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第3話

ゴールデンウィーク、友達は旅行に行ったりするようだがオレは特に予定が無い。稽古と本とゲーム三昧かな。桃姉はイベントで忙しそうだけど。月姉は生徒総会の準備で忙しそうだ。

レザーのソファに転がって本のページを捲っていると携帯が鳴った。

結衣お姉ちゃんだ。


「もしもし。結衣お姉ちゃん?何かあった?」

「何かあった訳じゃないんだけど、5月12日までのファンタジアランドのチケットが2枚あってね、良ければあげるから友達と行ってきたら?ってことなんだけど、どうかな?」


ファンタジアランドのチケット?急に何だ?他の友達じゃなくてオレに周ってくるってことは…


「……結衣お姉ちゃん『お詫びに…』とか考えてない?」


結衣お姉ちゃんは沈黙した。図星か。


「気にする事無いのに。結衣お姉ちゃんが友達と行ってくればいいと思うよ。」


ちょっと苦笑する。丁度ゴールデンウィークだし、気晴らしに良いんじゃない?友達と楽しんできたらいいと思うよ。


「えっと。友達にはもう断られた後で…」


もじもじしている様子が目に見えそうな声だ。オレを後回しにした事に気を使ってるんだろう。気にしなくていいのに。ふーん。ファンタジアランドね。結衣お姉ちゃんの発言内容を読みこんで心情を探る。


「そうなんだ?じゃあオレと行く?」

「え?」

「あれ?嫌だった?『断られた後』ってことは結衣お姉ちゃん自身は行きたかったわけだと思ったんだけど…」


断られたってことは誘ってはみたってこと。なら行きたかったはずだ。オレにチケット譲るっていうことはオレが使っても嫌じゃないってこと。なら結衣お姉ちゃんと一緒にいけばすべての条件を満たせるはず。……結衣お姉ちゃんが“オレと一緒”が嫌じゃなければね。


「行けるなら行きたいけど…いいの?」

「いいよ。行こう?」


どうせ予定のないゴールデンウィークだし結衣お姉ちゃんと出かけるのもいいだろう。結衣お姉ちゃんが嫌がってないのを慎重に声で確認して決める。


当日の服装はアメカジ風にまとめた。隣りに並んでも結衣お姉ちゃんに恥をかかせないように鏡の前でチェックした。女の子一人で待たせているとナンパやキャッチがあるかもしれないし早めの電車に乗った。

結衣お姉ちゃんは時間通りにやってきた。

プリントTシャツにグレーのパーカー、下は赤のタータンチェックのミニスカートにニーハイ、スニーカー。うーん、これが絶対領域か。悟られないようにちらりと見た。結衣お姉ちゃんの足は細くて白い。


「お待たせ。遅れてごめんね?」

「遅れてないよ。時間ぴったり。」


結衣お姉ちゃんは人ゴミが苦手そうだったがランドに入ってしまってからはハイテンションだった。遊園地のマスコットキャラであるウサギのピコリーナちゃんのカチューシャを買って付けていたのが非常に似合う。オレも小熊のポリコのカチューシャをつけたけど、あんまり似合っている気はしない。まあこういうとこははしゃいだもん勝ちだよね。

大行列のジェットコースターに並びながら話をする。ここのジェットコースターは長いうねりと垂直下降が楽しめるなかなか大きなコースターだ。ゴーっと言うコースターがレールを走る音とキャーという乗客の悲鳴が聞こえてくる。非常に楽しそうだ。



「結衣お姉ちゃんは何のアトラクションが好きなの?」

「私?私はねー、何と言っても海賊のやつが一番。ゴンドラで遊園地回るのも好きだけど。」


両方水辺だね。ゴンドラ、オレも地味に好きだよ。ガイドのお兄さんがお喋りだよね。毎回お兄さんお喋りしすぎて疲れてない?と思うけど。ああいう所で働いてる時はなんかアッパー系の分泌液が出てるのかもしれない。


「水辺が好きなの?なら人魚姫のアトラクションも好き?」

「ああ。結構好きだなあ。そっか、私水辺が好きなのか。雪夜君は?」


オレかー…まあ、コースターは好きだけどそれ以外だと…


「オレはやっぱりジェットコースターかな。でも正式名称なんていうか忘れたけどピーターパンのやつとかも好き。特に夜のロンドンの街並みのところとかね。」


ちっちゃい頃の憧れだね。夜景綺麗だし。夢があるよ。今でも結構夜景が好きだ。時々一人で見に出かけたりする。なかなか高台とかはないんだけど。利用料とられるけどスカイデッキとかは結構良い。


