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エピソード3 春宵の幻惑

<直人ターン>


GW中休み2日目  既に午後21時30分

駅前商店街にある お好み焼き屋「風町」


どことなく「昭和」な感じがする店内。 縦長の間取りに並んだ8つのテーブルにはそれぞれ鉄板が敷かれていて、焼きながら食べられるスタイル。 当然、箸ではなくコテで食べる。


店の奥、暖簾のれんの向こう側が厨房ちゅうぼう。 「玉」の仕込みやデザートのこしらえやらは こっちでやる。 勿論、お客さんが自分でお好み焼きを焼けない時の為に、大型の鉄板も用意されていて 一度に10枚のお好み焼きが焼ける様になっている。


厨房の隅には 敷居を上がった小さな和室が有って、従業員の休憩室になっている。 と言うか、此処がこの家の中心 。  テレビと炬燵こたつと仏壇が置かれて有る。



相変わらず、客の入りは少ない。 本当にこの店、やっていけてるのだろうか。 

…等と心配しているのが僕、アルバイト店員の春日夜直人である。




この際だから 少し僕について紹介しておく事にする…

背は160cmあるかないかで長身と言う程でもない、どちらかと言えばメタボ体型、運動神経には全く自信が無いし、顔も平面で一重のつり目、お世辞にも格好良いとは言えない。


更に、巧みな話術とか、女の子が好みそうな話題とか、そう言う才能からも無縁だ。 もともと人付き合いは上手い方ではない。 幼少の頃は超のつく金持ちのボンボンだったから、社交辞令的な「ご学友」は沢山居たけれど、腹を割って話せる友達なんて、…殆ど居なかった。


要するに、「典型的にパッとしない奴」なのである。



手持ち無沙汰ぶさたになった僕は 少し早めに店内の掃除に取掛かり始めていた。



仁美:「ねえ、」


仁美が、甘えた声を出しながら…何故だか僕のシャツの襟首を摘んで後ろに引っ張る。



ついでに? 仁美の事も紹介しておくと…

彼女は僕のクラスメイトで、この店の一人娘である。


身長は155〜160cmくらい。 トランジスタグラマーなボディからは 大人になりかけた女の色香が匂い立っている。 地味目な顔は ふちい眼鏡と左右に束ねたお下げの所為せい、でも 大人しそうな雰囲気に隠された うるんだ瞳とうるおった唇には 男子のハートを一撃で射止めるのに十分すぎる威力が秘められていた。


その上、成績優秀、優しくて面倒見が良くて、学校では委員長なんて面倒くさそうな職にも就いていて、所謂 皆から頼りにされる存在なのである。


まあ、確かに度の過ぎるお節介焼きで、クラスの皆からは関わり合いになる事を避けられる傾向は有るが、其処さえ少し気をつければ、大抵の男子から憧れられる存在になる事は間違い無しの女子である。




仁美:「直人、もう宿題終わった? 教えて欲しいとこ有るんだけど バイト上がったら一寸ちょっと部屋に寄ってってくんない?」


厨房の片付けをしていた店長がうらやましそうな視線を僕に投げる。



店長:「今日はもう客も来ないだろうから、早めに上がっていいぞ。 俺はまだしばらく下でテレビ見てっから、俺の事は…その、気にすんな。」


店長、意味深に目を伏せる、

仁美、ハッとして顔が真っ赤になる、



仁美:「ち、ちょっと、信じらんない。 アンタ今変な事想像してたでしょう。」


店長:「馬鹿野郎、親に向かってアンタとは何だ。」


仁美:「アンタで駄目ならエロじじいよ、…何で、私達がうちで…「そう言う事」しなきゃなんないのよ。」


直人:そう言う事…って??



