エピソード1 白い悪魔
<志下沢ターン>
GW初日、夕刻
それ程大きくない小田急小田原線駅前、コンビニ前の路上に黒の大型ロードバイクが止まっている。
アプリリアRSV4、999.6cc、65°V型4気筒、78kW/7000rpm、9.8kgf/7000rpm。
道行く人達が思わず振り返る強烈な存在感。
部活からの帰りらしい数人の女子高生達が バイクにもたれ掛かってガラ携で通話する大男の事を遠巻きに噂している。
その男、素人が見ても分かる程に鍛え上げられた体躯は裕に190cmは越えている、 バブアーのオイルドジャケットにエドウィンの細身のカーゴパンツという出立ち、大きめのヴィクトリノックスのリュックを肩にぶら下げていた。
全体的に黒い…。
大男:「見つけました。 今 相模大野です。」
大男:「小学生くらいの男の子を連れた大女、間違い有りません。」
大男:「市営駐車場に車を停めて、そこから駅前の貸しテナントビルに入って行きました。」
携帯:「良くやった。…行き先が特定できたら 直ぐに戻って来るんだ。」
大男:「あの二人が直に接触して話をする機会なんて滅多に無い筈です。 出来る処迄 情報を探ってみます。」
携帯:「無理は止めた方が良い。 敵の居所が分かっただけでも大した収穫だよ 。 先ずは作戦を練り直すんだ。」
大男:「宗条様の心配は大変なモノです。 一刻も早く事態を収拾して計画を元のタイムテーブルに復帰させなければなりません。 この機会を逃せば、更に数週間を損失する事にもなりかねません。」
大男:「多少のリスクは覚悟の上で「偵察」を試みたいと思います。 こっちもプロです。 そう簡単に気取られる様な真似はしませんから。 ご安心ください。」
携帯:「焦るな。「加茂」の身内を甘く見ては駄目だ。」
大男:「スミマセン、…電車の影響で電波の状態が良く無い様です。 後ほど結果は報告します。」
大男は「確信犯」で携帯の電源を切った。
大男:全く、…現場を知らない「白組」のエリートを上司に持つとイチイチ疲れる。 よく分からない事に口出しせずに 任せておけば良いのだ。
(作者注:「」無しは心の声。)
それから、ヴィクトリノックスの中身を確認する。
必要な道具は、…十分に揃っている。
大男:これが成功すれば 少なくとも2つは「ポイント」を貰える筈だ 。 何時迄も 室戸(携帯通話の相手:気に食わない上司)なんかに良い様にこき使われていて溜まるものか!
通りの反対側から目標のビルを観察する。 駅前の通りから一つ脇道に逸れた鼠色の5階建て。 その3階に奴等は居る、
ビルの裏口のドアを、 普通に鍵で開けるのと同じペースでピッキングする。 所要時間、約5秒。
さりげなく周囲の防犯装置をチェックしながら、侵入する。
中は、…切れかかった蛍光灯が明滅する薄暗い廊下に続いていた。 どうしてこう言う構造にしたのか? 廊下には外に通じる窓が一つも見当たらない。
大男:大した備えも無い…、 それにしても辛気くさいビルだな。
一つ上の階、4階に上がる。
GWに入ったばかりの貸しテナントビルは、幸いな事に人気が少なかった。 素早く廊下の防犯装置を確認し…
…あたかも関係者の様に 然りげ無い速度でドアの鍵を開けて、無人の部屋に忍び込む。
位置的にはちょうど奴等の部屋の真上の筈。
床下に配線を納められる様になったOAフロア(床)のパネル状床材の一つを引きはがし、50cm程の深さの隙間に巨体を潜り込ませる。
二重底の床下はコンクリートの打ちっぱなしになっていた。 掌で感触を確かめてみるが、…びくともしない。
