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エピソード8 憂鬱の刺客

<蟷螂ターン>


ヒトが一人すっぽり入る大きさのプラスティック製コンテナ、

その薄暗闇の中に 俺はじっと隠れていた…。



オーディオテクニカ製の密閉型オーバーヘッドフォンからは、大音量のジャズが脳内に直接注ぎ込まれている。 シンバルのリズムが辛うじて俺の正気を踏み留まらせ、ベースの低音が癒着ゆちゃくした内臓を解きほぐしていく…。 


ペット用の給水器からバーボンウィスキーのみを接種し、垂れ流した大小の嗅覚が前頭葉をえぐり取る…。


それはまるで腐敗が進行していく死者の如くに潔く、穏やかで清々しい気分だった…。





一体どれ位の間、そうして安らいで居られたのだろう…

やがて世界のふたが開き、ギラギラした光が俺を現世うつつよへと引き戻す…。




男A:「うっ!…ひでえな、…こいつ、本当ほんとに生きてんのかよ。」

男B:「ああ、」


皮膚は 絆創膏の下で真っ白になった様にフヤケ…、

肢体は 殆ど骨ばかりに痩せこけて…、

瞳孔は 反応を拒絶する…、


新鮮な空気を肺に吸い込んで、俺は思わずせ返った…。



男達は俺をコンテナから引き摺り出すと、かつて白だったTシャツと下着を ゴム手袋で汚物の様に引き剥がす…。 それから二人掛かり俺の身体を抱きかかえて薬品の入ったバスタブに漬け、モップで体中にこびりついた排泄物を洗い流し…。 五分刈りの頭から足の爪の隙間迄、クレンザーと硬いブラシでこすって泡立てる…。


冷たいシャワーが目にみる洗剤を洗い落とす頃、ようやく俺は未だ生きていた事を思い出す。


やがて、生まれたての赤ん坊の様に泣きしゃくると、 プロのエステティシャン達がよってたかって 俺を人間らしい姿へと変貌させる…。





6時間後、俺は礼拝堂の祭壇の下にひざまずいていた。



俺=蟷螂かまきり:「生かされている事の喜びと引き換えに、私の責任を果たします。

…主よ、感謝します。」


俺は生きる事の承認を得る為に、罪なき人々に代わって「それ」を引き受ける…。 確実に務めを果たす為に、再び温かなスープを胃に運ぶ…。





下衆な男:「仕事だ…」


何時か、何処かで見た様な下衆げすな男が、見下すかの様な視線を俺に投げ掛ける…。 テーブルの向かい側から渡された封筒には、束ねられた書類と写真が入っていた…。



蟷螂:「加茂理夜、生かす」

蟷螂:「富士本佳枝、殺す」

蟷螂:「北条一貴、殺す」

蟷螂:「北条文華、殺す」

蟷螂:「香坂竜二、殺す」


下衆な男:「金と、必要な道具は用意する。」

蟷螂:「いい、持ってる。」



俺はもう一度、加茂理夜の写真を見る…。



蟷螂:「コノ娘は試されているのか? 何故一緒に死なせてやらないんだ…。」

下衆な男:「さあな、…「白組」の考えてる事は分からんよ。」


男は、一刻も早くコノ場を立ち去りたい…と言った風に息を殺して目を背け とうとう我慢出来なくなって席を立つ。



下衆な男:「期限は一週間だ。 いいな。」

蟷螂:「分かった…。」







<竜二ターン>


伊豆箱根鉄道「大雄山駅」から車で20分、

山間の材木工房の裏手…竜二の秘密基地。


GW最終日 夕刻、

先程からしきりに犬が吠えている?


此処1週間、文華の姉御あねご達が 俺の工房に居候している。

しかし、何で泊まり込む必要が有るんだ? 夜くらい家に帰れば良いじゃないか…なんて事は怖くて言えない。


お陰で俺は、ずっと「新妻」に触れていなかった。



2週間前に届いたばかりの「新妻」の無垢なボディに、俺は様々な「改造」を加え始めていた。 ところが此処暫くの騒動のお陰で、俺の「新妻」は 不完全な痛々しい姿のまま机の引き出しの奥で眠っている。


或る意味、究極の放置プレーだ。



俺は目を閉じて思い出す…

より人体に近づけた弾性、剛性、触感、そして匂い。 手足の指の爪一つ一つまでをエナメル質で再現し、0.008mmの繊維で作った人工毛髪の一本一本を丁寧に植毛する。 その瞳は精巧なガラス細工へと置き換えられ、歯の一本一本、濡れた舌、口蓋の形状まで余すところなく再現する。 勿論その他の実際に手の届く範囲の「内臓」も、全て完璧に理想的に再現されている。 キャストオフの衣装は尊重するが、よりリアルな素材への置き換えは重要不可欠。 実物の素材を再現したストッキング、衣類、装甲、武器…


