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待ち合わせ時刻より大分早めに駅に迎えに行った。凄い混雑だ。結衣お姉ちゃん人ゴミが嫌いだから嫌な思いしてるかもしれない。申し訳ない。
しばらく待っていると改札から結衣お姉ちゃんが出てきた。そこいらの女の子とは一線を画してると思う。生成り色の浴衣に水墨画調の大小の菖蒲の柄、帯は臙脂。落ち着いた印象で結衣お姉ちゃんの容姿と合わせると非常に色っぽい。露出が少ない所が返って禁欲的で…良い。裾や項のちらちら見える肌がおいしそう。あんまり綺麗だから声をかけるのがちょっと遅れてしまった。結衣お姉ちゃんはキョロキョロ周りを見回している。
「結衣お姉ちゃん、こっち」
声をかけて手を引いた。地道な手つなぎ運動の成果か、最近は手を繋いでいても離したそうな顔はしない。
「雪夜君浴衣着たんだね。似合ってるよ。」
おっ。意外と好評?着た甲斐あった。
「ありがと。義母さんが『女の子に浴衣姿を要求したんなら責任もってアンタも着なさい』って無理やり。美容室に着付け頼んじゃったよ。今まで浴衣なんて着たことなかったから。結構動きにくいね。あ、当然だけど結衣お姉ちゃんも浴衣似合ってるよ。和服似合いそうな気がしたんだ。大和撫子だね?」
予想通り、いや、予想以上に似合って実はどぎまぎしている。
「そうかな?照れるな。」
「照れてる顔も可愛いよ。」
照れてる顔は思わず見惚れるほど可愛い。
そのまま手を繋いで歩いた。浴衣って動き辛いもんだな。歩幅は小さい。
あれこれお喋りしながら家につく。今日は結衣お姉ちゃんが来るからって義母さんが気合を入れちゃって家中ぴかぴかになっている。ドアを開けて結衣お姉ちゃんを招き入れる。
「遠慮せず入って。」
「お邪魔します。」
声を聞きつけて義父さんと義母さんがすっ飛んできた。どんだけ楽しみにしてんだよ…
義母さんなんてばっちり化粧までしちゃって。
「いらっしゃい。よく来たね。雪夜の父の伸一です。ちょっと風景が良い以外、何にもないところだけど歓迎するよ。可愛いお嬢さん。」
義父さんはニコニコだ。
「いらっしゃい。雪夜の母の典子です。この度は雪夜の我儘に付き合ってくれて有難う。大したおもてなしはできないけれどゆっくりしていってね。」
義母さんもニコニコ…どうやら結衣お姉ちゃんは義父さんや義母さんのイメージ通りだったらしい。
「ありがとうございます。私は朝比奈結衣と申します。お言葉に甘えてお邪魔させていただきます。」
結衣お姉ちゃんが折り目正しく一礼する。
「礼儀正しいお嬢さんね。それに浴衣姿もとっても綺麗よ。和装美人ね」
「そんなにおだてないでください。恐縮です。」
「本心なのだけどね。」
義母さんは本気100%だ。結衣お姉ちゃんは社交辞令だと思ってそうだけど。
「こちらつまらない物ですが、受け取ってもらえるでしょうか。」
「あら気を使わなくっても良かったのに。ありがたく頂戴します。」
別に気を使わなくてもよかったんだけど…ちゃんと気を使える女の子として義母さんの好感度は確実にUPしたな。
「結衣お姉ちゃんそんなに気を遣わなくてもいいよ。早く二階に行こうっ」
この調子じゃいつまでたっても義父さんと義母さんに結衣お姉ちゃんを取られてしまう。オレははしゃいだ声を出して結衣お姉ちゃんの手を引いた。もう片手には下駄を持っている。結衣お姉ちゃんもオレに倣って下駄を手に持った。
二階に上がって畳の部屋を一間挟んでベランダ。我が家のベランダは結構広い。そんなに窮屈な思いはさせないと思うけど。
結衣お姉ちゃんにレジャー椅子を勧める。
すぐに月姉が麦茶の入ったグラスをとポットを盆に乗せて持って来てくれた。
月姉には来客がある事だけは伝えたが、相手が桃姉と同じクラスの女の子だという事は伝えていない。
「今日来るのって朝比奈さんだったのね。意外だわ。接点が全く見えないのに、どこで知り合ったの?」と言った。
すかさず「ナイショ!」と言った。公式の出会いはプールということになっているが、いつ事実が明るみに出るか分からないからな。なるべく突っ込まないでほしい。毎晩電話してる相手だとは気付かれただろうけど。今日の事も口止めしておかないとな。
