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グッバイ・マイフレンド

作者: 宮島亜紀

 ボクがヤツに会ったのは数年ほど前七月のことだ。ボクが今の家族に引き取られ、この町で住むようになったばかりだったのだから間違いない。

 この町に来る前のボクはたくさんの仲間と一緒に暮らしていた。別に意地悪をされた訳じゃないけど、ボクが一番小さかったから皆の中にボクは溶け込めなかったのは事実だ。食事やお菓子も皆に取られてしまったからボクはお腹いっぱい食事やお菓子を食べたことがなかった。いつも皆の残り物を食べ、水でお腹を誤魔化して過ごしていた。だけど仲間と身を寄せ合って眠る時、ボクは幸せだった。暖かくってもう大丈夫って安心できたから。

 そんな仲間も一人、また一人とどこかに行ってしまった。新しい家族に引き取られたんだって聞いた。最後まで引き取り手が見つからなかったのは、水の飲み過ぎで内臓を壊してしまったボクと生まれつき足が悪い子だけだった。

 先に新しい引き取り手が見つかったのはボクだった。正直に言うと、その事を嬉しいとは思えなかった。だって、ここにいたら仲間がいる――足が悪い子はもう誰も引き取り手がいないという話だった――その環境を捨てて新しい世界に行きたいとは、ボクにはどうしても思えなかったのだ。それでもボクは飛行機に乗せられて新しい家族の元に行く事になった。仕方がないことだ。ボクには何の発言権もないのだから。

今でも覚えている。新しい家族は家の都合で夜遅くなるまでボクを迎えには来なかった。来る前に聞いた話ではボクが飛行場に着いたら直ぐに迎えに来てくれるということだったのに。ボクはあまり歓迎されてないのか、とこれからの生活が不安になった。ちゃんとご飯をもらえるのだろうか。もし、水すらももらえなかったらボクは生きてはいけない。そうだろ?お利口に家族の言うことを聞くと言うことはそういうことじゃないか。

結果としてはそんな心配は杞憂でしかなかった。ボクにはちゃんとした居場所が用意されていたし、今までちゃんとした食事をしたことがなかったから食事をするのにとまどって食器をひっくり返してしまっても、この家族は怒ることなく新しい食器をわざわざ買ってくれたりした。散歩もちゃんと連れて行ってくれたし、全体的にはボクは大事にされているんだと思う。でも、ここには仲間は居なかった。ボクと同じ見かけの仲間が。そのことは耐えられないようにボクには思えた。

だから、ボクは散歩で会う子に片っ端から声をかけた。「こんにちは。仲良くしようよ」って。けれども誰もボクと仲良くしようとはしてくれなかった。無視されるのはいい方で、噛みつかれそうになったこともある。そんな目に遭ったのなら、残念だけど声を掛けて友達になってもらおうなんて思わなきゃいいって言われるかもしれない。現に今の家族はボクに言った。『私たちがきちんと頼んで友達になってもらえた子ならともかく、そうでない子に声をかけるのはやめなさい』って。それでもボクは諦められなかった。だって、散歩で会う子は皆ボクのテリトリーにやってくる子ばかりなのだ。友達になる事が出来ないなんて、そんな馬鹿な話があるものか。

 そんな時に会ったのがヤツだった。ヤツは他のどんな子とも違っていた。他の子は――ボクも含めて――誰か家族が一緒にいるのにヤツには一緒にいる家族はいなかった。ヤツはボクの行く先に立ってじっとボクを見ていたんだけど、そのとき感じたのは奇妙な感覚だった。今までもボクの行く手を阻むように立ってボクを見た奴は確かにいた。そして、その場合には何らかの敵意をボクに向けていた。でも、ヤツはボクをじっと見ているくせにボクに敵意を向けているようには見えなかった。こんなことは初めてだった。

「こんにちは。今日も暑いね」

ボクはそうヤツに挨拶した。それなのにヤツはボクを無視してどこかに行ってしまった。

「ひどいじゃないか。無視することはないだろ?」

 ボクはヤツに言い募る。けど、ヤツはボクを綺麗に無視してどこかに行ってしまった。ボクは無性に腹が立った。だってそうだろ?ボクは紳士的な対応をしたんだ。それなのに侮辱を受けるいわれはない。あんまりだ。そう思った。そう思うとどうしてもヤツを赦す気にはなれなかった。