リュックから特殊鋼のドリルを取り出すと、リョービの電動工具の先端にセットして、…低速・高トルク回転で ゆっくりと直径5mmの穴を開けて行く。
15cm程掘り進んだ所で急に抵抗が軽くなる。 どうやら貫通したらしい。
そっと逆回転してドリルを引き戻し、通じた穴にファイバー製の内視鏡を差し込む。 反対側には双眼鏡の様なモニターが付いていた。
それから、イヤフォンを耳に当てて音を拾う。
一人の女が、紅茶のセットを用意しているのが見える。
…瑠璃色がかった髪、芯の強そうな眼差し、華奢で黄金比なスタイル。 神の贔屓としか思えない美貌。 そして人を惹き付けて離さない独特の匂いを身に纏っている
大男:ビンゴ、真っ正面だな。
内視鏡の角度を変えて 、部屋の内部を探索する。
部屋には衝立が有って、その傍のテーブルには 背の高い(というか2mはあろうかと言う巨大な)女と、小学校低学年くらいの男の子が座っている。
ファイバーの先端に付いた集音機の感度を上げて行く…
女:「…どうせ暇だから、世間話する位は付き合ってあげるけど、そう何度も集りの様に無料働きさせられるのは歓迎しないわね。」
スレンダー女が、大女と男の子の前に 紅茶のカップをセットする。
男の子:「解決する迄は面倒見てもらえる約束だろう。」
男の子:「それに今回の件は、そちらのミスと言えなくも無い。」
女:「河川敷の施設は抑えたのでしょう? アレの調査は済んだのかしら?」
男の子:「手がかりになる様な物は残ってなかったよ。」
どうやら この連中が、先日多摩川の研究所に侵入・襲撃した一味に関係ある事は間違いなさそうだ。
女:「変な機械も持って帰った筈よ、」
男の子:「あれは実に興味深い。 今うちの研究室で調査している所だ、」
それにしても、この男の子は一体何者なんだ? 大人の女と対等に話をしている、その話し振りはとても小学生とは思えない。 まるで映画の吹き替えを間違えて聞いているみたいだ。
女:「中に使っている部品の製造元の情報はこっちにも回してよ、 正体不明のモノがあれば特にね。」
男の子:「分かってる。」
スレンダー女が、紅茶に一口 口を付ける。
女:「それで、一体 ワザワザ訪ねて来た理由は何なのかしら。 電話では話せない用件って言うのは。」
…集音機の感度を最大にする。
その分雑音は酷くなるが、帰ってからパソコンでノイズ除去すれば良い。
その時…
…いきなり、何かが身体に纏わり付いて来た!
何時の間にか底引き網の様なネットが手足に絡まって、…自由が奪われる。
大男:「しまった!」
罠が、仕掛けてあった?
機械で巻き上げるウィンチの無情さで、…捕獲ネットに拘束された身体が 暗くて狭い床下を引き摺られて行く。
すかさず、カーゴのポケットからエマーソンのコマンダー(タクティカルナイフ)を展開し、網を切ってネットからの脱出を試みるが…、
大男:「コイツ、切れない…」
次の瞬間、
強制的にダストシュート上の滑り台に引き摺り込まれて…
…落下する!
<文華ターン>
スレンダー女:「いらっしゃい。 歓迎するわ…」
文字通り、網にかかった曲者が、ダストシュートを改造した捕獲機から転がり出して来る…筈なのだが、ネットの中は藻抜けの空?
スレンダー女:「あらら、逃げちゃったのかな?」
文華=スレンダー女は、躊躇無く 天井からぶら下がっている紐を引っ張った。
男の子:「それは、何か?」
文華:「農薬っぽい何か…、」
大きな音がしてダストシュートに重いモノが落ちる。
間髪容れず 飛び出した巨大な影が、男の子に向かって襲いかかってきた。
それを、…大女が前に出て立ち塞ぐ!
身長190cmと200cmの巨体同志が拮抗する、 …まるでプロレス?
