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記憶の中のクリファス

記憶の中のクリファス



最終話 2012.05.21


尚登のその朝の記憶は錯綜していた。

理由を探すがその手掛かりは名前の一部を切り取られたメモ帳だけだった。

ゴミが散乱した部屋は尚登が入居した当時の面影はもうなく汚れきっていた。流し台には洗われないままの食器と、カレーを煮たあとのような鍋があった。もう数日以上が経過したととれる様な有様だ。


尚登は、タバコに火をつけくゆらせた。

「ふぅ。」

記憶を辿るのには最も落ち着いた心理状況が必要だと尚登は理解していた。大抵の物事はこうやって落ち着いているうちに解決の糸口が見えるものなのだ。

男の一人暮らしにはありきたりの様相になってしまったと後悔の感情が湧いてきた。

上京しての最初の目標は…。そう、部屋は綺麗に保つことだったはず。なのにそれは達成されなかった。もはや他愛もない誓いである。

正確にそのメモ帳の記載主を知ることもない。

それはある種の記号であり、何かのコード、つまりは暗号のようにも思えた。

コロネ。

況や断片であるのであれば欠片を見つけることで解決する。メモ帳が勇気をくれた。

「あっ」

タバコの灰が床に落ちた。

落ちた灰は重力に引かれ十分な加速度を持って落ちた。叩きつけられるように広がった灰は天使の片翼のように見えた。

途端、尚登の脳裏に確信のようにすべてが蘇ってきた。

「く、クリファス…」


ここで尚登が初めて見た景色は天使のはばたきだった。

つながる記憶は原始の頃、空を戯れた他の天使との盟約だった。

尚登は慌ててカレンダーを探す。

柄にもなく買いあさったファッション誌、読日新聞の山のした、そしてその奥のカレンダー。見つかった記憶の奥、扉が次々に開き出す。

次、今日は…

「5月20日。」

全ての暗示、いやこれは記憶の目次録が告げた日の前日である。

汗が吹き出し、身体中の血液が逆流をするような気分になった。世界中で最愛のものが全て失われる日。それが明日。

愕然とし、なす術がないことを知った尚登。

「俺が、冥界を率いて天界を襲った冥界天使師団長クリファスだった。その転生後の姿がしがない東京府民だなんて。」

あり得ない話をしても祐介は笑うだろう。京次郎だって同じだ。そうだ、美雪なら。

いや、まだ。あるいは…。

可能性を視野が広がる範囲の中で探した。だが誰一人自分を信じてくれそうな人間を思い出さなかった。

絶望を前に名前の一部を切り取られたメモ帳を握り締め外へ飛び出した。

外套のような赤と黒のチェック柄の服を羽織った。街の明かりに照らされ浮かぶ姿は黒い羽に返り血を纏ったようだった。

最寄りの駅へ急いだ。誰かを、いや全てを破壊する恐れがあるなら、できるだけ遠くへ行く。それが結論だった。

だが全てが手遅れだ。

目次録に示されていた時は2012.05.21。もうすぐ全てを終わらせてしまうのだ。自らが冥界天使師団長となって。

駅前のコンビニで見たことのある姿を見た。

「桜田!」

声を張って呼びかける。しかし、既に尚登の姿は変わり始めていたのだ。

「尚登くん?」

「ああ、そうだよ、俺だよ!わかるか。時間がないんだ、早くここから離れよう。」

真剣に話す姿を見て桜田は何かを悟ったが変わり始めた尚登の格好を直視できなかった。

「尚登くん、三流コスプレよりも酷い格好してるよ」

「えっ」

コンビニのガラスに映る姿を見て愕然とする尚登。浸食はすでにほぼ完全に終わっていた。

堕天使の姿となった尚登は、記憶の中のクリファスと同じであった。

間もなく尚登の意識は途切れた。

2012.05.12。

時は無情にも終わりを刻んだ。


その夜、東京府を中心に世界は揺れ、赤い光と共に多くの人間の記憶を奪った。


目が覚めると全てが始まりの時の景色だ。

真新しい部屋、家具、服。片付けの終わったばかりの尚登の部屋だった。

メモ帳は、完全な形で尚登の手の中に握られていた。

「嫌悪という言葉が何度となく君を殺そうとした。その度に俺はここに君を連れ戻した。もう終わりにしよう。戻ることに意味はない。ただ次はもっと始まりの誓いが続くことを願うよ。…クリファスこと、尚登。」


天使の悪戯、記憶の奥にあったのは誓いを破るたびに他人を責め続けた自分。愚かさに気づけなかったことへの後悔だった。

メモ帳の最後には日付が記してあった。

「2076.09.02」


記憶の中のクリファス 完


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