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もうすぐ遠足である。バスでちょっと遠出して登山する予定。今の季節ならいい感じに紅葉している事だろう。幸い体を動かすのは嫌いじゃない。この話をした時結衣お姉ちゃんは心底嫌そうな声で「登山…」と言っていた。運動はダメらしい。なんと今回の遠足では結衣お姉ちゃんの方から「お弁当とか作ったら食べてくれる…?」と聞いてきた。多分以前体育祭のお弁当を羨ましがっていたのを思い出したのだろう。「勿論。すっごく楽しみだな。」と答えておいた。どんなお弁当作ってくれるんだろう。
それからは毎日遠足が楽しみで上機嫌だ。
「七瀬君~。」
風間派派閥の女子だ。
「何?」
「今度の遠足だけどみんなでお弁当作ってくるから食べてくれない?」
「嫌だ。」
「でもでも~みんなすっごく気合入ってるし、豪華なお弁当にする予定だよ?」
「お弁当は持参する予定。それ以外食べない。」
折角結衣お姉ちゃんのお弁当を口にするチャンスなのに他のお弁当なんて食べてらんない。最悪おかず交換と称されてお弁当の中身掻っ攫われるかもしれない。それだけは勘弁。何が悲しくて好きな女の子の手作り弁当他人に掻っ攫われなきゃならんのか。
風間派の女子はぶーぶー言ってたが知らん知らん。
待望の遠足日。自宅の近くまで結衣お姉ちゃんが来てくれてお弁当を渡してくれた。青いギンガムチェックの包みに入ったお弁当を受け取って俺は喜色満面だ。
「ありがとう。結衣お姉ちゃん。」
凄く嬉しい。今から楽しみでそわそわしている。
「美味しいかどうかわからないけど…」
結衣お姉ちゃんは照れているようだった。カワイイ。
「大丈夫。結衣お姉ちゃんが作ってくれたんだから、きっとおいしいよ。感想、メールするから。」
結衣お姉ちゃんはお菓子作りも上手だったし密かに期待している。まさか桃姉みたいに料理音痴というオチは無いだろう。
「うん。遠足気をつけて行ってきてね。」
結衣お姉ちゃんははにかんだような笑みで送りだしてくれた。
登山は意外と過酷な道のりで、オレは平気だったけど何人もへたばって教師にケツ叩かれてるやつが出た。もっと低めの山だったらよかったのにね。ロープウェイも通っていて、それを使えばさして登らなくても山頂までは行けるようだ。これなら結衣お姉ちゃんも行けるかもしれないな、なんて事を考えつつ正哉と会話しながら山に登った。
最近やったゲームが主な話題。正哉は街づくりゲーとか結構地味なゲームが好きみたいだ。スローライフ系とか。オレはちょっと根気のいるゲームは苦手。だるい。
紅葉した山は綺麗だった。赤黄色緑の葉が散らばっていて目にも鮮やか。結衣お姉ちゃんにもこんな風景見せてあげたいな。
山頂に着いたらレジャーシートを広げてお弁当。オレが一番楽しみにしていた瞬間だ。お弁当の蓋を開けると上の段にはみっちりおかずが詰まっていた。見た事のない人参の料理、いんげんの胡麻和え、揚げ物らしい団子、筑前煮、ソーセージとピーマンと玉ねぎの炒め物…ただしソーセージはハート形をスライスしたものだ。全体的に緑とオレンジと茶色で色も鮮やかだ。下の段にはそぼろご飯が入っていた。肉のそぼろと卵のそぼろでハートマークがでかでかと書かれている。その上に小さなハート型のハムが散りばめられている。…結衣お姉ちゃん…
案の定隣りで弁当広げてた亮太が食い付いた。
「雪夜、なんだよその弁当!ハートまみれじゃん!」
「これは家族が作ったんじゃないだろ?女か?」
正哉が興味津々に聞いてくる。
「黙秘権を行使する。」
だが騒ぎは大きくなる一方。女子が目の色変えてお弁当の出所をつきとめようとしている。勘弁してくれ。
オレは黙々と弁当を口に運んだ。正直に言おう。旨い。なんだこれ。そぼろは味がしみてて旨い。揚げ団子はコンソメっぽい味がする。具は挽肉と豆腐か…?オレは早く食べ終わるのがもったいなくてゆっくり時間をかけて味わった。
「なー雪夜ー。一口くれよー。そのそぼろマジで旨そう。」
「嫌だ。」
亮太は物欲しげだがこの弁当は誰にもやらない。
「まあ、普通、自分の女が作ってくれた弁当他人に食わす野郎はいないだろ。」
正哉はしれっとしている。
弁当を食べ終わって満足して結衣お姉ちゃんにメールを打った。