 初対面の時がこんな感じだったからボクのヤツへ印象は最悪だった。それなのにその日以降やたらとヤツに会う機会が増えた。そして、初対面から半月ほど後の事だった。

「よう。まだ暑いな」

ヤツがそう言ってボクに話しかけてきたのだ。でも、ボクは返事をしなかった。

「前に会ったときの事まだ根に持ってるのか?……悪かったよ。この辺りの奴らと来たら気取りやがって『初対面なら名前を名乗りなさい』だの『家族がいなくて可哀想ね』だの好き勝手言いやがんであんましお近づきになりたくないんだ。で。お前さん、見るからにお坊ちゃんな上になんか気取った感じがしたからな、ああいう奴らの仲間かと思って逃げたのよ」

「そう」

「あぁ。でも、お前さんこの辺りの奴らの仲間ではないらしいってのは何回か見てりゃ分かるからな。前にこっちが礼儀のなってない態度をしたから謝ろうかと思って声をかけてみた。いい年してちびちゃんに失礼なことをした。悪かった」

「いいよ。あんまり気にしてないから」

ボクは迷わずそう答えた。ボクはどちらかと言えば心は広い方だから、謝る奴は赦すのだ。

「そう言ってくれると思ってたよ。じゃあな」

ヤツは去っていった。心なしか笑っていた気もする。どうして笑うのかはボクには分からなかったけど、無視よりも噛みつかれかけるよりもそっちの方がいいな、とボクは思っていた。

 それからもボクはヤツとよく会うようになった。でも、一緒にいる家族があんましいい顔をしないから――家族のうちお姉さんだけは何とはなしにヤツを気に入ってくれたみたいなんだけど、他の家族はヤツを嫌っているような気がした――挨拶をしたりちょっとだけ世間話をする程度で、あんまりよくは喋れなかった。それは仕方のないことかもしれないけど、寂しかった。どうしたらヤツともっと仲良く喋ることができるだろう?そう思った時に思い出したのが、『私たちがきちんと頼んで友達になってもらえた子ならともかく、そうでない子に声をかけるのはやめなさい』という言葉だった。

……そうだ。友達になればいい。そうしたらきっとお姉さん以外の家族もヤツと話すのを嫌がりはしないだろう……

そう思ったボクは次の日にヤツに会ったとき、真っ先に「頼みがあるんだ」と切り出した。

「なんだ?」

「いつも独りってことは友達いないんだろ?ボクと友達になってよ」

「フン。飼い慣らされた奴はこれだから。あのな。俺はお前のように飼い慣らされた奴とは違うんだ。友達なら掃いて捨てる程いるんだよ……そもそも友達というのは自然になるもんで、頼んでなってもらうものじゃないぜ」

ヤツはボクを鼻でせせら笑った。

「でも……でも……ボクの家族はちゃんと友達になってもらった子以外とは話しちゃいけないって言うんだもの……」

ボクは思わず半泣きになってそう答えた。

「そりゃ、お前のように飼い慣らされたヤツの居る世界ならそうだろうよ。でもな、俺はそんなとこにはいない。だからそんな話は知ったこっちゃないのさ」

「そんなぁ……」

「そんな寂しそうな顔をするなよ。二度と会えなくなるわけでもないだろ?……本当にお前は坊ちゃんだよなぁ」

「何も笑うことはないじゃないか。ひどいよ」

「ハハハ……何も俺はお前を貶したわけじゃないぜ?坊ちゃんじゃないくせに坊ちゃんのふりして気取ってる奴も多いんだ。この辺の奴らなんて皆そうじゃないか。坊ちゃんだっていうのはある意味褒め言葉さ」

「……そうなの?」

「そうさ。だからお前はそのままでいろよ?中途半端にこの辺の奴に合わせようなんて思うな。ましてや俺みたいになるなよ」

ヤツはひどく真面目な調子でそう言った。

「……どういうこと?」

「ん?時々いるんだよ。お前みたいに何も分かっていなくて俺の居る世界に来ちまう奴が。そうなった奴の末路は大概惨めだ。だからお前はそうなるな。わかったな?」

「うん」

「まぁお前の場合心配しなくても大丈夫だとは思うけどな」

ヤツはくすくすと笑いながらそう言っ

た。ボクは首を傾げながら頷いた。どういう意味かはその時のボクにはさっぱり分からなかったけど、頷く以外に何をしていいか分からなかったからだ。それに、ボクにとってはそんなことよりもヤツと友達になれなかったから今まで以上に仲良くなるという目論見が外れたことの方が重要で大きな問題だった。友達になるのがダメなら一体どうすればヤツともっと仲良くなれるのか。ボクは必死になって考えたけども答えは出なかった。