店長:「そりゃ、…外だと、色々金が掛かるじゃねえか、うちなら一晩泊まったって無料ただだし。 腹が減れば食いもんも有る。」


仁美の顔が更に真っ赤になる。



仁美:「だから、宿題するだけだって言ってんでしょう! 全く…直人、こんな奴放っといて行こ。」


仁美が強引に僕の手を引っ張る。



直人:「あ、掃除が未だ途中…」


店長:「直人、しっかりやれよ!」


相変わらず…

盲目なまでに娘の事を溺愛し、異常な迄に理解のある父親だったりする。




二階に上がった一番手前の部屋が仁美の部屋。 奥が店長と奥さんの寝室。


この店でバイトし始めて1ヶ月が経とうとしていたが、僕は未だに奥さんの姿を見た事が無い。



直人:「お邪魔します。」


立て付けの悪い襖障子ふすましょうじの扉を開けて…仁美の部屋に入る。



小学校の頃から使っているに違いない学習机、きちんと布団のたたまれた畳ベッド、洋服箪笥、謎の押し入れ、部屋の此処其処にはぬいぐるみが置かれていた。


相変わらず綺麗に片付いていて、ふんわりと女の子の匂いが漂っている。



仁美:「ちょっと、お茶いれて来るから 座って待ってて、

…言っとくけど、何も触らないでよ。 絶対に押し入れ開けちゃ駄目だからね。」


仁美が念を押しながら部屋を出て行って、…僕は女子高生の部屋に一人残される。 机には普通の椅子の隣に多分 鏡台用の小さな椅子が並べておいてあった。



直人:これに座ってろって言うのかな…



何故だか、机の上にはきちんとコップに入れられて沢山のアイスの棒が保管?されている。



直人:「一体、何に使うんだ?」




やがて、急須きゅうすと湯のみ茶碗、かりんとうをお盆に載せて 仁美が戻って来た。



仁美:「さてと、」

直人:「…宿題って?」


仁美:「あんなの口実よ、…一寸手伝って欲しい事があるんだけど。良い?」


仁美の頬が照れている。



直人:「いいけど、」


小学生用の学習机に高校生が二人並んで座る。

…やたら距離が近い。




仁美は、ノートパソコンのスイッチを入れた。



仁美:「あのさ、笑わないでね。」


いきなり仁美は僕の方に向き直ると、真剣な眼差しで僕を睨む。



直人:「な、に…?」



仁美:「実はさ、一部の女子の間で、リレー小説って流行ってるの。」

直人:「何、リレー小説って?」


仁美:「一つの物語を大勢の人が少しずつ書いて繋いで完成させる小説の事。 聞いた事ない?」


仁美はカチャカチャとパソコンを操作して、インターネットの小説投稿サイトを開く。



仁美:「ほら、コレなんだけど。」


直人:「「小説家で…あろう?」、お前小説家になるの?お好み焼き屋じゃなくて? 」


仁美:「違うって! クラスの皆で、一人の作者になって、リレーで少しずつ小説を書いて楽しむって遊び、本当に小説家になりたいのは言い出しっぺの中祖だけ。」


途端に仁美は、真っ赤になって完全否定する。

そんなに挙動きょどらなくたって良いのに…



直人:「中祖…さん、って あの背の高い?」

仁美:「そう、」


直人:「それにしても、登録者数30万人って凄いな。 こんなに競争率の高い世界なんだ…、」


仁美、手慣れた手つきでサイトを巡回して行く、



仁美:「ほら、これ…」


直人:「変な名前だな、これなんて読むの?」


仁美:「亜蘭あらん 結衣ゆい、よ。」

直人:「レーサーみたいだな…、」


仁美、一寸不服そうな顔、



仁美:「それより、…中身読んでみてよ。」


僕は、ノートパソコンのマウスを渡されて…

…クリクリとページをめくって行く。



直人:「ふーん、これって 皆で書いてるんだ。」


仁美:「クラスの女子5人かな、順番で、一話ずつ…」


直人:「へー、それで、インターネットで公開してる訳?」


仁美:「ちょっと、恥ずかしいけどね。 やってみると結構面白い。」


直人:「なるほどね、」


僕は、マウスを仁美に返す。



仁美:「成る程って、それだけ? もっと感想とか無いの?」


直人:「あんまり小説って興味ないから。」


仁美、小さな溜息、



仁美:「アンタ一体何に興味あるのよ? 一度アンタの趣味についてとことん語り合いたい今日この頃だわ。」


直人:「良いよ、別に趣味なんて無いから。 それで? リレー小説が、どうしたの?」


仁美、再び照れ顔…



仁美:「それでね、私の順番が回って来たんだけど、これ迄のストーリーの流れから 主人公の女の子と片思いの男子が、…偶発的な 濡れ場のシーンに突入する事に なっちゃってるのよ。」