「神型師」のフォルムは残しつつも、そのディテールはもはや別次元! どれも一般に手に入る材料では達成し得ない精巧さ。 これでこそ、本当の意味での「魔改造」なのだ。



ウズウズする…、

もう我慢出来ない…、

禁断症状と言っても良い…、いや きっとそうに違いない…、


チラリと、後ろのテーブルで本を読む姉御の姿を確認する。


今なら、

少しくらいなら、

先日迄の出来映できばえを確認するくらいなら、

イケルかもしれない。


俺は そっと、机の引き出しを開けてみる。



竜二:大丈夫だ、気付きっこ無い…


先週仕上げたばかりの裸足の爪先が目に飛び込んで来る。



竜二:しまった! 爪のバリ取りが不十分だ、

気付いた時にやってしまわないと…



竜二:やるか、それともみんなが寝静まる迄待つか、


その時!!!! いきなり姉御が立ち上がる…



文華:「竜二、何してるの?」

竜二:ばれた?????


一瞬で全身の汗が凍り付く…!



竜二:「すみません! 知り合いがどうしても必要で頼まれて仕方なく…」


文華:「何訳わかんない事言ってるの?

…結界屋が結界破られて 何ボーッとしてるのよ!」




見ると、…工房外のセキュリティセンサに反応あり!

監視カメラには、ぞろぞろと近づいてくる人影多数!!



竜二:「何者だ?こいつら、」

文華:「少なくとも友好的な感じはしないわね…」


皆、めいめいに獲物えものを携えている、

…早速、窓ガラスの割れる音が鳴り響く。



しかしこの工房には、それなりの安全対策が施されている。 窓ガラスには、極細のアラミド繊維が織り込まれていて、割ったくらいでは破れない。 ドアのロックもそんじょ其処そこらの鍵師かぎしに開けられるような安っぽい代物では…



ロックの外れる音:「がちゃり!」

竜二:「なんでぇ?」


銘銘めいめいにいかつい格好をした団体さんが狭い玄関に押し寄せる。


…10、15、6、人?



文華:「参ったわね、」


ヒョロリとした風貌の男が一歩前に出る。

手にした安物ナイフの刃を舐めて、切れた舌から血を垂らす…


その背後には、金属製の鎖を引き摺っている太った男、鉄パイプを担いだ背の高い男、何故だかドスを抜刀している奴も居る…



文華:「取り敢えず、アンタに任せるわよ。」

竜二:「ええっ? 俺っすか?」


一貴さんは加茂理夜の護衛で新事務所の地鎮祭に出かけている。



文華:「男でしょ、何とかしなさい!」

竜二:「いやいや、いやあ、無茶ですって…。」


どんどん工房の中に入り込んで来た男達に気圧けおされて、俺達は少しずつ部屋の隅へと退いていく…



竜二:「…意外に友好的な人達だったら不味まずいし、」


突然突っ込んでくるナイフ男!



文華:「そんな訳ないでしょう!」


俺はとっさに棚に有った「道具」の一つを引っ掴むと、ナイフ男目掛けて投げつける。


ナイフ男の鼻先で弾けた「それ」から、噴霧状の薬品が散布される。 男は、二三歩よろめきつつ…突っ込んだ勢いのまま思い切り床に転倒した。


そうして、涎を垂らしながら翻筋斗打もんどりうつ。



竜二:「いい夢見やがれッてんだ…!」


銃声:「パン!!」



間髪入れず、工房に銃声が響き渡った。



文華:「竜二…!」


俺は…どうやら撃たれたらしい。

ワンテンポ遅れて痛覚が呼び戻される。 肩だ…



竜二:「あっちいぃ…」


男が二発目を撃とうと構えるのと、姉御が「針」を飛ばすのとは同時だった。 強力な昏睡薬が拳銃を持った男を一瞬で無害なオブジェへと転生させる。



ガラス瓶:「がちゃん!!」


再びガラスの割れる音がして、

…火炎瓶からこぼれた炎が、ぬるぬると床を這いずり始める。


炎は見る見る燃え広がって、ヌボーっと立っていた一人の男の袖に燃え移る。


男は、身体を燃やされながらも、…無表情に歩み寄り続けている。



文華:「こいつら、痛みを感じていない?」


炎はあっと言う間に 棚に燃え移り、…それから速やかに天井へと到達する。



竜二:「不味まずった!!!」


いつの間にか俺達は 無痛覚男達に囲まれて、退路がたれている…



竜二:こいつら最初から、戦う気なんて無かったんだ。

…俺達を逃げられない様にして、工房ごと焼き殺すつもり!