文華:「あら、意外とイケメン?」
男の子:「波多、取り押さえろ!」
男の子の命令で波多=大女が イケメン=大男を力任せに引き摺り寄せる。
…が、波多が引くのに合わせてイケメンは間合いを詰め、掌底の一撃を波多の左乳房に被せる。
イケメン:「お前、女か、」
内臓に潜り込む様なネットリとした衝撃!
波多は血を吐きながら膝をつく、…が 座り込む動作に合わせて合気柔術の小手返しの要領でイケメンをひっくり返す…、
イケメンはテーブルを蹴散らしながら、それでもブリッジで地面との打撃を防ぐと、投げられた勢いを逆に利用して身体を捻り…
そのまま 腕を摂って、立ち上がる動作に合わせながら 波多の腕を 普通は曲がらない方向にひしぎ上げる。
波多:「うぁああ、」
意外と…可愛い声を出す、
身体の自由を奪われ 関節を支配された波多の喉元に、再びイケメンの手刀 が極り…
…声と息を奪われて、波多はその場に崩れ落ちた。
男の子:「こいつ、強いな。」
イケメン:「さてと、面倒な事になったが、まあ良いか。 現場判断で…」
今度は ゆっくりと、文華の方に歩みを進めるイケメン。
文華は、微動だにせずにイケメンの所作を眺めている。
文華:「未だ未だ、青いわね。」
イケメン:「何だ…」
台詞を言い終わらないうちに、いきなりイケメンの身体が横に吹っ飛んで、狭い事務所の壁に激突した!
何時から其処に居たのだろう、
あたかも瞬間移動を実現したかの様に、一人のグラマーな美女が ついさっき迄イケメンの居た空間に出現していた。
もう少し説明すると、…グラマー美女の深い踏み込みに合わせた肘撃ちが、イケメンの脇腹に突き刺さり、イケメンは2m以上吹き飛ばされた。
イケメン:「ってえ…」
腰迄伸びた長い黒髪 、モデル体型、結構背が高い。 まるで、西洋のアンティーク人形が日本人形の格好をした様な雰囲気…、清楚、可憐、と 色香が 同居している。
そんなグラマー美女が、一体何処から取り出したのか…二本のトンファを両腕に構えて、呼吸を整える。
イケメンは、のたりと立ち上がる。
イケメン:「あんた、俺好みの女だけど、…手加減は無しだな。」
ゆっくりと、あたかも無防備な風にグラマー美女に歩み寄るイケメン、
グラマー美女も自ら間合いを詰めて…、
身体の展開に合わせて両腕を入れ替える様にトンファ共の肘撃ちを繰り出す。
ところが その早くて重い連撃は、全てイケメンの掌の中で方向を変えられて透かされる。
そして何気なく触れて来たその掌から、
…瞬発的な衝撃がグラマー美女の肩を透徹する!
半歩、退くグラマー美女、
グラマー美女:「全く、…情けない。」
ここ数年、実戦から遠のいていた附けが回って来たらしい。
グラマー美女は再び 一気に間合いを詰めながら、トンファに仕込んだテイザー針(針のついたワイヤーを射出するタイプのスタンガン)の安全装置を解除する。
イケメン:「彼女!気配が泳いじゃってるね、誘ってるのバレバレだよ。」
グラマー美女は 肘撃ちを繰り出しつつ、
…テイザー針のトリガーを引く
其処には既にイケメンの姿はない。
…しかしテイザー銃はフェイント!
グラマー美女の背後に回り込んだつもりのイケメン目掛けて…
…もう片方のトンファが強襲する!
…そして、トンファに仕込まれたスタンガンが炸撃!!
20mA 130万Vに改造された電撃がイケメンを襲う…が、
イケメン:「悪いな、このバブアー、特殊なオイルを沁み込ませてあるんで、電撃は効かな…、」
…の、台詞を言い終わらない内に、
四方八方から無数の小さな針が飛んで来てイケメンに突き刺さった。
少なくとも30本以上??