「じゃあ後で乗りに行く?」

「うん。ピーターパンはそんなに人気なさそうだから早く乗れるかもね。」


意外と面白いと思うんだが、人気は無いんだよね。

コースターに乗った後キャラメルポップコーンを購入した。甘い。温かいとおいしさ倍増だね。結衣お姉ちゃんは次行きたいところの道を探して地図を開いている。


「ほら、結衣お姉ちゃんも温かいうちに食べて。」


口元にポップコーンを運んであげた。ふにょ。結衣お姉ちゃんの柔らかい唇に指先が触れてちょっとドキッとした。こんなに唇柔らかいんだ…

白雪姫のコースターに乗っていたら急に機械が停止した。そのままお待ちくださいのアナウンスが流れる。


「ファンタジアランドのアトラクション、時々止まるのは乗り合わせたことあるけど、そのまま停止して歩いてアトラクション出るっていうのはやった事無いなあ。」


結衣お姉ちゃんは非常口のランプを見ている。


「オレも無いよ。それはそれで結構楽しそうなんだけど。貴重な体験というか。」


ファンタジアランドのアトラクションで機械に捕らわれず自由に歩き回れたら楽しいだろうな。気になるところ触ってみたりなんかして。実際にそういう風に出来たら悪戯する人が多くてアトラクションが機能しないだろうけど。待つとすぐに運転再開された。やはり歩いて出る展開はなかった。まあ、スタッフ的には問題ないのが一番なんだろうね。



時間が許す限りアトラクションに乗る。ポリコの探検や複数のジェットコースターにも乗った。お昼は軽くお惣菜系のクレープを食べながらパレードの場所取りをした。パレードの身振り手振りを即興で参加できるようにキャストの人たちが教えてくれるが、結衣お姉ちゃんはダンスとか振り付けとかは苦手みたいだ。しかも恥ずかしがって上手く行かない。「その分写真でも撮っておけばいいんじゃないかな?」と慰めたら涙目で「うん…」と言っていた。

氷像世界では雪の女王の世界が作られている。杖を構えた雪の女王がすごい迫力だ。周りは一面氷でライトアップされていて非常に幻想的な風景だ。


「雪夜君、この杖の先クリスタルグラスになってて、触ると幸せになれるんだって。」

「…触っとけば?」


結衣お姉ちゃんがそっと杖の先のクリスタルを撫でた。


「うん。雪夜君もどう?」

「ん。」


勧められるままに撫でてみた。幸せにね?

ちょうど通りかかった人がいたので、二人でクリスタルに手を当てているところをカメラで写してもらった。記念写真か。


「ファンタジアランドのクッキー美味しいよね。空いた缶は小物入れとかに出来るし。アリスのアトラクションの近くにコーヒー味のクッキーお土産に売っている店あるよ。美味しくて私は好きだな。」


ん?オレがコーヒー好きだから気を使ってくれたのかな?


「じゃあ、後で寄ろうか。」


ゴンドラではガイドのお兄さんに姉弟に間違われた。年齢的に姉弟に見えるのだろう。結衣お姉ちゃんがじっとこちらを見てくる。多分オレの容姿について考えてるんだと思うけど。あんまり似てないよね。結衣お姉ちゃんは桃姉みたいにぐんぐん人の目を引きつけるようなタイプではないけど、かなり可愛いと思う。モテるんだろうな。

二人で御伽の世界をめぐっているうちに日が傾いてきたので、ちょっと早い時間だが夕食にする。結衣お姉ちゃんは水辺が好きだと言っていたので、水路の脇にあるレストランを選んだ。だいぶ並んだが、いい具合に水辺の席が取れた。前々から興味はあったが、このレストランには初めて入る。ゴンドラの発着所が近くにあってゴンドラに乗って旅立っていく客が手を振っている。

ランプの灯る薄明りでテーブルが照らされる。雰囲気の良いお店だ。デートスポットなんじゃなかろうか。そう言えば全然意識してなかったけど、これってデートなんだろうか?ちらりと結衣お姉ちゃんを見たが、やってくるゴンドラに夢中だ。デートとか考えてなさそうだな。