姉御は棚の上から「SHARE-WC」を取り出して小脇に抱える、

が…既に炎は工房中を取り囲んでいた。



ガラス瓶:「がちゃん!!」


更に追い討ちをかける様に二本目の火炎瓶が投げつけられる! 直ぐ背後の棚に飛び散ったアセトンと灯油の混合物が 棚にかけられたカーテンを一気に燃え上がらせる!!



竜二:「あああああ、其処はぁ!!」


男達は 炎に身体を燃やされながら、何も感じていないかの様ににじり寄ってくる、



竜二:「もう…駄目だ…、」







<蟋蟀ターン>


揺らめく炎で明るくなった工房、の玄関で、

ドアのロックを開ける為の「道具」を片付けながら、一人の美少年が携帯をかけている。


年の頃は16、7? 背丈は155ほどの小柄で とても綺麗な男の…娘?

タータンチェックの半袖ジャケットにサスペンダーで吊った半ズボンを履いている。 長い髪は頭の両サイドでお団子だんごに結ってあった。



男の娘=蟋蟀コオロギ:「こちら蟋蟀です! 手筈てはず通り、バーベキューに火が入りましたぁ! …焼き具合を確認してから、戻りますね。」





<蟷螂ターン>


蟷螂:「了解した、」


JR新橋駅から銀座へ向かって15分程歩いた 高層ビルの屋上。

俺は 人気ひとけの失せた20時過ぎの屋上水タンクにもたれかかり、道路を挟んだ3ブロック先の貸しテナントビルをぼんやりと眺めている…。




暗記した本の内容を口ずさみながら1時間ほどをやり過ごし、

21時過ぎ、やがてターゲットの男が現れた…。


想定通り、女と一緒だ。



照準器越しに、男の表情を確認する。



蟷螂:「こんにちは、そして、

…さようなら。」


銃声:「タン!」


と空気を弾く音がして、

レミントンM24から発射した7.62mm NATO弾は初速860m/sでターゲットに到達する…。


それから、胸をキュンとする硝煙の匂いが俺の鼻をくすぐった…。



男の姿は崩れ落ちて 照準器から外れ、

俺はZ値を下げて、地面に転がった男の姿を確認する…。


女が400m先で何か叫びながら、

男の頭を抱えて、男の身体に覆い被さる…。



蟷螂:「邪魔だ、どけよ…」


二弾目が発射できない。

あの女は殺してはいけない、今撃てば、女を傷つける恐れがある…。


10倍率の照準器の中の男は、疲れ果てた様にビクとも動かない、 頭を打ち抜いた筈だ、この距離で俺が外す訳がない…。 しかし確実に仕留めたかを確認する必要が有る。 二弾目で駄目押しの止めが刺せないのなら、リスクは伴うが近くまで行ってこの目で確かめるしかない。


俺はレミントンを特注図面ケースに収納して肩に担ぎ…、手袋をして階段を駆け下り…、気配を伺いながら通りに出て…、何気ない素振りで現場へと向かう…。





辺りには人集ひとだかりりが出来ていた。

駅前の派出所から駆けつけた警官が現場を保全すべく人垣を押しけている…。


女は、

相変わらず、男にしがみついて ミットモナク泣いていた…。


べっとりとした生温なまぬるいモノが、男の後頭部にコビリ付いている。 それはまるで租借そしゃく仕損しそこなったうどんの様に、「ぬるり」と血糊ちのりまみれた髪の毛から零れ落ちる…。


俺は、何食わぬ顔で現場を後にして 駅に向かう流れに紛れる。




やがて、携帯が着信音を奏で始めた。


蟋蟀:「蟋蟀です! 雌豚めすぶたの焼き加減を確認しましたぁ。 多少ミディアムレアですけどぉ。」


蟷螂:「もう一匹の方は?」

蟋蟀:「それが見当たりませーん。 もしかすると脂身が多過ぎて熔けちゃったかもです。 引き続き捜索しまーす。」


受話器の向こう側で 男の娘がくすくす笑っている。



蟷螂:あっけないものだな、

…所詮は素人集団と言う事か。



死体にすがり付いていた あの女の姿を思い出して、

俺はどうしても 顔がにやけてくるのを抑えられなくなってしまう…。



蟷螂:可哀想に、あいつ、一体 どんな風に絶望するんだろう…。




俺は、興奮でちびりそうになるのを必死にこらえながら、

駅へ向かう人の波に身体を預ける…。




登場人物のおさらい

蟷螂:「黒組」の刺客その一、一応…女

蟋蟀:「黒組」の刺客その二、一応…男の娘

香坂竜二:「結界屋」、北条一貴の舎弟

北条文華:「加茂・萬祓いモノ相談所」のコンサルタント、一応…一貴の奴隷

北条一貴:「加茂・萬祓いモノ相談所」の工作員=式神、一応…文華の旦那

加茂理夜:自称一貴の愛人、一応…「加茂・萬祓いモノ相談所」の社長

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