しかし、月姉、結衣お姉ちゃんと面識あったのか。
「ふふ。まさかユキと付き合ってるの?」
ちらりと結衣お姉ちゃんを見る。結衣お姉ちゃんの反応が見たかったのだ。ちょっとでも照れて慌てるとかすれば脈あり…なんだけど、残念。全く表情が動かない。
「付き合ってません。」
結衣お姉ちゃんはさっぱりきっぱり言い切った。
「そう。残念ね、ユキ?これ麦茶だから飲んでちょうだい。夕食はたこ焼きを作る予定みたいよ。少しでも出店気分を味わいたいのかしら?遠慮せずに食べて行ってね」
オレのがっかり感を見透かすように月姉が笑った。まあ、普通自宅に呼ぶような女の子に「付き合ってるの?」って聞いて「付き合ってません(平常心)」の流れは凹むわな。
しかし義母さんは本気出してきたな。普段面倒がってあんまり作らないけど義母さんのたこ焼きは旨い。
「ありがとうございます。お言葉に甘えてご相伴にあずかります。」
結衣お姉ちゃんはにこりと微笑んだ。
「ああん、ホント可愛い!しかも礼儀正しい!もう一人妹がほしくなっちゃったわ」
月姉の病気が出た。
月姉は礼儀正しくて可愛い女の子が大好きだ。百合とかじゃないっぽいけどお人形さん感覚なんだと思う。
「だ、大丈夫ですか?月絵先輩」
「ええ。大丈夫よ。ちょっと興奮していたみたい。お見苦しいところを見せたわね。ゆっくり二人で楽しんでちょうだい。ああ、そうそう。浴衣姿、大人っぽくて色っぽいわよ。素敵だわ。」
月姉はハッと我に返って退散していった。結衣お姉ちゃんが設定した以上に変な姉なんじゃなかろうか。因みに自宅での月姉のポジションはガキ大将である。
しばらく談笑していると花火が上がる。赤青黄色の大輪の花が夜空を彩る。
「綺麗だね」
結衣お姉ちゃんがうっとりと呟いた。結衣お姉ちゃんの大きな瞳にはキラキラ花火が光ってて凄く綺麗だ。
「…うん。綺麗だ。」
花火よりも結衣お姉ちゃんが。
オレはばれないように結衣お姉ちゃんをチラ見した。
途中で義母さんが底の深い大皿にたこ焼きをてんこ盛りにしたものを持ってきた。家でたこ焼きを食べる際は小皿に取って好きなトッピングをかけて食べる方式だ。お好み焼きソース、醤油、青のり、鰹節、マヨネーズ。
外はカリカリ中はトロトロのたこ焼きだ。オレはソースと鰹節とマヨネーズをかけて食べる。
「おいし~!!」
口に入れた結衣お姉ちゃんがすぐに笑顔になる。
「良かった。いっぱい食べてね。ウチのたこ焼きは中にチーズとかキムチとか入れたのも交じってるから。嫌いだった?」
あらかじめ嫌いな食べ物とか聞いておくべきだったな。ぬかった。
「ううん。好きだよ。」
「なら安心。苦手な味のがあったらオレに回していいから。……あーあ。結衣お姉ちゃんのノートみたくオレにも結衣お姉ちゃんの詳細なデータがあればいいのにな。」
そうしたら結衣お姉ちゃんの好きな食べ物をご馳走してあげられるし、嫌いな物を出して失態、なんてこともないだろうな。食べ物だけじゃなくて服や行動も。
データがあれば嫌われるリスクは少なくなるはず。
たこ焼きをぱくつきながら考える。
「よくわかんないけど、対人関係において相手の新たな一面を知るプロセスは喜びだと思うよ?悪い一面だったってこともあるかもしれないけど。」
「…そっか。そうだよね。新しく知っていけばいいんだ。」
口があるんだから、好きなことや嫌いな事、聞けばいい。新しく知る事が出来たらきっと嬉しいと思う。結衣お姉ちゃんは鈍いようでいて肝心な所は分かってるんだな。
結衣お姉ちゃんは相当花火が好きみたいだ。花火に見惚れるあまりにたこ焼き落としそうになってた。慌てる動作が可愛くてちょっと笑ってしまった。
ふと気がつくと結衣お姉ちゃんの唇の端にソースが付いていた。指摘すればいいだけの事だが、オレの身体は自然に動いた。
「ソースついてる。」
ソースを親指で拭ってあげた。結衣お姉ちゃんは恥ずかしがっているようだ。ふふっと笑って親指のソースを自分の舌で舐めとった。結衣お姉ちゃんはオレの親指を目で追って顔を赤くしていた。意識するだろうと思った。オレは計算ずくだけど、ちょっとはドキッとしてもらえたかな?