直人:「何だよ、その偶発的な濡れ場って言うの?」


仁美、更に真っ赤に…



仁美:「つまり、色々あって、成り行き上、エッチに突入する場面よ。」


直人:「お前等、一体真面目な顔して何書いてるんだ? て言うか、これって新手のセクハラめじゃねえの?」


改めて、まじまじと小説に目を通す…

…成る程、もう 二人とも裸でベッドの中に居る訳だ、



直人:「こんなの、…場面が変わって済んだ後って事にするとか、他の場面に飛ぶとか、やりよう有るんじゃないの?  別に真っ向勝負に挑まなくても…、」


仁美:「「済んだ」って、…生理現象みたいに言わないでよ。 こういう場面も物語上重要なのよ。 特に、愛し合うシーンはお互いの全てをさらけ出して相手と認め合う「癒し」のシーンでもある訳だから…」


仁美、何故か熱く語る…



直人:「それで、僕にどうしろと? 小説なんか書けないよ。」


仁美:「意見を、聞かせて欲しいのよ。 …と言うか、私エッチなんてやった事無いから、 その、教えて…。」


今度は、僕が…固まった。



直人:「えっ? えっ?? エ、エッチするの?」


仁美、自分の言った台詞の意味に気がついて

…固まる。



仁美:「ば、馬鹿? アンタ、じ、実際にする訳無いでしょう…、エッチってどう言う事をするのか、言葉で教えてくれって言ってるの!」


直人:「声がデカいよ!」


僕は思わず、仁美の口をふさぐ…、



直人:「それに、…ぼ、僕だってそんな経験豊富って訳じゃないし…」


仁美、口を塞がれたまま凍り付いて…今度は真っ白になってる。



仁美:「あ、あ、あ、あるの?」


いきなり!

…僕の肩をがっちりつかんで ぶんぶん振り回す。



仁美:「こうなったら、教えなさい、とことん教えなさい、 い、一体何をしたのよ、何時、どうして、ど、どんな風にやっちゃったの?」



直人:「なんか主旨変わってねえか…」


頭がくらくらする。



仁美:「直人のくせに生意気過ぎ! ちょっと、いや 絶対許せない。」


仁美、何故だか遠くを見て 爪を噛んでいる



仁美:「ああ、気分悪い〜」


直人:「そんな、気分悪い事言いましたっけ、僕。」


仁美:「最高のジレンマよ!」


仁美:「アンタに遅れを取るなんて受け入れざる事態だわ、でも だからと言って手っ取り早く誰かと… そう言う事 するのは有り得ないし…」


仁美が上目遣いに僕を見る。

…相変わらず ほっぺたが真っ赤、



仁美:「悔しすぎる…」


仁美、半泣き?



