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結衣から「恋心無くなったみたいに見えるけど、一応一週間様子を見てみるよ」と言われた。今日が一週間目だ。そろそろ連絡がかかってくるような気がする。
自室で本を開きながらコーヒーを飲む。旨い。
いくらも読まないうちに携帯が鳴った。結衣だ。
「雪夜君、上手くいったよ!七瀬さんへの恋心無くなったみたい。」
「そっか。良かった。じゃあ残りの8人も同じように切り取ればいいね。裏側に何があるかだけは注意しなくちゃならないけど。」
結衣は携帯でオレと話しながら切り抜く部分のチェックを入れているようだ。大体同じく恋心か嫌いな食べ物に当たっているようだ。好き嫌いが無くなるとか羨ましいな。オレはおでんだけが未だに嫌いなんだよな。食えない訳じゃないけど、旨くない。あの風味と練り物のハーモニーが嫌。設定で決められてるっていう事は一生変わらないのかな…将来結衣がおでん作ってくれたりする機会があって、それでも「美味しいよ」って言ってあげられないかもしれないと思うとちょっと気が重い。
結衣は一つ一つ確認しているようだが、あっと声をあげた。
なんだ?
「どうしよう…八木沢先生の恋心の部分、雪夜君の心変わりの部分になってる。」
それを引っこ抜いたらオレが結衣を好きな気持ちが無くなると思ってる?別に大丈夫だと思うよ。
「問題ないよ。」
オレは遅くとも7月くらいには結衣のこと好きになってた。それは心変わりを記入する前だ。
「オレの場合心変わりの方が先に来ていたの覚えてるよね?つまり何にもしない状態でもその人の事が好きな訳だから、今更『心変わりする』っていう一文を抜かれたところで何も変わらないよ。」
オレの場合『心変わりする』という一文は桃姉への恋心をシャットダウンするためだけのものだから。
でも結衣の不安が手に取るように分かる。
オレの事ちゃんと考えてくれて嬉しい。
「不安に思わないで。もし俺がそれで相手のこと好きじゃなくなっちゃったとしたら、それだけの想いだったってことだよ。俺は好きでいる自信あるけどね。」
実際桃姉が好きだって思いこんでたところから自力で得た恋心だしね。それでもノートの一文で壊れちゃうくらいならそれだけのこと。でもオレは結衣を好きでいる自信があるし、好きじゃなくなってもまた結衣に恋すると思う。結衣はそれだけ魅力的な女の子だから。
「雪夜君の心変わりの事は気にしないにしても、桃花ちゃんの本命の相手が誰だかわからないと切り抜けないよ。二宗君や三国君だったらまずいことしたなー。」
ずっとオレ達はその事で悩んできたね。何度も桃姉に好きな人の事や好きなタイプを聞いた。結衣だって学校で真剣に観察した。
でもね。今になって思えばそれはおかしな考え方だよ。
「結衣。思ったんだけど、その考え方止めよう。」
「え?」
きょとんとした結衣の顔が思い浮かぶ。
「桃姉を好きになるっていう一文を消しても、今まで桃姉が重ねてきた好感度上げもイベントも変わらない。その人本人が本当に桃姉のこと好きなら一文を抜いても桃姉のこと好きなままだと思う。」
桃姉は積み重ねられる分は積み重ねてきた。ならば結果は残るはず。
『桃花を好きになる』っていう不自然な一文を消しても。
春日さんは作られた心で愛するのは不実だと言った。その通りだと思う。桃姉は桃姉を自然に愛してくれる人と幸せになって欲しい。ノートで縛られた人じゃなくて。
「それにね、大体恋ってのは本人の努力で掴み取るもんだと思うよ。」
オレがこうやって必死になって結衣の恋心を射止めようとしているようにね。
まあ、桃姉の場合恋してるかどうかがまず怪しいんだけど。相変わらず恋愛拒否モードの膜が見えるから。
「じゃ、じゃあ、とりあえず八木沢先生の恋心を切り抜いてみるから、ちょっと待ってて。」
結衣は多分オレの恋心が無くなったら修正しようとしているんだろう。必要無いのに。
しばらく無音状態が続く。多分切り抜いてるんだな。相変わらずチクリともしない。
「切り抜いてみたけど、どうかな?まだその人のこと好き?」
声を聞くだけで愛おしさがこみ上げる。囀るような声が可愛い。姿を思い浮かべるだけで今すぐ抱きしめたい。これで好きじゃないなんてはずない。
「好きだよ。すごく。」
結衣に向けて告白してみた。まだ面と向かって言うには準備が整っていないけど、少しでもこの気持ちが届けばいい。
「よ、良かった。問題ないみたいだね。残りの分も切り抜いておくよ。」
結衣の声はちょっと上ずっていた。
「うん。何か問題があったらまた連絡して?」
「わかった。じゃあね。」
数日後、ハーレム解散のお知らせを結衣から聞いた。これで結衣を悩ませる問題が消えたね。良かった。でもこれでオレ達が連絡を取り合う名目も無くなっちゃったって気付いてる?
これで関係終了なんかにはさせないよ。これからも連絡取り合う事が普通で、連絡ないと物足りない気持ちになるまで刷りこむからね。覚悟してよね?