「初めて入ったけど、結構面白いね?」


ゴンドラに乗った人々を眺めながら言う。店全体がアトラクションみたいで面白い。やってくるゴンドラに手を振ればお客さんが手を振り返してくれる。


「私は凄く好き。小さい頃はこんなお店に入れなくって、ゴンドラに乗る度に『大きくなったらあそこで食事しよう!』って憧れてたの。」


結衣お姉ちゃんが瞳を輝かせて言うのでちょっと笑ってしまった。

野望を胸に抱いた小さい頃の結衣お姉ちゃんが目に浮かぶようだ。


「初めて入ったのはいつ?」

「…去年。妹と来た時。」


意外と最近の出来事らしい。結衣お姉ちゃんには妹さんがいるのか。そう言えば結衣お姉ちゃんはオレの事よく知ってるけど、オレは結衣お姉ちゃんの事全然知らないな。


「妹さんって中学生?」

「うん、今中3。生意気だよー」


妹さんの話を少しした。麻衣という名前で、見た目が結衣お姉ちゃんとそっくりらしい。最近ちょっとギャル寄りに進化してきているんだとか。部屋のインテリアが日々ギャル風になって行くのを生ぬるい目で見守ってるそうだ。そう言う結衣お姉ちゃんの部屋はどんなの?と聞いたがはぐらかして教えてくれなかった。

料理が来たら結衣お姉ちゃんは写真に収めていた。料理撮ってどうするんだろう?グルメ日記でもつけてるの?


「結衣お姉ちゃんって写真撮るの好き?」


もぐもぐ食べながら尋ねる。記念写真もパレードの写真も料理の写真も色々とってたよね。


「うーん。ここで写真撮るのは印刷所でイラスト入れてもらえるからだけど。やっぱり好きかな。一瞬一瞬がちゃんと思い出になってくのが嬉しい。この一瞬を逃したらもう二度と見られないんだって光景を残せるのも貴重だし嬉しい。」


今、こうやってオレと食事しているのも思い出になってくんだね。


「ふーん。食べてるところ撮ってあげよっか?」

「えっ、食べてるところはなんか恥ずかしいよ…」

「いいからいいから。ほら、フォーク持ちあげて。」


カメラを取り上げて撮影した。半ば無理やり撮ったから消されるかな?と思ったけど、結衣お姉ちゃんはカメラに映る自分の写真を見てちょっと嬉しそうにしていた。

オレもよく食べるけど、結衣お姉ちゃんも結構よく食べるみたい。パンをおかわりしていた。恥ずかしそうにおかわりしているところも可愛かったけど、おいしそうに食べてる所は気持ちが良かった。

レストランを出てクッキーを購入後、カメラセンターに現像を依頼し、パレードに丁度良い時間になるまでお土産を探した。学校の友達用に個別包装されているチョコレートクランチを購入。家族用には大きな缶に入ったクッキー1個でまとめちゃっていいよね?空き缶を小物入れ的使い方には向かないけど一々個別で買うの面倒くさい。結衣お姉ちゃんもクッキーやチョコレート、多分友達用にイヤリングなどを購入していた。

買い物はいい感じに出来たがパレードは完全に出遅れた。ゴールデンウィークを舐めてた。凄い人だかりだ。


「出遅れちゃったね。」


それぞれのお土産の包みを抱えて、キャストの指示に従い、位置に付く。横目で結衣お姉ちゃんを見ていると顔に『わくわくしています』と書いてある。わかりやすいなあ。

それにしても綺麗な音楽が流れて異国風の街並みで、みんな笑顔。


「何かファンタジアランドって現実感ないよね。」


そっと呟いた。


「夢の国だからね。」

「ここにいると面倒臭い事も厄介なことも忘れられるよ。」


派閥が激化してる学校の事も最近ちょっと困ってる道場の事も自分の心が制御できない桃姉の事も。サラリーマンみたいだなと自嘲しながら結衣お姉ちゃんに微笑んだ。結衣お姉ちゃんは多分『私が苦労かけてる』とか考えてると思う。顔に『ごめんなさい』って書いてある。