直人:「あの、帰っても良いかな、」


僕は軽い溜息を付きながら…



仁美:「駄目に決まってるでしょう! 経験者だって言うんなら、詳しく、事細かに教えなさいよね。」


仁美:「ずは、…どうするの?」


仁美、 更に距離が近くなる。

…照れた仁美の顔、ちょっと可愛いかも知れない。



直人:「先ずって…」


僕は、じっと凝視して来る仁美の顔を…直視出来ない。



仁美:「最初は、手を握るとか、髪を撫でるとか、するの?」


直人:「つ、つまむ…とか、かな」


仁美:「つ、摘むって…何を摘むの?」


直人:「主に、いじると硬くなる所とか、」


仁美:「抱きしめたり、優しい言葉囁いたりとか…しないの?」


直人:「や、やらしい事 言ったりとか…かな、」


仁美:「何で? 女の子 可哀想じゃない?」


直人:「そうかな、むしろ、喜ぶとか、…喜んでないのかな??」


仁美、だんだん不安そうな顔になる…



仁美:「キ、キスとかは? ほら、舌を入れるとか、やるの?」


僕は、仁美とのキスの事を思い出して 思わず胸が「ドキッ」っとする。

…あの時は、ちょっと唇に触れただけだった、



直人:「やる…かも、後、めるとか…」


思わず目を逸らしながら…



仁美:「舐めるって、ド、何処を…」


直人:「何処をって、その、あっちこっち。」


仁美:「ぐ、具体的には、」


仁美、どんどん覆い被さる様に僕の方へ迫って来る…



直人:「…首とか、胸とか、あと、…体中」


仁美:「そ、そしたら、見つめ合ったり出来ないじゃん。 女の子…独ぼっち??」


直人:「あの、仁美さん…、ちょっと 近い…、」


…暫し沈黙、 お互い体勢を整える。



仁美:「なんか、思ったより ロマンチックじゃないのね…物理的接触ばっかりで、」


直人:「どう言うのが、良いわけ? 逆に聞かせて欲しいよ…」



仁美:「お互いの目を見つめ合って、…優しく抱きしめて、…甘い言葉を囁いて、…は、裸でくっ付いて、…ほら、お互いを確認し合うってそう言う事じゃないの。 こんなにも好きだよ! …って。」


直人:「そ、そしたら、何にも出来ないじゃん。 というか、そんなの男にとっては逆に生き地獄だよ…」



仁美:「そ、そうなの?」

仁美:「…じゃあどうすればいいの?」


僕は、暫し躊躇ちゅうちょ 5秒くらい…



直人:「いかせるとか、最終的にはいくとか、」


仁美、暫し躊躇 5秒くらい…



仁美:「い、やっぱり、そう言う事になるんだ、…その、「いく」のが最終目的なの?」

仁美:「なんか、身体だけが目的みたいで、嫌だな…」


直人:「だって、何の話してんだっけ。」


仁美:「え、エッチのしかた。」


仁美、改めて自分で言って、自分で照れる…



直人:「だから、色々やって、お互いに、気持ち良くし合わないとエッチにならないじゃん。」


仁美:「そう言うのは、デザート的なモノかと…、むしろご褒美的な?」


仁美、再びの上目遣い…



直人:「というか、デザートメインだから。 全部ご褒美だから。」


仁美:「分かったわよ、じゃ、じゃあ、デザートの部分行きましょう。」



—15分経過—







仁美はさっきから机の下で足をモジモジさせている。


仁美:「はあ〜っ、」


直人:「なに溜息付いてんだよ。 教えろって言ったの仁美の方じゃないか。」


仁美:「分かんないけど…、色々ハードル高かったわ。 疲れた。」


直人:「疲れたって、話聞いてただけじゃん。」


仁美、マウスのポインターでパソコンのデスクトップを撫で回す…



直人:「じゃあ、僕、帰るよ。」


立ち上がろうとした僕のお腹のシャツを…仁美が摘む。



仁美:「あのさ、」

直人:「何だよ。」


仁美:「やっぱり、話だけじゃ…よく、分かんない、」

仁美:「…とか、」


仁美、三度みたび、ほっぺた真っ赤で上目遣い…

なんか、変なスイッチが入ってる?



直人:「いや、何かな…この流れ。」


仁美:「このままじゃ、分かったんだか分かってないんだか分からないのよね。 それって一番 不味まずく無い? …勉強と同じで。」


僕、三度硬直…



直人:「じ、実際に…やってみるって事?」


仁美:「違うわよ! 馬鹿ね。 …もう少し、その、説明よ説明! その、本当の所どんな風になるのか、体験学習みたいな奴よ。」


仁美、再び声が大きくなる…



直人:「つまり、それって、実際にやるって事じゃん。」


僕は人差し指を立てて、口の前で 「し〜!」のジェスチャ、



直人:「クラスメイト同士で、そう言うのって…不味く無い?」


仁美:「兄妹でやるより全然普通じゃない?」


仁美、何故、睨む? 何故??



仁美:「ほら、この間 直人にキスさせてあげたでしょ。…そのお返しって事で、一寸ちょっとだけ、最初の方だけ試してみるとか。」


仁美、物欲しそうな顔で、僕を見つめる…

僕は、タジログ…


やばい! この女、可愛過ぎて…このままだと自分を抑えられなくなる。

それは不味いだろう〜、女の子の家で、多分両親が聞き耳立ててる中で、



直人:「む、無理、特に最初だけとか有り得ないから。 始まっちゃったら最後迄行かないと無理だし、」


僕は、お腹の肉を摘む仁美の指を、丁寧に取り払う…



直人:「ほら、…今日はもう遅いし、店長 何時迄も下でテレビ見てる訳にも行かないじゃん。 また、今度な、」


何故だか、襖障子の向こう側で、廊下の鳴り軋む音が!