 そんなある夜の事だった。


……ガラン……ガラン……ガラン……


今までに聞いたことのない音でボクは目が覚めた。ここに来てから空き缶が転がる音なら何回か聞いたことがある。その音に似てるように最初は思った。けど、空き缶が転がる音はこんな音じゃない。空き缶をうんとうんと重くしたらこんな音かもしれないけど、そんな空き缶なんてないと思う。だって、空き缶って言うのは中身がなくなって空になったから空き缶なんだから。おかしい。一体これは何の音だ?分からない。でも、こっちに近づいてくる。そうして神経をそっちに集中させているうちに、何だか嗅ぎ慣れたにおいがするのに気づいた。そう。それは、ボクと同じ境遇の子のにおいだった。でも、ボクはそいつと友達になろうとは思わなかった。……何て言えばいいんだろう、そいつから感じるのは近づくものは殺しかねないギラギラした何かだったからだ。ボクのテリトリーにこんな危険なヤツを入れるわけにはいかない。入れてたまるか。そう思った瞬間、ボクは全身の毛を逆立て、うなり声を上げてそいつを睨みつけていた。その時、ボクは同じようにそいつに対してうなり声をあげるこの辺りの子達の声を聞いた。そいつは直ぐに通り過ぎていったのだけどいつ戻るとも限らないからボクもこの辺りの子達も夜中うなり声をあげていたのだった。


「ねぇ、知ってる?昨日の晩に何だか訳の分からないのが通ってったでしょ?」

「あぁ。もう季節だものね。でも、あんなにあからさまなのはごめんだわ。ちょっと怖い位だったじゃないの」

「本当よね。あんなにガラガラ音をさせてたんじゃそんな気にはなれないわよ」

そんな話を小耳に挟んだボクはその話をしてる子達の方に近づいていった。

「……ねぇ、昨日この辺を通ってった子を知ってるの?」

「まさか。知らないわよ」

「でも、ここを通ってった理由は知ってるんでしょ?だって、季節だとかあからさまだとか言ってたもん」

「あんたみたいな坊やは知らなくていいのよ。今に分かるわ」

話してた片方がそう言ってそっぽを向いた。

「あら。言ってあげた方がいいわよ。この坊や可愛いのにあんなのになって私たちを狙ったら、事よ?」

話してたもう片方がそう言ってボクに教えてくれた。

「あのね、坊やはまだ無いと思うけど私たちにはムラムラする季節があるのよ。そうなると時々見境つかなくなるのが出てね、夜中に走り回ることもあるの。昨日のもそう。ムラムラして見境つかなくなって脱走したのよ。杭ごと走り回ったからあんなに大きな音がしたのね」

「ふうん。じゃあ、今日はもう来ない?」

「ううん。私たちがこの近くに居る以上今日も来るわね。……まぁ、暫くは覚悟した方が良いわよ」

そう言って話してた子達はどこかに行ってしまった。

……昨日みたいなのが暫く続くのか……

ボクはうんざりした気分になった。その夜も前日と同じ奴がその辺りをうろつき、ボク達は又うなり声をあげたのだった。

 

 それがあんな事になるなんて誰が思うだろう?

 ボクに話していたとおり、あの子達はうろついた奴に応えはしなかったらしい。だから彼奴は2日後には姿を消した。だけど、ボク達がうなり声をあげたことが他の人には気に入らなくて保健所なるモノに電話を掛け、野良犬の捕獲と処分を頼んだらしい。

 ボクにそれを教えたのはお姉さんだった。『野良犬を捕まえて処分するんだって』とお姉さんがボクの目を見て言ったとき、ボクは訳が分からなくて首を傾げた。だって、野良犬なんて言葉今まで聞いたことがなかったもの。