「そう言えば桃姉合宿に向けて料理の練習してるよ。」
桃姉の情報をまわす。家で毎日毎日同じメニューを食べさせられる地獄の日々が続いているのだ。死ぬほど練習してその場だけ取り繕っても付き合い始めたらばれちゃうと思うんだけどな。
「へえ、七瀬さん陸上部だから八木沢先生に食べてもらえるんだっけ?メニューは何?」
「めんつゆを使った和風パスタみたい。」
「運動後だからさっぱりしてていいかもしれないけど…簡単そうだね?」
オレも簡単そうだと思うんだけど、桃姉にとっては簡単じゃないみたいだよ。
「桃姉料理は壊滅的なんだ。家庭科の調理実習の時も凄く練習してたし。今回も最初はツナの油でギトギトとか、めんつゆがすごくしょっぱかったりとか、凄い味のを出された。今はなんとか形になってきてるけど。」
ずっと同じ物を食べさせられ続けてるからオレの舌は麻痺しつつあるけどね。桃姉の戦場を思い浮かべてちょっと笑った。
桃姉も月姉も料理苦手だからな。オレもそんなに台所に立つ訳じゃないから人の事言えないけど。
「それじゃあそんなに好感度アップは望めないね?」
「だよね。八木沢教師が桃姉の本命だったら困るな。」
「同じ部活入るくらいだから園芸部の四月朔日君よりかは優先度上みたいだけどね。」
八木沢教師か。本命だった場合高校の3年間(告白してからは約2年か)秘密で付き合わなきゃならない訳か。途中で妊娠して学校に交際が発覚、八木沢教師クビとかは止めてほしい。まだノートに縛られてる分、桃姉が八木沢教師とむにゃむにゃと想像すると胸が痛い。
ふうと息が漏れた。
「それより雪夜君はそろそろ心変わりの相手の目星は付いたの?」
「うーん、まあ…」
今現在隣に座ってる人に心変わりしてると思うんだけど…結衣お姉ちゃんのガードは緩いようで固い。恋愛を拒否している壁が見えるようだよ。オレって望みある?
「まっ、それは置いといて花火見よう?」
今はまだ口に出すべきときじゃない。
それからもぽつりぽつりと会話をしては笑いあう。結衣お姉ちゃんの誕生日は9月22日だそうだ。危ない危ない。聞き逃してたら大事なバースデー祝い損ねる所だった。何をプレゼントしようかな?
結衣お姉ちゃんは義母さんにしっかり「ご馳走様です。たこ焼きとっても美味しかったです。今日はお邪魔してしまってすいません。とっても楽しかったです。」と言って挨拶した。帰りは駅まで送って行った。
楽しかった。自宅デート。
帰ってすぐに浴衣を脱いでレジャー椅子と簡易テーブルを片付けた。証拠隠滅。
月姉に「今日結衣お姉ちゃんが来た事は誰にも内緒にして。桃姉にもだよ!スイートホームのサバラン奢るから。」と口止めした。
「雪夜、ちょっと見て見て~。結衣ちゃんからのお土産凄いの。」
義母さんが結衣お姉ちゃんがくれた手土産の箱を開けていた。
中には立体的な薔薇型のクッキーが沢山。これは型抜きクッキーとかで作ったんじゃないな。一枚ずつ手で花弁をつけていったやつだと思う。
「きれいだね。結衣お姉ちゃんはお菓子作りが趣味なんだってさ。」
「やっぱり手作りなの?すごいわ~。」
義母さんはクッキーを一つつまむとぱくりと齧った。
「ん~味も美味しい。」
オレも一つつまんだ。おいしい!オレの好きなチョコレート味。結衣お姉ちゃんオレに気を使ってくれたのかな?
「結衣ちゃんって礼儀正しいし、可愛いし、色っぽいし、お菓子作りも上手だし、あんな子が雪夜のお嫁さんに来たら母さん嬉しいな~」
ニコニコしながら催促してきた。そりゃそうなればオレも嬉しいけどね。