文華:「さすが富士本、ドンピシャの位置ね。」
トンファのスタンガンすらフェイク、
知らず知らず所定の位置に追い込まれていたイケメンは、神経毒を塗った数十本の細い針に刺されて、
…とうとう、床に倒れ込んだ。
金髪:「こいつ一体何者なのです?」
もう一人、やはり何時の間にか女子が現れている。
身長は150cmくらい。 華奢で「永遠の発展途上」なスタイル。 髪を金に染めている。 そしてこの女、子猫の様な赤ん坊の様な匂いがする。
文華:「おかえり、早かったわね。 …お陰で助かったわ。」
富士本=グラマー美女が ひっくり返ったテーブルを戻して、割れたティーカップを掃除する。
男の子:「凄いな、一体何者なんだ、君たちは。」
文華:「唯の派遣業社ですよ。」
文華は スリッパの爪先でイケメンの顔を突いて反応を確かめた。
文華:「身の熟しからして、何処かの土蜘蛛みたいね。」
金髪:「漸く、網にかかったって言う訳ですか。」
文華:「加茂理夜、身体検査して。」
理夜=金髪:「了解です。」
文華:「それよりも「教授」、今日来た理由って何でしたっけ。」
「教授」=男の子は、多少シラケた様子で腕を組んだ、
男の子:「「証人」が自殺した。 まあ、正確には自殺する様に「催眠暗示」を掛けられたと言うのが正しいかな。」
男の子:「それで、厄介な事が始まりそうだから、どうしようか相談したかったんだが…。」
既に、加茂理夜が その「厄介な事」をほぼ丸裸に剥いている。
理夜:「先輩、皮も剥いて中を調べますか?」
文華:「被ってるの?」
<室戸のターン>
夜23時過ぎの埠頭、
メガーヌ・スポールの傍らで 一人の男が生暖かい風に当たっている。
その男、
白いロングコートに身を包んだ長身 。 痩せた体躯に一切無駄の無い筋肉を纏い、腰までかかる銀の長髪と超絶美麗なルックス。 銀の十字架ピアスをしている。
まるで一昔前の少女漫画から抜け出してきたみたいな男である。
十字架ピアスは フリスクを二粒、奥歯で噛み潰す。
やがて、バブアージャケットに身を包んだ長身のイケメンが 待ち合わせ時刻に30分遅れで辿り着いた。
十字架ピアス:「何か問題でも?」
イケメン:「いえ、特には、…スミマセン、遅れたみたいですね。」
十字架ピアス:「そうか。」
十字架ピアスはゆっくりとイケメンに近づくと、
…ふいにその髪 に手を伸ばす。
十字架ピアス:「志下沢君、何を付けて来たんだ?」
志下沢=イケメン:「えっ? 何か…ついて、ま…」
十字架ピアスの掌が、優しく男の髪の毛をなぞり、
…気がつくと、志下沢の首はそのまま背中の後ろ迄 折れ曲がっていた。
十字架ピアス:「済まないな。」
それから、
…バウアーのオイルドジャケットの胸ボタンを一つ、引き千切る。
十字架ピアスはメガーヌの運転席に戻ると、引きちぎったボタンをタブレットに接続して、データを確かめる。
ボタンは、超小型カメラと集音機になっていた。
そこには、女との戦闘シーンが録画されている。
長髪長身のモデル体型美女、
タブレットのアプリが、カメラに映し出された女の映像を検索し始める。
街中にある防犯・監視カメラが映し出した最近の映像から、特定の女の映像を洗い出し、時刻と照らし合わせて その足取りを逆探知していく。
成田空港付近の監視カメラ? に、複数の連れ?が映っている。
…若い男と、女。
比較的 高品位でキャプチャ出来た男子の方を…再検索する。
東京都内…、
駅の監視映像…、
商店街監視映像…、
男子が、お好み焼き屋「風町」に入って行く姿が映し出されている。
十字架ピアス:「君に、少し手伝ってもらうとしようか。」
黄色のメガーヌ・スポールは、
埠頭に横たわった男を放置したまま、…ゆっくりと夜の街へ走り出した。