「言っとくけど責めてる訳じゃないからね?」


誤解は解かなくちゃね。そっと頭を撫でる。髪がサラサラだった。すごく手触りが良い。

時間が来ると曲と一緒に華やかなパレードが始まった。


「すごい!綺麗!」


始まったパレードは結衣お姉ちゃんの悲しい顔を吹き飛ばしてくれた。確かに一見の価値があるパレードだ。


「ダンスもすごいよね」


あんな統一された動きのダンス。いくらで雇われてるんだろう。ちょっと気になってしまった。きらきら光る電飾と踊る人々。手を振るキャラクターの着ぐるみたち。食い入るように見つめていた。長い長いパレードが終わって花火が上がる。


「これで終わりかあ…なんかちょっと寂しいな。」

「そうだね。」


大人になったらファンタジアランドのホテルに泊まって2日くらい連続で遊び倒したい。贅沢だよね。



結衣お姉ちゃんは名残惜しげに花火を見上げながらカメラセンターに現像された写真を取りに行った。帰りの電車でオレの分だと写真を渡してくれた。お金払ってないけど…「ちょっとはお姉さんにも奢らせなさい」だって。



「この写真、桃花ちゃんには見せない方が良いかもしれない。」


オレも攻略対象だからね。結衣お姉ちゃんが桃姉に恋のライバル認定されるとこれからの情報収集とかがしにくくなるかもしれない。


「誰にも見せないつもりだよ。」


そう言うと結衣お姉ちゃんが安心して笑った。

帰りの電車は少し遠周りして座席に座った。しばらく会話をしていたが、次第に生返事が多くなり、最終的には結衣お姉ちゃんは眠ってしまった。オレの肩に凭れかかっているがオレはまだそんなに背が高くないので寝心地は悪そうだ。早く大人になりたいもんだね。じっくり寝顔を鑑賞させてもらったが睫毛が長い。ツンと高い鼻にぷっくりした形の良い唇。薄紅色の柔らかそうな唇がもにょもにょ動いて「…ゆきやくん…」と言ったので思わず赤面した。どんな夢見てるんだ。

もう少し寝顔を見ていたかったが降りる駅が近づいてきたので結衣お姉ちゃんを起こした。


「オレもう降りるから。」

「あ、ごめん。じゃあ気を付けて帰ってね?」


結衣お姉ちゃんは完全な寝ぼけ眼だ。寝過ごさないかちょっと心配。


「うん。結衣お姉ちゃんも気を付けて帰ってね。」


にっこり笑ってお見送りした。



帰ると桃姉が居間で鼻歌を歌っていた。


「ただいま、桃姉。ご機嫌だね?」

「そーなの!今日は雨竜先輩と…あ、なんでもない。」


恐らくオレも攻略対象だという事を思い出したのだろう。忌々しい限りだ。

探らないと話にならないとはいえ、自分の片思いの相手が他の男にモーションかけてるのを知るのはしんどいな。


「ユキはファンタジアランド行ってたの?」


オレのお土産の袋を見て桃姉が聞いてきた。


「うん。家用にクッキー買って来たよ。」

「やった!私ファンタジアランドのクッキー大好き!今食べて良い?」

「太るよ?」


もう夜だよ?


「もー!ユキはどうしてそういうこと言うの!太りません。イーッだ!」


桃姉は缶を開けると美味しそうにクッキーを頬張っていた。お風呂から出てきた月姉も一緒になってクッキーを食べている。この分だとすぐ無くなっちゃいそうだな。

自室に戻って結衣お姉ちゃんにメールを打つ。寝過ごしてないかが微妙に心配。

『無事に帰れた?今日は一緒にファンタジアランドに行ってくれて有難う。楽しかったよ。お土産も好評。桃姉は雨竜とイベントしていたみたい。』

結衣お姉ちゃんからは『ちゃんと帰れたよ。こっちこそ今日は有難う。楽しかったよ。機会があったらまた遊ぼうね!雨竜先輩かー。攻略が進むと情熱的な人だよ。』と返信が来た。また遊ぼうね、か。それもいいかもね。

のんびりコーヒーを入れて寛いだ。


初デート。

お互いデートとは意識してません。

結衣ちゃんは雪夜君の夢見てました。笑。

雪夜君は他人様には気を使いますが桃花ちゃんや月絵先輩には遠慮なく「太るよ?」とか言っちゃいます。生意気です。

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