…聞こえた気がする、



仁美、口が毛虫になる、、


仁美:「わ、分かった。 そうする。」













夜23時

黒い ブリヂストン製の業務用自転車「ジュピター」を漕いで…

駅前の踏切を渡り、古い雑貨屋の角を曲がると100m程先にスーパー「イチカワ」が見えて来る。 後は、心臓破りの坂を上れば「富士見」の児童公園の上に僕と直子が住む「スカイコーポ中川」が有る。



今年の3月迄、親が事業に失敗する迄は、僕は八王子の豪邸に住んでいた。 運転手付きのベントレーで都内の有名私立学校に通い、親同士の付き合いを円滑にする為の「ご学友」との楽しい?学園生活を送っていた。


ところが、春に 父親の会社は大きな損失を出して倒産し、僕達は所謂いわゆる裸一貫の状態になってしまった。 父はレアメタル関連の事業を営んでいたが、立て直しの為に南米に赴任する事となり、…現在奮闘中である。



妹の直子も同様の境遇だった。 直子の父親は僕の父親の親友であり共同経営者だ。


それで、住んでいた豪邸を追い出される事になった僕達は、父親の後輩に当たる中川礼子という少し若作りだけど 胸の豊かなバツイチ美人(大家さんの名誉の為にこう言っておく)が経営するスカイコーポ中川に引っ越す事となった訳だ。


ちょっと問題が有るとしたら、…それまで一度も会った事の無かった高校生の男女が、いきなり6畳一間のアパートで共同生活を送らなければならなくなった…と言う事だが、其処ら辺の話はまた別の機会に…




と、坂道を上り始めた処で、僕は何やら不穏な雰囲気を察知した。


犬? が数匹、固まっている。

こんな夜遅くに、飼い主の姿も無く、一体 何をしてるんだろう?



犬達は、…何かに群がっている様だった。


それぞれ中型の雑種、

あんまり綺麗じゃない、…いや、身体は汚れていて、中には何だか皮膚病にかかった様に毛が所々抜けていたりする奴も居る。



あんまり関わり合いになりたく無いが、この坂道を上らない事にはうちに帰り着けない。


…と言う訳で、ペダルを漕ぐ足に一層の力を込めて加速する。


すれ違い様にチラと目をやると、

…どうやら、犬達は奪い合う様にして何かを食べているらしい。



僕は、其処に信じられないモノを目撃する、


アスファルトを濡らす血

顔面から転がり出た眼球

溢れ出した腸


…食い散らかされた犬の屍骸。



直人:「コイツ等、共食い…!」


やがて、群れの中の一匹が 僕に意識を向ける。



激しく吠え声をあげながら、僕に向かって駆け寄って来る。

…結構速い 。



僕は必死でペダルを漕ぐが、頑丈な業務用自転車で上る坂道はそれ程容易ではない訳で。 …あっという間に追いつかれる、


直人:「こっち来んな!」



先行する一頭の吠え声につられて、

…あっと言う間に、残りの数匹も走りよって来る。

…一匹がペダルを漕ぐ僕の足に飛びついて噛み付こうとする!


僕は、寸での所で足をあげてかわす。



直人:「コイツら、一体何なんだ?」


何時の間にか、犬達は本気になって僕を狩りに来ている。



直人:だめだ、ここから先は 更に勾配がきつくなる。

…それよりも一旦坂道を引き返して、コイツ等を振り払った方が良さそうだ。


そうして、自転車を方向転換しようとした その瞬間!



一匹の犬が自転車の荷台に駆け上った。



直人:「嘘だろう?」


醜くしわを寄せた表情で牙を剥き出しにして、

…怒りにまみれた視線で僕を睨む。



気をられた隙に、一匹が僕の左足首に食らいついた。


傷みよりも、ショックの方が先に来た。



直人:なんで? 何で犬に噛み付かれてるんだ?


事態を飲み込めないままパニクっている僕に、別の一匹が飛びかかる。 左脚に食らいついた一匹は、激しく首を振りながら僕の自由を奪う。 もの凄い力で引っ張られて、 …あっという間に、僕は自転車から引き摺り下ろされてしまった。



無様に転倒し、シコタマ腰を強打する。



直人:「ちょっと、待てよ!」


別の一匹が僕の顔を狙って覆い被さって来る。

咄嗟に出した右腕に、めりめりと犬の牙が食い込んで行く音がする。



直人:もしかして、僕、犬に…殺される?