『飼い主の居ない犬や飼い主が居ないって思われた犬を捕まえて殺しちゃうんだってさ』とお姉さんが言ったとき、ボクは初めてヤツが野良犬と呼ばれる犬であったことを知った。お姉さんは、続けて『あんたみたいに友達求めてどっかに行こうとする犬は飼い犬でも野良犬にされかねないんだからね』と言いながらボクの首輪に鑑札を付けていたんだけどボクはそんなことはどうでもよかった。ヤツが捕まったりしないかと思ったからだ。でも、その反面、ヤツのことだからいつものようにあの場所に立っているようにも思っていた。そうであって欲しいと思った。「本当にお前は坊ちゃんだよな」っていつもみたいに笑って欲しかった。

 ボクはドキドキしながらあの場所に向かった。もう会えなかったらどうしよう、と思ってた。ひどくヤツに会いたかった。会って話がしたかった。

とうとうその場所に着いて辺りを見回す。ヤツは居なかった。くんくん匂いを嗅いでみる。近くにいるかと思ったから。でも、近くにヤツが居る匂いはしなかった。

……どうしよう……

ボクは呆然とする。そして、そこに居たらヤツが来る気がしてずっとそこに居ようとする。でも、お姉さんに引き摺られてしまってボクはそこを強制的に離れさせられてしまった。

……でも、今までも毎日会ってた訳でもなかったんだから、きっと明日には会えるだろう……

ボクはそう思うことにして家に帰った。


 その日の夜の事だった。何かがボクの小屋の壁をポンッと叩いた。ボクが慌てて外に出ると、そこにはヤツがニヤニヤと笑って立っていた。

「よぉ……良いご身分だな。網戸付きの小屋かよ」

「どうしてたのさ!心配してたんだよ?」

「しぃっ……声がでけえよ……これだからお坊ちゃんは……あのな、あの辺りは俺のテリトリーだったんだぜ?俺を見知ってる人間もいるじゃねぇか。みつからねぇように逃げてたんだよ」

「そうだったんだ……心配してたんだよ?大丈夫だったんだ、良かった。よくここが分かったね?」

「まぁな……でも、状況は日々悪化してるからこの辺りを引き払うことにした……で。顔の広い俺はこの辺りに詳しい奴に飼い犬の友人に最後の挨拶するからって言って案内してもらってここにいるというわけだ。元気でな」

ヤツは何でもないことのようにそう言って笑って見せた後、その場を立ち去ろうとする。

「ねぇ、又会えるよね?」

ボクは半分泣きそうになって呼びかける。ヤツの言い方はもう二度と会えないと言っているようで、それが嫌だったからだ。

「あぁ……またな」

ヤツは一度だけ振り返ってそう言って立ち去っていった。


 あれから数年が経った。ボクは相変わらず誰にでも声を掛けていたりする。この頃は返事をしてくれる子も増えてきたけど、ヤツのように毎日のように会って話をする子はいない。

 ボクはあの時、もう二度とヤツに会えないことを分かっていた。だからこそもう一度会えるよねって言った。きっとそれをヤツは分かった上でまたなって言ってくれたんだと思う。そんな風に気持ちが通じ合える子を友達っていうのなら、ボクにとってヤツ以上の友達は二度と現れないに違いない。

 ボクは今も散歩であの場所を通るたびにヤツの匂いを確かめる。いつもヤツの匂いはしないけど、それこそがヤツが元気な証拠な気がしてボクはこっそり笑っている。


この話はかなり以前『∴ever∴(後にスワロウテイル様に名称変更)』様で実施されたノベコンに応募して部門賞を頂いた作品の改稿版になります。

元の話は<a href="http://m-pe.tv/u/m/novel/?uid=idea7ist&id=2&act=viewPage&p=3&CID=2">こちら</a>

スワロウテイル様で受賞作のアンソロジーを作るという話があってこの改稿版を提出したのですがどうもアンソロジーが暗礁に乗り上げたようでした。

その後どうなったのか分からないままサイトがなくなってしまい、この話はお蔵入りになっていました。


今回、この企画に参加するにあたりまして「小説家になろう」の運営様に以上の経緯があっても未発表作品として参加できるかを問い合わせたところ大丈夫との回答を頂き、日の目を見ることができました。こういう機会を頂いた「小説家になろう」の運営様に心からの感謝を申し上げます。


この話は、ノベコンの時から我が家の馬鹿犬をモデルにその視点を心がけて書いた話です。そのことが少しでも生きて、読んで頂いた方々に少しでも気に入っていただければ幸いです。


お読みいただきありがとうございました。

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