『お弁当ありがとうね。とってもおいしいよ。特にそぼろが絶品。揚げ物も人参の料理も食べたことない味でおいしかった。でもお弁当を見た友達に何事だと追及されたよ。悪戯はめっ!』
すぐに『悪戯してゴメンね?』と返信があった。怒ってない旨を伝えるメールを出す。お弁当箱を返す場所の相談もした。結衣お姉ちゃんは今朝と同じ場所を指定してきた。本当はきちんと洗って返したいところだけど、結衣お姉ちゃんは桃姉からのライバル視を避けたいようだ。
折角だから紅葉した山の風景を写メして送った。ちょっとは登山気分味わえるかな?ついでにお土産に真っ赤な紅葉の葉を一枚お弁当箱の上に潜ませておいた。色も形も選りすぐった葉だ。本当はこの凄く綺麗な景色丸ごと見せてあげたいんだけど。
下山してバスに乗って学校まで着いて解散。ところが余計なおまけがついてくる。男女合わせて8人ほど。「ついてくんな。」と言っても「たまたま行きたい方向が同じだっただけ~」とか言って蛙の面に水である。
結局待ち合わせ場所までずるずるついてきてしまった。こんな集団見たら結衣お姉ちゃんどんな気持ちするんだろう。悲しんだり嫌がったりしなければ良いけど。
右手に如月、左手に風間が絡まって、話しかけてくる。鬱陶しい。腕を振り払うが、しばらくするとまた絡まってくる。エンドレス。勘弁してくれ。
付いてきた男子にヘルプの視線を送ったがスルーされた。友達甲斐ない奴らめ。
何度か腕を振り払ってると視線を感じた。視線の方向に目を向けると戸惑った様子の結衣お姉ちゃんが立っていた。このまま同級生に結衣お姉ちゃんの存在を知られるのってどうなの?一瞬躊躇したがそのまま笑顔で駆けだした。
「結衣お姉ちゃん。わざわざ来てもらっちゃってゴメンね。オレがそっち行けば良かった。」
流石に電車に乗って移動するような距離ならついてこなかったかもしれない。
「良いけど…どうしちゃったの?この状態。」
結衣お姉ちゃんは心底不思議そうな顔をした。
「結衣お姉ちゃん、胸に手を当ててよーく考えてごらん?」
結衣お姉ちゃんがハートまみれのお弁当作ったから興味持って付いてきてるんだよ。
だけど結衣お姉ちゃんは胸に手を当てて首を傾げた。思い当たる節が無いと思ってるんだろう。
そういう鈍い所もカワイイけどね。
「まあ、いいや。お弁当すごくおいしかったよ。有難う。」
青いギンガムチェックの包みに入ったお弁当箱を返した。
「このオバサンがお弁当作った人?」
オレの腕に絡みついている如月が憎々しげに結衣お姉ちゃんを睨む。オバサンって…4年後にはお前らもその年齢になるんだぞ?というかお前たちは何でそう好戦的なんだ。周りでバトルを展開される度にオレの心が萎えて行くのに気付かないのか?結衣お姉ちゃんはちょっとしょぼんとしている。16歳でオバサン呼ばわりとか酷いよね。風間派の女子が追加攻撃を仕掛けようとしているのを見てとって「オレ失礼な人嫌いだな」と牽制した。悔しげに黙っている。
「へー、アレ作ったのお姉さんなんだ?お姉さんのお弁当滅茶苦茶旨そうだったなー。俺羨ましかったよー。」
亮太がへらへら笑う。
「そう?有難う。」
結衣お姉ちゃんは褒められてちょっと嬉しそうだ。
「なのに雪夜ってば一口もくれねーんだぜ?」
「当たり前だろ。」
誰が折角の結衣お姉ちゃんのお弁当を他人の口に入れるんだよ。
結衣お姉ちゃんはきょとんとしている。
「だってハートマークのラブラブ弁当だもんな?」
ハートマークは純粋にただの悪戯だろう。こんなしょうもない事態を呼び起こしてしまって困って入るんだけど、本音を言えば嬉しかった。愛妻弁当って感じじゃん?
とりあえず今日のところはまったり会話できなさそうだ。
「結衣お姉ちゃんゴメン。今はちょっと話とかできなさそう。」
申し訳なくて謝る。結衣お姉ちゃんは困ったように笑った。
「じゃあ、また今度ね?」
「うん。」
夜電話した。
「お弁当すごく美味しかったよ。結衣お姉ちゃん料理上手だね。」
「そうかな?照れるな。雪夜君も素敵なお土産入れといてくれて有難う。」
多分紅葉の事だろう。
「山がすっごい綺麗だったよ。本当は丸ごと結衣お姉ちゃんにプレゼントしたかったけど、出来ないから紅葉だけ。気に入ってくれた?」
「うん。とっても素敵。」
結衣お姉ちゃんは紅葉の葉を栞にするつもりなんだそうだ。よっぽど気に入ったんだな。嬉しい。
ついでにまた機会があればお弁当作ってくれる?とリクエストしておいた。