有り得ない展開に思考が追いついていない。

ようやく、とんでもなくヤバい事態に巻き込まれている事に気付く。



熱を持って、傷みが身体の内側からしみ出して来る。

更に別の一匹が足に噛み付いてぶんぶんと引っ張る。


辺りは興奮して五月蝿うるさく吠え立てる犬達の鳴き声で騒然となっていた。







その時、


犬:「キャイン!」


一匹の犬が悲鳴を上げる。



男:「こら、来るんじゃ無い、あっち行け!」


牙を剥き出しにして構える犬達に、

その男は再度 5番アイアンを振るう。


見事、それは犬のあごに命中して、一匹がフラフラとひるむ、



男:「しっ!、しーっ! 向こう行け!」


更にもう一撃、



犬:「キャイン!」


まともに鼻っ面を叩かれた一頭が、とうとう、後退する。


吊られて、他の犬達も次第に距離を取る。



男:「ほら、行け、行っちまえ!」


男がゴルフクラブを振りかざすと、

…とうとう 犬達は退散して、やがて居なくなる。



男:「大丈夫か、君。」


僕は、半泣きの顔でその人を見る。


痩せている?太っている?

黒いスゥエット? 白衣?



…何だか、意識が朦朧もうろうとする。



男:「これは酷い、直ぐに手当てしなきゃ。」


直人:「ありがとう…御座います。」



男:「うちは直ぐ其処で医者をやっている。 消毒と簡単な手当なら出来るから、寄って行きなさい。」


男は、ぼろぼろになった僕をアスファルトから引き起こして…肩を貸して支えてくれた。



男:「それにしても、今時 野良犬のらいぬだなんて、信じられんな。」




…そうして、結構立派な家の応接間に僕を通して、ソファーに横にならせる。



男:「何処を噛まれた?」


直人:「腕と、足、後、顔も爪で引っ掻かれました。」


牙の形に穴が空いた傷口から黄色いうみにじみ出して来ていた。



男:「結構酷い傷だな。犬の噛み傷は見た目よりも深いんだ。…ちょっとみるよ。」


そう言って、男は、大量の業務量消毒液で僕の傷口を洗浄する。


それから、抗生物質だという軟膏なんこうを塗って、…湿布薬の様な物を貼付けて、包帯を巻いて行く。



男:「薬を塗ってあるから包帯は剥がさないで、水に濡らさない様にして、」



男:「まさかとは思うが、念の為に破傷風のワクチンと狂犬病の暴露後ワクチンも打っておこう。」


男:「狂犬病の危険性は低いと思うが、野犬の牙はばい菌が酷いからね。」


手慣れた手つきで、「何か」を2本注射される。



男:「後、飲み薬も出すから、帰ったら飲む様に。」




何だろう、ふらふらする。

…今になって、身体が怠い。



直人:「スミマセン、色々お世話になっちゃいました。」


直人:「この治療代はどうすれば良いですか。」


男:「二日経ったら、 もう一度 うちに来て傷口を見せて、…今日の分の治療代はその時に清算で良いよ。」





男に見送られて、家の外を警戒する。

…既に辺りには野良犬の気配は無い様だった。



僕は、ひっくり返ったままだった自転車を起こして、フラフラと押して歩く。



直人:酷い目に…遭った。







家にたどり着いた時は、既に2時を過ぎていた。


包帯の中の傷が、…ひりひりと痛い? 痒い?



直子:「お兄ちゃん! こんなに遅く迄、一体、何、して たの〜!!!!」


玄関で寝ずに出迎える妹は、最初怒ったお説教口調から、

…やがて、包帯だらけの僕の姿を見て、悲鳴に変わる。



直子:「大丈夫? やだ、痛いの? 平気? 何が遭ったの?」


僕よりも、直子の方が涙目になっている。




直人:「直子、疲れた…。」


僕は、玄関先で 靴も脱がないまま倒れ込んだ。


登場人物のおさらい

春日夜直人:主人公

森口仁美:ヒロイン

店長:仁美の父親、昭和のエロス

朝比奈直子:直人の妹、兼ペット

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