝る。」
ちょっと困らせてみた。
「……うん。いいよ。」
結衣がポンポンと膝を叩く。え?良いの?マジで?困らせるつもりで言ってみただけだったんだけど。
結衣の腿を枕にうとうと。風は切るように冷たいけど日差しはぽかぽかしてる。周りに遮るものがないからまんべんなく光を浴びてる。熟睡は出来なかったけど、結構寝たと思う。目を開けると結衣の笑顔があった。
「おはよ。雪夜君。」
「はよ。オレどれくらい寝てた?」
「2時間くらいかな。」
「そっか。足痺れてない?冷えたね。何か温かいもの飲みに行こうか?」
「うん。」
結衣とオレはビニールシートを片付けて浜を上がった。大きな通り沿いに「海鳴亭」という喫茶店があったので入る。
オレはブレンド結衣はダージリンを頼んだ。
味はさほどでもなかったけど冷えていた体が温まった。ボーイさんが小皿にハート型のチョコレートクッキーを2枚乗せてくれる。
「「?」」
「もうすぐバレンタインですから。カップルのお客さんにサービスしてるんですよ。」
「有難うございます。」
ようやっと、ようやっと結衣と一緒にいてカップルに見られるようになった。オレは歓喜に沸いた。
味はやっぱりさほどでもなかったけどオレは嬉しかった。
「なんだか雪夜君嬉しそうだね。クッキー好き?」
「まあ、嫌いじゃないよ。」
そういう意味で喜んでるんじゃないんだけどね。
まったり温まった後、もう一度浜辺で海を満喫してから家に帰った。




