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結衣と『新里』に行った。屏風と簾で区切られた空間は密室状態だ。人の目は全くない。結衣は学校で配られたプリントを指で弄んでいる。プリントには『進路希望調査』と書かれている。


「雪夜君は将来何になりたいの?」


将来?将来ねえ…


「オレ?オレはねー、一級建築士かな。職業として確立されてないのが難点だけど。年収を考えればアクチュアリーなんかも良いかもね。結衣は?」


性に合ってるのは後者だと思われるけどアクチュアリーはなるのがまず難しいよね。相当勉強しないとね。将来性はありそうだけど。あー抹茶クリーム白玉あんみつ旨い。


「私は教員かな?前世でもそうだったし。」

「前世でも?結衣の前世ってどんなだった?」


そう言えば前世の話ってほとんど聞いたことない。なんか引っ掛かる。確かアマチュアの物書きになりたくてノートを作成したってところだけしか知らない。


「平凡だよ。中流家庭に生まれて、そこそこの成績とって、上手くツテがあって教員に就職して28歳で事故死。」


結衣は笑っている。「ね?つまらないでしょ?」とでもいう風に。

80年が平均寿命と言われる中で28歳…結婚はしなかったのかな?


「若くして死んじゃったんだね。」

「長生きしても有意義に生きられたか分からないけどね。」

「平凡でも穏やかで、孫か曾孫に看取られて布団の上で死んだかもしれないじゃん。」


大往生いいじゃない。下手に介護が付くよりはぽっくり逝きたいというのがオレの理想だけど。


「それはないよ。私多分結婚できなかったから。」


オレは緊張した。オレの感覚がびりびり言ってる。ここが結衣の恋愛拒否モードの原点だ。焦らないようにゆっくり尋ねた。


「どうして?」


結衣はちょっと遠い目をした。


「私はね、恋をしてたの。とても長い間。でも叶わなかった。その恋が破れたとき凄く嫌な女になったの。逆恨みで復讐した。それからかな、誰との恋も上手くいかなくなった。ううん、違う。恋自体できなくなったのかな。だからきっと結婚できなかったし、子供もできなかったと思うよ。」


成程。焦がれに焦がれた恋と、裏返しの憎悪。自分がしたことの罪悪感が根底にあるようだ。もう二度と同じ事を繰り返したくないという防衛本能なのだろう。


「…だから今も恋愛を拒んでるの?」

「拒んでるつもりは…」


ううん。拒んでるよ。結衣はいつも恋には一歩引いてる。オレがいくら甘やかしても、いくらドキドキさせても見えない壁がある。無意識の内に「恋は出来ない」と思ってるんだと思う。その無意識の壁を今、有意識に引っ張り上げた。慎重に恋愛拒否モードの解除に挑まねばならない。それは恋愛だけではない。結衣の意識の根底にあるものを覆さなければならない。


「結衣は前世に引き摺られてるね。結衣にとって現世は前世の延長でしかないの?」


恋愛も将来の夢も結衣は前世と同じ道を歩もうとしている。それ以外の可能性を考えていないように思える。結衣に気付いてもらわなくてはならない事がある。


「私はやっぱり私だから前世の延長かもしれない。」

「そこに新しい人生を歩むという余地はないの?前世と全く同じ人生を歩むのが望みなの?朝比奈結衣は何をしたい?もっと色んな選択肢があるんだよ?」


『朝比奈結衣』という名前はただの記号じゃない。16年前、新しい人間として結衣が生まれた証だ。そこには色んな可能性が満ち溢れていて、結衣はなんだって選ぶことができたはずなのだ。前世がそれを奪っていいわけがない。


「わ、わからない。どうしたいか分からない…」


結衣は激しく狼狽した。本当に前世と全く同じ道を歩む以外の選択肢を考えてみた事もなかったのだろう。突然自分の将来を白紙にされて未来に怯えている。ちょっと急ぎ過ぎたか?


「ゴメン。急かすつもりはないんだ。ゆっくり考える事だよね。大丈夫。大丈夫だよ。ただ結衣に知ってほしかっただけ。今の君は誰でもなく結衣だってことを。」


結衣の頭を抱え込んで撫でる。

そう。結衣は結衣なのだ。前世の誰かじゃなく。今を生きる結衣なのだ。だから結衣には無限の可能性がある。進路だって就職だって恋だって。結衣が望んで選んでいくもの全てを包みこめる人間になってみせるから。



後日、携帯で話していると結衣が唐突に言った。


「雪夜君、私眼鏡関係の仕事してみたいと思うよ。」


フレームデザインとかも面白そうだし、レンズ加工とかも面白そう。自分が眼鏡好きという事を考えると店舗スタッフという手もありそうだな。新作を買い占められる。眼鏡関係の中でもどういう職に就く気かはまだわからないけど、結衣が前世と違う道を歩き始めたのを知った。


「良いと思うよ。きっと結衣の眼鏡コレクションが増えるね?俺は今のところ視力が良いからお客さんにはならなさそうだけど。」

「伊達眼鏡があるじゃないか!雪夜君の眼鏡姿見てみたい!」

「そう?」


伊達眼鏡ね。アクセサリー的にはアリかも。今度結衣と買いに行ってみようかな、安いのは3千円くらいで買えるよね。


「それと、いつかは恋をして、結婚とかもしてみたいと思ってるよ。一度でいいから花嫁衣装、着てみたかったんだ。」


結衣は恋にも前向きになったみたいだ。もう恋愛拒否モードは感じられない。


「ふふ。普通は花嫁衣装は一度しか着ないよ。結衣の花嫁衣装ならきっと綺麗だろうね。白無垢も捨てがたいけど、やっぱりウエディングドレスかな?」


和装美人だから白無垢も良いんだけど、やっぱりウエディングドレス。部屋の内装の乙女チックさを鑑みても絶対好きだと思うんだ。多分すっごく可愛いと思うし。


「まだ、お相手の目処は立たないけどね。」

「そう?じゃあ、オレも頑張ろうっと。」


まだオレはお相手の候補に挙げてもらえない訳ね。

恋愛拒否モードも解除されたし、これからは結衣にアプローチかけられたら「大丈夫だろう」なんていう安心感は持てない。どの相手でも漏れなく最強の敵だ。

今までも全力だったけど本気、出すからね?


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